第13話チもソラも青く

 

 蹂躙じゅうりんわだち……防人さきもりの奮戦虚しく。それは筑前国ちくぜんのくにの国府である太宰府だざいふにまで延び、海賊の手に落ちた。


 太宰府陥落かんらく――その報は京の朱雀天皇すざくてんのうにまで届いていた。


「太宰府、落ちちゃったか……まんじゅう殿も流石に間に合わなかったのかな」


 まりを一人、ぽんぽこと音を鳴らせながら、たくみに頭で跳ねさせる。

 摂政せっしょう――藤原忠平ふじわらのただひらは、にこにこと臣下の前では見せられないほど、蕩けきった顔で見つめている。


純友すみともの襲撃にあった地点の被害調査も任しておったからの……"なると"の宝玉が無くなっていたみたいだぞ 」


 ふっと緩んだ顔を引き締め、威厳いげんのある顔で話し始める。


「あぁ、それは厄介だね……宝玉、なるとのうずの下にあったはずなのにね」


 朱雀天皇は頭で跳ねさせていたまりを背中に乗せたり、足で交互に跳ねさせる。


「まんじゅう殿も、せいめいも向かわせてるし……追討軍ついとうぐんも向かったし、大丈夫だよね」


 重たい話とは裏腹に、軽やかな音を立てながらまりは天高く跳ねる。





 馬が男二人を乗せ、西の大地を駆ける。

 一人は軽装であったが、一目で武人と分かるほどに鍛えられた体躯たいくをしていた。

 もう一人。――武人の背後にちょこんと乗せられた男。線が細く武人には見えず、慣れない馬のせいか青ざめた表情をしていた。


満仲みつなか殿、もそっと! もそっと! ゆっくりと走ってください! 吐きます吐きそうです!」


 安倍晴明あべのはるあきら――武よりも智に重きを置く。その眉目秀麗が崩れ、泣きそうな顔になりながら、軽く咽吐えずく。


晴明はるあきら、すぐそこよ! 舌を噛むから黙っておいた方が良いぞ。行けい!」


 さらに速度を上げる。

 縦揺れの馬上で満仲みつなかにしっかりと両腕を回し、しがみ付きながらも必死に懇願こんがんする晴明はるあきら……が、聞き入れてもらえず、晴明はるあきらは振り落とされない為に腕に力を込める。


晴明はるあきら、あれを見よ! 太宰府の防人さきもり達が筑後ちくご蒲池かまち城まで押されておるぞ!」


 晴明はるあきらが顔を上げて先を見る。

 すると蒲池かまち城は満仲みつなかの話通り、すっかりと包囲されていた。

 防人達は懸命に、海賊とたこの化け物に矢や石を雨霰あめあられと落とし、食い止めている様子がうかがい知れる。


「あれは不味まずいですよ! たこのせいで陥落寸前じゃないですか!」


 城の周りを埋め尽くす程の夥しい数。――たこの化け物を盾にしながら、雨霰あめあられを防ぎ、蒲池かまち城へと迫っていく海賊達。


「そう、一刻の猶予ゆうよもないということだ。このまま背後から強襲きょうしゅうするぞ!」


 その言葉に小さくうなず晴明はるあきら、その腕はかすかに震えていた。

 満仲みつなか手綱たづなから両手を離し、足だけで馬を操る。――ふところより霊符れいふを大量に両手で取り出す。


「我が名は、源満仲みなもとのみつなか! この地を海賊の手からまもりに来たぞ。鉄鎖縛符てっさばくふ――あだなす、だけをとらえ、宙に浮かしたまえ」


 鉄の鎖が満仲の手から離れ、海賊達へと蛇のように、うねりを打ちながら迅速に飛ぶ。


「なんだこの足に付いた鎖は?」


「鉄の鎖? 何でこんなものが――うわああ!」


 次々と鉄鎖が巻きついた海賊達を宙に逆さ吊りにしていく、むしのようにばたばたと手足を宙で動かす。

 が……いくら暴れても、刃物で切りつけようとも、鉄鎖が切れる様子はない。


「晴明、此奴こいつらは五月蝿うるさいから、眠らせておいてくれ」


 いくさ場の真っ只中に降り立ち、たこの怪物と対峙しながらも、余裕たっぷりに満仲みつなか晴明はるあきらは話をする。


「分かりました、眠らせるくらいなら、あっという間に終わりますよ」


 晴明は言うが早いか、を逆さ吊りの男の額へと飛ばす。


「式がいざないしは夢の彼方かなたへと……急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう


 暴れていた逆さの海賊達は晴明の符と呪言じゅごんにより、大人しくなっていく。


「さすがだな……さて蛸狩り・・・だな……いや? 捌いて刺身か?」


 満仲みつなかは腰から、すらりと反りのある刀を抜き出する。

 首を鳴らし、腕を回す。――踏み込み、一気にたこの化け物へと肉薄にくはくすれば、白刃しらはきらめきと共に青い血が舞う。


「うむ! この藤太殿から貰った、東国土産あづまのくにみやげの刀……素晴らしい!」


 感嘆かんたんの声を漏らしながらも、舞うようにふらり、すらり――たこの間をすり抜けるように走り抜けていく……跡には青い血と半分や細切れになったたこ欠片かけら


晴明はるあきら、数が少し多いから手伝ってくれまいか?」


 全く疲れを見せずに蛸を八分割にしながら、軽口を叩く。


「荒事は得意じゃないんですけどね」


 そう言いつつ、一枚の式札を取り出し言葉を紡ぎ始める。


安倍晴明あべのはるあきらの名において、十二神将が一将……力を貸したまえ、西の守護神、白虎よ!」


 晴明の持つ式札がふわりと舞い、光に包まれる……光の中から晴明はるあきらより少し大きい、白い虎が飛び出してくる。


「――――!」


 咆哮ほうこう蜿蜿えんえんたる白い線が戦さ場を駆けて抜けていく。

 強い力と速さで、ずたずたに切り裂かれた肉片が舞う――


「あれは速いな、良いぞ白虎! ちょっとだけ速度を上げるか!」


「――――!」


 満仲みつなかの言葉に答えるように白虎も咆哮ほうこうする、いくさ場を駆ける二つの線はきらめきを増していく。



 蒲池かまち城から誰もが見惚みとれていた……颯爽さっそうと現れ、青い血花を次々と咲かせていく神獣と男に見惚みとれていた――救いが来たと。

 しかし、蒲池かまち城の中から見ていた者の一人で違う者を見ている男がいた。


「美しい……あの刀は美しい……嗚呼ああ、私は美しく強い刀を打ち。あそこで踊りながら戦う男、あの男に献上する為に私は海を渡ったのかもしれない」


 眉間みけん一尺いっしゃくある、異様な風貌ふうぼうの男。それは大粒の涙を人目をはばからずに流しながら、戦いを眺めていた。


「これで最後っと……大量に斬った斬った。晴明はるあきら、これで此処ここも一安心だろう」


 最後のたこ蹴飛けとばし、満仲みつなかはそのたこに刀を突き立てる。


「そうですね……小さい化けたこしか、いなかったのが気がかりですが。――戻って良いですよ、白虎。ありがとうございます」


 白虎の頭を数回でると、満足気な顔をした白虎は光に戻っていく。


「太宰府の方か博多津はかたつの方か……何にせよ、後は親父殿が方をつけるさ」


 満仲は北の方角を見ながら頷く。


「そういえば、満仲みつなか殿のお父上様……源経基みなもとのつねもと様……乱を予見していたそうですが……」


 晴明はるあきらは首をかしげながら、満仲みつなかに問いかける。


「ああ、あれな……自分の先以外なら、ちょっとだけ先が見えるらしいぞ、ちょっとだけな」


 豪快に笑いながら満仲は刀を持っていない、逆の手の親指と人差し指で間を作り、説明する。

 晴明は呆れた顔で天を仰ぎ見ると、とんびが笑うように飛んでいた。

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