3-27 ナチュラルに毒だった

「何このニチャニチャした物! 口いっぱいに広がる苦味に混じる、突き刺すようなエグみ! オエッと来るこの喉越し!」

「こんなにマズイ物は初めて食べましたよ。コレは本当に人の食べるものなのですか?」

 二人は口々に料理の文句を言う。どんだけ不味いんだろうか。

 試しに一口食べてみたくなるリアクションだ。


「大変申し訳ありません。お口に合いませんでございましょうか。」

 優喜たちのあまりのリアクションに、慌てて料理長がやって来た。

「どうやって作った?」

「は?」

「何を材料に、どう調理したのかと訊いている!」

 優喜はあまりの怒りのためかキャラが崩れ、口調が変わってしまっている。

「は、はい。キャシス豆にポウグ草、そしてエリントカゲの肉を煮込みまして、浮いてきた物を煮詰めて固めた物でございます。」

「それ、灰汁でしょ!」

「人の食べるものじゃねえだろ!」


「そ、そんな! 多くの野菜や肉から僅かしか取れない希少な珍味として」

「うるさいっ! そんなゴミは捨ててしまいなさい。その残った肉や野菜はどうしたのです?」

 少し落ち着いたのか、優喜の口調が戻ってきた。

「それはもう捨てましたが……」

 料理長は色を無くし、呆然と答える。

「茜、厨房へ行きますよ。自分で作った方が早そうですから。」

「仕方ないなあ。私、料理はあんまり得意じゃないんだけど。」

「自分で作らないと、あれを食べることになりますよ。」

「それはヤだ。絶対にイヤだ!」


 結局、麦粥と肉野菜炒めを作って食べることになった。

 味は大したことはないが、ちゃんと人間が食べるものになっているようだ。

「こんな簡単な料理を陛下にお出しするなど畏れ多いことです。」

 料理長はひどく落ち込んでいる。

「手間を掛ければ良いというものでもありません。美味しくて栄養のある物を出してください。」

 あちこちに意識改革が必要なようである。


「ところで、ウェミヤカッソさん。」

 居並ぶ従者たちの一人に声を掛ける。

「皇帝や皇子の奥方たちを広間に集めておいていただけますか? 皇帝より緊急かつ重要な発表があると。」


 優喜と茜が食事を終えて広間に行くと、そこは人でごった返していた。

 夫人一人につき、二十人以上の人が付いているのだ。

 側近に側仕え、護衛の近衛兵を何人も従えた皇后を中心に、皇子夫人たちがその周りで互いを牽制している。


 優喜と茜は完全詠唱して準備をした上で広間の扉を開けさせ、姿を見せると同時に光の盾と壁で夫人たちを拘束し、護衛や従者たちと切り離す。

 そして、メリケンサックを握り込んだ茜の拳が、次々と夫人たちの額にめり込んでいった。

 メリケンサックとは、拳がサックりめり込むことから名が付いたと言う説があるが、それは恐らく民明書房的なものだろう。


「静まりなさい。」

 優喜は壇上に立つと、よく通る声で場を制する。

 そして、その間にも、茜の黄金の右拳が猛威を振るっている。

 どんどんと隷属紋を刻み、十一人全員を殴り終えた茜が優喜の隣に立つと、高らかに宣言する。

「今、私に殴られた方には、絶対服従の徴を刻ませていただきました。つまり、奴隷です。私に逆らったり、害を為そうと思ったら罰が下ります。最悪、死んでしまいますので気を付けてください。それと、私が死んだら奴隷も死にますので、そのつもりでお願いしますね。」

 笑顔でハッタリをかます茜。主が死んだら隷属紋は効果を失い、消えるはずだ。

 しかし、お付きの近衛兵を抑えるには十分な効果があったようだ。


「説明しよう。」

 優喜が唐突に、パロディ台詞を言いだす。

「私は、ウールノリア国王ブチグォロス陛下が配下、ユウキ・ティエユ・サツホロ・ウスイです。みなさま方ご存知の通り、ゲレム帝国はウールノリア王国に向けて派兵、戦争を開始しました。」

 優喜は一度言葉を切って、広間の面々を見回す。

 特に疑問も反論も無いようなので、言葉を続けた。

「そして敗北し、皇帝は捕らえられ、ゲレム帝国はウールノリアの属国になりました。そして、この国を管理するために私が遣わされました。」

「そんな莫迦なことが信じられるか!」

 誰かが叫ぶ。

「別に信じなくても良いですけど。私に逆らったら処刑するだけです。今、跪くならば赦しましょう。何れにせよ、帝室の方々には何らかの処罰はありますけどね。弁護する人が反逆罪で先に死んでしまったら、助かる人も助からなくなってしまいますよ。」

「わ、わ、私は戦争なんて知らない! そんなこと聞いて」

「個別の話は後でゆっくり聞きますので、黙って私の話を聞いてもらえますか?」

 優喜の言葉は丁寧だが、有無を言わさぬ強さがある。


「そうそう、こちらは私の妻、貴女たち元皇子妃たちの主です。」

「挨拶が遅くなりました。優喜様の第二夫人、アカネ・サツホロ・ヤマグチです。陛下の第一夫人と第三夫人は明日以降到着の予定ですので、よろしくお願いします。」

 頭は下げず、笑顔で挨拶する茜。

「皇子たちは既に従前の身分を剥奪され、平民の職員の扱いをしています。貴女たちもそれに準じた扱いとなりますのでよろしくお願いします。つきましては、従者の方々は職種別に左手側に、近衛兵の皆様は右手側にお集まりください。奴隷の方は後ろの職員に部屋に案内してもらってください。今日はもう下がって良いですよ。」

 優喜が一気に言うと、広間は半ばパニック状態になり、指示通り動こうとする者は少ない。

「喧しいぞ! 速やかに命に従わんか! 近衛兵はこちらに整列だ!」

 最初期に優喜に跪いた近衛兵の一人が声を張り上げる。


「何故お前たちはあの小娘に従うのだ?」

 整列しながらも、疑問を口にする近衛兵たち。

「あの方が新しい皇帝だ。皇帝の命に従い、お護りするのが我らの務め。何故分からぬ?」

「しかし、皇帝の交代など認められぬ。」

「認めるも認めぬも無いだろう。皇帝の交代に我らの承認など必要無い。皇帝陛下が決めたのなら従うしか無かろう。」

「だが! 陛下が、ゲレム帝国が敗北したなどと信じられません。」

「ウールノリアの者がここまで入り込んでいる時点で、我らの負けであろう。しかもたった二人でお前たち全員が抑えられ、皇后陛下たちが囚われたのだ。これが敗北でなくて何だと言うのだ。」

 割と冷静に判断しているようだ。

「不意打ちだろうが何だろうが、我らは止められなかったのだ。」


「別に私はこの国を酷い目に合わせてやろうなんて思っていませんからご安心ください。戦争を始めようとする悪い奴らを粛清し、代わりに統治するために来たのです。より良い国を作るために協力をお願いします。」

 優喜は言いながら、自白の魔法を放つ。

 元より優喜の持つ適性は土と闇。この手の精神系魔法は本来、得意としている分野だ。密かに鎮静や睡眠の魔法はよく使っている。

「あなたたちの仕えるべき主とは何ですか? この国に尽くす、ゲレム帝国のために働くという方は跪きなさい。」

 近衛兵の殆どが一斉に跪くのに対し、従者たちの多くは立ったままだ。

「帝室の主こそが尽くすべき相手であるという方は後ろに下がりなさい。」

 従者たちの三割ほどが動く。

「近衛兵よ、そこの立ちっぱなしの者たちの身分証を剥奪し、城から追い出しなさい。尽くすべき相手がここには無い不届き者です。反抗するならば捕らえて牢に放り込んでください。」

 優喜の命令に近衛兵たちが一斉に動いた。

 これは、魔法の効果だけだは無いだろう。

 国にも皇帝にも、その一族にも仕えない者が一体何のためにここにいるのか。

 優喜に言われるまでもなく、そんな怪しい人物は排除すべきであろう。


 跪いた従者たちを取り敢えず茜に付けて、後ろに下がった者たちは処分保留ということで、従者の控え室に下がらせる。ただし、通いの者は家に帰らせることにした。


 帝室の処理が終わると、日はとっぷりと暮れている。

 近衛兵にも夜番と代わるように言って、優喜と茜は寝所へと向かう。

「ちょっと、優喜様。今日くらい一緒に寝ましょうよ。不安だよ、寂しいよ。」

 おやすみのキッスをし、別の部屋で寝ようとする優喜に茜がしがみつく。確かに、敵城で一人で寝るのは不安だろう。

 本気で周囲に怯えている様子を見て、仕方なしに、優喜は茜と一緒にベッドに入ることにした。


 翌朝、開門と同時に二人の女性が皇帝への面会を求めて城を訪れた。

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