第14話タコと海賊と
海を埋め尽くし、跳ねるように海上を進んでいく……それは
「
歯が欠け、間の抜けた顔の水夫に
海藻を顔につけているのかと、見間違うほどの髭。それを触りながら、何処か、やる気や熱意と言ったものが欠けた顔をした初老の男。
――
「朝廷に
「うーむ? 良いのが、思い浮かばんな」
書き記していた筆を止め、頭を掻きながら短冊を海に捨てる。荒れた海の藻屑となる短冊。
「
下品な笑い声をあげる水夫。笑いのツボに入ったのか腹を抱えて笑う、
「博多津に入りますぜ! 追捕使長官、準備した方が――」
水夫が船首近くに立ち、次の言葉を発しようとした――が、轟音に掻き消される。
前を進む船が大きく宙に飛び、船が砕け、人と木っ端が宙から落ちていく。
「何が起こった! いや……それよりも博多津の封鎖を急げ! 海賊を逃すな!」
先程まで腹を抱えて笑っていた、小野好古はその轟音で気を取り直し、やる気のなかった顔に覇気が戻り、即座に指示を全船に通達する。
「長官! 見えなかったんですかい? あの
水夫は始終を見たためか。――海のように青ざめた顔で、欠けた歯以外を、かちかちと打ち鳴らしながら、震えている。
「
その時、ぐらりと船が大きく揺れ、
船底には大きな
「これか! 化け
あれだけ覇気のなかったのが嘘のように、
「触りやがってるんだ!」
勢いづけて、身体もろともに刀を
「足りんか! ならば」
ぐらりと揺れたが
「おおお! 倒れやがれ!」
全力で
大波を立てて船が着水し、
「俺にかかれば、
のたうち回りそうになるのを我慢し、背中をさすりながら、何とか起き上がろうとする
「お見事ですぜ! 追捕使長官、
水夫の心の篭っていない、持ち上げを言いながら、好古を抱え上げようとした、まさにその時。
――海より出でる
「そら、
締め上げられ宙に浮かびながらも、
「何でそこまで
ぎりぎりと蛸の足は手も足も出ない、二人を締め上げていく。
「その願い、聞き届けた」
喚き散らす水夫の耳に、はっきりとしっかりと声が聞こえる。
「へあ?」
水夫が間の抜けた声と顔を晒す。
締め上げていた、蛸足が斬れ……諸共に海へと落ちていく。
「ふむ……
海から顔だけを出している
その男は
「遅かったじゃないか……今回も間に合わないかと思ったぞ、海賊の方はやるから化け蛸の相手してくれよ、
その言葉を聞き、にこりと
「これは夢ですかい? あの御方、海の上を
水夫は興奮のあまり、
「あーあれはな、
お茶を濁した返事しかしない、小野好古。その顔は一仕事を終えたと言わんがばかりに、覇気がなくなっていた。
二人は船に引き
博多津の何処からでも見えるほどに、蒼く強く光る玉。――それを目印に、強く海上を蹴り、大きな水柱を上げながら海上を駆けていく
「お頭! あれを見てくだせい!
周囲を警戒していた海賊の一人に見つけられてしまう。――至極当然である。
「よし、よく見つけた! 何処の誰か知らんが……海を走るって事は、何か異なる力を持っているんだろうよ」
さらに
「藤原純友の名で命ずる! 蛭子の玉に導かれし、海の眷属よ! 行けい!」
純友の号を放つ。――行く手を阻もうと、何本もの蛸の足が
「操りが甘いですね、これくらいなら力を使うまでもないでしょう」
正面から伸びてきた大きな
「小さいのも邪魔ですね」
飛び上がりながら、人の腕ほどの足をもった蛸を斬り落としていく。
「全部、見えてますよ……今度は横からですか」
海を駆けながら、おもむろに真横に一見もせずに刀を振るうと、蛸の足先から縦にパックリと割れ、青い血が舞う。
「馬鹿な! 何故、死角からの一撃が防がれる!」
蒼く輝く玉を持ち、蛸を操っていた純友は目を疑うような光景にぶるりと震える。
「一撃で蛸を屠る好機をくれるわけですね」
急に動きを止め、目を見開く
「これなら……これなら行ける! 大蛸で
純友は玉を持ちながら両腕を天に上げる。
それに合わせて海面より
蛹から羽化する蝶のように、ゆっくりと刀を天に掲げ言葉を
「我は
きらきらとした光。――息子である
跳び上がった大蛸が
「
「大蛸よ! 覆い包み、潰せ!」
大きな
「これで死ん――」
純友が喜びの声を上げる、同時に蒼く光る玉に
「まさか! ありえんぞ!」
純友が沖の方に顔を向けると柱が立っていた……神々しい光の柱。
「流石に……重い、押し潰されそうだ……」
大蛸の下で光を
「さらに我が命を力にし
光の刀を縦に振り切る――
「おおお! 大蛸よ、海に還れ!」
――咆哮と一閃。
海が小さく裂け、青い雨と黒い墨の雨が
大蛸は足を
「ふむ、あとは宝玉の確保ですね」
大蛸を
純友は沖の方を
「よし、お前ら! 追討軍の奴らから逃げるぞ、準備万端にしておけ! 太宰府にいる奴らにも誰か伝えに行け!」
そんな折に血を流しながら走ってくる、海賊の一員が息も絶え絶えに言葉を
「
その報告を聞き、青筋を立てながら
「そうか……よし! お前ら! 悔しいところだが、
右手に持った玉で西を指す――が、その玉を持った手が手首から跳ね飛ぶ。
「ぐあああ! 俺の手が……クソ」
「
怒号と鮮血とは裏腹に、ひゅるりと影が軽やかに飛び、玉を握ったままの手ごととり。陸地から伸びていた桟橋へと着地する。
「この
脂汗を顔に
「ただの蛸を操るだけの宝玉が目当てかよ。……次は俺の首かい?」
「いえ、私の仕事は
純友は忌々しそうな顔で、未だに涼しい顔を崩さない
「俺の首には興味はないか! なら貴様はこのまま俺を逃がしてくれるのか?」
こくりと頷く経基……それを見て号令をかける純友。
「よし! この
大きな笑いと陽気な声とともに海原へと漕ぎ出す、それを眩しいものを、見つめるように目を細める経基。
その後ろから、いつのまにかやって来ていた満仲が声をかける。
「親父殿、藤原純友を逃してよかったのか?」
「うん? 良いのですよ……彼らは悪徳役人を狙い打ちにした、義賊のようなものですから……今回はやり過ぎですがね」
満仲は
「そんな顔をしないでください、これで我々の仕事は全て終わりなのですから」
満仲は
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