5-23 パーティーは続く
十四月一日。
一年も残すところあと一ヶ月。
そして、社交シーズンの本格的な開始でもあるこの日に、皇帝主催の舞踏会が開かれる。
舞踏会で自慢するのは、服だ。
参加者は、皆、煌びやかなドレスを纏い、優雅さと華麗さをアピールする。そこに上位者への遠慮や配慮は無い。むしろ、上位者を引き摺り下ろし、自分がのし上がるための場所なのだ。
貴族たちが集まり、軽く食事をしながら歓談しているところに、「皇帝陛下、入場」の声が響き渡る。
そこで出てきた優喜の衣装は、ゲレムの貴族たちが目を剥いて驚くものだった。
高さ三メートルに広がる巨大な襟(?)、そしてその背後から左右に伸びる緞帳としか言いようのない物体の中に茜と理恵が埋まっている。
いや、衣装を支えるために、衣装と一体化しているのだが、人が衣装と一体化している時点で何かが間違っている。
「ごきげんよう、貴族諸君。」
優喜が挨拶をするも、その貴族諸君は顔を引き攣らせて固まったままだ。
「ミュージックスタート。」
戸惑い、困惑し、混乱している貴族たちをよそに、軽く挨拶を済ませた優喜はさっさと会を進める。
管弦楽団が軽快な演奏を開始し、優喜はドイツ語で歌い始めた。
そして、それに合わせて従者や妃たちが「Hu! Ha! Hu! Ha!...」と掛け声を上げる。
やたらとノリの良いダンスミュージックであり、日本どころか、世界中で流行した、スーパーヒット曲。モンゴル建国の神をテーマにしたその歌は、日本でも運動会などで用いられることも多い。
地球上の多くの人に知られているその歌は「ジンギスカン」。
……なんでだよ。
なんで、異世界に来てまでジンギスカン(歌)を広めるんだよ。
バカじゃねえのか。
皇帝が歌い始めたら、貴族としては踊らないわけにはいかない。
上位の貴族たちから、フロアの中央へと踏み出し、華麗なステップを決めていく。
ソロで決める人がいれば、デュオで踊る者もいる。親子三代のトリオがあれば、四つ子カルテットで衆目を集める兄弟もある。
男女がペアになる社交ダンス的なものは、時代遅れどころではない。既に時の彼方に忘れ去られている。
何万年も前の舞踏会では男女が組になって踊っていたらしいよ、というトリビアでしかない。
二曲目のダンシングヒーローが始まると、舞台装置のような衣装から抜け出して優喜もダンスを披露する。
貴族たちも、皇帝に負けまいと、激しいダンスを繰り広げる。
え? 貴族の舞踏会ってこういうのなの??
昭和のディスコじゃないんだからさ、もうちょっと格式みたいなのが欲しいんですけど。
「本日は外は酷い吹雪であるが、みながこうして集まることができ、私は愁眉を開く思いである。」
二曲目が終わり、優喜の格式張った話が始まった。
「昨年とは色々と様相が変わっていることに戸惑っている者も多いだろう。」
優喜は言葉を区切り、貴族たちを見回す。
「愚かな者たちが兵を挙げ、そして、そのすべてを失う結果となった。」
貴族たちの反応は様々だ。恨めし気に優喜を睨む者に、値踏みするような目を向ける者。冷静にというより冷ややかに見ているものもいれば、ポーカーフェイスを貫き微笑を崩さぬ者も多い。
まあ、事前に予想していた通り、好意的な目で見ている者は殆どいない。
「此処に集うた賢き者たちは、そのような愚かなことはしないと私は信じている。」
優喜を睨む貴族たちの表情が僅かにに動く。
優喜はそれに気づいているのか、いないのか、調子を変えずに言葉を続けていく。
「見ての通り、私は若輩者だ。その上、この国の歴史や文化にも詳しくはない。至らぬことも多いだろう。」
優喜の演説は続く。
碓氷優喜という人間は、本人の嗜好もあり、可愛らしいというイメージが先立つ。
威厳や貫禄というものは、悲しいくらいに微塵も感じられない。
そりゃあ、貴族たちも戸惑うだろう。
ここに来ている貴族たちから見れば、優喜の年頃は、子供や孫の世代でしかない。
『なんとか成人の年齢にこそ達しているものの、圧倒的に知識も経験も不足しているに決まっている。』
殆どの貴族、いや、その従者らですらも、そのような目で見ているのは明らかだ。
だからこそ優喜は、演説の内容、言葉遣い、話をする立ち居振る舞いと、気を配っている。
そして、貴族たちも、一つも見逃すまいと注意深く見ている。
「そして、はっきりと言っておく。私の治めるこの国で、安寧を破壊する者は許さぬ。我が名を以って全力でそれを誅するだろう。」
優喜は目を閉じ、数呼吸の沈黙。そして従者から杯を受け取ると高く掲げた。
「さて、私の皇帝就位に異論がないならば、この杯を以って、共に繁栄の道を歩む約束としよう。」
優喜が杯に口を付けると、居並ぶ貴族たちも杯を掲げ、同じように口にした。
この辺は、ゲレムの皇帝就任式などではよくやる儀礼なのだそうだ。
そして、ゲレムの伝統的な曲目が演奏され、舞踏会が続く。
その中で、上位貴族から順に新皇帝とその妃に挨拶をしていく。
流石に伝統ある貴族たちである。長蛇の列を作るなどという情けない真似はしない。
前の者が終わったら、さりげなくダンスの輪から離れて皇帝の元へと向かう。
食事の評判も上々だ。
目玉として出した焼きそばパンは、予想以上に多くの貴族たちが口にしている。
珍しいのは当然だ。
炭水化物に炭水化物を加えたものを好むのは日本人の特徴だ。
アンパンなんて、小麦に小豆、砂糖という恐ろしいほどの炭水化物のカタマリが、何に疑問も無く当たり前のように食されるのは正直言って異様だ。
普通に考えたら、バランス的にありえない食品だ。
でも、まあ、お茶請けには美味しいかもね。
だからこそ、めぐみはアンパンを採用することにしたのだが。
その後、舞踏会は恙なく進行し、無事に終了した。
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