4-26 お金が無ければ、貴族の財産剥奪だ!

 百人以上の将官たちの話を聞きいていると、すっかり陽が傾いていた。


 改めて忠誠を誓おうとしなかった者は十一名。

 結局、明確に何かができると答えた者は半分もおらず、降格せずに済む者はゼロという結果だった。

「貴族というのも厄介ですね。雑事は全部従者にやらせるから、何もできない人ばかりになってしまうとは。」

 帰りの馬車で、優喜は疲れた顔で愚痴る。

「全員処刑とか、爵位剥奪とかにならないだけ良かったじゃん。」

 芳香は慰める。

「まあ、そうですね。今日は疲れましたよ。早くご飯食べて寝たいです。」

「あら、寝れるんですか?」

 芳香は時々、鬼なことを言う。


 夕食の後は平民組の報告を受けて、その後めぐみに中央省に引っ張られていく。

「どうしたんですか、めぐみ。今夜は強引だね。」

「ふざけたこと言ってたらぶん殴りますよ。」

 そう言うめぐみの目は据わっている。


「これが、コムギ、トウモロコシ、コメ。」

 楓は指差す税の三大穀物ゥゥ。

「ちょっと待ってください。私の知らない物ばかりじゃないですか。」

「言ってみたかったの。」

「そう言えば、なんか聞いたことあるようなフレーズだね。」

 理恵が微妙な反応をする。


「ふざけたこと言ってたら殴るって言ったよね。」

 めぐみが固く握った拳を振り上げる。

「だって、楓が。楓が!」

「他人のせいにするの?」

「暴力反対!」

 優喜はそんなことを叫ぶが、一番暴力を振るってるのは優喜だ。問答無用で殴るわ蹴るわ魔法で吹っ飛ばすわ、やりたい放題である。

 直接的に命を奪った人数だって、一人や二人ではない。


「そういえば、麦の収穫、徴税は直轄領の分は終わったって。」

 楓が話を仕事モードに切り替える。

「芋はまだ残ってる感じですか?」

「今、収穫シーズン真っ最中って話。徴税まで全部終わるのは、二週間くらい先。」

 収穫するにも運搬するにも時間が掛かる。元々の直轄領ならば最大で五日ほども掛かる。スピードを上げると揺れで荷物がダメになってしまうので、ゆっくり進むしかないのだ。


「軍が持って帰ってきた分も蔵に戻すよう言ってあります。量は、明日にでも報告させます。」

「んじゃあ、蔵からどれくらい売ってお金に替えるかだね。早くしないと現金が底を突いちゃうよ」

 茜が困った顔をしながら算盤をシャカシャカと振っている。


 農作物の現物徴収は進みつつあるが、売上税などの現金での徴収はまだ先、十三月の末に行うことになっている。

 だが、それまでに資金がショートしてしまう計算なのだ。


 ちなみに『資金がショートする』というのは、支払いする金額よりも、手持ちのお金が少なくなってしまうことを言う。

 当然、一部の支払いができなくなる。

 文官や武官の給料だったり、紙やインク、さらには食料品や燃料代も毎月のように支払いがある。

 それらの支払いができなくななる、つまり、財政破綻すると言うことだ。

「二ヶ月後にはお金が入るから!」なんて言っても、今月払うお金は、今月中に支払わなければならないのだ。


 スマホ料金だって二ヶ月払わなければ止められてしまう。

 電気やガスは三ヶ月程度、水道料金は半年だ。


 閑話休題。


「質問! この一俵ってどれくらいなの?」

 理恵は基本的なことを知らなかったようだ。

「麦一俵で、銀貨二枚半ってところですね。重さだと五十キロくらいです。」

「それって、何食分なの?」

「パンにするか麺にするかでも違いますが、だいたい大雑把に三百食くらいです。ちなみに、この一俵ってのは製粉前の麦です。相場としては百グラムで銅貨一枚が目安です。」

 尚、今年の麦の税収は六万五千俵ほどだ。芋や豆にも別に税がかかり、箱が山積みになっている。


「えーと、えーと。これってかなり安くない?」

 理恵が算盤を弾き、困惑に眉を顰める。

「麦や芋などの基本的な農産物は安いんですよ。屋台でパンを幾らで買ってたか忘れましたか?」

「パン二個で銅貨三枚とかだっけ。それで一人前なのかな? 二百九十四掛けて百九十六で割ると、銀貨四枚半。銀貨二枚がパン屋の利益ってことね。もしかして、食べ物屋とか農業ってあまりお金にならない?」

「麦や芋が安いだけですよ。果樹園やれば結構儲かるでしょうね。」

「あれ? そういえば果物の倉庫ってないよね。」

「果物は現物納付ではありませんから、果物用の蔵はありませんよ。と言うか、果樹園って無いんですよ。森で採ってきてますからね。」

「そうなの? 果樹園作ろうよ! リンゴとかミカンとか。」

「作りたいのはやまやまなんですけどね。無理ですよ。」

「何で?」

「茜は日本に帰るのは諦めますか?」

「え?」

 突如の質問に、茜は色を失くす。


「果樹園作って、収穫ができるまで早くて五年。軌道に乗るまで十年とかのスパンですよ。途中で放り投げて日本に帰っちゃうなら、初めからやらない方が良いです。」

 優喜は日本に帰ることを諦めていないし、忘れてもいない。理恵や茜はよく忘れているが。


「で、話を戻すと、この麦を全部売っても金貨千六百ちょっと、豆と芋も全部入れて四千枚程度にしかなりません。」

「少ないね。どうしよう。ウールノリアに借金する?」

 芳香も困り顔だ。

「王都まで誰が行くのかって問題もあるよ。ここを留守にするなら、爵位剥奪を急いで財産回収した方が早くない?」

「私がここを離れて大丈夫ですか?」

「二、三日なら。長くても四、五日が限界だよ。それ以上は無理だからね。本当に無理だからね。絶対だからね。」

 めぐみがしつこく念を押す。


「では、明日は準備して、明後日から出ます。貴族たちの爵位剥奪および処刑の執行。で、現金および、換金が容易な財産を回収。バスとトラック二台を使います。異論ありますか?」

「どこに行くの?」

「ゾケミス、ハンビア、バンチュラ、ボスニス、ヨゲスツ、ウィフネの全部で六領ですね。」

「それって、二、三日で帰って来れる?」

「多分無理です。でも、何とかして三位爵までは終わらせてしまいたいです。第四位爵なら、私がいなくても騎士と近衛に文官何人かで何とかなるでしょう。」


「全部でどれくらいになるかな。」

「一人当り、最低で二千は見込んでますよ。」



 日が明けて、十月二十七日。

 朝から騎士団と魔道士団から同行者を選ぶ。

 それぞれ七名ずつだ。それに、中央省から役人を七名。もちろん、全員がバスに乗って行く予定であるため、馬は使わない。

 バスとトラックの運転手には相凛太郎、森下幸之助、中邑一之進が選ばれた。

 今回はドライバーの交代要員はいない。と言うか、最初の領地までは優喜の従者に運転を教えながら行く予定だ。

 優喜としてはドライバーは増やしたいらしい。


 人選が終わったら、トラックに残っていた素材類を全部貴族院に下ろしてしまう。残っているのは無線機と若干の魔石だけだ。ただし、無線機は下ろす予定はない。

 それらも全部終わったら、各地での動きについて打ち合わせていく。

 基本的には、皇帝から先般の出兵に関しての話ということで、事前に通知しての訪問である。とは言っても、前日にいきなり「明日行くから」と大学生のようなノリで通知するだけなのだが。

 基本的に、財産を奪って来るため、持っていく荷物は最小限である。

 食事は都度調達するので、食料の積み込みは一食分のみだ。数日の旅程になる予定だが、貴族の邸に寝泊まりする予定なので、野営用の荷物は無し、逆に寝間着を用意することになる。

 それ以外に持って行く物は仕事道具くらいだ。文官ならば紙の束に筆記具、武官ならば武具の類。


 道の確認に、現地に着いてからどう動くか。各領主の性格や、保持している戦力。

 諸々の打ち合わせが終わったら、一度解散だ。

「出発は明朝、開門と同時です。それまでに本殿前に集合してください。それでは、今日はゆっくり休んでおいてください。」

 優喜の言葉で、それぞれ寮へと戻って行った。


 だが、優喜の仕事は終わらない。

 爵位剥奪後の領地をどうするかの案の叩き台を作っていく。

 また、不在にする間に芳香やめぐみたちにやっておいて欲しいことを纏めたり、仕事は盛り沢山である。



 さらに翌日、十月二十八日。

 日の出前に朝食を済ませ、優喜は集合場所へと向かう。

「じゃあ、気をつけてね。」

「行ってらっしゃい。」

「お土産よろしくね。」

 妻たちに声を掛けられながらも、優喜は不機嫌だ。

「チューは無いんですか。」

「は?」

「行ってらっしゃいのチューは無いんですか!」

 怒るとこ、そこなの?

「奥さんにチューもしてもらえないなんて…… よよよよよ。」

 怒ったり泣いたり忙しいやつだ。


「仕方ないなあ。」

 言いながら、理恵は右頬にキスをした。

「行ってらっしぇー!」

 茜は威勢よく左頬へと唇を付ける。

「……じゃあね。」

 芳香はそっぽを向いてしまった。

「ちょっと、芳香さん? チューですよ、チュウ!」

 優喜は本気で泣きそうな声を出す。

「チューしてくださいよぉぉぉ。」

 優喜は芳香にしがみつくが、優喜の腕力では芳香に劣っているし、優喜の身長では芳香の唇に届くのは頭のてっぺんくらいだ。

 身長百五十七センチの優喜と、百七十五の芳香の間には頭一つほども差があるのだ。体格の差からくる腕力の差も結構ある。


「もう、ワガママなんだから……」

 言いながら芳香は優喜の顎に手を伸ばし、口付けを交わす。

「えへへー。芳香にキスされちった。」

 優喜は頬を赤らめ、上機嫌な笑顔を見せる。

「ユウキ様、そろそろ向かわれませんとお時間がありません。」

 だが、浮かれている優喜に従者が水を差した。

「それでは行ってきますよ。留守を頼みます。」

 優喜は妻たちへの挨拶を終えると、踵を返して外へと向かう。


 本殿前には既に全員が揃っていた。

「みなさん、お早うございます。準備ができているならば、バスに乗ってください。倫太郎、幸之助、一之進、運転お願いしますよ。」

「ラジャー!」

 運転手たちがそれぞれ乗り込み、続いて優喜もバスに乗る。

 他の者たちも戸惑いながら乗り込んで行く。

「それでは、出発しましょうか。トルドキ、ドアを閉めて下さい。」

 閉め方が分からなくて困っているトルドキに、凛太郎が横から教えることで手間取りながらも出発態勢が整った。

「発進!」

 優喜の号令でバスが動き出した。

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