『雨とトオキョオと君と』

シンイチ


『雨とトオキョオと君と』




 あの夏、私はトオキョオの虜だった。


 五年ぶりに現れたトオキョオの姿に誰もが驚き興奮していた。それは私も同じで、毎晩寝る前に「明日も雨がよく降りますように」と空神様にお願いしていた。

 空を突き刺すようなビルという名の四角い建造物群。四つ輪で颯爽と駆ける自動車。ドグたちのそれぞれに違った型の着物。トオキョオは私が知る相原のどの区よりも、夢香ゆめこうが見せる空想の世界よりも、ずっと素敵だった。

 

 夏休みだったこともあり、雨の日には六時半の終鼓おわりつづみが鳴るまで東屋でトオキョオを眺めて過ごした。どれだけ眺めても飽きることなどなかった。眺めれば眺めるほど、私はトオキョオに魅せられていった。

 雨が降らない日は区立図書館に足を運びトオキョオについて記された文献を読んで過ごした。その文献の中でもとりわけ私の興味を惹いたのが『トオキョオ見聞録』だった。

『トオキョオ見聞録』は多くのトオキョオ関係の文献とは違い、トオキョオ自体についての記述が全百九十二頁のほとんどを占めている。

 著者吉野狭美南よしのはざまみなみによれば、攫いに遭いトオキョオで二週間を過ごした人物から聞いた話を元にしているとのことだった。けれど、その攫いに遭った人物についてはなに一つ明かされていない。そのため歴史研究家の多くは、『トオキョオ見聞録』を空想科学小説の一つとして扱っている。現に私も空想科学小説の棚で『トオキョオ見聞録』を見つけた。

 

 トオキョオは二十三もの区に分けられている。

 私たちが眺めているのはチヨダという名の区の一画トオキョオ駅。

 駅とは相原でいう風動船、遙米球はるめだまの停車場のこと。

 駅と駅を行き来するのは電力を動力とする電車(トオキョオ駅の後ろで忙しそうに見え隠れしている箱形の移動物)という乗り物。


 算出学の教科書をめくるのとは違い、私は記された文字を一文字たりとも見逃さないように時間をかけて頁をめくった。そうして『トオキョオ見聞録』から知り得た知識によって私はまたトオキョオに魅せられていった。




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