4-11 嵐の前の静けさ

 従者に案内されて、みんなでぞろぞろと食堂へ向かう。ただし、優喜や芳香は別に移動する。

 流石に皇帝と客人が一緒に謁見の間から移動するなどという事は無い。


 既に料理が並べられている席に着いても、めぐみたちは未だ手をつけるわけにいかない。

 早速食べようとした根上拓海は村田楓に叱られている。

 優喜が「食べながら話をする」と言った以上、皇帝が同席するのは明らかなのだ。ならば、彼らが食べ始めるのは、皇帝が手をつけるか、勧められてからだ。

 勝手に食べ始めるのは品格が疑われるどころではない。「駄目だこいつ… 早くなんとかしないと…」と新世界の神に睨まれてしまうだろう。


「お待たせしましたね。」

 優喜と三人の妻が流れるような所作でそれぞれ着席する。

 ちょっとだけ茜がもたついたのは見なかったことにしてあげよう。宮廷の作法に苦労しているのは理恵と茜だ。

 宮廷式ではないものの、元々、優喜は気取ったような所作だし、芳香は優雅で美しい振る舞いをしていた。この二人は、作法の違いさえ理解してしまえば振る舞いを修正するのにそう時間は掛からなかった。


「始めにお聞きしますが、この宮廷に伝わる珍味を食したい方はいらっしゃいますか?」

 優喜がにやけながら聞く。

「あれ出すの? 絶対食べない方が良いよ。色んな意味で驚きの物体だから。」

 茜は心底嫌そうな表情で言う。よほど不味かったのだろう。

「そう言われると食べたくなるよね。」

 拓海は興味津々だ。

「やめた方が良いよ。あれ、人の食べるものじゃ無いから。って言うか、ゴミだから。なんであんなの食べようと思ったんだか。」

 茜の評価は激しく低いようだ。


「え? それってどんな物なの?」

 楓まで食いついてくる。

「なんかニチャニチャしてて、口いっぱいに広がる苦味に混じるエグみが特徴。喉越しは、喩えるならば、をぇぇぇって感じでだよ。」

 吐くほど不味いという事だ。

「止めとこうか。」

 楓は苦笑いしながら言う。拓海は残念そうだ。

「それ、優喜様は食べたんですか?」


「一口食べてキレてたよ。」

「みなさんも、同じ苦しみを味わいなさい!」

「酷え。」

「相変わらず鬼だね。」

 優喜はどうにも人徳というものが無い。確かに尊敬されているが、嫌われてもいる。

 優喜を好きだと言う三人の妻たちがおかしいのだ。


「取り敢えず食べましょう。」

 芳香に言われて、優喜が食事に手を伸ばすと。拓海たちがそれに続く。

「どうですか? わが宮廷の料理は。私は千鶴の料理の方が美味しいと思うんですけどねえ。」

「何か、味薄くない?」

「野菜や肉を洗いすぎなんです。ここの人たちは、切ってからワシャワシャ洗いますからね。」

「言っても改善してくれないし。千鶴は宮廷料理長に任命するから、明日からお願いね。」

 無表情で食べながら、芳香がさらっと言う。


「めぐみと楓は明日の朝一番でゲレムの貴族爵位を与えます。めぐみが一位爵で楓は二位爵です。で、めぐみは宰相、楓がその副官を担ってもらう予定です。幸一と聖にも貴族爵位を与えようと思っていますが、位はまだ検討中です。もしかしたら、ウールノリアから爵位授与してもらうかも知れません。」

「何で私が宰相なの?」

 めぐみは泣きそうになりながら抗議する。

「楓も付けますから頑張ってくださいよ。今の宰相は爵位と役位が降格になるんですよ。何の罰も無いと、他の貴族に示しがつきませんからね。で、誰を宰相にしようかと思ったら、何と、他に適任者がいないのです。」

「私は適任なの?」

「経験は不足していますが、能力的には不適格ということは無いでしょう。」

「めぐならできるよ!」

 茜が言うが、めぐみの表情は晴れない。

「前にも言いましたが、そこまで重く考えなくて良いですよ。ちょっと生徒会長をやるくらいの気分で。」

「そんなわけにいかないでしょう?」

「下に大臣たちや文官もいっぱいいます。自分一人で頑張る必要は全くありません。それに、上には私や芳香がいますし、さらに上にはドクグォロス殿下やブチグォロス陛下がいらっしゃいます。宰相なんて偉そうな肩書きですが、実際のところ、ただの中間管理職ですよ。」

 気休めになるのか微妙なことを言う。


「ティエユの役所勤めだった方はめぐみの下、印刷チームは芳香の下の文官として登用します。土木のお二方は宮廷魔導士で良いでしょうか。工場勤めだった方には、工場の建設をしていただきたいですね。」

「工場って場所とか決まってるのか? 資材の搬入とか鉄道は無理でも大型トラックが入れないときついぞ。製紙は排水ができないとマズイ。」

 幸一が用地について希望をいくつか挙げていく。


「候補地は幾つかあります。明日、案内させますよ。」

「文官って何するの?」

 とは奥田友恵だ。

「雑用と言うか小間使いと言うか。」

「いや、事務って言ってあげなよ。」

 優喜の余りの言い方に、理恵が突っ込みを入れる。

「大雑把な言い方をすると、各種政策とか事業を具体的なところに落とし込んで実行に移していく人たちのことです。貴族や商人に指示する文書を書いたり、報告を受けて纏めたり、色々です。」

「電話もパソコンも無いから、めっちゃ作業が多くて大変なんだわ。」

 茜がボヤキ混じりに言う。


「ううう、大変そうだなあ。」

 友恵は怖気づき、弱音を吐く。

「大丈夫だよ。元々やってる人たちはかなりバカだから。みんななら問題無いって。」

 理恵がよくわからん慰め方をする。


「伐採と採取、採掘はどうすれば良い?」

 第一次産業系を代表して相凛太朗が訊く。

「そうですね。道は幾つかあります。まず、ハンターとして頑張る。次に武官、すなわち騎士団か魔導士団に入る。それか貴族院で研究でもしましょうか。あ、それいいかもですね。あとは文官役人ですか。」

「武官って近衛にはなれないの?」

「近衛兵は、完全に貴族で構成されるんですよ。あまり大量に爵位授与するのも問題があるんで、ちょっと勘弁してください。」


「俺たちは?」

 清水司が不機嫌そうに訊く。

「ハンターになるか、兵士になるかの二択ですね。」

 優喜の返答に、司はさらに不機嫌さを増す。

「ハンターになったら生活はどうなるんだい?」

「そんなのは、自分で勝手にやってくださいよ。私が面倒を見ることじゃないですよ。」

 優喜は冷たく突き放す。

 そりゃあ、ハンターになるならば、それは優喜の部下ではなくなるということなのだから、優喜が面倒を見てやる筋合いではないだろう。


「兵士って、普段何やってるんだ?」

 榎原敬が挙手して質問する。

「詳しくは知らないですけど、門に詰めたり、パトロールしたりですかね。あと、訓練も仕事の一部だと思います。兵と一口に言っても、警察的なのと軍隊的なのがあって、組織も、町の兵と、宮廷の兵と、帝国軍の兵はそれぞれ別物です。帝国軍のトップは私で、宮廷兵の最高指揮官は芳香です。」

「町の兵のトップは?」

「ええと、誰だったかな。名前忘れた。人の名前を覚えるのは、本当に苦手なんですよ。理恵、覚えていますか?」

「確か、ミリクゼヨとかいう平民のお爺ちゃんだよ。槍の達人とか言ってたけど。どんだけ強いんだろうね。」

「その人には会ったことないの?」

「平民に会ってる余裕が無いんですよ。」


「君は差別をしすぎだ。平民だとか貴族だとか、そんなに大事か? 何故もっと平等にしようとしないんだ。」

 突然、司が怒鳴りだした。

「身分の差は大事ですよ。あなた莫迦ですか? そもそも、平等にする必要がありますか? 不平等で何の問題があるのです?」

「平等ではないなんて、どう考えても問題だろう!」

 司は語気荒く言う。

「どんな問題があるのです?」

 優喜には心底分からないようだ。私にも分からない。そもそも神は人を平等になど作っていないし。


「不平等なこと自体が問題だろう。」

「だから、どうしてです? 具体的に言ってもらえますか? 不平等であることが、どんなデメリットをもたらすのか。」

「メリットとかデメリットの話では無いだろう。」

「いいえ、政治の話をしているのですから、メリットとかデメリットの話です。メリットやデメリットを考えないのは宗教の話です。この国でな政教分離されていますので、政治に宗教を持ち込まないでください。」

「日本では当たり前だろう?」

「ここは日本ではありません。」

 キッパリ断言する優喜。


「あのさあ、司ちゃんよ。このゲレム帝国って封建体制なんだわ。ウールノリアもだけど。それが気に入らないなら自由民権運動やって、市民革命を起こしてくれよ。多分だけど、民権運動参加者は殆ど集まらないと思うけどな。」

 渡辺直紀が呆れたように言う。

「この国は知らないけどウールノリアとか、身分階級制を変える必要性を感じないくらいに良く治められてるよね。普通に自由に暮らせてたじゃん。王様とか王太子様が凄いのかなアレ。」

 韮澤駿がさらに言う。

「不平等な階級社会と言っても、貴族も平民も身分固定では無いですしね。平民だって頑張れば貴族に取り立てられるし、貴族も阿呆やっていれば爵位剥奪とかされます。最悪、皇帝だって奴隷にまで身分を落としてしまいますからねえ。怖い怖い。」

 そもそも、平民が貴族に昇格したり、貴族が爵位を剥奪されて平民落ちするなどは、優喜が自ら示しているのだ。

「で、それの何が問題です? 賞罰がちゃんとある方が良いじゃないですか。明確な格差はあった方が、世の中、平和に回るんですよ。」

 司は信じられない、と言う顔だが、反論は抑えている。


「大飢饉が発生して、食料が絶望的に足りなくなった場合を考えてください。十四人につき、二人分の食料しかありません。あなたはどうしますか?」

 優喜は分かりやすい例を上げて説明する。モウグォロス相手にもそうだが、意外と優喜はちゃんと教えるのだ。

「みんなで分け合って食べれば良いだろう?」

 司は典型的な平等主義を唱える。


「その結果、どうなりますか?」

「どうって、言っている意味が分からないが。」

「その状態が半年とか一年とか続いたらどうなるかと聞いているんですよ。」


「あ、それ分かった。全員が餓死するってやつでしょ。聞いたことある。平等にしたら、死ななくて良い人まで死んじゃうって。」

 敬が横から答える。

「正解です。果たしてそれは正しいことですか? 日本ではそれを古来から田分けと言って愚かなこととしていますけど。」

「なるほど、二人は生き残れるはずなんだけど、それは不公平だから、みんな平等に死ねってことか。それ、酷くない?」

 拓海が呆れたように言う。


「そう言う主張をする人が真っ先に見捨てられるんですよ。」

「現実は厳しいね。」

「理想を言うだけでは、お腹は膨れないのです。」

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