4-21 職を間違えているとしか思えない

「殺し合いとか嫌だよ?」

 理恵は血を見るのが大嫌いだ。人が死ぬ場面を見たら失神してしまいかねない。

「殺し合い? そんなことはしませんよ。反撃させずに一方的にやるだけです。」

「うわ、いつもの優喜様だ。何か安心するんだけど怖いよ。」

「何ですかそれは。意味がわかりません。」


「大丈夫だよ、理恵。カイザーナッコォの出番だから。」

「違うな。間違っているよ、茜。」

 急に低い声で、変なパロディセリフを吐く優喜。

「あれ? 出番じゃないの?」

「そうではありません。kaiserはドイツ語、knuckleは英語です。ごちゃ混ぜにしてはいけません。」

「今更そんなツッコミ?」

「日本語のカタカナ語としてのカイザーナックルならともかく、kaiser knuckleはありえません。ミルクパンと同じです。」

「カイザーナックルってオリハルコン製なんだよね。確か。」

 どんどん話がズレていく理恵。

「いや、何の話してるの?」

 芳香は付いていけていない。彼女は剣士の登場しない漫画やアニメは全く知らないのだ。


「でも、一方的にやるって、何をどうするの?」

 理恵は心配そうに訊く。

「まあ、茜曰くカイザーナックルですよ。」

「だから、それ何よ?」

 芳香にはまずそこから通じていない。

「まさか、カイザーナックルを知らない?」

「ちょっと、茜は黙っててもらえますか?」

「怒られちった。」

 優喜に叱られて茜はしょんぼりとしている。

「奴隷紋を刻むメリケンサックですよ。」

「ドラえもんを刻む?」

 芳香も変なところでボケる。

「猫型ロボットではありません! 奴隷を縛る紋様です。魔法道具を使って、直接肉体に紋様を刻んで魔力を流せば、大概の防御を突破して奴隷縛りの呪術が効くんです。」


「なるほど。それで、皇子とか奴隷にしたんだ。」

 楓が面白くもなさそうに言う。

「騎士団長とか近衛隊長も奴隷にするの?」

「そこは、向こうの出方次第です。反逆の意思を少しでも見せたら、奴隷紋で縛ります。まあ、団長クラスはいずれにせよ処刑でしょうけれどね。副長以下は本人と部下たちの弁次第ですね。あまり処刑しまくるのもちょっと問題なので。」

「みんな、大人しくしてくれると良いんだけどね。」

「そうしてくれると有り難いですけど、まあ、無理でしょうね。処刑とか降格とか爵位剥奪とか言われたら、十中八九、暴れますよ。」

「団長クラスって、どのくらい強いのかな。」

「そういうのは近衛の方に聞いた方が早いんじゃないですか? ねえ、ウィレボス。」

 優喜は話を近衛兵に振る。


「近衛隊長あるいは騎士団長とウィレボスが真正面から一対一で戦ったら、どちらが勝ちますか?」

 呼ばれて前に出てきたウィレボスに優喜は改めて問いかけた。

「畏れながら、近衛隊長に私が一人で勝てるとは思えません。ですが、万が一の際には身を賭してでも陛下がお逃げになる時間をお作りいたします。」

「そう言っていただけるのはありがたいのですが、そうではないのです。どういう条件なら勝てるのか、というのが今の時点では大切なことなのです。勝つために、戦略を練り戦術を磨くのです。」

 要するに優喜は、勝つためどんな卑怯なことをすれば良いのか、と聞いているのだ。

 短時間で強くなる方法など無い。卑劣極まりない罠を仕掛けるとかするに決まっている。


「たとえば、ウィレボスは完全武装、騎士団長が丸腰だったら、どうです?」

 ウィレボスは沈黙する。

「それなら勝てる、とは言えない程には騎士団長は強いということですね。」

「は、はい。恐らく騎士団長殿も同じくらいの強さかと存じます。」

「分かりました。ありがとうございます。」

 優喜が片手を上げ礼を言うと、ウィレボスはまた下がった。


「そんな強いって人たちをどうするの?」

「毒に闇魔法、その上で丸腰にしてやれば何とかなるんじゃないですかね。」

 優喜は、また、滅茶苦茶なことを言い出した。

「毒?」

「彼らの部屋に毒を仕込みまくります。」

 なんかもう、皇帝の発想じゃないような気がする。むしろ、毒を盛るなど謀殺は反皇帝派のやることだろう。

「え? 騎士団とか部屋に戻るの?」

「謁見の前に身綺麗にする位はして欲しいものです。汗臭い埃まみれのままで謁見の間に出てくるとか、失礼でしょう。」

「まともに私の下に付くつもりなら、部屋に戻って湯浴みして着替えてからですよ。」

「反抗するつもりなら?」

「莫迦なら、宮殿に入る前から敵意を見せるでしょう。頭が回るならば、私の下に入ると見せかけようとするでしょう。こっちが警戒を解いたその隙をって感じですかね。」

「両極端だね。その中間だと、どうなるんだろう?」

 芳香が首を傾げる。

「うまく行動を想像できないですが、中途半端な頭の持ち主はどう動くと思いますか?」

「陛下に緊急でお話がって、パターンとか?」

 試しに理恵が挙げてみる。

「そんなのは、街門を通さないで、緊急事案ならもっと早くに早馬飛ばしてるだろ莫迦! って言ってシャットアウトですな。」

 横からめぐみが答えを出しちゃった。


「だいたい、優喜様の二パターンに落ち着きそうだね。」

 みんなで考え込むが他のパターンは出てこないため、芳香が検討を打ち切った。

「で、毒ってどうするの?」

「これから作ります。千鶴が。」

 料理人に毒を作らせるとは、なんと酷い皇帝なのだろう。


 優喜は立ち上がり、厨房へ向かう。

 そして、何やら怪しげなものを炒ったり燻したり煎じたりと、暗黒のレシピで毒を作り出す。


「この毒はどんな効果があるの?」

「激しい腹痛に見舞われ、下痢をします。」

「それって、ただの食中毒……」

 千鶴は顔を引き攣らせている。

「冗談ですよ。神経系に作用して、集中力を低下させて五感を鈍くします。これをお茶の葉に混ぜたり、食器や湯浴みの道具に塗ります。」

「ほほう。」

 千鶴は顎に手を当てて、難しい顔をして聞いている。

「ということで、ちょっくら行ってきます。」

「え? 優喜様一人でどこ行くの?」

「どこって、毒を仕掛けにですよ。みんなでゾロゾロ行ったら、皇帝が何か仕掛けたってバレバレじゃないですか。」

「だからって優喜様一人で行くの?」

「私の隠密能力を甘く見てはいけませんよ。コソコソするのは昔から大の得意技なのです。他人の部屋に忍び込むなど、造作もありません。」

 一体、どんな皇帝だよ。そして、どんな幼少期を過ごしたらそんなスキルが身につくんだよ!

 いや、卑怯で卑劣で隙を突くのが上手いというのは、コソコソ隠れて悪事を働いていたからこそなのか?

 やっぱり、優喜は日本に帰してはいけない。

 危険だ。この人物は危険すぎる。


 とか考えている間に、優喜は既に食堂を出て廊下を進んでいる。

 目指す先は、近衛隊長の部屋だ。本殿を出て近衛寮に向かうと、外壁を歩いて登っていく。

 石壁をよじ登るとかではない。普通に階段を登るかのようにって、あれ? 階段がある… ……だと……?


 いや、これは土属性の魔法だ。優喜が魔法で階段を作りながら登っているのだ。

 土魔法ってどんだけ便利なんだよ。何でもありじゃないか。本当にどこの誰だよ。土属性は農業にしか役に立たないハズレだなんて言ったのは。

 優喜は何の苦もなく近衛隊長の部屋の外まで来ると、窓から中の様子を窺う。

 とは言っても、ガラス窓ではなく木の板なので中は見えない。音や気配を探っているのだろう。

 中に誰もいないと確信したのか、優喜は懐からナイフを取り出すと、窓の隙間に差し込んで下から上に切り上げる。


 かたん


 と音がしたかと思ったら、窓がゆらゆら動いている。

 優喜の緑星鋼のナイフはとんでもない切れ味を誇る。まさに、切れぬ物は無い、などと豪語するに相応しい。チートナイフの前に、窓の鍵は容易く両断されていた。

 窓から忍び込んだ優喜は、真っ暗な中で食器棚に真っ直ぐに向かい、その中に毒薬を散布する。

 そして、湯浴み用の部屋に向かうが、残念ながら、タオルも洗面器もそこには無かった。

 優喜は辺りを見回すが、仕舞われているような場所は見つからない。

 隣の従者用の部屋からは人の気配が感じられる。もし、湯浴みの道具がそちら側にあるのだったら、気付かれずに毒を仕込むのは不可能だろう。

 優喜は数秒だけ考えて、入ってきた窓に向かった。


 入るときに落ちた鍵を拾い、元の位置に合わせて土魔法を詠唱すると、鍵は元通りにくっついていた。

 金属の接着も、お手の物である。

 そして、窓の外に出た後、器用に操って元通りに鍵が掛かった状態で窓を閉めると、急いで外壁を降りていく。

 優喜が通り過ぎた後の階段は、壁へと消えて行った。


 忍者のスキルを持つ皇帝って何なんだよ。

 こんなのおかしいだろう。皇帝が忍ぶなよ。堂々と天下を歩めよ。


 そして、騎士団長と、魔導士団長の部屋にも同様に忍び込んで毒を仕掛けると、本殿の自室へと帰っていった。

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