第45話 ちょうど半分

 静かにしとしとと梅雨の雨。

 そう云えば、ここ数日太陽を見ていないような気がする。

 店に来る人も街を歩く人も、何故か少し寂し気に見える。

 喜んでいるのはアジサイの花だけなのか、アジサイの花だけが、やけに生き生きと鮮やかに雨の中で彩りを添えている。


 今日、彼女は店の一番奥の隅っこの席で、教科書やノートを広げ、目下、テスト勉強の真っ最中なのである。

 家でやるより、こういった少しざわついている所の方が集中できるという理由で、お昼過ぎから、話しかけないでオーラを全開に放ちながら、教科書相手に格闘している。


 彼女の気迫に押されてか、老犬も少し距離を置いた所で彼女を見守っている。


 初め少しからかっていた常連のお客さん達も、もう、話しかけなくなっていた。

 と、言うよりも、彼女が勉強に集中して、無視されるようになってしまったからなのだが…


 彼女の集中力とその持続力には、私も舌を巻く。

 このまま店を閉めて帰っても彼女はきっと気づかないだろう。


 すっかり日も暮れてしまったが、彼女の集中力はまだ続いている。

 アイスコーヒー一杯で4~5時間…

 店主としてはいささか複雑な気もするが…

 

 しばらくして、ようやく彼女が大きく背伸びをしながら、窓の外に目をやる。

「あれ? もう日が暮れちゃったの? 」

 慌てて自分のスマホを見て、

「ヤバッ、家からメール来てた」

「一応、家には連絡しておきました」

「エッ? 何で?」

「さっき、店に電話がありました。来てませんかって」

「あっ…」

「帰りは送りますって、返事しておいたよ」

「あっ、すみません…」

 彼女はいたずらっぽく舌を出した。

 かなり勉強が捗ったのか、彼女は満足げな様子。

「でも、大丈夫です。一人で帰れます」

「…」

「大丈夫だったら。部活でこの位遅くなる時あるんだから」

「本当に大丈夫?」

「大丈夫です!!」

「…分かりました」

 あまり、子供扱いするのもいけないと思い、そう応えた。

「お腹が空いたでしょう。サンドイッチでも食べる?」

「あっ、そう言えば…」

 と、同時に彼女のお腹がグ~と鳴った。


 彼女は勉強道具を片付け、カウンターへ。

 カウンターから、奥にいる老犬を覗き込み、

「今日はごめんね。今度一緒に散歩行こうね」

 老犬は満足そうにシッポを振っていた。

 彼女は美味しそうにサンドイッチを口に運んでいた。


 時間はもう、閉店間際である。

 雨はすっかり上がっていた。

 私は、彼女の意志を尊重し、少し心配ではあるが、洗い物をしながら彼女を見送ることにした。

 家の人には、彼女が出てから連絡しようと思っていた。


 すると、店を出た彼女がすぐに戻って来た。

 ドアを開けて、

「ちょうど、半分だよ!!」

 と、空を指さしている。

 私は、彼女が何のことを言っているのか分からずにいると、

「早く、早く」

 と、手招きをする。

 私は洗い物を止めて、彼女に誘われるままに店の外に…


 表に出て空を見上げると、梅雨の雨雲の合間から、これまた本当にお月様をパカンと二つに割ったような半月がひょっこり顔を出していた。

 なるほど。

 それはまさしく、ちょうど半分のお月様だった。

「ねえ、ちょうど半分でしょう」

 と、私の顔を覗き込む。

「うん。見事に真っ二つだね」

「うん」

 ふたり、しばらく夜空を見上げていた。

 やがて再び雨雲が月を隠してしまった。

「やっぱり送るよ。ちょっと待ってて」

 私は、店の鍵を閉め、老犬と共に外に。


 雨のせいで少し肌寒くなった夜の道を彼女と共に歩いて行った。

 老犬は終始ご機嫌でシッポを振っていた。

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