5-11 魔虫退治

 清水司は五級ハンターチーム『烈風』に拾われていた。

 再び森に行き、一人でシカを仕留めたは良いが、重すぎたために運ぶのに難儀し、必死に引き摺っていた。

 シカ一頭で百キロほどはあるのだ。司が一人では担ぎ上げることもできない。

 そこに通りがかったのが『烈風』だった。


『烈風』は運搬を手伝う代わりに分け前をよこせと提案したのだが、司としては自分の分け前が少ないと駄々を捏ね、最終的に、サブリーダーのゴリアスティアが司が『烈風』に入れば問題ないと言い出し、結局そうすることになった。


 そして、今『烈風』が現在請けている仕事は魔虫退治だ。

 帝都の南東約四十キロ。農村の近くに大量のムジキュスという魔虫が営巣していて、危険なので駆除してほしいと言うことだ。

 ムジキュスは、ツキノワグマサイズの巨大ナメクジにムカデのように足が生えた気色の悪い生物だ。そして、魔物の象徴である三本の角が頭部というより背中から生えている

 こいつらは雑食の上に大食いで、畑を荒らしたり、家畜や人を襲って捕食したりする厄介な奴だ。


 それがどこからやって来たのか、十数匹が巣を張り卵を産んでいると言うのだ。

 こんなのに殖えられては農家としては堪ったものではない。


 後先考えずに一匹を殺すだけならば簡単だ。

 足や角があろうとも、所詮はナメクジ。大量の塩を掛ければ死ぬ。

 だが、さすがに畑の中で塩を撒き散らすわけにもいかず、また、数も多いために帝都のハンター組合に駆除を依頼することになったようだ。



『烈風』のメンバーは、司を含めて八人。

 槍や斧を持った前衛が五人。魔導士が二人に、弓士が一人という構成だ。なお、司は魔法も使えるが、前衛に数えられている。


 村で話を聞いて、言われた場所に向かうと、沼の近くの畑の端に怪しげな土の盛り上がりが幾つも並んでいる。

 ヴィンガスが気配を殺して慎重に近寄り、土塊の様子を窺い、急ぎ戻ってくる。

「確かにムジキュスの巣の様だな。中にいるみたいだ。」

「あの中か。まず、どうにかして追い出さないと、俺たちじゃどうにもならんぞ。」

 斧を持ったエペニヒュクが唸る。


「土魔法で巣を崩せば良いんじゃないか?」

「土魔法? 簡単に言うなよツカサ。そんなの誰が使えるんだ?」

「崩すくらいなら僕が使える。土魔法は得意じゃないから、大した威力は無いけど、あの盛り上がったのを除けるくらいならできると思う。」

「よし、やってみろ。まずは、一番手前の一つだけだ。まとめて出て来られても敵わんからな。」

 司の提案にメソフィケミが了承し、パーティーは動き出す。

 司はレベル三の魔法陣を書き、詠唱を始めた。

 と同時に前衛部隊が司の前に広がり、二人の魔導士も攻撃魔法の準備をする。

 詠唱が完了すると、魔虫の巣の横に土の柱がそそり立つ。そして、巣の上の土は柱に持っていかれて綺麗サッパリ無くなっている。


 突如巣を覆っていた屋根が消えて無くなったことに慌てたのだろう、ナメクジの化物が飛び出した。

 そこに火魔法が襲い掛かり、さらに槍と斧が急襲する。

 畑はもう収穫が終わっているため、周囲の作物に被害を出さないよう気を遣う必要は無い。『烈風』遠慮なく火属性や土属性の魔法攻撃を叩き込む。

『烈風』全員の一斉攻撃により粘膜を焼かれ、足を叩き折られ、そして槍で貫かれ、魔虫は動かなくなった。

 そして、止めとばかりにエペニヒュクが斧を振り下ろして、魔虫の頭部と思しき個所を切り落とした。


「よし、この調子でいこうか。ツカサ、土の魔法はまだいけるかい?」

「ええ。あと十四回くらいなら問題ないです。」


『烈風』は慎重に、端の巣から一つずつ潰していく。複数をまとめて相手にしても勝つことはできるであろうが、相手の数が多ければ、無傷で、とはいかないだろう。

 無用なリスクを避けて、確実に魔虫の数を減らしていく。

 しかし、彼らは『烈風』なんてパーティ名なのに、風属性の魔法を全く使わない。どういうつもりでパーティ名を付けたのだろう?


 三時間もせずに成虫の駆除が終わり、『烈風』は一息をつく。


 ただし、既に産み付けられた卵を全部潰さねば、駆除が完了したとは言えない。

 この卵が孵るのは春だ。数分ほど放置したところで、どこかのB級パニック映画のように、ワラワラと卵が孵るなんてことはない。

『烈風』は、小休憩が終わったら、一つの巣に数十はある卵を槍や斧で潰していく。

 直径五センチメートルほど、黄緑の半透明の卵をプチプチと潰し、止めに火魔法を放っておく。

 間違って春になって卵が大量に孵ったのでは信用も何もあったものではない。ハンターも信用が第一。仕事は確実にこなすことが大切なのだ。


 一通り卵を潰したら、残っている巣が無いか辺りを入念に調べて回る。

 司はロクに確認もせずに「もう大丈夫だろう。残っているようには見えない。」なんて言うが、目立たない巣が残っていないなんて保証はない。

 メソフィケミは、一帯を隈なく調べて、この範囲には残っていない、とハッキリさせることが大事なのだと言う。


 卵の駆除が終わると村に行って、村長らに完了の確認をして貰う必要がある。

 書類に村長に完了のサインをもらって、帝都のハンター組合に提出することで報酬を貰えるのだ。


 駆除した証拠として、成虫の死骸はそのまま残してある。

 実は一時的に追い払っただけで、またすぐに戻ってきてしまった。なんてこともあるらしい。

 十八匹の魔虫の死骸と、駆除をした範囲を確認すると、村長は依頼書にサインをした。


「じゃあ、これはもう焼き払ってしまって良いかな?」

 リーダーのメソフィケミが確認する。

「ちょっと待ってくれ。角や爪は採らないのか?」

 司がが慌てて訊く。


「角? そんなものどうするんだ?」

「どうするって、魔物狩といえば、素材じゃないのか? この魔物の角はハンター組合では買取をしてくれないのかい?」

「していないことは無いが、端金だろう?」

「端金?」

 司は鸚鵡返しに聞く。

「ああ。これ全部でも銀貨二枚にもならんだろ。」

「な、何だって? そんなに安いのかい? いや、でも、だって、魔物の素材は前に買おうとしたら売っていなくて、依頼を出さないと手に入らないと言われたんだが……」

 驚いてペラペラと喋る司。

「角を買う? こんなもの、一体何に使うんだ?」

「魔法薬や魔石の材料になるはずだ。ウールノリアにいた頃は、安くても一匹で銀貨何枚かで買い取ってもらっていたんだが。碓氷、いや、新しい皇帝なら買い取ってくれるんじゃないか?」

『烈風』メンバーは互いに顔を見合わせる。


「本当に売れるのかよ?」

 魔導士のトメスポは、あからさまに信用していない口ぶりだ。

「買うつもりだから、何日か前に、値段を調べていたんだが。」

「何日か前だと、もう十分有るから要らないって言われないか?」

 ヴィンガスも心配そうだ。


「いや、こっちに来るときに何十匹分とかの素材を置いてきたから、そう簡単にはその分の補充はできていないと思うよ。」

「数十匹? そんなにどうするんだ?」

「魔石や魔法道具を作るのに大量に必要なんだ。」

「新しい皇帝様は錬金術も使えるのか?」

「僕には何が錬金術で、何が魔術なのかよく分からないんだが……」

「まあ、大ざっぱに、魔法薬とか魔法道具作るのは錬金術だよ。」

「だったら、得意分野なんじゃないかな。」

「とにかくだ。買い取ってもらえるとして、幾らくらいが見込めるんだい?」

 メソフィケミは話を建設的な方向へと変える。

「あまり大きい角じゃないし、一匹で銀貨二枚くらいじゃないかな。」

「ということは、これ全部で十八匹だから銀貨三十六枚にはなるということだね?」

「ああ。」

「分かった。たとえ、全部で銀貨十八枚でも御の字だよ。持って帰ってみよう。」

 リーダー権限で持ち帰ることに決定し、『烈風』は手分けして角を抉り取っていく。


 帝都に戻り、ハンター組合で素材引き取りの値段を聞いてみると、やはり、全部で銀貨一枚半とか言われた。

「皇帝なら買ってくれるって、どうするんだ? 俺たちが行ったって相手にしてくれないだろう?」

 ゴリアスティアが不安そうに言う。

「ちょっと、知り合いに聞いてみるよ。僕も角の品質の見方がわからないんだ。」

 司を先頭に『烈風』の八人はぞろぞろと揃って工場に向かう。

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