1-06 入学して二週間で浪人
「ここでの生活は今日で最後です。明日の朝食はありません。」
転送から七日目の朝食時、優喜はみんなの前で宣言する。
「は? なんでだよ。どーするんだよ。」
力也は相変わらずである。
「今日は、午前の魔法の修練はいつも通りあります。午後は講義室に何人か来てくれるそうなので、聞きたいことは早めに考えておいてください。」
優喜は喚く力也を完全無視し、事務的に予定を伝える。
「どーゆ―ことだって言ってんだよ!」
キレて掴みかかる力也。
「人の話はちゃんと聞いてください。聞かずに文句を言う人と話すことなど一つもありません。」
力也の手を払い、力強く言い切る。
「要するに、不合格になったってことか?」
益田海斗(ますだ かいと)は苦々しげに言う。
「そうですね。騎士団、魔導士団として合格した人もいたんですが、辞退してしまいましたから。」
「寺島さんで何とかギリギリ、オマケして山口さんが合格らしいですよ。初歩の魔法を二回に一回しか成功しない程度では役立たずですからね。だいたい、全力で頑張っていることを見せない人を誰が採用するのです?」
重い空気に包まれる中、力也が「不合格ってどうゆうことだ!」とかなんとか一人吠えてる。
「おまえ、うるせえ。」
流石に、他のクラスメイトからも文句を言われている。
朝食後、最後の魔術の修練が始まった。
優喜の指示で何人かが筆記用具とノートを持参しており、魔法陣と呪文を必死に写し取っている。魔導士達はその紙の質と量に驚愕し、二・三枚の紙と引き換えに、魔法陣を教えてくれていた。
その傍らで、優喜が片っ端から魔法陣を魔術で空中に書いていき、魔導士達に確認してもらう。
「いつの間にできるようになった?」
魔導士は訝しがるが、優喜は最初から魔術の練習ばかりをしていたはずだ。
魔法を使うには、魔法陣を書けるようになっている必要がある。だが、理恵も茜も、まだ自分で魔法陣を書くことができていない。優喜はこうなることは想定していたのだろう。
「寺島さん。」
呼ばれた理恵は顔を上げると、目の前に並んでいる魔法陣を立て続けに起動する。魔法陣を自分で書く必要が無い分だけ、二つの魔法を放つ間隔が短い。
間を置かずに隣にいた茜の目の前にも魔法陣が並び、それも立て続けに起動される。
「問題なさそうですね。」
こともなげに言って、優喜はノートに書かれた魔法陣を並べていく。複数の魔法陣を同時にポンポンと空中にプリントしていくそのスピードに、周囲の魔導士達は驚きを隠せない。普通の魔導士は自分が使う一つしか書くことが無いのだろう。
それに対し、優喜は周囲の人全員分の魔法陣を一人で書くつもりでいる勢いだ。恐らく、そんな莫迦げたことをしようとした人はいないのだろう。
「半人前のまま放り出してしまうのもどうかと思ったんだが、これなら大丈夫そうだな。」
「初心者ですからね。一人で魔法を使うことができないなら二人、三人がかりで使えば良いのですよ。」
魔導士の言葉に、優喜はドヤ顔で答える。
魔法陣と詠唱、魔法の説明を書いた紙がルーズリーフのバインダーに綴じられていき、既に八十枚を超えている。既に第二レベルまでの魔法は書き終え、第三レベルの魔法陣を書き取っている。
昼食までに百枚を目指しているが、第三レベルになると魔法陣も詠唱も複雑度が上がり、書き写すのが大変そうである。
正午の鐘が鳴ると、一斉にペンを置いて伸びをする。
「もうお昼か。」
茜が呟き、優喜と理恵が同時に立ち上がる。
「今までご指導ありがとうございました。」
二人が魔導士達に深々と頭を下げ、礼を言うと、茜が慌ててそれに倣い、数名が続く。
だが、半数近くは挨拶もせずに出て行こうとしている。礼儀がなっとらんな。
「あなた達はお世話になった方にお礼も言えないのですか!」
優喜が振り向き一喝した。渋々頭を下げる一年五組一同。そこにこっそり教師の小野寺雅美も紛れていた。こいつ、本当に教師なのか疑わしいな……
昼食後は講義室で、最後の質問タイムである。
「伊藤さん、私はちょっと外に出てきますので、まとめ役はお願いできますか。」
「どこ行くの?」
「加藤さんを放っておくわけにもいかないでしょう。」
「あ、そうだね……」
「もしかして、忘れていたのかな? かなァァ?」
優喜と芳香の会話に、理恵が目を見開いてツッコミを入れてくる。怖いからそれ。
「という訳でして、加藤さんは今日は早めに上がらせて頂きたいのです。」
神殿に来た優喜は状況を神官に説明し、加藤聖の早上がりを願い出る。
「となると、彼女は今日で最後になるのですかね?」
神官は事務的に確認する。
「あ、加藤さんはどうしたいです? ここでお世話になることも可能かと思いますが。」
「私を置いて行くつもり?」
「いえいえ、選択の権利は加藤さんにありますよ。ここでお世話になるのか、私たちと一緒に行くのか。伊藤さんや寺島さんにも言ったのですが、他の人がどうとかではなく、自分のことだけを考えて決めてください。」
「私は…… 日本に帰りたい。家に帰りたい!」
「はい。」
優喜は頷き、続きを促す。
「私も一緒に行く。ただ待っているなんて絶対にイヤ!」
「ということらしいです。」
優喜は神官に向き直って言う。
「分かりました。それでは今日あと三時間ほど頑張って頂いたて終わりと言うことで。」
神官は了承し、優喜は一礼して城に戻る。
「あ、そう言えばすみません。一つだけ良いですか?」
優喜が突如振り向いて尋ねる。
「八千二百三十二年前の戦争の救世主って、どこに現れたかご存知ですか? それは誰が呼び出したとか。」
「魔龍戦争の救世主ですか? それならば北方の国に現れたと聞く。当時の国は今とは大きく異なっているし、詳しい地域までは分からぬが。それと、呼び出すとは何だ? 救世主とは呼び出すものなのか?」
「我々は何者かによってここに連れてこられたので、以前の救世主様はどうだったのかと思いまして。」
神官も詳しくは知らないようだ。優喜は一礼して、今度こそ神殿を出た。
講義室では、積極的に質問をする者と、完全にダレている者に分かれている。いつものパターンだと、ダレている派は後で聞いてねえとか騒ぎ出すんだろう。
今日は珍しく、清水司が積極派に加わっていて、戦争の際の動きなどを質問している。
「私たちが直ぐにでも就ける職業に心当たりはありますか?」
優喜は戻るなり、就職の話をする。
「ハンターでしょうね。実績も無く短期間で雇ってくれるお店や工房もそうはありませんから。」
講師の役人は即答した。
「働くの?」
林颯太が間抜けな質問をする。
「当たり前でしょう。お金が無くてどう生活するのです? 食費や宿代くらい稼ぎますよ。あなた、毎日野宿して、そこらの草でも食べる心算なのですか? そうしたいのなら別に止めませんけど、私は嫌ですよそんな生活。」
一同呆然と固まっている。
「え? ちょっと待ってください。何ですかその反応は。皆さんどうする心算だったのですか?」
「ごめん。考えてなかった。」
素直に謝る芳香。
「メシはちゃんと食いたいよね。」
「ベッドで寝たいよね。」
「お風呂ってあるのかなあ」
「いずれにせよ、お金が必要ですね。」
優喜が〆て、みんなで首肯する。
さらに、職業の種類や規模について、また、交易の方法や規模、領地や国の出入りについてなど、経済・社会システムについての質問が続く。
工業は基本的に家内制であり工場制でやっているところは殆ど無い。魔術・魔法を使用しているのは手工業と言えるのかは謎。
農業は小作制度であり、農地は王家あるいは貴族が所有し、小作農家が生産した作物の何割かは税として納めるのだそうだ。
ただし、ほぼ同率の売上税が商人や職人にも課されているらしい。税率は領主によって違い、王家直轄領ではは百九十六分の六十三だそうだ。
特別に許可されたもの以外、領地や国の出入りには税金が掛かり、国をまたがって交易をする大商人はその免許を得ているのが通常で、南北方向は数十台の馬車を引き連れ、東西は河を船で移動すると言う。
ちなみにお金は、みんなが持っている紙を売れば、しばらくの生活費にはなるのではないかと言う。これは優喜にも盲点だったようで、聞いたときは頭を抱えていた。
夕食の時間が迫ると、優喜達は頭を深々と下げ、丁寧に礼を言って部屋を出る。
最後の食事もイモだった。肉は姿を消し、イモしか入っていなかった。用済みに食わせる肉は無いと言うことか。
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