4-13 初出勤

「では、私はこれから貴族院の方に行きますのでこれで。貴族院チームは一緒に来てください。」

 朝食を終えると、優喜は仕事へと向かう。

 相凛太朗、加藤聖、工藤淳、益田海斗、小野寺雅美の五人が優喜について行く。


「じゃあ、めぐに楓、奥田さんに根上くんは中央省行きますよ。」

 芳香が立ち上がり、宰相以下、中央省チームを率いて中央省執務室に向かう。


「んじゃ、私は宮省ね。純、孝喜、雄介、行くよ。」

 元気いっぱいに理恵が立ち上がると、自ら扉をばぁぁーんと開けて部屋を出て行く。

 何故そこで神速歩法を使うのだ。

 たぶん、覚えたての技を使いたかっただけだろうけれど。


「魔導士団いくよー。私は用事無いんだけどねえ。」

 茜が面倒そうに言う。理恵とのジャンケンに負けたので、魔導士団への案内担当となってしまったのだ。

 その後ろを小島明菜と園田愛梨がついて行く。


 魔導士団の本部は宮殿の外郭に位置している。

 即ち、遠いのだ。皇帝の居住区や執務室や謁見の間などがある中央区域からは。

 本部に向かう間に、茜は魔導士団について簡単に説明する。

「基本的に、宮廷魔導士ってのは武官だから、基本的に仕事は宮殿の護りと、魔物討伐。あとは戦争だけど、まあ、優喜様は戦争なんてやらないから心配しなくて良いよ。それと訓練。寮があるから、住む所はそこで良いよね。」

「寮なんてあるんだ。」

「武官にはあるよ。騎士団も近衛隊も。魔導士団と騎士団は通いでも良いけど、近衛隊は通いはダメで、専用の寮に入らなきゃいけないんだって。」

「通いでも良いんだ。何となく、寮ってヤなんだよなあ。」

 愛梨は寮に難色を示す。


「でも、通いって大変だよ。寮に入ってみて、どうしても嫌だったら考える感じだね。そもそも従者とか家とか、パッとすぐに見つからないし。特に従者は探すのが大変だよ。」

「従者って必要なの?」

 明菜は貴族の生活をよく分かっていないようだ。


「従者いないと食事もできないよ。貴族街に屋台なんて無いから。買い物とか洗濯する暇ないし。休日はあるけど、仕事の日は日出から日没まで仕事してさ、かなりキッツイよ。寮だったら食事は出てくるし、湯浴み用の部屋あるから、一人で湯浴みできるし。」

「なるほどねえ。確かに貴族の生活様式とか全然知らないもんなあ。」

「ティエユにいた時よりはどうしても不便になると思う。あっちではあり得ないくらい自由にしてたからね。」

「優喜様が好き放題やってたからね。」

 愛梨もうんうんと頷いている。


「そう言えば、荷物とかどうするの? トラックに積みっぱなしだけど。」

「その辺はみんなの部屋が決まってからだね。宮殿で盗まれたりはしないから大丈夫だよ。着替えとかは、魔導士団は制服あるから。ってあれ支給なのかな? 聞いてみないと分かんないや。」

 確認不足が露見した。というか、そんな何でもかんでも面倒を見る暇はないのだが。


「ああ、あれだよ。あの西洋の教会みたいな建物が魔導士団本部。その北側にあるのが寮だよ。」

 茜が道の先の建物を指差しながら言う。

「何か緊張してきた。」

 愛梨が言い、三人で笑い合う。



 貴族院があるのは宮殿の外、東城門を出て更に東に一キロ程のところだ。

「馬車とバスのどちらが良いですか?」

 優喜は廊下を歩きながら訊く。

「馬車って乗ったこと無いよね。どうする?」

 海斗は馬車にかなり興味があるようだ。

「多分、乗り心地はバスの方が上だぜ。」

 相凛太朗としては、バスの方が良さそうだ。

「私としては、中型トラックが楽なんですけど、六人だと二人荷台なんですよね。」


「私も馬車って一度乗ってみたいんだけど。」

 加藤聖も馬車派だ。

「仕方ないですねえ。ウェミヤカッソ、馬車の用意をお願いしますよ。」

「畏まりました。」

 ウェミヤカッソは急ぎ足で駐車場へと向かっていった。


 優喜たちが宮殿を出たところに、馬車が滑り込むように到着した。

「どうぞ。」

 ウェミヤカッソが馬車の扉を開け、優喜が最初に乗り込んでいく。従者たちは、馬車の中に同席することは無い。

 海斗と聖が続き、凛太朗たちも馬車に乗り込む。


「出してください。」

 優喜が指示すると、馬車の扉が閉められて、動き出した。

「結構揺れるね。」

 馬車のサスペンションは、優喜たちのトラックやバスが搭載しているものより、数段性能が劣る。

 シートのクッションも、羊的な獣の毛を詰め込んだだけのものだ。板張りに座布団を敷いている程度と思っておけば良いだろう。

 乗合馬車のようや板張りに布を敷いただけという代物よりはマシであるが、現代日本の感覚で言うと、粗末でしかない。

 街中の移動だけなので、ものの十分も乗っていることはないから耐えられないほどではない。

 と思ったら大間違いだ。

 道路の質が違うのだ。

 ティエユのように路面が綺麗に整備などされていない。ガタガタの砂利道である。

「お尻が痛いよう。」

 淳が泣きを入れる。

「この辺の改善は急務ですね。堀川君たちには頑張ってもらわねば。」

 優喜は痩せ我慢しながらも、これに慣れるつもりは無いようだ。



 宮省は本宮のすぐ隣である。皇子妃たちが行う事業を統括する部署なので、そんなに遠くに作るはずがない。

 中央省に至っては、本宮の中にある。皇帝の下で動く正真正銘、政治の中心的役割を果たす部門なのだ、中央にあるに決まっている。



「まず最初に新しい宰相の挨拶からね。めぐ、よろしくね。」

 芳香はサラッと言う。この辺は優喜よりひどいかもしれない。

「えええええ? 挨拶なんて何も考えてないよ。無茶振り止めてよ。」

 宰相着任など、昨夜初めて聞いたことだ。めぐみはまだまだ心の準備ができてい無いようだ。

「別に演説とかは良いよ。ほら、校長の長い話とか誰も聞いてないじゃん? 軽く短くで良いんだよ。不慣れなこともあると思うけどよろしく、とかそんな感じで。自分のフルネーム覚えてる? 宰相は爵位名で呼ばれることもあるから注意してね。」

「ああ、ティエユ卿みたいにってこと?」

 楓が、確認する。

「そう。めぐがスピニア卿、楓はバルエト卿。自分の名前覚えてね。あと、頭は下げないように。一番気をつけるのはそこかな。」


「何でこんな事になってるの? まさか私が貴族になるなんて思ってなかったよ。」

 めぐみが落ち込んでいる間もなく、五人は中央省ある二階に着いてしまう。


 芳香の従者が扉を開けられ、芳香を先頭に部屋へと入っていく。

「皇后陛下がいらっしゃいました。」

 入口近くの文官が芳香の入室を見て、全体に聞こえるよう声を張り上げた。

 一斉に文官が立ち上がり、芳香に向かって敬礼をする。

 この国の敬礼は、鳩尾の辺りで指を組んで四十五度程度の礼をする。

 これは男でも女でも変わらない。


「今日は皆様に重要なお知らせがございます。宰相のヴェニアミスが罷免となり、代わりにメグミが宰相に就任しました。また、その補佐にフウが就くこととなっています。メグミ、一言挨拶を。みんな忙しいので簡単にね。」

 芳香の紹介を受けて、めぐみが自己紹介の挨拶をする。

「メグミ・スピニア・フェクスタ・ツダです。宰相という役割や立場に不慣れなことも多いと思いますが、皆さんよろしくお願いします。」

 めぐみは挨拶を本当に簡単に済ませて、仕草で楓に振る。

「フウ・バルエト・イングスタ・ムラタです。若輩者ですが、よろしくお願いします。」

 さらに簡潔に済ませる楓。


「以上です。後は個別にお願いします。」

 芳香が締めると、文官たちは速やかに自分の仕事に戻っていった。


「何、この書類の山。」

 宰相の席に案内すると、めぐみが顔を引きつらせる。その横で楓も固まっている。

「だから、めっちゃ忙しいって言ったでしょ。これ、片付けていくよ。二人とも座って。」

 芳香は既に仕事モードに入っている。



 宮省に着くなり理恵は純、孝喜、雄介の三人に仕事を割り振っていく。

 ティエユでやろうとしていた事業の幾つかはこのゲレム帝国でもやっていく予定である。

 特に、製紙と印刷は絶対に捨てられないのだと言う。

 一から事業を興すことになるのだ。やるべきことは大量にある。

 工場の予定地の選定はすでに済んでいるが、工場建設のための材料の調達などはこれからである。

 鉄山を持つ貴族に渡りを付けたり、鉄鋼を扱う商会を幾つかピックアップし、実際に見積もりを取ったりするところからスタートである。

 全部自分たちで採掘や伐採などをしていたティエユの頃とは違うのだ。

 貴族や商人を動かすには、事前に計画を立てなければならない。



 そして、ウェイタに案内され、野村千鶴は厨房に来ていた。

「料理長に任命されたチヅルです。よろしくお願いします!」

 元気よく挨拶するが、料理人たちの反応は悪い。

 皇帝に出す料理を任されているのは、三十代後半以降の者たちばかりだ。

 そこに十五、六の千鶴は若いと言うより、幼すぎるのだ。

 同年代の皇帝にゴチャゴチャ言われるのは身分差として許せても、同じ平民である千鶴のことはそう簡単には認められないのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る