5-24 パーティーに関係が無い人たち

 騎士団や魔導士団の下っ端には貴族であっても社交の場に出てくることは殆ど無い。

 出てはいけない、というルールやマナーがあるわけではないのだが、出て行っても役職も無い者に用がある貴族はいない。

 小島明菜と園田愛梨は淡々と日々の業務をこなすのみだ。


 魔法の修練を積み、見張り・見回り当番をこなし、魔石への魔力充填を行う。

 バスやトラックを動かして消費した魔石は、魔導士団が魔力を再充填することになっている。工場チームが鉄鋼採取に行ったり、優喜が地方遊説で消費した魔石は明菜と愛梨が中心となって魔力充填をしている。

 魔導士団の中でも、まだ魔石の重要性はあまり理解されていない。

 上位者であっても、皇帝が何か言ってきている面倒な雑務、程度にしか考えていない者も多い。


 魔石の作製は、材料が無いためにまだ開始できていない。おそらく、冬将軍や吹雪騎士の討伐に出れば、素材回収はできると思われるが、それまでは魔物の素材は手に入る予定は無い。


 今日も明菜たちは黙々と魔石に魔力を充填していく。

 魔石の魔力容量はかなり大きい。

 空になった魔石を満タンにするには、下っ端魔導士三人ほどの魔力が必要だ。

 皇帝が次から次へと魔石を空っぽにしてくることに不満を持つ者もいるが、明菜と愛梨はこれも訓練の一環と捉えている。


 魔力を向上させるために必要なことは、とにかく魔力を使うことだとされている。

 魔石への魔力充填は、安全かつ手軽に魔力を使える良い機会なのだ。そう考えている者は魔力充填に積極的に参加している。


 最近は鉱山に同行もしたビュゾニアも魔力充填をするようになっている。

「才能の無い者は大変だな。」

 などと偉そうな態度で余裕ぶっていたのだが、魔力を計測してみると、格下だと思っていた相手に軒並み追い越されていたのだ。


「天才っていうのは、何もしなくてもそこそこできる人のことを言うのではない。常人がどんなに頑張っても辿り着けない領域に足を踏み込める人のことを言う。って皇帝陛下が言っていたよ。」

 だから、優喜は天才ではないらしい。そして、芳香は天才らしい。

 愛梨に追い越され、止めの言葉を投げつけられ、ビュゾニアは屈服せざるを得なかった。


「私が修練を積めば、お前たちなど、またすぐに追い抜けるのだ。」

 なんて偉そうなことを言っても無駄である。

「はいはい。そんなことは、魔力量最下位から抜けてから言ってね。うちの小隊で一番下はビュゾニアなんだからさ。」


 どこまでも見下げられビュゾニアは悔し涙を流すが、愛梨は怠ける者には容赦がない。

 なんか、みんな優喜が感染して考え方が優喜化している。



 一人騎士団に入団した渡辺直紀は訓練の日々が続いている。

 なんとか騎士団の入団試験に合格はしたものの、まだまだ実力は足りておらず、現在の立場は騎士見習いだ。

 見習いの騎士に任務は無い。

 見張りに立つことも無いし、討伐に出かけることも無い。

 ただ、雑用と訓練に明け暮れるのが見習い騎士というもの、だった。


 だが、皇帝が変わってから、騎士団内の事情も少々変わっている。

 春からは騎士団にも、それ用の事業を与えると通達されている。そのために、最低限の学識を身に付ける必要に迫られていた。

 特に、平民上がりの騎士は識字能力に欠ける者が多く、貴族家出身の者たちも算術には疎い。


 騎士団の事業では、戦車を作ることになっている。

 戦馬が曳くチャリオットではない。

 英語のTank、ドイツ語のPanzer。砲塔と無限軌道を持つ重装甲戦闘用車両の方だ。

 自動車も鉄道も無いような世界で、何をトンデモナイ物を作ろうとしているのか、それで一体何と戦うというのだろうか。

 偉大なる皇帝である優喜の考えるところは、神ですら及ばない深淵の如き奥深きものなのだろうか。


 直紀は皇帝の命により、騎士たちに算術を教えている。

 上級の騎士たちは、それなりの貴族家の出身の者たちで占められており、それなりに教育レベルは高い。

 足し算、引き算、そして掛け算はバッチリだ。割り算は、あまりできない。

 驚きの学力だが、所詮は公教育など存在しない社会である。何千年も続いている国や領地の歴史、自分の家の偉いご先祖様の偉業を覚える方が大事なのだ。

 彼らは、『エンシュイ-ノキミザ(四千九百)年前のミズスト川の氾濫に際し、我が祖、バツェリニが成したことは……』などということはスラスラ言えるのだ。


「先祖を誇りに思うことは悪いことではありませんが、先祖自慢をいくら繰り返し言ったって、あなたたちの価値は何一つ上がりません。」

 優喜のそんな言葉に騎士たちは不愉快そうにしていたのだが、そんな彼らに優喜は止めの言葉を放り投げた。

「偉大な先祖に負けないほどの偉業を成し遂げようとは思わないのですか。偉い偉いご先祖様に甘えているだけではありませんか。情けないですねえ。」

 そう言われてしまえば、騎士たちもぐうの音も出ない。

 仕方なく、彼らも勉学に勤しむことになった。


 宮省で製本した教科書を使って、授業が行われる。まず対象となるのは中級から上級の騎士たちだ。

 上級騎士が優先なのだが、パーティーに出ている間は、中級騎士むけの授業が行われる。


 ティエユで印刷してきた教科書は五十六部。そのうちの十四部が騎士団に割り当てられている。

 二十八部が魔導士団、七部が宮省、そして残りの七部が貴族院に割り当てられた。

 中央省は今のところ、勉学に向ける時間が無いために、初期の割り当ては無しである。


 数学の教科書第一巻は、年明けを目途に大量に納品される予定だ。印刷機が完成し、インクもできあがり、製造の準備は整っている。

 問題は、吹雪の日が多いために、工場の操業や納品がそう簡単にできない事だけである。


 そして、教科書第二巻は、芳香が鋭意執筆中である。妊娠九ヶ月目に入ろうとしている芳香は、自分のペースで進められる執筆作業に多くの時間を費やしていた。

 その二巻は、中学数学の全範囲に加え、高校の確率統計までが含まれる予定だ。

 これは単に芳香が書ける範囲と言うだけのことなのだが……

 第三巻では指数に対数、三角関数。数列にベクトル、行列、そして微分積分などが解説されるらしい。

 高校一年になったばかりの彼らは、そのあたりはまだ習っていないはずなのだが、優喜と芳香は高校数学は全範囲できると豪語している。


 工業化を推進していくための数学と考えると、高校数学など初歩でしかない。

 先に進むために必要な最低限の知識を、まず上級貴族に与えて、そこから下に広げていく算段である。


 教科書片手に、直紀の授業は進む。

 分数や小数、あるいは面積や体積といった、小学生レベルの概念から徹底的に叩き込む。


 案の定、日本の子供たちもよく言うセリフが出てくる。

「こんなことをして一体何になると言うのだ!」

「強力な武器を作ったり使ったりできるようになりますよ。」

 騎士団第三隊隊長のズトラシアのありきたりなセリフに、直紀はあっさりと即答する。


「分数や小数が理解できないのでは、話になりません。数年内に役立たずの烙印を押されることになるでしょう。」

「男は槍ができれば」

「槍なんて届きもしない距離から吹っ飛ばされるだけですけど? そんな武器を使う人がいっぱいいて、槍が何になるのです? 優喜様は魔龍を一撃で屠る武器を作れと言っています。」

「魔龍を一撃だとォ!」

 興奮に声を荒らげるズトラシア。

 魔龍討伐は、各国の英雄級の騎士やハンターが集まり、総勢九十八を超える人数で行っているものだ。

 先頭は長ければ数週間にも及ぶ。


 それを一撃で終わらせると言うのだ。驚かぬはずが無い。

 だが、優喜は本気でそれを作るつもりでいるし、直紀もそれが可能だと思っている。


 本当にそんなものが作られるのだとしたら、槍など何の役にも立たないということは分かったのだろう。

 ズトラシアたちは大人しくペンを取り、教科書と格闘するのだった。

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