第73話 早春の珍事

 今年の冬は少し寒い日が続いたためか、ここ2・3日は気温の差が激しく、昼間はわりと暖かい。

 

 そんな中―

 春の珍事?

 なんと、彼女が友達を連れて店に来ている。


 こういう店は今時の若い子たちには流行らないので、彼女も今まで無理に友達を誘おうとしなかったようだが…

 なのに!

 これはやはり春の珍事―


 友達は物珍しそうに店の中を見渡している。

「よく来るの」

 と聞く友達に、

「たまにね」

 と答える彼女。

「占いの館みたいね」

「そお?」

 と、彼女も改めて店内を見渡している。

 友達が、

「小さい頃、ママと一緒にこんな店入ったことあるけど、なんとなく怖かった」

「怖かった?」

「二度と出られないじゃないかと思った」

「じゃあ、気を付けた方がいいよ。ここのマスター結構気難しい人だから、ちゃんとしてないとグチグチ説教されて帰してもらえないかもよ」

「エッ、絶対やだ…出ようか?」

「もう遅い」

「エッ~」

 …当然これは私には聞こえていない会話だが…


 私がオーダーを取りに行くと彼女の友達が妙に改まってしまっていて、一種異様な雰囲気を醸し出している。 

 その様子を見て彼女が笑いをこらえる。

 私は、

「????」

 で、ある。


 オーダーは、彼女お勧めの”特製カフェオレ”ふたつに決まる。

 

 カフェオレを持って行った時もまだ、彼女の友達は緊張した空気を漂わせていたが、カフェオレをひと口飲むと、

「うん、美味しい」

 と、やっと笑顔に。


 カウンターからは彼女達のテーブルは遠くて何を話しているのかは全く聞こえないが、生き生きと楽しそうに喋っている姿は何とも心地良い。


 春の訪れを待ちわびていて、まだまだ寒い野原に春の陽射しを浴びながらようやく咲いた、早春の野の花のようである。

 …ちょっと言い過ぎかな…


 店の中は陽射しで暖かいが、外吹く風はまだまだ冷たいようだ。

 それは、お客さんが入って来る時、スーッと入って来る風で感じさせられる。


 常連さん達は、店に入って来ると一様に少し驚いて彼女達に目をやるが、それ以上は何も無い。

 変に茶化したりもしない。

 あるがままに優しく受け入れてくれている。

 さすが我が店の常連さん達である。


 よほど居心地が良かったのか、彼女たちのおしゃべり会議は夕方まで続いた。


 彼女たちが帰った後、店内はいつもの風景に戻ったが、何だか急に静けさが増した様な気がした。


 彼女たちのテーブルを片付けていると、窓越しに表の通りを歩く、今日が卒園式であったのだろうか、おめかしした園児とその父母の姿が目に入った。

 ひょっとしたら、この間の姉弟かなと思ったが、違っていた。


 大きな花の飾りを誇らしげに胸に付けて、嬉しそうにはしゃいでいる園児と、

 それを見つめる親たちの優しいまなざし。


 卒業のこの季節は別れの季節でもあるが、子供たちをひとつ大きくしてくれる、そんな季節であるのかもしれない。


 そんな気がした…


 私は店の外に出て大きくひとつ背伸びをした。

 早春の夕暮れ。

 吹く風はまだ冷たいが、確かに何処からか春の花の香りがしていた…


 







 






 

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