第16話ニシの幕間

 

 やっとの事で小野好古おののよしふるの乗る船の修理が完了し……追跡に向かわせた船へと追い付く。

 暴の限りを尽くされた死体が転がる船上……好古よしふるは匂いに顔をしかめながら、血で化粧を施された船上を見渡す。

 好古よしふるは大将らしき男の背に突き立てられた刀と残された文を見つける。

 血で汚れ、読みにくくなった文を見ながら溜息をつく。


「ああ……やはり駄目だったか、追跡命令も出さなければ良かったかもしれないな」


 好古は持っていた文をぐしゃりと潰しながら、さらに深い溜息をつく。


「屈強な男がこんなに簡単に……化け物ですかい?」


 歯の欠けた水夫はしかめっ面をしながら、転がった首や胴体に手を合わせながら、一つ所に集丸。


「……どんな男でも凄惨せいさんに殺されたのを目の当たりにすれば、足もすくむものよ。ほれ、此奴こやつなんか一撃で頭をカチ割られている」


 割られた頭の男を少し持ち上げると、眉間みけんのあたりからどろりとした赤いモノがべちゃりと音を立て落ちる。

 男達は光景に我慢ならず、海に胃の中の物、全てを吐き出す。――吐瀉物としゃぶつに釣られて魚が集まり、ぱしゃぱしゃと音を海面で奏でる。


「うむ、では……京に報告に戻るか」


 その好古の言葉に面々めんめんは驚きの顔をしながら口元を拭う。


「長官、よろしいんですかい? 純友の野郎を地の果て……あいや、海の果てまで追いかけなくて?」


 さらなる嘔気おうきを懸命にこらえながら、水夫は問う。


「ああ、これ以上は甚大じんだいな被害も出せんしな。――それに太宰府の復興もあるし、第一に純友に勝てるかどうかも分からん」


 さらに驚愕きょうがくするような話を聞き、いた口が塞がらなくなる。


「それは……武芸にひいでた好古様の腕を、もってしてもって事ですかい?」


 皆があんぐりと口を開け、にわかには信じられずにいた。


「おうよ、土に足つけてなら、五分五分の良い戦いが出来るだろうが……海の上では藤原純友ふじわらのすみともの方が何手も上手うわてだ」


 溜息を吐きながら、ひげいじり遊ぶ、好古よしふる


「あとな文に書いてあったのだが……散々に暴れまわって好き放題したが、日ノ本には戻らないし、官位は返すから許せと書いてあったぞ」


 くつくつと笑う好古。――野狂・・と呼ばれた祖父をもつ為か。どこか純友の奔放さが懐かしい気がした。


「今頃、純友は新たな大地に、新たな冒険、新たな宝の山を目指して西に向かってるだろうよ」


 一頻ひとしきり笑った好古は、真剣な面持ちとなる。


「それと此奴こいつらは……置いても、連れても行けねえから荼毘だびに付してやれ」


 そこからの男達の行動は速かった。

 男達は壺を持ち、壺内の魚油ぎょゆを船に撒き、松明たいまつで火をつける。

 赤々と燃えながら、船が黄泉への旅路に向かうのを苦い顔をしながら見送る好古達。


「迷わずに向こうへと渡れ……祖父、小野篁おののたかむら閻魔殿えんまでんで待っているぞ」



 一方その頃。

 源経基みなもとつねもと源満仲みなもとのみつなか、両名は太宰府へと足を伸ばしていた。


「うむ、先に晴明はるあきらが被害調査に来ているはずなんだが」


 其処彼処そこかしこで崩されてしまった建物の修繕をする大工や、避難から戻ってきた人、道端で商売する人。

 陥落した後だというのに、妙に活気に満ち溢れていた。


「他の純友に襲撃に遭った国と似たような状況だな……民は元気に商売や仕事に精を出し、目立った酷い被害は建物以外、あまり無し」


 意気消沈しながら、満仲の前を横切るように歩く、裂かれ、汚れた朝服を着込んだ官人らしき男。


「おっと……忘れていた、主に官人。とりわけ、不正を働いていた者は酷い目にあうとな」


 筆をさらりと動かしながら、彼方此方あちらこちらを見て回る二人。


「陛下への報告ですね、民には他の筋書を流布するでしょうが」


 満仲みつなか経基つねもとの言葉に対して、苦い顔を返しながら語る。


「親父殿……これは民にも語れない、書にも記せない事……だが、誰かが真実を知っておかなければと思うのです……誰かが」


「その話を聞けば、将門も……喜ぶでしょうね」


 経基つねもとは東の空を見やる。――遠くなってしまった|過去に、悔やんでも悔やみきれない将門との邂逅かいこうを思いながら。

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