旅立ちの朝
目を覚ませば、辺りは夜が明け始め、窓から見える景色は幻想的な蒼で映えていた。
騎士団入隊試験を翌週に控えているという割には、酷く落ち着いている。
後、数時間もすれば、十七年の時を過ごしたこの村を出て、兄が待つ王都へと向かっているだろう。
昼前までには、村の人たちに挨拶を済ませておきたい。
まずは村長、その後は宿屋の婆さん、道具屋のおじさん。よく飯を食わせてくれた飯屋のジルおじさんとココおばさんにも挨拶しないとな。
そういえば、飯食いに行った時よく、お前が出世したら、俺の料理より高くて旨いものを食わせてくれればいい、なんて言って金も取らずに沢山食わせてくれたな。
おじさんの料理より旨い食い物など食べたことがない。だからこそ、そんなものがあるのかすら定かではないが、これから俺が向かうのはディシディア王国が誇る王都アクアだ。それなりの店もあるはずだ。
そうだ、サラにも挨拶しなければ。
幼馴染だからって、何かと口うるさいが、悪い奴ではない。
思えば、あいつが居なければ、ここまで村の人たちと仲良くなるのも不可能だったのかもしれない。
兄のツァイスが居なくなり、寂しさにかられ、一人陰にこもっていた幼い俺を、村の人たちは自分たちが向けた優しさを子供に無下にされた時も、仕方ないと許してくれていたが、あいつだけは怒っていた。
そんなんじゃツァイス兄に笑われちゃうよ! なんて言って。
だからこそ、俺は、ここまで兄のいない生活に慣れることが出来たのだと思う。
直接は言うのは、正直恥ずかしくて言えたものではないが、心から感謝している。
そんなことを考えながら、寝起きで気だるさの残る体を持ち上げた。
体を起こすと、見慣れたはずの部屋にも懐かしさに似た感覚を覚える。
ツァイスと二人で暮らしていた部屋。
傷や穴を不器用に板で補強しただけの壁や床。兄のように強くなりたくて、棒切れを振り回しては壁や物を壊して、よくげんこつされていた。だが、げんこつの後には必ず、笑って俺に稽古をつけてくれていた。そんなツァイスの優しさに惹かれ、こうなりたいと子供ながらに憧れを抱いていたものだ。
無造作に散乱した衣服の山。子供の頃はツァイスが片付けてくれていたが、一人で暮らすようになってしばらく経つというのに、未だに片づけだけは得意になれない。王都で暮らしてからは、得意になれるだろうか。
この部屋で起きたことはどれもが良い思い出だ。
あの頃は特に不自由もなく、ただただ楽しかった。
五年前、ツァイスが先に王都に旅立ってから、一人で暮らしていた部屋だが、あの頃はいきなり広く感じていたのを今でも覚えている。
今ではそんな風に思うことも無くなり、多少の手狭間感があった。
この部屋とも今日でお別れだ。
きっと、次もこの部屋に戻って来るときは、騎士になっていることだろう。
その頃にはこの部屋も埃まみれで汚くなっているだろう。
その時はツァイスと、久しぶりに一緒に大掃除でもしたいものだ。
「さあて、準備すっか」
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