将門追討 燃ゆるアヅマ

第6話シビトの宴

 

 森から幾羽もの烏が何かから逃げるようにガーガーと鳴きながら慌ただしく飛び立っていく。

 しばらくしてから地鳴りと間違うほどのおびただしく規則的な足音と馬のいななきがやってくる。

 集団の歩兵は一様に頬当ほおあて胴丸どうまるをつけ、弓矢に刀を持ち、よく訓練されているのか足並みを崩さずに歩く。

 先頭を率いる大将らしき人物はきらびやかでありながら、何か人知の及ばない不思議な魔力の様なものが宿っている大鎧を纏う男……大袖おおそでを揺らしながら馬に乗っている。

 その顔に深く刻まれたしわや白い髭から老齢だと思われる――が、その瞳は生気に満ちわしの如く鋭く、にらみ付けらればかえるのように縮み上がるのは想像に容易いほどである。


「叔父上、秀郷ひでさと叔父上殿! 聞いておられますか!」


 秀郷ひでさとと呼ばれた老齢ろうれいの男は、背後より大きい声で話しかけてきた男の兜を手に持った大弓たいきゅうで小突く。


「五月蝿いわい貞盛さだもり、考え事くらい静かにさせんか!」


 小突かれ、ずれた兜を被り直しながら貞盛は小声で口をつく。


「親戚にろくなのがいないから困る」


「聞こえてるぞ、貞盛ぃ!」


 また大弓たいきゅうで小突かれる貞盛。


「地獄耳ですね、叔父上……しかし、討伐に向かうのは良いのですが……征東大将軍――藤原忠文ふじわらのただふみ様を待って合流した方が良かったのではないでしょうか」


「陛下から征東せいとう大将軍の到着は待たずに反乱を撃滅げきめつ、首謀者の首級をあげても良いと……勅命を受けたからのう」


 髭を触りながら思考を巡らし貞盛に問う。


彼奴きやつが東国に戻る前に会った時は変わらずであったが……いったい"いつ"からなんじゃ、貞盛?」


「分かりませぬ、親父殿が死んで私が戻ってすぐの時は"まだ"でしたね……そこから先の事は隠れたり逃げまわってましたからなぁ」


 自嘲じちょう気味に笑いながら貞盛は続ける。


「やはり、しっくりとくる言葉は――いつの間にかですね……秀郷叔父上、勝てますか?」


「うむ……正直なところ、お前さんや経基つねもとの話を聞くと難しいかもしれん。じゃが……久々に大暴れできるじゃろうからなたぎるわい」


 ニヤリと秀郷の口角が上がる。それを横目に見ながら釣られて貞盛の口角も上がる。


「さて、森を抜ければひらけた場所に出ます、その先は小高い丘がありますので見通しがいいから遠くまで見えますよ」


 貞盛が指差す方向には、確かに小高い丘があった。


「よおし、お前らこっからは気を抜くなよ! 警戒して進め!」


 秀郷の掛け声により意気揚々と声を上げながら進んでいく。森を抜ける――

 森の中では草木と土の匂いで掻き消されていた、モノがえてツンと鼻奥にくる匂いと、何かが焼け焦げた匂いが混ざり合ったものが風に運ばれてくる。


「うぐおええー」


 耐えきれずに幾人かは、しゃがみ込み吐瀉物としゃぶつをあたりに撒き散らす。


「この匂い、叔父上これは!」


「貞盛! あの丘に上がるぞ、急げ!」


 馬を駆け丘にあがった秀郷と貞盛の眼前に広がるモノの大群、ゆらゆらと揺れ動き、ゆっくりとした動作で進む、かつては人であったであろうモノたち。


しかばねの大群……これは不味い、それに……このねっとりと鼻奥にへばりつくような死臭は耐えられないですな」


 手で口鼻を懸命に押さえ、えた匂いにあらがいながら貞盛は喋る。


「貞盛……後ろにいる兵たちを纏め上げるんじゃ。士気も砕けてるだろうから鼓舞こぶして引っ張ってこい」


「わかりました……叔父上は単騎たんき駆けなぞせぬようにしてくださいよ」


「ふん、単騎駆けなんぞせぬわ……ただ一矢いっしだけ放つだけじゃ」


 その言葉にいぶかしがりながらも、貞盛さだもり秀郷ひでさとに言われたとおりに、兵をまとめ上げる為に馬を走らせ戻っていく。

 嘆息しながら秀郷は下馬し、大弓たいきゅうをくるりと回しながら……誰もいない・・・・・虚空こくうへと言葉を投げかける。


「どう思う? いささか粗暴ではあったが彼奴きゃつは、このような人の心の無い悪行をなす男ではなかったのだがな」


 見えず、聞こえずの、何か・・と語り合っているのか……一人、話を続ける秀郷。


「確かに儂と似ているところもあったがのう……これはまるで、別人・・の仕業に見えるがの」


 矢筒から流れるように一矢を取り出す。

 大弓につがえず口元に持っていきやじりを舐め、腰元に括り付けた巾着きんちゃくより符を一枚取り出し息を吹きかけ空に飛ばす。


「確かに直に見てみぬと分からぬな……さて、力をまた貸して貰うぞ龍神の姫よ」


 大弓に矢をつがえ大声を出す……その声は符を通してさらに大きな音となり響く。


「遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我は三上山みかみやら大百足おおむかで退治せし、俵藤太たわらのとうた!  我が一矢は大百足を貫き、大群をも飲み込む龍神の一矢なり!」


 天高く放たれる矢。――それはまたたく間に矢の形を捨て去り、巨大な龍となる。

 その大口により人であったモノたちを一切合切、全てを文字通り飲み込んでいく。ぐねりぐねりとうねりながら天高く戻ってゆく。


「うむ、綺麗になったな」


 一人で頷きながら其処彼処そこかしこが龍の顎門あぎとえぐられた地を望む。貞盛が兵をまとめて連れて丘の上に到着する。


「叔父上、これはいささか……やり過ぎでは? 」


「阿呆が……あれが雪崩なだれ込めば町や村は壊滅するだろうが、それにもう人ではないんじゃ」


 どこか悲しそうな表情を浮かべる秀郷。


 その瞬間――何もなくなった平野に黒靄くろもやがあたりに立ち込めはじめる。


「なんじゃ……このどす黒いもや瘴気しょうきは」


 その黒靄くろもやは一ヶ所に集まりはじめ、徐々に人の顔を形取っていく。


俵藤太たわらのとうた! 老いぼれじじぃが我が土地に何をしに来た!』


 おぞましい声が黒靄くろもやの顔より発せられる。


滝口たきぐち小二郎こじろうが大層なことをしでかしやがって! お前に討伐の勅命ちょくめいが出た! 俵藤太が直々に殺しにきたぞ!」


 負けじと秀郷は大声で返す。


『我は新皇しんのう! 平将門たいらのまさかどなり! この国を全て崩し、死の国とするものなり! 逃げも隠れもせぬ! いつでも掛かってくるがいい」


「クソ餓鬼が、大口叩きおって! 」


 秀郷は素早く大弓を構え矢を黒靄くろもやの顔へと向かって放つ。矢は黒靄くろもやに到達すると黒靄くろもや雲散霧消うんさんむしょうしていく、心の底から恐怖を呼び起こすような笑い声とともに……


「ちっ……あれはなんだ」


 秀郷らは拭いきれぬ程の恐怖と、不安を胸に東へと足をさらに進めていく。

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