5-10 材料が全然足りません!

 魔法を使った金属加工はやたらと早い。

 鋳型を作る必要も、頑張って叩いて鍛え延ばす必要もない。

 設計の通りに魔法陣を書いて数十秒の詠唱をすれば、それで金属部品が出来上がる。

 しかも、一度の詠唱で出来上がるものは一つとは限らない。形状の複雑度が低いものは、一度にまとめて幾つもできるのだ。

 一番大量生産できるのはボルトやナットの類で、レベル二の魔法一発で四十二個を製作できる。むしろ、この数を増やすことはできても、減らすことができないくらいだ。


 製紙用機械の全部品の数はとても多く、それを製作するには、そこらの鍛冶屋では数ヶ月がかかるであろう。それが、僅か二、三日もあれば完了してしまう。

 という事で、再び理恵や茜にアポを取り、相談した結果、みんなでもう一度鉄鉱山に行くことになった。

 製紙用機械だけで、鉄を二トン以上も必要とするのだ。これではクルマを作る分の鉄材が足りなくなってしまう。

 全員で行くということで、トラックは二台とも使う。それに加えてバスまで投入して、最大運搬力で取って来いと言うことだ。

「あれ運ぶの、めっちゃキツイんですけど。」

 吉田セシリアは、彫りの深い顔を歪め、心底嫌そうな顔で言う。

「いやいや、頑張りすぎるからだよ。六日の予定を四日で終わらせたら、そりゃあ大変でしょう。」

 理恵は呆れ半分に言う。

「疲れると怪我とかしやすくなるし、無理のない範囲でやれば良いんだよ。切傷は治療魔法で簡単に治せるけど、骨折治せる人いないでしょ?」

 さらに茜にそう言われては、幸一たちには反論の一つもない。


 十一月十九日。

 トラックとバスが三台連なって街道を行き、バンツへ入る。

 今回は、魔導士団から小島明菜の他に、園田愛梨、そしてビュゾニアが参加する。

 彼は十四歳で魔導士団に入ったばかりの見習い魔導士だ。

 魔力は高く、才能があるのは確からしいのだが、精神的にも技術的にもまだまだ未熟なため、色々な現場を経験させたいらしい。


 ということで、リーダーはやはり明菜となる。

 ビュゾニアは第六位爵の息子ということで、七位爵の明菜が上に立つことを快く思っていないのだが、それは思い上がりだ。

 第六位の爵位を受けているのはあくまでも母親で、彼ではない。その母親も第二位爵から受けたもので、皇帝から直々に受けたものではない。

 当主と前当主の直系は貴族とみなされるが、当然のように当主よりもワンランク落ちる。

 つまり、彼自身の評価は明菜と同じ七位に過ぎないし、七位の中での序列も、明菜の方が上だ。


 一行はバンツで一泊して、ゲイグ鉱山に向かう。

 前回来た時に道路を整備したり、目印を作ったりしたので今回は迷うこともない。

 魔物とも遭遇せず、二時間も掛からずに鉱山へと到着した。


 イベニヒアは嫌そうな顔をするが、鉱山の管理を任されているとは言え、彼女は平民の商人である。貴族が三人も出てきたのでは引き下がるしかない。

 明菜たちは大型トラックとバスを離れたところに停めて、まずは中型トラック一台で採掘場へと向かった。


 斜面が抉られた山裾の道を進んでいると、意外と採掘場の入り口付近にも鉱床が広がっているようだ。

 田村零士が鉱脈を見つけて、土魔法で根こそぎ掘り出していく。

 明菜と愛梨はガンガン魔法使って採掘していくが、ビュゾニアは黙って見ているだけだ。


「ねえ、ビュゾニアさんはやらないの?」

 青木美穂が不満そうに質問をぶつける。

「何故、私がそんなことをするのだ?」

 ビュゾニアは、さらに不愉快そうに答える。

「じゃあ、何しに来たのアンタは。」

 愛梨は容赦なく叱責する。

「だいたい、土属性の魔法など使えるものか。」

「使えるようになりなさいって言ってるの。できないなら、できるようになるまでここで練習なさい。」


 何か優喜みたいな言い方だな。

 いや、優喜はできないことを許さないか。練習しろではなく、できろと言うのが優喜クオリティだ。


「土属性なんて使えるようになったから何だと言うんだ。」

 ブツブツ言いながら小石を飛ばすレベル一の土魔法の練習をするビュゾニア。

「土魔法が最強なんだけどねえ。」

「これだから田舎者は! 私の火球を見せてあげようか? 石飛礫を飛ばすだけの魔法なんて役立たずだろう。」

「いや、落とし穴って殆ど最強だろ? それともアンタは空飛べるのか?」

 韮澤俊が横からツッコミを入れる

「落とし穴?」

「そう。こんなの。」

 愛梨が言った瞬間、ビュゾニアの足下の地面が消えた。


「うぐわあああああ。」

 高々一メートル程度の深さの落とし穴で大慌てをするビュゾニア。

「ほらな。もっと深く掘っていたら、それだけで死んでるぞ。」

「落とし穴は土属性使えないと防げないからね。火球なんて防ぎやすい魔法とはワケが違うよ。」

「火球が防ぎやすいだって?」

 愛梨の言葉が余程気に入らなかったのか、穴から這い上がりながら睨んでくる。

「火球なんて、風でも吹き飛ばせるし、光の盾じゃなくても、ただの水とか土の壁でも防げるからね。役に立たない攻撃魔法の代表だよ。そもそも、魔法を使えなくても盾でも防げるからねえ。」

 だが、答えたのは明菜だ。


「だ、だけど、土属性なんて農民が使うものだ。」

 明菜に傲然と見下され、たじろぎながらもビュゾニアが言う。

「皇帝陛下が一番得意なのって土属性なんだけどね。陛下に言っちゃって良い?」

「な! 莫迦な。土属性は」

「とても便利で、最強の属性だよ。」

 尚も食い下がろうとするビュゾニアの言葉を遮ったのは佐藤美紀だ。

「魔法だけで家も建てられるし、馬より速く移動することもできるんだよね。」

「あのトラックだって、地面を平らに均しながら走るからスピード出せるワケだし。」

「優喜様が本気になったら、お城とか跡形も無いよね。」

「最初は、それ、マジでやるつもりだったらしいよ。」

「紙一重の向こう側にいる人だからねえ。」

 土属性を持ちげていたのが、何故か優喜をディスる流れになっている。


「という事で、頑張って!」

 愛梨が締めて、作業に戻る。

「って言うか、この辺の下にも結構鉱脈あるんだね。」

「下はまだダメだよ。外側から採っていかないと、道が作れなくなっちゃうから。」

「へーい。」

 セシリアに言われて、愛梨は穴を埋めると、外側の壁からどんどんと採掘していく。


 そして、美紀は採掘している傍らで台車を作っている。

「何これ。」

 古屋柚希がちょっと押してみてもビクともしない。

「二トンくらいあるから、そんな簡単に動かないよ。」

「二トン? 重すぎだよ!」

「これ、そのままトラックで引っ張って行けば良いと思わない?」

「作りが悪いよ。これを牽引するのは怖いわ。」

 幸一が面白そうにやってくる。


「じゃあ、どうなっていれば良いのよ。」

「トラック側に、牽引用のフックをつけて、それに直接連結しないと。紐で引っ張るのは無しだ。コイツにブレーキ無いから、ブレーキ踏んだら追突されてトラックが壊れる。」

「フックってどんな形?」

 魔術で実物大で書いて説明する。

「難しいなあ。」

「多分だけど、クルマの台と牽引用の枠は別に作って、後からくっつけた方が楽だと思う。ほら、ここから上と下に分けて。」

「車輪は左右で軸分けないと曲がらないよ。重いってだけで曲がり辛いから。」

 三人寄れば文殊の知恵。

 一人では難しいことも、みんなで意見を出せば、上手い解決策も出てくるというものだ。

 ただし、最初にテーマをハッキリさせないと、山を登る船を作ることになる。

 まさか…… 作らないよな? いやいや、ありえないだろう。

 だが、コイツ等なら、というか優喜なら本当に作りかねない。山どころか天にまで昇る船を……


 美紀たちがごちゃごちゃやっている横を、晶と美穂がゴロゴロと鉄塊を満載したカートを押していく。


 鉄塊運搬のノルマは、一人一日五十六個だ。前回の幸一たちは初日は百三十個だったのだから楽なものだ。

 だが、それでもやはり重労働であることには変わりは無い。

 日本でよく見るような作業着に作業靴ならば、もうちょっと楽なのだろう。

 たが、ここで高性能な衣服は望めない。特に、靴は木と革で作られたもので、お世辞にも作業がし易いものとは言えない。


 それでも、彼らは頑張って働く。

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