第50話 静かな夏の日


 夏の夕立。

 その後、少し蒸した感じがするが、風が吹くとやはり少しは涼やかになる。

 

 店はこの時期(お盆の時期)いつも休みにする。

 開けていても殆ど開店休業状態になるので。


 休みにはするが、どこと言って行く所も無い私にとってこの時期は少し不思議な時空間なのである。

 それは、この静けさ。

 本当に同じ街なのだろうかと思ってしまう。

 帰省している人もあるだろうし、通勤している人もまばら…

 通りは静かで、白くて、人影がほとんど無く…

 暑さと蝉の声だけが私の体に伝わってくる。


 特にやる事も無いので店の中を掃除をしていると、扉をコンコンと叩く音。

 見ると、すっかり陽に焼けた彼女がキラキラ笑顔で立っている。

 少し黒っぽい大人しめの服を着て、手にはコンビニの袋。


 私は扉を開けて、

「どうしたの?」

「これ、一緒に食べようと思って」

 と、彼女はコンビニの夏季限定のデザートアイスをカウンターに並べる。

「美味しいんだよ、これ。この夏限定。今食べなかったら一生この味知らずに生きていくことになるんだから」


 そんな…大袈裟な…


 彼女にとってはよっぽど感動的な味だったのだろう

 その感動を私にも…


 彼女は得意げに、カップのふたを開け、私の前に差し出す。


 あいにく、私はあまり甘いものは得意ではない…

 彼女が求めている様なリアクションがとれるかどうか…


 兎に角、スプーンですくって口の中へ…

 私の顔を覗き込む様に見つめる彼女。


(ウン?… 美味いッ)


 私が思っていたよりもそんなに甘く無い…

 凄く口当たり良く、スーと溶けていく…


 最近のコンビニのデザートのレベルは本当に高いようだ。

 全く、喫茶店泣かせの味である。


 私が思わず、

「あっ、美味しい」

 と、言うと、

「でしょう‼」

 と、彼女のはじける笑顔。

「本当これ、美味しんだから!」

 と、私がひと口食べたのを見届けて、自分のデザートアイスを食べ始める。


 老犬がカウンターの奥で、何かを期待しているようにシッポを振っている。

 それに気付いた彼女は、

「大丈夫。貴方の分もちゃんと買ってきてるから」

 と、かき氷のカップを袋から取り出し、

「これ、いいでしょ?」

 と、私に見せる。


 私は彼女からカップを受け取り、少し大き目の皿にカップをひっくり返して、かき氷を出してやって老犬の前に置く。

 老犬は嬉しそうに、ストロベリー味のかき氷をむしゃむしゃ食べ始める。

 それを嬉しそうに見つめている彼女…


 彼女が買ってきたデザートアイスとかき氷をふたりと一匹で食べる。


 私は彼女の衣装が気になっていた…

 少し大人しめの黒い服…


 彼女の母親のお墓参りを済ませてきた帰りなのだろう、きっと…

 直接家に帰る気になれず、駅前辺りで家族の人と別れて此処に寄ったのだろう…


 彼女はその事には触れず、黙ってアイスを食べているけど…


 本当は私に何か母親のことを聞きたいのかなあと思ったが…


 彼女は黙ってアイスを食べている…

 何も聞かず黙ってアイスを食べている…


 私は彼女が何か話し掛けてくるじゃないかと思い…

 彼女は私が何か話し掛けてくるじゃないかと思って…


 結局、2人は何も語らず静かにアイスを食べていた…

 老犬がかき氷を食べるガリガリ、ガリガリという音が店の中にしていた…


 しばらくして、彼女は私に、

「いい?」

 と、聞く。

「何が?」

「散歩」

と、老犬の方を見る。

「いいけど、服汚れるよ」

「平気よ」

 彼女は老犬を誘い、元気に老犬と共に出ていく。

 彼女と老犬の姿が、夏の真っ白な街の中に溶け込むように小さくなっていった。


 …本当は何か優しい言葉でも掛けてあげた方が良かったのかなあ…


 雨はすっかり上がっていて、西の空、雲の切れ間から再び夏の陽射しが差し込んでいる。

 

 遠くでヒグラシが鳴いている。


     

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