5-19 そこは真っ白な世界だった

「なにこれ。」

 青木美穂は窓を開けて呆然と呟いた。


 白。


 見えるものはそれだけだった。

 別に、神を名乗る変な存在が出てきたりはしない。異世界転生の際の、神の間に迷い込んだのではないのだから。


 単に、視界ゼロの猛吹雪が吹き荒れているだけだ。

 夜半より風が轟々と吹いているのは、みんなが知っていることだが、まさかこれ程の吹雪になっているとは思わなかったのだろう。


「ちょっと! 窓閉めて!」

 平田登紀子に言われて、美穂は慌てて窓を閉めた。

「なんかすごく寒くない?」

 古屋柚希がベッドから起き出してきた。

「外、なまら吹雪いてる。」

「は?」

「まじブリザード。」


 柚希は窓に寄り、開けようとする。

「開けちゃダメ!」

 が、登紀子がそれを制した。


 中島翔子も起きてきて、四人とも着替えて一階のリビングに向かう。

 工場チームの家では、寝室は十二畳ほどの部屋に二段ベッドを二つ入れての四人部屋としている

 全員で十一人なので、三人だけの部屋はあるのだが。


 美穂たちがリビングに下りると、男子陣は既に朝食の準備をしていた。

「おはよう。外、見た?」

 美穂が挨拶がてらに状況の確認をする。

「あれ、無いわ。さっき見たら三十センチくらい積もってた。」

「うげえ。」

「やばい! 雪かき作ってない!」

「ああ、それ、今話してたところだ。スコップとか、ダンプとか作った方が良いよなって。」

「全部鉄製?」

「プラスチックなんてどうやって作るんだよ。」

「そうだよね。」


「何作ってるの?」

 漂ってくる香ばしい匂いに、翔子が厨房に向かいながら訊く。

「パンと塩漬け肉焼いているだけだよ。」

 厨房から言葉を返したのは林颯太だ。


 朝食は紅茶に肉サンドだ。

 今は塩漬け肉を薄切りにして、フライパンで焼いているところだった。

 買い込んであったパンはオーブンに入れ、軽く焼いてある。

「みんな食べるでしょ?」

「うん。お腹空いたよ。」

 食器を用意しながら翔子は答えた。


 全員分の食事ができる頃には佐藤美紀たちも起きてきて、リビングに集まっている。

「暗いね。」

「仕方ないよ。油とか節約しとかないと。吹雪きだすの予定より早いし。」

「春よこーい!」

 柚希は叫ぶが、まだ冬になったばかりだ。春が来るのは五ヶ月くらい先の話だ。


「朝ごはんできたよ。一人二個ね。」

 翔子が大皿いっぱいに載せられたサンドイッチを持ってきた。

「少なくね?」

「全員分一度にはできないよ。一人二個だからね。それ以上はダメだよ!」

 翔子は念を押して厨房に戻っていった。厨房では引き続き颯太が肉を焼いている。


 パンには軽く火を通したジューシーな肉と、パリパリに焼いた二枚を入れている。

 美味しくない食事はツマラナイということで、食材が少ない中でもできるだけ美味しく食べれるよう頑張っているのだ。


 二回に分けて出されたサンドイッチはあっと言う間に消えて行った。

「ちょっと少なくないか?」

 田村零士が不満を漏らす。確かに、食べ盛りの男子には少ないのかも知れない。

「パンが無いんだよ。作らないとさ。」

 颯太が嘆息しつつ答える。


「パンなんて作れるの?」

 翔子が首を傾げる。

「ちょっと大変だけどね。作れなくはないと思うよ。まあ、そのうちね。」

 それに答えたのは登紀子だ。

「そのうちかよ。」

 零士は相変わらず不満そうだ。

「面倒なんだって! 麦挽いて粉にするところからだよ? 他にすることあるじゃん。雪がもっと積もって外にも出られなくなったらで良いでしょ。」


「それまで何食うの?」

「麦ごはん。とかお粥? リゾットみたいな?」

「それ、美味いの?」

「知らない。」

 登紀子はあっさりと言い放った。


「知らんって、お前なあ。」

「だって、作ったこと無いし、食べたこと無いし。」

「それを食わすのかよ。」

「鬱陶しいなあ。嫌なら自分で作れば良いじゃん。」

 彼らは、この辺はもうストレートに言ってしまう。

「ゴメンナサイ。」

 零士は素直に謝った。

 まあ、謝らないようだったら、本当に摘まみ出されるからな。その辺りのルールはかなり厳格だ。

『不満があるなら、解決すべき課題として提案すること。ただ文句を言うことは許さない。』

 これはハンターとなる前から優喜が繰り返していることだ。

 工場チームも、それをしっかりと引き継いでいる。


 食事が終わったら、防寒衣に身を包み、工場へと向かう。

「さみぃぃいいぃぃ!」

「寒いってよりも、風強いって!」

 風速は秒速三十メートル近い暴風だ。建物に当たった風が渦を巻き、雪を巻き上げる。

 上下左右構わず乱舞する雪で視界はほぼゼロ。

 足下すら見えないのではないだろうか。


「前見えないって!」

「これ、遭難しそうなんだけど!」

「つまんねえよ!」

「べ、別に面白いこと言おうと思ったわけじゃないよ!」

 あまりの吹雪に玄関を出て十メートルで挫折し、家に戻っていった。


「どうする?」

「想像以上にヤバいって。」

「少し落ち着くの待つしかないよ。」

 美紀たちは雪を払い落しながら言う。

 だが、本当に外出するのは命に関わりそうなほどの吹雪だ。

 気温はマイナス数度程度でそれほど低くは無いが、視界が全くと言って良いほど無いのが問題だ。

 さらに、風のために真っすぐ歩くことができないため、自分の位置も、向いている方向も分からなくなってしまうのだ。

 家に引き籠って、大人しくしているしかあるまい。


 昼頃になると、吹雪は少し静かになってきた。

 とはいっても、相変わらず雪は降っているし、風は吹き荒れている。気温が少し上がって雪が重くなったために、地吹雪が治まり、ある程度の視界が得られるようになったのだ。


 幸一たちは、早めの昼食、肉うどんを食べると工場へ向かう。

 尚、午前中はすることが無かったので、みんなで麦を引いて麺を作っていた。


「とりあえず、スコップとダンプ作るぞ。」

 工場につくなり、幸一は指示を出す。

 彼らの作るスコップは、継ぎ目のないフル鉄製の物だが、スノーダンプはさすがに無理だったようで、持ち手と本体は別に作られて溶接されることになった。


 そして、雪をかき集めてきて、除雪機の実験である。

 羽のついた回転軸を、魔導エンジンにチェーンで繋ぐ。

 縦回転の場合に、横回転にした場合。あるいは、二つを嚙合わせるように並列動作させてみたり、直列にしてみたりと試してみるパターンは幾つもある。

 そして、オーガやシューターとの位置関係によっても排出能力が変わってくる。


 試行錯誤すること四日間。

 ロータリー除雪機試作品第一号が出来上がった。

 ただし、彼らは『ロータリー除雪機』という言葉を知らない。


「で、できたは良いんだけどさ、これって何て言うの?」

 登紀子が疑問を口にした。

「除雪車で良いんじゃない?」

 美紀としては名称には無関心なようで、そっけなく答える。

「でも、除雪車って、あの横に除けるやつもそうでしょ?」

「じゃあ、除雪車グルグルタイプで良いんじゃないか?」

「ダセェよそれ。もうちょっとカッコイイ言い方って無いのか?」

 美紀の余りのセンスに、零士がツッコミを入れる

「カッコイイってどんなのよ?」

「……ローリングサンダー?」

 それはアカンやつだ。頼むから違うのにしろ。


「ええ? サンダーって、なんで雷なの?」

 偉いぞ、セシリア。よくぞ言った。

「面倒臭いなあ。素直に投雪車で良いじゃん。」

 そして、颯太は呆れたように言った。

「まあ、無難だね。」

「良いんじゃない?」


 名前も決まったことで、幸一は除雪しながら宮殿に向かってみることにした。

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