第62話追儺


「では、これより追儺ついなを行う!」


 藤原ふじわらの忠平ただひらの掛け声に合わせて、おどり出る人影。

 それは方相氏ほうそうしと呼ばれる者達。


 ――否、式神であった。

 横にはべる、陰陽師おんみょうじの面々が操りし式神。

 方相氏は黄金の四つ目で四角く、のっぺりとした面を付けており。……一本足の高下駄をき、熊の毛皮を頭に被り、ほこたてを手に持ち、それを叩き鳴らしながら内裏内を歩き回る。

 時偶ときたまに示し合わせたように方相氏は、一斉に宙返りをする。


「此度は趣向が少しばかり違うのじゃな」


「ほほ、麿まろは、こちの方が好きぞ」


 方相氏が戈を振るうのを観ながら、百官達は、こそこそと内緒話をする。


「鬼やらい! 鬼やらい! 鬼やらい!」


 その後ろからは、青紺せいこん色の衣服を纏った侲子しんし達が声を上げながら付いて回る。

 追儺も大詰めとなり、方相氏と陰陽師に侲子しんしは、隠れた鬼を追い立てる。――その姿、猟犬の群れが如く。

 群れは大内裏内の四方にある、全ての門の前に集まる。


「鬼やらい!」


 忠平の掛け声と共に、数人が桃の弓を構え、四方へとあしの矢を放つ。

 それとほぼ同時に門が開け放たられ、つつみが鳴り響き、方相氏達が大内裏だいだいりを出てゆく。




 たいらの将門まさかど朱雀すざく大路の南端を目指して歩いていた。

 俄かに花城に響く鼓の音が将門の耳にも届き、振り向く。

 遥か遠くに見える、大内裏の朱雀門から出てくる方相氏達。

 方相氏ほうそうし達の姿を見ようと朱雀門の方へと人々は流れてゆく。


「今年は刻限が変わったのか。……」


 ――将門は胸に溜まった疎外感を吐き出すように、白い息を吐く。

 流れゆく人々と方相氏を見る表情はさびしげであった。


 将門は、また一つ白い息を吐いてから、流れに逆らう様に歩きだす。

 聞き覚えのある声が将門の歩く方向からする。

 女を両手にはべらし、正に両手に花状態の藤原ふじわらの純友すみともが朱雀大路の南から歩いてくる。


 すれ違う時に将門と純友は目が合う。……が、どちらも声をかける事もなく、表情をなごませながら、別々の道を歩いて行く。

 

 

 羅城らじょうもん。――朱雀大路の南端に位置する、外と都を分かち、都の正面を装飾する為の門。

 しかし、人の気配は無く、そこかしこに刀傷や矢の痕や爪痕が残り、荒れ放題であった。


「まだ、あの時のまま・・・・・・か」


 将門は戦いの痕を懐かしむように、ゆっくりと撫でる。


「っ!」


 将門は苦悶くもんの表情をし、右手で腹を押さえながら、塀にもたれ掛かり膝をつく。

 息も絶え絶えとなりながらも、将門は己の内で暴れる呪を鎮めようと、目を瞑る。


「もし。――もし、其処そこのお方よ。大丈夫ですかな?」


 将門の背後から不意に掛けられる、男の声。


「大事ない。……少し休めば」


 声の主に振り返る事なく、絞り出すような声で返事をする将門。


「人の身で、そのしゅを内で飼うのは、しんどいでしょうに。……なんなら、その呪を貰い受け。いや――違うか」


 背後の者は涼やかな声で、一部の者しか知らない、将門の背負った呪の事を語る。


「何故、知っ――」


 そう言い掛けながら将門は何とか振り向く。

 ――そこには酸漿かがちのように紅い瞳を持った、優美な顔の男が立っている。……男の衣服は唐服の様に柔らかそうではあるが薄く、黒地で赤い襟の服を着ていた。


 将門は男の瞳を見た瞬間。何かに全身を押さえつけらた様に満足に動けなくなり、口から言葉も出なくなる。


「返上してもらう。が、正しいかな? 此処ここでは目立ち過ぎるから、一緒に来てもらうよ」


 その男は口端くちのはを上げ、蛇の牙のように鋭い犬歯を見せながら、将門の右頬を青ざめた左手で触れる。

 がらん、がらんと本坪ほんつぼすずのような音が羅城門らじょうもんに鳴り響く。

 鳴り止んだ時には、将門と男の姿は羅城門から、影も形も無く、消え失せていた。

 羅城門の上に留まるからすが一つ鳴く。――二階から下を覗く様に一人の男が顔を出す。


「あれは平将門が神隠しに。……いや、鬼にさらわれたか? 何かが起こる前触れか? 実に興味深い。同じ桓武かんむ天皇の玄孫げんそんだしな。一度、東国の役職に就くか……」


 男は都の鬱屈うっくつした、なんとも言えない空気に辟易へきえきしていた所に、摩訶不思議な現象に遭遇し目を輝かせていた。

 そして、平将門に対しての興味が鎌首をもたげる。


「……うさま! 何処におられますか!」


 その大声に反応してか、男は心底嫌な顔をしながらも下へと降りる。

 付き人の一人であろうか。声を上げながら、必死の形相で羅城門の方へと向かってくる。


此処ここだよ、余は此処に居るよ」


 軽薄そうな笑みを浮かべながら、手を振る男。

 付き人は駆け寄り、安堵する。


興世おきよおう様。……ご無事で良かった」


 さめざめと泣いた振りをする付き人。

 それを見ながら、興世王と呼ばれた男の顔から軽薄そうな笑みが消え、苦虫を噛み潰した様な顔となる。





 将門が気がついた時には、既に周りの景色は変わっていた。

 何処であるか分からない、鬱蒼うっそうたる森の中。――変わらないのは、将門の頬を触る、目の前の男のみ。

 

「さて、術を解くけど。……斬り掛かったりしないでくれると嬉しいな。君の敵ではないから」


 男はそう言いながら左手を離し、そのまま指を鳴らす。

 押さえ付けられていた、何かは取り払われ、身体の自由を取り戻した将門は大きく息を吸って吐く。


「最初は化生の仲間かと思ったが。……まだ首と胴体が分かれていない所を見ると。……違うようだな。何者だ?」


 将門は自らの首を右手で摩りながらも、左手は太刀に触れ、警戒を解かずに問い掛ける。

 男は腰に括り付けていた瓢箪ひょうたんを取りながら、将門の対面に座る。


からは、大の酒好きだから酒呑しゅてんと呼ばれているよ。……色々と話したい事はあるけど、一献いっこんかたむけるのはどうだい?」


 将門の対面に座る、自らを酒呑と名乗った男は瓢箪を将門の目の前に差し出す。

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