4-14 茜と魔導士団

 魔導士団長のジョゲモンノは、先の戦争で戦死している。

 殺したのはもちろん、優喜だ。本来のレベルの差を考えると、優喜がジョゲモンノに正面から戦って勝つことなど不可能だ。

 優喜の十倍以上の魔力を持ち、戦闘経験も豊富でなジョゲモンノだったが、優喜の奇襲になす術なく、反撃の一つもできずに殺されてしまったのだ。


 だが、そんなことはゲレム魔導士団の者たちは知りはしない。

 と言うか、優喜すら知らない。

 実際のところ、優喜は自分が誰を殺したのか知らないのだ。単に、邪魔する敵は皆殺し。手近なところにいる敵も皆殺し。ただそれだけである。


 小島明菜と園田愛梨を連れて茜が魔導士団本部に入ると、一斉に注目を浴びた。

「おはよう。」

 茜は慌てず騒がず、挨拶をする。なかなかに度胸が座ってきたようだ。


「何用だ? 此処は子供の来る所ではないのだが。」

 年嵩の男が居丈高に言う。

「私はアカネ・サツホロ・ヤマグチ。皇帝の第二妃です。陛下の計らいにより、こちらの二人は今日から魔導士団に配属になりますので、よろしくお願いします。」

「その子たちはレベル幾つの魔法を使えるんだい?」

 じろり、と二人を睨みつけながら聞くのは、更に年が上と思しき老婆だ。

「二人ともレベル五までは使えます。今はレベル六の修練中です。」

 明菜が老婆を睨み返しながら言う。


「ははははは。レベル五だってさ。ゲレム帝国魔導士団も落ちたものだね。」

 老婆の嫌味に茜の表情が変わった。いや、笑顔なのは変わらないのだが、目が鋭く光を放っている。

「先日の戦争では、ゲレム帝国軍はレベル五の魔法になす術なく負けたことはご存知無いんでしょうかね。随分情報が遅れていますねえ。レベル五の使い手一人を相手にミシュエピア前皇帝まで捕まっちゃって、可哀想に。」

 他にも王宮の魔導士達が一緒に行っていたはずだが、帝国軍中央部に壊滅的打撃を与えたのは優喜一人の仕業であるのは確かだ。


「何だって?」

「どんな強い魔法を使えるのか知らないけど、負けたんじゃ意味ないよね。魔導士団だって何人かミシュエピア前皇帝に付いていってたんでしょ?」

「この小娘! デタラメを並べて私を愚弄しよるか!」


 老婆が叫んで魔法陣を描いた時には、茜は神速歩法でその懐に飛び込んでいた。

「カイザーナックル!」

 叫んで茜はメリケンサックを老婆の顔面に叩き込む。

 悲鳴を上げる老婆を魔法の鎖が縛り、その体の内に溶け込んでいった。

「何するつもりだったか知らないけど、遅いよ。レベル五の魔法、効いてるじゃん。」


 茜が冷たく言い放つ。

「レベル五で全然通用するじゃん。私としては、どれだけ高レベルの魔法を使えるかじゃなくて、適切な魔法を瞬時に選んで、即座に放てるだと思うけどね。そもそも、無詠唱で瞬間的に発動できなきゃ、戦いの役に立たないでしょう?」

「コムスェェェベキェェェ!」

 何か変な叫び声を上げて老婆が倒れた。


「あ、さっきの奴隷紋の呪術だから、私の命令に逆らったり、叛逆しようとしたら罰が下るから気を付けてね。」

 重要な注意事項をさらっと済ませる茜。

「莫迦な。奴隷紋など……」

 高圧的な壮年男は明らかに狼狽している。

「あなたにも刻んだ方が良いかな?」

 茜はあくまでも冷淡に言った。


「ねえ、私、現皇帝の第二妃だって言ったよね? 口答え程度ならともかく、私に向かって攻撃しようとして、タダで済むと思ってるの?」

 そう言う茜の左手には魔導杖が握られている。右手に握り込まれているのは、もちろんカイザーナックルだ。

 その茜の斜め後ろで、明菜と愛梨も構えて幾つかの魔法陣を並べている。


「御無礼を働き大変申し訳ありませんでした。」

 高圧的壮年よりは若そうな男が前に出ると、跪いて謝罪を述べた。

「私共は、皇帝陛下の、この国の刃と盾となる心積もりでございます。現皇帝のユウキ陛下、およびそのご夫人には忠誠を誓う所存であります。」

 魔導士たちは整列して跪き、首を垂れている。


「御無礼申し訳ありませんでした。」

 壮年男も遅れて跪いた。

「規律と礼節は大切にね。そもそも、ここに来た人が一体どんな立場なのかも考えられない様じゃダメだよ。文官だって来ることもあるだろうし、皇帝陛下の従者が来ることもあるでしょう。それを子供などと言うものではないでしょう?」

 茜が魔導士たちに苦言を呈する。


「ところで、この二人だけど、魔導士団に入るってことで異存のある人はいる? 大丈夫だよ、意見を言ったくらいで処刑したりしないから。」

「いいえ。レベル五の魔法を使えるのでしたら問題ありません。」

「じゃあ、よろしくね。ところで、名前くらい名乗って欲しいなあ。名前分からないんだからさ。」

 茜は苦笑いしながら言う。

「大変申し訳ございません。私はメリエグボズ・ムシディス・ウォンチャクと申します。以後、お見知りおきください。」


「メリエグボズさんね。で、そうそう、寮って空いてる部屋あるよね?」

「はい、二人部屋にも個室にもまだ空きがございます。」

「じゃあ、適当に部屋割り振ってください。制服はどうしてるの? 各人、自分で仕立てるの?」

「いえ、支給がございます。訓練服と儀礼服それぞれを魔導士団の方で用意いたします。」

「じゃあ、それくらいかな。他に何か決めておくことはありますか?」


「細かなことは本人とお話しして決めたいと思います。」

「じゃあ、最後に。後ほど皇帝陛下から正式に通達されると思いますが、魔導士団の方向性としては、全員、無詠唱で魔法を使える様になること、適性に関わらず、全属性の魔法を使える様になること。この二つを主眼に訓練してください。」

「無詠唱はともかく全属性を? それは無理があるのではございませんか?」

 メリエグボズは信じられないようで、目を見開き、否定の言葉を口にする。


「皇帝陛下はもちろん、私も一応、全属性使えるよ。適正がある属性より威力とかは格段に落ちるけど、適正がなくても使えるはするから。レベル五を莫迦にできるくらいの人たちなら、訓練すれば全属性レベル五くらいは使えるようになるよ。」

 当たり前のように言うが、そんなことはこの辺りの国では全然知られていない。


「じゃあ、よろしくね。」

 唖然としている魔導士たちを尻目に茜は魔導士団本部を出て行った。



「私が、ゲレム帝国皇帝ユウキ・ティエユ・サツホロ・ウスイである!」

 貴族院の入口をくぐり、優喜が野太い声を張り上げる。

「塾長かよ!」

 ウケたのは小野寺雅美一人だけだった。他の四人は、普段の声とのギャップに吹きだしている。


 優喜は何事もなかったかのようにロビーを抜けて、事務室へと向かう。

「ロンゾはいますか?」

 優喜が声掛けると同時に一人の女性が駆け寄ってきた。

「おはようございます、陛下。」

「おはよう。昨日申したように、彼らが今日からこの貴族院に配属になりました。寮の手配などはお済みですか?」

「はい、ええと、全部で五人でございますね。問題ございません。」

「では、彼らには魔法道具と魔法陣、魔法薬の研究をして頂くという事で大丈夫ですか?」

「はい、使用できる研究室も幾つかありますので。」

「では、皆さん、私は予算の話がありますので、研究室や寮など案内してもらってください。」

「スヴォニアに案内させましょう。」


 呼ばれたスヴォニアについて、小野寺たちは事務室を、出て行った。

「それでは研究室からご案内いたしましょうかね。ええと、お名前は……」

「あ、自己紹介が遅れました、私はリンタロウ・アイです。」

 ヒジリ・カトウ、アツシ・クドウ、カイト・マスダ、そしてマサミ・オノデラが順に名乗っていく。


 貴族院には幾つかの建物がある。講義棟、寮棟、研究棟、そして図書館。

 事務室があるのは講義棟。研究棟はその東側にある。

 西側に寮棟、北に図書館という構成だ。

 寮棟と研究棟はかなり大きく、講義棟と図書館はその間に挟まれているような感じだ。

 渡り廊下を行き、研究棟に入ると、微かに異様な臭いがする。

「薬や生物の研究をしている者も多いですから、どうしても臭いが抜けないんですよ。」

「臭い消しの研究してる人はいないの?」

 聖がスルドイ突っ込みを入れる。

「その発想はありませんでした!」

 まるで天才を見るような目で見られ、聖は戸惑いを隠せない。


「これは、消臭元を作るしかないな。」

「空気をかえよう! ぴよぴよ。」

「それ違うから! 消臭元は小林製薬。間違えたら怒られるぞ!」

「あれ? ぴよぴよってどこだっけ?」

「エステーだよ。ちなみに消臭力な。」

「おまえ、詳しいな。」


 ワケの分からない会話をしながら階段を上り、四階の廊下を行く。

「ここから三部屋が現在使用していないので、お使いください。何部屋お使いになりますか?」

「倉庫とかは別にあったりするんですか?」

「申し訳ありませんが、地下倉庫には空きがございません。」

「じゃあ、薬は、材料用と資料用の棚が幾つかと、実験機器に薬棚。作業台に机と……」

 聖が指折り必要なものを挙げていく。

「この部屋丸ごと一つで足りる?」

 凛太朗が大雑把に話を進める。

「あ、うん。大丈夫だと思う。」

「じゃあ、この部屋は魔法薬用で決定。魔法陣は、大きめの机だけ有れば良くね?」

「本棚くらい置こうよ。」

 淳が突っ込む。

「一番の問題は魔法道具だろ。」

 海斗が困った顔で言う。

「ティエユではどれくらい使ってたか分かる?」

「役所ワンフロア。」

「マジ? それはいくら何でも無茶じゃねえか?」

「魔法道具と魔法陣で二部屋あれば何とかなるかな?」

「何とかなるとは思うけど。ちょっと手狭かも知らんけど。」


「済みません、全部で四部屋で良いですか?」

「四部屋となりますと、一部屋は五階になりますが、大丈夫でしょうか?」

「じゃあ、魔法薬を五階で、魔法道具に三部屋を四階にって事でお願いします。」

「鍵をお渡ししますので、失くさないようお願いします。」

「了解しました。」

「荷物はいつ頃入れますか?」

「あ、それは優喜様と相談しないと分からないです。棚とかは作ってもらわなきゃならないし。」

「そうですか。それでは、先に寮にご案内いたしますね。」


 寮の部屋はみんな九階、十二畳程度の広さの個室だった。

 尚、エレベーターなんてものは無い。

 トイレ、浴場は共同。食堂は二階である。

 共同部分の掃除は職員が行うが、自室の清掃は自分でどうにかしろとのことだ。


 部屋割りを決めると、今後の計画や予算について、優喜と打ち合わせのために事務室へと戻っていった。

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