4-22 事前準備はとても大切
優喜と茜は朝食後すぐに城門の修復に取り掛かっていた。
土属性の魔法を駆使し、まず、倒れた門扉に柱を取り付けていき、倒れたままで門を形作る。
そして、ある程度が出来上がったところで、門柱と門扉をまとめて一気に引き起こし、柱を地面と壁に接合する。
最後に、壁ごと門に対して全体的に強化処理を施す。この強化処理は、単純に物理的な硬度や強度を上げるだけであって、魔法そのものへの耐性は得られない。
だが、魔力によって圧縮され固められた岩の塊は、生半可な魔法では打ち砕く事などできぬ程の頑強さを持つ。
しかも、表面は石英質で、まるで鏡のような美しい仕上がりになっている。
門の番をしていた兵士たちは、優喜たちが魔導杖を振るう度に出来上がっていく門を見て、ぽかんと間抜けな顔をしているのみであった。
「はい、これで出来ましたね。」
「門番さん、扉開けてみてよ。」
茜に言われて我に返った門番たちが、扉を開け開けていく。
「ちゃんと門扉も動くようですし、大丈夫っぽいですね。」
「門番さん、何か問題ありますか?」
茜が問いかけるものの、兵士たちは恐縮しているのか恐怖しているのか、おろおろ、あわあわしているのみだ。
「問題があるかと聞いているのです! さっさと答えなさい!」
優喜はこういう所はやたらと気が短い。返事されないのを物凄く嫌う。
「ししし失礼しました。問題ありません。」
「では、引き続き門番業務、よろしくお願いします。」
優喜は言って駐車場へと向かい歩き出し、足を止めた。
「そうそう。今日か明日あたりに騎士団長や近衛隊長、魔導士団長たちが帰ってくる予定ですが、彼らを絶対に通さないようお願いします。」
「え? 何故です?」
「彼らは戦争を行った犯罪者だからですよ。」
優喜に言われて、兵士たちは色を失くす。
「あの、団長様方の処刑や処罰はどのように……」
やっとのことで絞り出すように聞く。
「主導的な貴族は斬首刑から降格まで様々ですね。逆らいようのない平民の兵士たちはどうもしないですよ。此の期に及んで私に逆らったりしなければ。」
「何卒、何卒、ご慈悲を頂きますようお願い申し上げます。」
地に頭を擦り付ける勢いで頭を下げる兵士。身内が出兵に参加でもしているのだろうか。
「くどいですよ。そこらの一兵卒の処刑なんて面倒でやってられません。今後、真面目に働くと誓うならば不問にします。」
優喜はキッパリと断言して歩み去る。
優喜と茜は中型トラックに乗り込むと、街門へと向かう。
騎士団長たちが反抗的な態度を取ったときのために、色々と罠を設置しようというのだ。材料となる魔石と魔法薬は、幾つかを大型トラックの方から積み替えてある。
帝国軍が戻って来る前に準備万端整えておかなければ、最悪、武力で制圧されてしまう。
そうなれば、優喜たちの命は無いだろう。
皇帝が護衛も従者も無しで町の外に出るのはどうかと言う話もあるが、優喜はお構い無しだ。
優喜と茜の土属性魔法により街門に強化処理を施し、さらに門の外に堀を作り橋を架ける。
瞬く間に門や防壁がピカピカになっていくのを目の当たりにし、通りすがりの商人たちは驚嘆の声をあげ、ハンターたちは唖然としながら見入っている。
優喜や茜としては、ティエユの町で嫌になるほど繰り返した工事用の魔法なのだが、そんなものは世の中には全く知られていない。
門の強化が終わると、次は地雷の敷設である。間違って爆発してしまわないよう、起爆は遠隔操作でのみ行われるタイプだ。それを、軍が門の外に駐留するであろう場所に、ピンポイントで埋めていく。
とにかく、軍勢が大挙して攻め入ってこれないよう防御を固めるのだ。
南門と西門はそれぞれ地雷を敷設するが、それ以外の門は強化だけで終わらせる。単に、軍が駐留する場所が南と西にしか無いのだ。
昼前には全ての作業を終えて、優喜と茜は宮殿へと引き上げて行った。
だが、街中でのトラックの進みは遅い。馬車の通る大通りでさえ、車道と歩道の区別はなく、道いっぱいに人が行き交っているのだ。
「ちょっと、交通マナーとか無さすぎじゃない? 道路も整備した方が良いよね。」
あまりのノロノロ運転に茜が愚痴を口にする。
本来、皇帝が乗る馬車には前後に徒歩や騎馬の近衛が付き、予め平民たちを退かせて進むものだが、優喜のトラックにはそれが無い。
窓を開けて叫びながら進むしかない。
結局、宮殿に到着したのは昼食時になってからだった。
「優喜様、おそーい!」
めぐみは不機嫌だ。優喜がいなければ、その分だけめぐみの負担が増える。
「二人でドライブデートしてる場合じゃないよ!」
「トラックでドライブデートする人なんて聞いたことないですよ。」
殆どというか、完全に言い掛かりなめぐみに、苦笑しながら優喜が返す。
「とにかく、お腹が空きました。食事にしましょう。」
揃って食堂に向かうと、笑みを湛えた千鶴が待っていた。
「どうかしたのですか?」
「念願のアレが完成しました。出来立てをお持ちしますので少々お待ちくださいね。」
優喜が怪訝そうな顔をするも、にまにましながら千鶴は厨房へと戻って行った。
そして、数分後、運ばれてきた食事を見て驚いたのは優喜だけではない。
震える手で箸を取り、麺を啜る。
「ちゃんとラーメンじゃないですか!」
「当たり前! 自信作だよ!」
優喜の言葉に満面の笑みで答える千鶴。
「美味しい!」
「最高だよ!」
芳香たちも口を付け、賞賛の言葉を並べる。
「じゃあ、次はカレーだね!」
「いや、それは流石に無理だわ。材料が無いよ。香辛料ってメチャメチャ高いし全然流通していないんだよ。」
理恵が調子に乗ってリクエストするも、あえなく撃沈した。
「じゃあ、つぎは餃子! お肉に野菜、小麦があればいけるでしょ?」
「いやいや道民ならザンギでしょ。」
「道産子ならジンギスカンだべ?」
次々とリクエストが飛ぶ。が。
「焼そば弁当ぅ。」
「それは無理すぎ。」
茜のリクエストは一蹴されてしまった。
「これ、みんなの分って有るの?」
さすが楓。気遣いができる子だ。
「優喜様たちと違って、他の人たちは出来立てを出すのが難しいから、伸びちゃうよ。」
「それって、どうにかならないの?」
「そこら辺の改革は優先度が低いですね。もっと重要なことは盛りだくさんありますから。お金と食糧、そして武官の体制構築が最重要となります。」
「武官の扱いなんてどうすれば良いの?」
めぐみが不安そうに訊く。
「ああ、宰相は基本的に文官のトップなので、武官の統率や体制には関わらなくて大丈夫ですよ。」
「ん? には、ってじゃあ何に関わるの?」
めぐみとしては、優喜の言い方は不安になっるようだ。
「予算ですよ。だから今やってるじゃないですか。」
合点がいったのか、安心したように頷いている。
「そんな感じなので、みんながラーメンを食べられるようになるのは、残念ながらまだ先の話です。ですので、あまり食事の話などしないようお願いしますよ。」
「不公平じゃないか! ってまた始まるからね。」
「でも、これは確かに不公平じゃない?」
茜が茶化すものの、楓は少し後ろめたそうな表情である。
「仕方ないですよ。でも、私たちが美味しいって言って広めないと、他の人たちは食べることができませんよ。世の中には順序というものがあるんです。」
「順序?」
「まず、皇帝の財力と権力で新しいメニューを千鶴が作る。ティエユの町の領主程度では手に入らなかった食材も皇帝なら手に入るし、経験豊かな部下もいますからね。」
「権力って怖いね。」
「で、環境が良くなったことで、千鶴も新メニューにチャレンジし易くなったわけですよ。そして、新メニューは他の料理人も作り方を覚えていくわけです。」
「ほうほう。作れる人が増えるってことだね。」
「そうです。そうしたら、会食なんかにも出てきたりするようになるのです。貴族院の料理人たちが私の厨房に学びに来たりもします。そうやって裾野を広げていくことで他の人も口にできる機会ができてくるんです。」
「権力が無いと新メニューも作れないのかあ。でも、みんなが皇帝ってありえなさすぎなのか。」
「まあ、権力が無くても新メニューは作れますけど、かなり遅くなりますよ。それに下手をすれば、千鶴だけがどこかの貴族に連れて行かれてしまう危険性だってありますからね。」
「ええ? それは無いんじゃない?」
千鶴は少し危機感が足り無いようだ。
「甘いですよ。美味しい料理を作る娘がいる、なんて私腹ぶくぶくの莫迦貴族に知られたらどうなることやら。」
「うわあ、連れ去られる未来しか見えないね、それは。」
「でしょう? その時に私たちがただの平民だったら、連れていかれるのを指咥えて見てるしかできませんよ。平等だの公平だの言っていたら、大切な友人や仲間を守ることすらできないのですよ。」
何か詭弁が混じっているが、優喜の言いたいことは分からなくもない。
ゴチャゴチャ言いながらもラーメンを食べ終えると、揃って中央省へと向かう。
帝国軍が戻ってくるまでは、来年予算の策定である。
だが結局、その日は帝国軍の帰還は無かった。
「もしかして、どこかでここに攻め込んでくる準備をしてたりしないかな。」
「向こうにもそんな余裕は無いと思うんですけどねえ。」
「なんとか情報得られないの?」
「ここから南西の、ウールノリア寄りの領地は元皇帝派だねえ。」
「こちらにも、スパイとか送る余裕も無いですし。」
「第一隊と第二隊で合流してから来るとか?」
めぐみは何かと悲観的だ。
「うーん。彼ら的には、時間を掛けるのは悪手のはずなんですよ。糧食は尽きるわ、冬は迫るわで良いことなんか無いですからね。」
「確かに、寒くなってきたら野営とかしんどそうだね。絶対に士気も落ちるよ。」
時間を掛けるデメリットを挙げてみるのは理恵だ。
「でしょう? 寒いし腹減ったし、早く故郷に帰りたいってみんなが思うようじゃ、戦になんかなるわけが無いじゃないですか。それを覆す何かってありますか?」
自国の首都を攻める大義だって、時間が経てば失われてしまう。
他の貴族たちが優喜の即位を完全に認めてしまったら、ただの反逆者になってしまうのだ。
「まあ、明日の晩まで待ちましょう。ご馳走様でした。」
優喜はスパゲティとハンバーグシチューを平らげて満足そうに言う。
「うん、美味しかった。」
「流石は千鶴、良い仕事するなあ。」
みんなも満足そうだ。
「ちょっと食べ過ぎたかも。運動してないし、太っちゃいそうだよ。」
楓は、自分でお代わりをしておいて、太ることを気にしていた。
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