4-25 兵士たちに悪気はない
「というわけで、あなたあたちには、ウールノリアから罰が下ります。何を不思議なことがありますか? 自分の家の庭や畑を荒らされたら、犯人を警吏や衛兵に突き出すでしょう? 私はウールノリアの国王陛下に、あなたたちの処罰を任されてここにいるのです。」
「俺たちは、皇帝に従っただけだ。」
青ざめながら、エリニョブが反論を試みる。なかなかに度胸のある奴だ。
さすがはエリニョブだ。優喜に「一体何を言われてるんだか分からん!」と言ってきた猛者だけのことはある。
「そんなことは、こちらには全く関係が無いんですよ。ウールノリアの市民から見れば、あなた達は悪党集団でしかありません。土足で踏み荒らして良い理由になどなりません。悪いことをすれば、罰が下ります。」
兵士たちは跪いて頭を下げているのか、項垂れているのか区別がつかない。
ただ、黙って跪いている。
「しかし、ウールノリア国王陛下は寛大です。あなたたち平民兵は、ゲレムを含めたウールノリアに尽くすと誓うならば、特に罪を赦すと仰られています。」
「ウールノリアに忠誠を?」
エリニョブは戸惑ったように声を上げた。
「ええ。ゲレム帝国は今やウールノリアの一部ですからね。」
優喜は感情を一切見せずに淡々と説明する。
得体の知れない不気味さはあるが、王者の貫禄とかとは違う。
RPGっぽく言えば、優喜の職業はアサシンあるいは忍者だ。絶対に皇帝になる器ではない。
ワザとなのか、狙っているのか、頑張って威圧しても、どうしても凄腕の暗殺者のような不気味な恐怖しか与えていない。
だが、その横に立つ芳香は違う。
「あなたたちの使命は何ですか。一体何のために兵となったのですか。何と戦い、何を守るのですか。」
凜とした佇まいに、よく通る声。
堂々たる態度と姿勢は優喜と同じはずなのに、何故か受ける印象がことごとく違う。
「選びなさい。愚かなる前皇帝に付いて行くのか。ウールノリアを、ゲレムを、国を、民を守るのか。」
二十秒にも満たない、演説と言えるようなものでもない、ただの問いかけ。
だが、確かに兵士たちの間の空気が変わった。
「全員、敬礼!」
近衛兵の声に、兵士は一斉に動いた。
まさに一糸乱れぬ動きと言えよう。
優喜も満足そうに頷いている。
「それでは、平民兵のみなさんは放免とします。自分の荷物を持って、ご自宅にお帰りください。」
優喜はそう言うと踵を返す。
取り敢えず、隊長たちは放置だ。
優喜たちの姿が門の中に消えてから、平民兵が動き出した。
まあ、いくら皇帝に帰れと言われても、眼前で背を向けて荷物をまとめるなどの作業をするわけにもいかないだろう。
そして、兵たちが引き上げるまで、優喜たちは門の詰所で待機だ。
「さて、隊長たちはどうしましょうか。」
「どうって、私に聞かないでよ。」
突然、話を振られて芳香は困惑する。
「正直、大規模な軍隊って役に立たないんですよね。」
「だいたいが金食い虫だし、戦争なんてしないしね。」
「ですが、本当に軍を解散したら他国から侵略されるでしょう。」
まあ、軍隊なんて存在することに価値があるものだから仕方がない。
現代の地球でも多くの国が軍備・戦力を保持しているが、実際に戦力として運用するために保持している国なんてごく僅かだ。
日本ではなくても、ご自慢の平和憲法など無くても、殆どの国は攻撃されないために戦力を持っているのだ。
どうにも、それを理解していない人が自衛隊反対とか喚いているけど。
軍隊を持っているから戦争をするって考えは、十九世紀から全く進歩していないと言えるだろう。
「じゃあ、職業軍人を減らすとか? 普段は別の仕事でてもらって、何かあった時に兵として働いてもらう。」
「古くからある農民兵、市民兵ですね。ですが、それには致命的な欠点があります。」
「訓練が不十分になるとか、人の管理が難しいとかだよね。」
芳香は変なところで知識がある。
「だから、発想を逆にして、私は兵に何か別の産業にも参画してもらいたいのです。」
「それは何が違うの?」
優喜の言いたいことが理解できないようで、芳香は首を捻る。
「例えば、軍が所有する戦車の工場で働く人は全員が軍人で構成されるんですよ。」
「そのメリットは?」
「組織体を同じにできることです。普段の仕事の同僚や上司が、そのまま軍の同僚や上司になります。」
「それって、人間関係悪いとキツくない?」
「それは完全職業軍人なら今と変わらないですよ。」
「あ、そっか。なるほどなるほど。それの最大のメリットは、軍が生産能力を持つこと。上手くいけば、独立採算で成り立つわけね。」
芳香はキメ顔でそう言った。
「芳香、何ということを! 私のセリフを取らないでください!」
優喜は泣きそうな顔で抗議した。
「で、それが隊長たちの処罰と何の関係があるの?」
「彼らに事業をやらせて、どれ位役に立つのかなって。」
「ん? 隊長って、上司になるんだよね。字とか書けるの?」
「なッ! しもうた!」
芳香の指摘に、優喜はマジで焦ってる。
「考えてなかった?」
「なかったです。」
「ええい、考えても仕方がありません。字も書けないような者は降格です。あとは、どれだけの人数が忠誠を誓ってくれるかですね。」
「それこそ全く読めないよ。最悪、全員が歯向かってくるかも知れないし。」
さらに、事業の種別や組織構成について二人で決めていく。
だいたいが軍事産業だ。戦車や装甲車、ロケットの開発や製造をしていくらしい。
ウールノリアもゲレムも海がないので、海洋船舶系に手を出す予定は無い。
「教育とか大変そうだね。」
「ニュートン力学あたりは理解していただかなければなりませんからね。教科書の二巻、三巻もやらねば。」
「それ、誰が書くの?」
「私か芳香しかいないですよ。」
「やること多すぎない?」
「だから、他の人でもできることは、バンバン割り振っていかないといけません。」
「そのうち、めぐに刺されるよ。」
「心配いりません。彼女らは文官ですから、軍の仕事は振りませんよ。さすがにそれは無いです。」
そんなこんなを話しているうちに、外の喧騒も徐々に静まってきている。
「外の様子は如何ですか? 平民兵の方たちは帰りましたか?」
優喜は手近な近衛兵に声を掛けた。
「ただいま、確認してまいります。」
返事をして、近衛の一人が部屋の外に出て行った。
約一分後、息を切らせて戻ってきた近衛が言うには、平民兵は門の付近には既にいないとのことだ。
また、穴に落とされた隊長たちも、今は静かになっていることを報告に付け加える。
「では、行きますか。」
優喜は腰を上げ、芳香とともに詰所を出て、街門の外へと向かう。
先ほど作った壇上に立ち、杖を振る。
すると、穴の底が持ち上がり、隊長たちが地上へと戻ってきた。
「さて、みなさん。お時間はたっぷりあげましたが反省はお済みですか? 今回は特別に、私の前で弁を述べることを許します。一人ずつ、階級、身分が高い者から順に来てください。」
「私はこの様な仕打ちをう」
「名前と所属くらい言ったらどうですか。」
優喜は呆れ顏で将官の言葉を遮った。
「私は騎士団第一隊の隊長、ゴヒェンノ・アケリス・ボルンドイ・ニモコゲチ。この様な仕打ちを受ける様なことをした覚えなどない。そもそも貴女は一体誰なのだ?」
「あなたは私の話を聞いていなかったのですか? 先ほどした説明を繰り返せと言うのですか?」
優喜の声にはかなりの怒気が含まれている。
「私は何も聞いていない。言い掛かりは止してくれたまえ。」
次の瞬間、ゴヒェンノの体は宙高く放り上げられ、壇の下の地面に叩きつけられた。
そりゃそうだ。話をしているのを聞いていなかったのを開き直るような莫迦に優喜は容赦しない。
「捕らえなさい。私が話しているのを聞かないような愚か者は斬首、いや絞首刑です。」
優喜の指示で控えていた近衛兵たちが動き、ゴヒェンノは捕らえられて連れて行かれた。刑罰を受ける者は、一度、門の警吏に渡されて宮殿まで連れて行かれる。
「次の方、どうぞ。」
優喜は促すが、誰も前に出てこない。
「どうしました? 何の弁もなければ死刑確定ですよ。」
「うおおおおおお!」
大男が雄叫びを上げながら、壇上の優喜に向かって突っ込んでいく。
「はい、消えたー!」
壇の上まで登って優喜に向かって一撃を、という寸前で、先ほどのゴヒェンノよりも高く高く吹き飛ばされ、地面に激しく身体を打ち付ける。
そして、優喜が何も言わなくても、近衛兵たちによって引きずられていった。
「次の方、良いですよ。あの、真面目にやらないと、本当に死刑ですからね?」
だが、多分、こいつら全員、優喜がさっき平民兵に向かってしていた説明を聞いていない。
次にやってきたのは大柄の女性だ。芳香よりも背が高く、百八十センチメートルはありそうだ。
「第四隊隊長のエルノメミでございます。大変申し訳ないのですが、私たちが現在置かれている状況が全く分かっていません。もし、よろしければ説明をいただければと。」
「つまり、あなたも私の話を聞いていなかったということですか?」
「た、大変申し訳御座いません。」
エルノメミは跪き、頭を下げる。
優喜はうんざりした様に大きく溜息を吐いた。
その一挙手一投足にエルノメミは怯えている。何しろ、前ぶれがほとんど無く吹き飛ばされてしまうのだ。恐れないわけがない。
「これが最後です。よく聞いてください。」
優喜は壇の下に並ぶ隊長たちに向かって言う。
「私は新しくゲレム皇帝となったユウキ・ティエユ・サツホロ・ウスイ。ゲレムの元皇帝は捕らえられて、この国はウールノリアの属国となりました。既に帝室は廃され、皇帝の座は開け渡されています。」
優喜は簡潔に説明した。
エルノメミは目を白黒させ、言葉を探す。
「ゲレム帝国は、どうなるのです?」
「ウールノリアのものになりましたよ。だからこうして、ウールノリア第一位爵の私が帝位に就くことになったんです。そして、ウールノリアに逆らった者は、犯罪者です。お分かりになりましたか?」
「はい。」
エルノメミは、それ以外の言葉を返すことができないでいる。
「それでは、何か弁明することがあれば、どうぞ。」
「申し訳、ありません。」
エルノメミは絞り出す様に言った。
「それで?」
「もし、お赦しいただけるのであれば、誠心誠意、国のため、陛下のために尽くしたいと思います。いえ、尽くすことを誓います。」
「どう尽くすのです?」
「それは……」
その質問はパワハラだよ。何と答えても、悪い結果にしかならない。
「あなたには何ができるのかと聞いているのですよ。」
真っ青になって脂汗を流しまくるエルノメミを見かねたのか、芳香が助け船を出す。
「私は槍が得意で」
「戦うこと以外で、何が得意ですか?」
芳香は言葉を遮り、必要なことだけを訊く。
「戦うこと以外、ですか?」
「戦うことしか知らないから、恥知らずな出兵などするのです。」
優喜はどこまでも辛辣だ。
「計算が得意だとか、字が綺麗とか、料理や裁縫ができるとか。子供の面倒を見るのが好きとかでも、何か無い?」
「申し訳ありません。そういった事柄は全て従者に任せていましたので……」
「あなた自身が何もできないならば、どんなに良くても爵位剥奪ですよ。」
エルノメミだけでは無い。優喜の言葉に隊長たちに動揺が走る。
エルノメミは唇を噛み考え込んでいるようだったが、やがて諦めたように瞑目した。
「何も思いつきません。」
力なく言って、頭を垂れる。
「分かりました。下がりなさい。」
優喜に言われてエルノメミは壇を降り、隊長たちの列へと戻って行った。
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