第15話 老犬に誘われて
今日は梅雨の中休み。
あれから一週間が過ぎた。
彼女はもう店には現れなかった。
お昼過ぎ、なぜか老犬がカウンターの奥でソワソワしている。
これは散歩に行きたがっていることなんだが、この時間帯に散歩に行きたがるのは珍しい。
散歩を促す老犬に負けた私は、常連の客に店を頼み老犬に付き合うこととなった。
老犬はいつもより少し速足で河原の方へ向かっている。
まるで何かに吸い寄せられているかのようである。
そして、その正体は…
河原の土手に来たところで、私にもついに聞こえてきた。
破れラッパに様な心もとないサックスの音。
たどたどしいサックスの主は、彼女であった。
老犬が駆け出したので、私は思わずリードを手から放してしまった。
彼女のもとへまっしぐらに駆け出す老犬。
駆け寄る老犬に気づき驚く彼女が、こちらを見上げる。
私に気付いた彼女の眼は、少し戸惑ったような、睨んでいる様な眼であった。
彼女は私に軽く会釈をすると、再びサックスとの闘いに戻った。
老犬はちゃっかり彼女の脇に座り込んで彼女のサックスの音色を聞き入っている。
顔を真っ赤にして吹く彼女。
か細く鳴るサックス。
幸せそうにシッポをフリフリ振って聞きほれている老犬。
私は帰る訳にも行かず、しばらくの間、奮闘する彼女を見ていた。
すると、雲の切れ間から久しぶりに太陽が顔を出す。
今までくすんでいた景色が、一瞬で色鮮やかな世界へ変わって行った。
私の心の中にあったモヤモヤした気持ちも一瞬で晴れた様な気になった。
私はひとつ大きく息つくと、覚悟を決めて、彼女のもとへ降りて行った。
河原の土手に咲いている草花たちが、お日様の光を浴びてキラキラ輝いていた。
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