4-23 やっと帰ってきた帝国軍
十月二十六日、朝。
朝食後すぐに外門から連絡が入った。
帝国軍約八千二百三十二が昼過ぎには戻ってくるとのことだ。
「八千?」
「だから、半数以上が途中で帰ってるんですよ。」
「油断させるために、少ない人数を言っているとか無いかな?」
芳香は用心深い。
「まあ、私がやることは同じですけどね。」
優喜が気楽、ということでも無い。単に、相手が一万でも五万でも対処できるように考えてあるだけだ。
「じゃあ、早めに切り上げて謁見の準備しておいた方が良いかな。」
理恵が時計を見ながら言う。
「まあ、時間が嘘って可能性もありますからね。早めに準備しておきますか。」
「時間が嘘?」
「昼過ぎにって言って油断させて、午前中にやってきて慌てさせて精神的余裕を削る作戦です。」
「そんな小狡いことする?」
「私ならします!」
声を大にして言うが、そんな作戦をするのは優喜くらいじゃないかと思う。
だが、と言うべきか、やはり、と言うべきか。
帝国軍の第二隊が帝都前に到着したのは優喜たちが昼食を終えてからだった。
「ふん、時間通り、ですか。」
何故か優喜は不機嫌だ。敵だと決めつけすぎるのもどうかと思うんだが。
優喜たちは、ただ待っているのも時間の無駄なので、中央省で仕事をしている。
今日は茜と理恵も揃ってこちらに来ている。
「どう出てくるかな?」
「街門にも城門にも、武装した者を通すなって言ってありますからね。特に、城門には騎士団長や近衛隊長を通すなとも言ってますからねえ。」
優喜は邪悪な笑みを浮かべながら言う。
どこからどう見ても、コイツが国を乗っ取った悪い奴だ。今にも「ぐげげげげ」とか笑い出しそうなくらいである。
そして、街門では押し問答が続いていた。
「我々は騎士団だぞ! 平民兵の分際で、我々を通さないとは、許さぬぞ!」
「陛下より武装した集団は絶対に通すなとも厳命を受けています。騎士団も、近衛隊も関係ありません。門の内に入りたければ武装を解いていただきたい。」
騎士の剣幕に、門番の兵も一歩も退かない。
「我らが国のために戦ってきたのに、そんなことも理解できぬのか!」
「何が国のためか。今回の出兵はゲレムに大損害を与えただけだろう!」
この辺は優喜が一生懸命に言って聞かせたことだ。門番は負けずに反論している。
「ええい、何をしている。さっさと門を開けぬか。」
後ろから偉そうな男が声を張り上げる。これが騎士団長なのだろうか。
「申し訳ありません、バドウェス団長。先刻から、武装した者は通さないの一点張りで……」
兵士は頭を下げて謝罪する。
「それは誰からの指示だ?」
「陛下より厳命されたと言い張っております。」
「陛下が? いや、そんな莫迦な。陛下のはずがない!」
バドウェスは前皇帝が捕らえられたことは知っているのだろう。顔色を変えて前に進んでいく。
「お前たちの言う陛下とは誰のことだ。」
バドウェスは大声を張り上げて、威圧するように問いかける。
「陛下といえば、ユウキ様以外におらぬ。」
門番としては当たり前の返事なのだが、騎士団や近衛隊にとってはそうではないのだろう。
動揺し狼狽え、騒めきが拡がっていく。
「ミシュエピア陛下をどうした?」
バドウェスが焦ったように声を張り上げる。
「どうしたも、戦争に出て帰ってこないではないか。私よりもそちらの方がよほど詳しく知っているはずですが、なぜ私に聞くのです? 新しい皇帝陛下は、前皇帝はウールノリアに捕えられたと仰っている。」
「お前たちは、そんなデタラメを信じるのか?」
「デタラメだと言うならば、何故そこにいないのだ? お前たちこそ陛下をどこへやった? まさか、陛下を亡き者にして、帝位の簒奪を狙っているのではあるまいな。」
あまりの言われように、バドウェスは顔を真っ赤にして歯軋りする。
「バドウェス様、落ち着いてください。ここは彼らに従って、武装を解除して中に入り、様子を伺うべきでは?」
問答を繰り返しても埒が明かないと感じたのか、少しは頭が回りそうな男が進言した。
「我らが平民兵の言いなりになると言うのか!」
バドウェスは感情的に反論する。
「平民ではなく、陛下の言葉に従うと考えればよろしいかと思います。」
「だが、ユウキなどと、そのような名の皇子はいなかったはずだ。そんな怪しげな者の言うことなど聞けぬ。」
「それも中に入ってみなければ分かりません。」
言われて仕方なしにバドウェスは武器を預け、鎧を完全に脱ぐことにしたようだ。
とは言っても、武器は腰に佩いたショートソードとナイフだけ、鎧も大部分を外しているのだが。
さすがに自国内を完全武装で行軍したりはしない。
魔物などは出るため、完全に無防備になるわけにはいかないが、最低限の装備しか身に付けていない。
バドウェスは五人の部下を伴って、改めて門へと向かう。
「見ての通り、我々は武装を解いている。さあ、門を開けて通してくれ。」
「通るのは六名に馬六頭でよろしいですね。今、お開けします。」
そう言って門番の兵たちが門扉を開けていくが、馬一頭が通れる程度開いたところで扉の動きは止まった。
「どうぞ、お通りください。」
言われてバドウェスたちは不快感露わに門をくぐる。
なんか、この人たちは負けて帰ってきたという意識がとても薄い。なんでこんなに偉そうなのだろう。
ともあれ、無事に街に入れた六人は、脇目も振らずに宮殿を目指して行く。
しかし、バドウェスが街門で押し問答をしている間に、既に城門は固く閉ざされていた。
「騎士団長のバドウェスだ。通して貰おう。」
「馬を降りて平伏なさい。」
城門に着くや否や声を上げたバドウェスだが、返答は予想外のものだった。
門の上からの少女のような声に、困惑した様な表情で見上げる。
「聞こえなかったのですか? 私は平伏せよと言っているのです。」
「貴様は何者だ?」
状況が分かっていないのか、バドウェスは間抜けな質問を投げかけてしまった。城門の外にいる者が、中の者に誰何するのはお門違いだろう。
門の上に立つ優喜はどう見たって宮殿の関係者、帝室に並ぶ者だ。
「私はこの宮殿の主、ゲレム皇帝ユウキ・ティエユ・サツホロ・ウスイです。分かったら平伏なさい。」
親切にも優喜は自らの身分を口上してやった。
「宮殿の主はミシュエピア陛下だ。」
「身の程知らずが、何を言うのです。あなたは自分が皇帝を決める権利があるとでも思っているのですか。ミシュエピアは犯罪者として捕えられ、私が代わって帝位に就いたのですよ。」
バドウェスは視線を泳がせ、表情を歪ませる。
「そこの無礼なる罪人を引っ捕らえなさい。」
皇帝直々の命令である。待ち構えていた兵たちは一斉に飛び出てバドウェス達を取り囲む。
「お前たち、これは一体どういうつもりか!」
馬から引き摺り下ろそうと掴みかかってくる兵を睨みながら、バドウェスは声を荒らげる。
「貴様こそ陛下に対しいつまで無礼な真似を! さっさと馬を降りろ!」
槍を構えた近衛兵が叫び返す。
いくら騎士団長やその直近の部下が強くとも、丸腰では完全武装した近衛兵に太刀打ちなどできはしない。
一分もせずに馬から引き摺り下ろされ、縄をかけられていった。
「我がウールノリアに弓引いた愚かなる者が、何を偉そうにしているのですか。」
門を降りてきた優喜は冷ややかに言葉を投げる。
「理恵、やってしまいなさい。」
優喜の合図で理恵は走り出している。
右手を大きく振り被って、左のジャブが炸裂した。もちろん、その手にはカイザーナックルが握り込まれている。
「跪け。」
六人の奴隷に向かって、理恵は最初の命令を下す。
「何だきいイェェェェ!」
「このぶううゥゥゥゥ!」
奴隷たちは何かを言いかけて、揃って奇声を上げて苦しみだした。
恐らく、反抗しようとしたのだろう。奴隷紋は正常に作用しているようだ。
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