4-15 平民たちも頑張ります

「今日のお昼のメニューと量は決まっていますか?」

 厨房内を見回し、野村千鶴は手近な料理人に聞いてみた。

「はい、手早く食べられるものということでしたので、ディッグのミートパイにナッツのシチュー、ウルスの卵包みの予定です。それを陛下にお妃方、宰相閣下、副宰相閣下の六名分を。近衛は合わせて十四、従者が二十五。それと官吏五名に職員二十ほど。そして、我々の分ですね。」

 とりあえず、食材の名前が分からない。ウールノリアの王都ヴェイゾでも加工前の肉はあまり見ていないから、千鶴も食材を覚えるのが大変だろう。


「あれ? 近衛ってそれだけ? もっといっぱいいたような気がしたけど。」

「我々が作るのは皇帝陛下、皇妃殿下直属の方のみです。近衛や従者は主の料理人が用意します。それ以外は寮に食堂がありますので、そちらで食事を摂っているのかと。」

「なるほど。ええと、今日は私は見てるだけで良いかな。お料理用の服も無いし、ここの使い方も、何が何処にあるかも分からないし。」

「そうしてくれると助かります。」

 何かトゲのある言い方だ。いきなり小娘に上に立たれて気分が良いものでは無いのだろうが。


 料理人たちはチラチラと千鶴の様子を気にしながらも、慣れた手つきで料理の下準備を進めていく。

「これ、何ていう野菜ですか?」

「ボニアだが、知らんのか?」

「これは見たこと無いなあ。この辺の特産品なんでしょうか?」

「どうなんだ? ソロエニヤ。」

 料理人は、少し離れたところで肉を切っている男に声を掛けた。


「ボニアか? そういえば、シャモワン領にいた頃は殆ど見なかった気がするな。譲ちゃ、料理長はどこ出身なんだ?」

 譲ちゃん呼ばわり仕掛けて訂正するソロエニヤ。やはり、親子ほどの年の差があるとキツイのだろうか。


「ウールノリアから来ましたけど。」

 千鶴は言葉遣いには気にせずに、笑顔で応対している。

「ウールノリアか。行ったことねえや。」

「あはは、遠いですからね。優喜様に呼ばれなかったら私もゲレムには来てないですよ。」

「あれ? それもしかして砂糖ですか?」

「そうだが? これも無かったのか?」

「全く無いことはないですけど、凄く手に入り辛かったです。すっごく高いし!」

「やっぱり、国が違うと色々違うんだな。」


 雑談しながらも、料理人たちの手は止まらない。

 六人の熟練の職人たちは、実にテキパキと作業を進めていく。


「これはもう洗っちゃって良いんですか?」

 調理台の隅に積まれたボウルを指差して、千鶴が声を掛けた。

「ああ、それはもう使わないやつだ。」

 とのことなので、千鶴は一番上のボウルを手に取り、魔法の詠唱をする。

「おい、ちょっと?」

 突然の詠唱に驚き慌てる料理人たち。

 千鶴の前では、結界に包まれた水が激しく動き、ボウルを綺麗に洗浄している。

「ほい。」

 そして、指を鳴らすと、水が排水口に向かって流れ落ちてい。


「何だそれは?」

「鍋を洗う魔法ですけど……」

「そんな魔法聞いたことねえよ。って言うか、料理長、魔法使えるのかよ。」

「え? ええ、使えますけど。みなさん使えないんですか?」

 料理人たちは揃って首を横に振る。

 優喜や千鶴は普通に魔法を使いまくって料理をしていたのだが、それはあまり一般的ではないのか。

 そういえば確かに、王都で借りていた家も、元ビョグゥト邸も、竃は薪や炭を使うことを前提にした作りだった。

 ティエユの領主邸の調理室は魔法を使うことを前提に作っていたが。

 もしかすると、モウグォロスの料理人は今頃苦労しているのかも知れない。

 何しろ、あの邸には薪の置き場所すら存在しない。


 ともあれ、これは互いにかなりカルチャーギャップがあることを認識したようだ。

 文化に違いがあると摩擦はつきものだが、こと料理に関してはメリットも果てしなく大きい。

 知らない調理法は、すなわち知らない味であり、新しい素材は新しい料理に直接結びつく。

 要するにそれは、料理人として興味の対象そのものだ。


 異文化の料理談義をしているうちに、その距離感は縮んでいく。

 特に、千鶴の語る日本料理に中華料理、イタリアやギリシアなどの地中海系など、多種多様で莫迦げたほどの広がりを持つ話は、多くの料理人の興味を引いている。


 この分だと、実際に料理を作って見せれば、少なくとも料理人の仲間としては認められ受け入れらるだろう。



「さて、俺はどうするかな。」

 榎原敬は独り言のように呟く。

 就職の決まらなかった浪人組は、今後の身の振り方を考えろと言われていた。

「自分のやりたい事をって言われても困っちゃうよね。」

 古屋柚希も敬に同調する。

「俺たちは貴族にはなれないんだろ?」

「少なくとも、今は無理みたいだね。」

「だから、選択肢は四つ。お役所の平民枠、兵士の平民枠、優喜様の工場で働く、宮殿を出て自分で勝手にやる。」

 佐藤美紀はさっきからこの選択肢を反芻している。


「俺は工場やるわ。優喜様に言われたのもあるけど、多分、一番自分に向いていると思う。物作るのって、楽しいわ。」

 堀川幸一の意思は固まっているようだ。

「ああ、それは分かる。」

「苦労して作ったのが完成すると嬉しいよね。」

「実際に動いて使われてるの見たらニヤニヤが止まらん。」

 韮澤駿と平田登紀子、田村零士も幸一に同意する。


「工場かあ。俺、将来は貿易系やりたかったんだけどなあ。」

 逆にボヤく者もいる。渡辺直紀だ。

「公務員に、自衛官、警察。そして工場労働者か。」

「優喜様が用意してくれてるのはな。商人でも農家でも、なりたければなれば良いさ。」

 幸一が補足する。


「なあ、みんな。この状況はオカシイと思わないか?」

 司が突然不服を口にした。

「何が?」

「どう考えたって、不公平だろう。」

「えええ? そっち? こっち来ないでティエユに残った方が良かったかもとは思ったりするけど、不公平だからヤダとは思わないよ。」

 青木美穂が呆れ顔で言う。

「来なかった方が、か。でも、ティエユに優喜様はいないんだよな。」

「モウグォロス市長なんだよね。だけど、来なかったら一生のお別れになるかもって考えたらさ。」

「過去のことを、もしこうだったら、なんて言わない方が良いぜ。そういうのはファンタジーなんだってよ。面白いマンガとか小説書くのは好きにすれば良いけど、それでウダウダ言っても一歩も前には進まないからな。」

 幸一は、もしもの話を終わりにした。どう転んでも前向きにならない上に、結論が出ない性質のものであるため、この場で話すのは時間の無駄でしかないのは確かだ。


「だいたい、清水も不公平だからどうしたって話だろ。なんで公平にしなきゃならないんだ? 優喜様も言ってたろ? 椅子取りゲームは現実に起きる。一部の人しか座れない状況なら誰も座るなって、そっちの方がオカシイだろ。日本に帰れるのが十人まで、ってなったらお前ならどうするんだよ?」

「みんなで話し合って、決めれば良いだろう? なんで碓氷が決めるんだ?」


「何で優喜様が決めたらダメなの?」

 美穂が質問に質問で返す。


「そんなの不公平だろ?」

「ちょっと待ってよ。優喜様が決めるのは不公平で、話し合ったら不公平じゃないって意味分かんないんだけど。」

「話し合いで決めるのが公平じゃないって言うのか?」


「うん。話し合いは全然公平じゃないよ。公正と公平は全く意味が違うんだからごっちゃにしないでね。差がつけられる時点で不公平なの。だから、議会も裁判もクジも公平ではなくて公正であることが求められるの。意味わかる? 平等ってのもまた意味が違うからね。区別つけられないなら黙ってて。」

 佐藤美紀は司の意見を完全否定する。

「話し合いで納得できなかったらどうするんだよ。お前はさ、こうやってみんなにガーーって言われて、それで押し切られて公平だと思えるか? 話し合いの内容がさ、拷問に掛けられて殺される人を決めるんだとしたらどうなると思う? 話し合いになるか?」


「そんな極端な状況がそうそう起きるとは思えないが。だいたい、今はそんな状況じゃないだろう?」

「かなりそれに近いと思うよ。今現実に、優喜様は全員に貴族爵位を与えることはできないって言ってるよね。じゃあ、どうすれば良いと思う?」

 柚希は冷ややかな目で司を見下す。

「みんなでハンターやるとか、色々あるだろう?」

「嫌だよ今更そんなの。せっかく優喜様が平和で安全な職に就けるようにしてくれてるのに。」

 美穂が吐き捨てるように言う。


「優喜様が必死に支えてるから何事も起きてないけど、優喜様が放棄したらこの国崩壊するんだけど。めぐみや楓なんて国の根幹を支える人間が足りないから、嫌でもやってくれって言われてるだけだろ? それ拒否ったらどうなると思う?」

「どうって………」

「少なくとも、あちこちの貴族が武装蜂起する。」

 堀川幸一は断言する。たぶん、その意見は間違ってない。というか、優喜が今一番恐れているのはそれだ。


「そんなこと起きるはず」

「起きるよ。切羽詰まったヤバい状況は起きるんだよ。お前さ、それが今迄起きてないのは誰のおかげだと思ってるんだよ。何で俺らは平和に暮らしていられるんだ?」

「誰のって、みんなで頑張っているからじゃないか。」


「違えよ! ヤバイ方向に行かないように必死にやってるのは優喜様だけだよ!」

「みんなは頑張っていないって言うのか?」

「頑張ってないだろ? 自慢じゃないけど、俺、何もしてねえぜ。優喜様に言われて簡単な作業やってるだけだわ。みんなだってそうだろ?」

「僕たちだって必死に頑張っているだろう? 西村や牧田は命を落してるんだぞ? 頑張ってるのは碓氷だけじゃない。」

「お前が頑張ってるからなんだよ。お前らがいつ、みんなの未来のために頑張った? いつだって今日を生きるために頑張ってるだけだろうが。」

「僕なりに一生懸命やっている!」

「だから、一生懸命とかじゃなくて、目標を言えよ。いつ、何を達成する予定だ? あるいは予想されるどんな悪い事態を回避するんだ?」

 司は具体的なことを訊かれると、いつも答えられない。


「技術の獲得が次の目標なんじゃないの? 思っていたのと全然違う形になったけど、立場とお金はある程度手に入ったみたいだし。」

 駿が無理矢理に話を引き戻した。

「で、そのために何して良いか分かんないのが最大の問題、ってことだよ。」

 柚希もすかさず、その話題の論点をハッキリさせる。


「困りものだよね。優喜様の頭の中ってどうなってるの? なんで一寸先が真っ暗闇でも前に進む道を見つけらるの?」

「本当にどうしたもんだろう。あれやれ、これやれって言われる方が楽だよな。」

 しかし、具体的な案は出てこないようだ。


 結論。指針がないと目標を立てること自体が難しい。


「だからと言って、何も決まってませんはマズイと思うんだよ。」

「経済状況だとか、主な産業とか、魔法技術とか科学技術のレベルだとか、色々情報が足りなさすぎじゃね? 決めろって言われても考える材料が足りねえよ。」

 幸一の呟きに駿が答える。


「んじゃ、二、三日、みんなで手分けして色々調べる方向でやってみるか?」

「それでオーケー出るかな?」

「でも、どんな産業が盛んなのかも分からないのに就職先決めろ言われてもキツイって。」

「その方向で行こうや。ウダウダやって時間ばっかり掛かってるのが一番マズイわ。」

「よし、じゃあ、誰がどの分野調べるか分担決めようか。不公平とか言うの無しな。」


 迷走しながらも、浪人組も就職への道を歩み始めたようだ。

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