2-18 と思ったら進んだ

 芳香たちが王宮に呼び出されてから数日後、優喜が王都に帰って来た。

 優喜は特に前触れを出したりしていたわけでもないのに、城につくなりすぐに通され、王太子の待つ部屋へと案内された。帰りに立ち寄ったメノフィの領主から、報告がされていたようである。

「碓氷、無事だったんだね? ……だね?」

 優喜の顔を見て声を上げた理恵の声のトーンが一気に落ちた。

「随分と良いご身分になったようじゃない?」

 茜の言葉には殺気が籠っている。芳香は無言で憤怒のオーラを立ち昇らせている。


「どうしたのです? ここは久しぶりの再会を喜ぶ場面なんじゃないんですか?」

「その後ろのひとたちはだれなのかな? かなァァ?」

 目を見開き、この世の者とは思えない表情で理恵が詰め寄る。

「か、彼女たちは」

「妻のケソドキミでございます。」

「妻のヨシディニトでございます。」

「妻のノイジェでございます。」

「妻の……」

「妻……」


 なんと、妻が八人いた。

「へええぇぇぇ。」

 芳香が低く冷たい声を発する。

「ち、ちがいます! 妻と言うのは彼女たちの希望で合って、まだ結婚していません!」

「まだって、これからするんだ。結婚。」


「痴話喧嘩はその辺にしておいてもらえんかね。」

 呆れた顔でドクグォロスが言う。

「で、一体どういうつもりなのか聞かせてもらおうか。」

「彼女たちは」

「女のことじゃねえよ! 今まで何していたんだって聞いているんだ。」

「何って、あちこちの町を回って、魔物と戦える体制を整えていましたけど。」

「私はメノフィに行けと言ったんだ。他の町にも行けなんて言っていない。」

「行くなとも言われて」

「言ったぞ。独断で動くなと。」

 優喜の表情が固まり、視線が宙を泳ぐ。

「大変申し訳ございませんでしたあああああああ!」

 頭をテーブルに打ちつけながら優喜が謝罪する。

「色々ありましてですね、ちょっと帰るに帰られなかったのです。」

 優喜はテーブルに突っ伏したままの体勢で話を始めた。それはそれで無礼だと思うんだが。

「話すなら頭を上げんか。」

 呆れてドクグォロスが言う。

「どの町に行っても、領主というものは私を町に留め置こうとするのです。それで仕方なく他の町にも行かねばならないと言って町を出ていたのです。それで明らかに王都に向かう道を行くわけにもいかず、なかなか戻って来れなかったんです。」

「そんなの無視して帰って来れば良いだろう。」

「貴族と無駄に諍いを起こすなとか、事を構えるなとか、くどいくらいに言っていたのは誰ですか!」

 ドクグォロスは呻き、言葉を詰まらせる。


「この一ヶ月、どれほど苦労してきたと思っているのですか。」

「お楽しみだったみたいだけど?」

 芳香が低い声でツッコミを入れる。

「八方丸く収まるように頑張ってきたんですよ。」

「八人の奥さんを丸め込むのを頑張ってきたの間違いじゃないの?」

 芳香の毒が止まらない。

「ちがいます。ちがうんです。だいたい私の一番は伊藤さんなんですから、他の人に手をだしたりなんかしたりしませんよ。」

 優喜の突然の言葉に、芳香は驚き戸惑い狼狽えている。そして、何度か頭を振り、キッと睨みつける。

「そうやって、変なこと言って誤魔化すつもり?」

「私の初恋の人は伊藤さんなんですから、伊藤さんが一番です。長くなるので、その話は後にしてください。」

 いきなりの告白を受けて、目を白黒させながら芳香は俯き黙り込む。


 そして、優喜はこの一ヶ月の間に何があったのかを語り始めた。

 魔物をなぎ倒して町に入り、領主や兵隊長、あるいは教会やハンター組合、魔術師協会、錬金術師協会の偉い人たちと交渉し説得をして、町全体の戦力を束ね、向上させ、そして敵の動きを見極めつつ作戦を立てて、兵を指揮して魔物を駆除していく。

 ひたすらこれの繰り返しだ。どの町に行っても、概念的にはやっていることは一緒だ。もちろん、具体的な方法はその町ごとに異なる。町の大きさも、保持している戦力や物資も、敵の魔物の種類や数も違うのだから、取る作戦はそれに合わせて変わるし、当然そうなれば、発生してくる細かな問題も違ったものになる。

 協力的な者もいるし、非協力的な者、反抗的な者もいる。

 魔物との戦いやその指揮そのものよりも、交渉や折衝を重ね、人や組織関係の調整を図る方が余程大変だ。ぶっちゃけ、魔物との戦いなど決まったことを順番にやっていただけである。だから、作戦が通用し、敵の撃退が順調に進んでいるのを見た時点で優喜のその町での役割は終わりである。

 どの町でも、優喜は町が勝利に沸く前に立ち去っている。


 ただし、最後に行った町、ビョグゥトだけは完全に異なっていた。

 優喜が着いた時には既に兵は壊滅し、門は破られ、町は破壊されていた。領主の館の地下室に僅かに生存者が残されていた程度で、他に人の気配は全くなく、惨殺の跡が広がるばかりであった。

 地下室への入り口が瓦礫に埋もれてしまったため、襲撃者たちに発見されずに済んだのだろう。

 優喜は驚くほど簡単に瓦礫を除去して地下室を開けたのだ。

 岩を砂にする魔法。

 役に立たない土魔法の筆頭格。一体どんなときに使うのか使い道が全く分からない魔法だった。

 優喜はこの魔法を使って、瓦礫を砂に変えて退かしていった。

 土魔法便利じゃん。誰だよ。土魔法は役に立たないなんて言ったのは。


 女子供ばかり十七人。滅びた町に放置するわけにもいかず、引き返していく方向で、ヨディアの町まで生存者を連れて行った。この町も兵士や町民に大きな被害が出ており優喜が来るまでは絶体絶命といった様子だったのだが、優喜が連れてきた生存者を快く引き受けてくれた。

 しかし、生存者のうちの八人が優喜の妻になると言ってきかず、そのまま王都まで付いてきたのだと言う。


「それで、今後の方針なのですが、私としては早めにダンジョンに向かいたいのです。」

「行ってどうするのだ?」

「魔物が出てこないようにします。」

「そんなことができるのか?」

「分かりません。ですが、それをしないと、国が疲弊していくだけですよ。早めに手を打たないと、次の冬を越すことも難しくなります。」

「何か策があるのだな?」

「何もありませんよ。だって、何の情報もありませんから。とりあえず調査に行ってみないと、対策も何もありません。今すべきことは、情報を集めることです。」

「分かった。だが、その前にすべきことがある。ウスイ、お前に爵位を授与する。貴族になるのだ。」

「やっぱりそういう話になるんですか?」

「なんだ、想定の範囲内か? だったら話は早い。」

「そりゃあ、平民のままだと貴族の言うことを聞かなきゃならないですからね。で、第何位なのですか?」

「一位に決まってるだろう。」

「決まってないですよ!ダメですよそんなの。逆に反感を買ってしまいます。都市領主は最高でも第五位なのですから、四位があれば十分じゃないですか。」

「それだと、後々、地主貴族と話をする際に不便ではないか。」

「いつの話ですか! とりあえず第四位で、必要があればまた上げれば良いじゃないですか。」

「面倒だ。」

「順序は大事です。いきなり一位にする方が面倒なことになります。四位でも、かなりカッ飛ばしているんですから。」


「分かった。」

 ドクグォロスは少し考えてから了承した。

 手順を踏む面倒さと、手順を飛ばしたことにより発生する面倒を天秤にかけて、想定もコントロールもできる方を選んだのだろう。

「ミズヤ、ノゥギュムすぐに準備をしろ。ウスイ、すぐに授与式を行うぞ。服は用意してあるミズヤに替えてもらえ。」

「え? 今からですか?」

「先延ばしにしても仕方が無い。」

「ちょっとまってください。伊藤さんも貴族にしていただくことはできますか? 平民のままだと結婚できないじゃないですか。」

「じゃあ、先に結婚しろ。ミフィチエ、神官も呼んで来い。」


 ドクグォロスの指示で従者たちが素早く動いて、優喜の爵位授与式、および結婚式の準備が進められる。といっても、結婚式は神官の前で誓い祝福を与えられるだけで、披露宴のようなものは無い。爵位授与も国王から儀式的な物品の下賜があるだけだ。

 優喜はもちろん、パニックになっている芳香も連れていかれて、礼服に着替えさせられる。

「名前はどうする?」

「ええと、私の名前は正式には碓氷優喜というのですが、伊藤さんは伊藤芳香ですね。」

「ユウキというのが家の名前か?」

「家の名前はウスイの方です。私たちの国では国民全員が家の名前と本人の名前があって、家の名前で呼び合うのが一般的なのです。」

 ドクグォロスは文化の違いに頭を抱えるが、すぐに気を取り直して名前について説明する。

 まず最初に、親から与えられる名前、

 その次に来るのが、爵位名だ。貴族ではない者はこれが無い。領主の爵位名は領地、あるいは領町と同じ名前になる。

 三番目に家名。これは家族単位でつけられるもので、大抵の場合はその家族の筆頭者の家名となる。

 最後に氏。これが血族を表すらしく、結婚しようが養子になろうが変わらないという。子供の氏はどうするかというと、男児は父親の、女児には母親の氏を引き継ぐのが慣例らしい。もちろん、例外はあるのだが。

 色々な案がでたが、結局、優喜の名前はユウキ・ティエユ・サツホロ・ウスイ、芳香はヨシカ・サツホロ・イトウとなった。

 サツホロはもちろん、二人の故郷である札幌が由来である。


 優喜と芳香の結婚式、および、優喜の爵位授与式が終わった時には既に日が落ちきっていた。

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