3-21 敵を近づけさせない、攻撃させない

 昼も夜もなくトラックを駆り、優喜たちは翌朝の開門でギオグミアの領都に入った。

 メンバーは全部で七人。優喜以外は全員王宮所属である。


 自動車とは言え、全路がオフロード。さすがに八百キロの強行軍はきつかったようである。ずっと運転していた優喜はヘロヘロになっている。優喜以外は交代で寝ているが、それでも丸々一日の移動は体にこたえるようである。

 領主邸に押しかけ、やることを済ませると優喜たちは客間に引っ込んで夜に備えて睡眠を取った。


 ギオグミア卿の情報によると、現在、領都周辺に配備している兵の数は約三千。対するゲレム帝国軍は約二万人。幾つかの町を落とし、着々と領都に迫っているとのことだ。

 このまま森を抜ける街道を進み、領都周辺の布陣可能な開けた場所に到達するまでまだ一日以上はあり、明日の昼過ぎ以降になるだろうと言う。

 それを踏まえて、優喜は予め考えていた作戦を言い渡している。


 まず、籠城はしない。平地での合戦もしない。というか、そもそもまともに兵をぶつけて戦わない。

 地形操作して敵を足止めするとともに、自軍に圧倒的有利な布陣を作り出す。そして一方的に攻撃。

 その間に優喜たちが敵背後に回って、指揮官や参謀を暗殺、あるいは捕縛する。相も変わらず卑劣な作戦である。

「配下の兵をこれ以上死なせてはなりません。」

 それがティエユ卿としての命令だった。


 それらは無線機を通じて王宮側とも共有されている。

 ギオ第三位爵であるギオグミア卿は当初は優喜の作戦に反対していたが、王太子や国王からの後押しもあり、渋々飲み込むことになった。


 そして、夕方。

 食事を済ませると優喜たちは作戦に出て行く。

 トラックで走っていけば十キロ先の森など、すぐに着く。普通に行けば馬で一時間程度なのだが、クルマで行けば四分も掛からない。

 優喜はさらに森の中の道を北東へと進んでいく。途中で発見した斥候は片っ端から殺す方針である。敵はこの道の先にいるのだ。捕虜にして尋問する必要など無い。

 むしろ、こちらの情報を持ち帰られる方がマズイ。


 敵からすると、トラックは見たことの無い謎の物体であるため、偵察としては確認のために近づいてくる。

 偵察の報告が「得体の知れない物があります」では話にならない。それでは子供のお使いだ。

 放っておいて良いのか、排除すべきなのか、回避すべきなのか判断するための材料を持ち帰らねば偵察として役に立たないのだ。

 逆に、優喜たちからは敵の偵察が近づいてくるのが丸分かりだ。射程内に入ったら魔法で攻撃して終わりである。

 敵が森の中に隠れ潜んでいるのではなく、姿を現してくれるのだら楽なものである。

 王都から着た魔導士は、火属性が二人、水属性が二人。森の中で火魔法を派手に放つのも躊躇われるため、もっぱら水魔法で仕留めている。

 もちろん、優喜特性、魔龍素材の魔導杖を使っての攻撃だ。これは全ての属性が通常の三倍となる素晴らしい性能を誇っている。


 森の中の道をしばらく走って、大きく曲がった道の向こう側に敵部隊を見つけると、優喜はトラックを反転させて引き返していった。

 トラックの幅や長さ的に対して道幅が足りていない状況で、どうやって引き返すのかと思ったら、土魔法でその場の地面ごと百八十度回転する荒業だ。優喜は科学と魔法を実に便利に使い分けている。

 そして、戻りながら度々停止し、土魔法で穴を掘ったり段差を作ったり耕耘魔法で道路を耕したりしていく。

 徒歩や騎馬は然程問題なく進むだろうが、糧食その他を積んだ馬車はそうはいかない。工兵が頑張って道を補修しなければ進めないだろう。

 そんな嫌がらせを何か所にも施していけば、敵の行軍は当然遅れるだろう。

 王国の状態を考えると、帝国の兵たちの中にも優喜ほどの土属性魔法の使い手がいるとも考えづらい。

 明日の昼頃には森を抜ける、というのはもう絶望的だ。森の中で夜営を張ることになるだろう。


 そして優喜は森の出口で大規模な地形操作を行う。

 まず、街道の道幅を十メートル少々にとり、その両側に幅十メートル程度の土手を築く。

 この土手は長さ一キロほどに渡って延ばしていき、左右それぞれ外側に方向を変えて数キロメートルに亘って壁のように築き上げる。

 この土手の先端は、もはや岩壁となっている。高さ十メートルを超える真っ平な壁面は昇降が不可能だろう。

 そして土手の間の街道は徐々に掘り下げ、一キロ先では土手は十メートルほどの切り立った岩壁になっている。そして、道は左右に分かれ、数十メートル曲がって進んだ後に行き止まりとなる。

 森を出てすぐの土手のさらに外側は、大穴を幾つも作り、最初からそこを通り抜ける選択肢を奪ってある。


 念のためと言うことで夜を徹して土木作業を続けたが、予想通り、帝国軍は翌日の夕方になっても森の出口に姿を見せなかった。


 現在、ギオグミア領都に迫っている帝国軍を率いているのはソンエヴィン。皇帝の母方の従弟にあたる男だ。

 彼は優喜の工作を「下らない時間稼ぎ」であると断じ、工兵に夜を徹して道の補修をするよう指示をしていた。何人かの偵察が戻らなかったため、工兵を守るための兵まで付けてである。

 ソンエヴィンの目論見通りに夜間に補修を済ませ、夜明けとともに行軍を再開すれば、昼前には森を抜けられるはずである。

 彼らは、ギオグミアの兵が自軍の四分の一以下しかおらず、他領からの援軍が到着するのも四日以上先になることを知っていた。

 半日や一日程度であれば到着が遅くなっても十分に町を落とせる予定であるが、あまりにも遅れてしまうと、厄介なことになる。

 ソンエヴィンが苛立ちながら工兵の進捗状況を確認しているころ、優喜は領主邸の客室で高いびきである。何の心配もなく、ぐっすりと寝ていた。


 そして翌朝。

 朝日が顔を出す前に帝国軍は動き出していた。同じころ、ギオグミアの兵たちも動きを見せる。

 優喜たちは北西から大回りして、ゲレム帝国軍の背後に回り込むべく動いている。街道を暫く進んだ後、村を繋ぐ隘路を魔法で拡張し、トラックで無理矢理に突き進んでいく。

 優喜が用意していた六十二個の魔石のうち、すでに十三個を消費していた。小さい物から使っているため、実質的にはまだ二割も消費していないが、優喜としては使いすぎと感じているようで、表情はあまり明るくない。


 午前十二時頃。

 一日二十八時間なので、午前十二時で間違いない。

 優喜は村を二つ通り過ぎ、帝国軍が通ってきたショムス街道へと辿り着く。

 同じ頃、帝国軍の先頭は森を抜けて優喜の作った罠の所まで来ていた。森の出口はギオグミアの町よりも若干高い位置にあり、そこから遠く、いくつかの丘の向こう側に町が見える。

 そして、そこへと続く道が足元から延びている。

 ギオグミアの軍が途中に布陣している様子もない。兵力の差を考えれば当然だろう。籠城して援軍を待つのが定石だ。

 報告を受けたソンエヴィンもそう判断したのだろう。特に警戒することも無く、布陣しやすい所まで進むようにと指示を出した。


 ギオグミアの兵からは、帝国軍が見えていた。

 愚かな帝国軍は、ティエユ卿の言っていた通りに街道をそのまま進み、袋小路へと入っていく。

 土手の上は凸凹が激しく、馬でも徒歩でも進みづらい。念のためと偵察部隊が出ているが、街道を進む本隊と殆どスピードが変わらない。

 優喜がこの現場を見ていたら、どこかの新世界の神の如く「計画通り」と邪悪な笑みを浮かべたことだろう。

 先頭を歩く兵士たちが左右の土手があまりに高くなるのに不安を覚えても、一万を超える軍隊はそう簡単に引き返すことができない。

 そもそも勝手に止まることは命令違反だし、森をまだ抜けていない馬車部隊は道が狭いために方向転換ができない。

 優喜が縦横無尽の機動力を持っているのに対し、軍隊とは不自由なものである。

 ソンエヴィンや参謀たちが報告を受けて戸惑っている間に、先頭の兵たちは丁字路にまで到達した。真っ直ぐ進んでいた街道が突如左右に分かれているのだ。

 確認のために何人かが左右の道に走るが、全体としては止まるしかない。


 そこにギオグミアの魔導士達からの一斉攻撃が始まった。

 何十発もの熱湯魔法が逃げ場のない兵士たちに向かって降り注ぐ。この熱湯魔法はティエユ卿直伝の火と水の二属性を使ったレベル四の魔法である。

 この極悪無比な魔法は、一発で十人以上もの兵を先頭不能に陥れる。鎧で防ぐことは適わず、耐火のお守りも通用しない。にも拘らず、即死性が低い。つまり、重傷者を大量に出すのだ。

 そこに魔導士がいれば水魔法で大量の水を出して冷やしたり、冷却魔法を使用すれば良いのだが、熱湯地獄の中にそんな余裕は無い。

 さらに風魔法で砂塵を飛ばして目潰しをして、弓矢や投石で追い打ちを掛けて行く。

 あっと言う間に数百人を先頭不能にした後、ギオグミアの兵たちは撤退していく。


 この攻撃での帝国軍の損耗は二パーセントにも満たないが、罠に掛けられた、という事実が士気を落とし、混乱を招く。

 そして、数百人の怪我人を抱えれば、軍の動きはさらに遅くなる。

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