ヘアピンを探してください!
亀虫
おばあちゃんとの思い出!
〇
一人の小学生の少女が夕陽を背にして河原に座り込んでいて、そこからすぐ近くに彼女の友達の女の子が立っている。そこへ、自転車に乗った女子高校生がやってきた。彼女は座って河原を眺めている少女に向かって言った。
「
「お姉ちゃん……思い出って何かな」
川を見る少女、梨那はうつろな目で話した。
「あっ、梨那ちゃんのお姉さん。ちょっと色々あって、ここで探し物をしてたんです」
横から口を挟んだのは梨那の友達、さおりだ。しっかりものの優等生という印象がある。
「探し物? 何か落としたの?」
莉那の姉の
「梨那ちゃんが大事にしてたヘアピンです」
さおりは梨那の代わりに答えた。
「まったく、どこに落としたのよ。あんな小さいもの落としたら見つからないでしょ」
「梨那ちゃん、とても大事にしていたみたいですから……」
「それにしてもあんなに落ち込むかな? 私にはよくわからない」
「ええ、まあそうなるまで色々あったので……」
「それは昼間の出来事……」
魂の抜け殻と化した梨那は回想を始めた。
☆
それは昼間起こった出来事。梨那が同級生の友達と一緒に下校していたときの話だ。
莉那は小学四年生の女の子。髪型はショートカットで、左の前髪に留めている桜の花が付いたヘアピンがトレードマークだった。莉那はそれをたいそう気に入っていて、毎日欠かさず身に着けていた。
「梨那っていつもそのヘアピンつけてるよね」
河原の土手道に差し掛かった時、さおりがふと思いついたようにこのヘアピンの話を始めた。さおりちゃんはこの中でも一番仲良しな女の子。よく細かいことにも気が付いてくれる気配り上手だ。
「えへへ、かわいいでしょ。私のお気に入りなのよ」
梨那は得意げに言った。
「うん、かわいいね! 似合ってるよ! ねえ、それってどこで買ったの?」
さおりが興味津々に聞いてきた。褒められた梨那はさらに上機嫌になって答えた。
「ううん、これは貰ったの。おばあちゃんから」
「へえ、おばあちゃんかー。いいなあ、センスよくって。あたしのおばあちゃんなんか古くさーいやつばっかりくれるのよ」
「あはは、さおりちゃん、ひっどーい。でもおばあちゃんってそんなもんだよね……」
「ええー、うっそー。そんなにいいもの選んでくれたのに?」
さおりちゃんは意外そうな顔をして言った。
それに対して、梨那は少し寂しげな表情を見せた。
「うん、でもね……おばあちゃん、半年前にお星さまになっちゃったんだ……」
梨那はしんみりとした様子でゆっくりと話した。その言葉にさおりは驚いた様子だった。
「えっ……お星さまって……。そうだったの。なんか……ごめん、嫌なこと思い出させちゃったかな」
申し訳なさそうにさおりが言った。
「ううん、大丈夫。いい思い出ばっかりだもん。このヘアピンにはそれが沢山詰まってる。だからね、いっつもおばあちゃんと一緒にいるんだ。ちっとも寂しくないんだよ」
梨那は髪からヘアピンを外し、懐かしむようにしげしげと眺めた。そして、とうとうと語り始めた。
「これは小学校一年生のときだったかな——」
★
小学校の入学式の日。周りはみんなおめでたがって軽いお祭り状態だったけれど、私にとってはちょっと気分が晴れない日だった。だって、これからは幼稚園だった頃の友達と離れ離れになって、知り合いが誰一人いない場所に放り込まれるんだもの。私は幼稚園のときからおとなしくて、人見知りで、お友達もなかなかできなかった。そんな私を見てかわいそうに思ったのか、先生が気を利かせてくれてなんとかお友達はできたのだけれど、小学校でもそうやってまた助けてくれる人がいるとは限らないじゃない。だからとてつもなく不安だったの。一人ぼっちでさびしく過ごすのはもう嫌だ。かちかちに緊張して人に馬鹿にされるのはもう嫌だ、って。
式にはお父さんとお母さん、そしておばあちゃんが来てくれていた。当時中学二年生だったお姉ちゃんは「部活があるから」とかなんとか言って来てくれなかった。来てくれた三人とも「小さかった梨那があんなに立派に成長して」みたいな顔をしていた。
私はというと、やっぱりとっても緊張していた。今でも時々夢に見るくらい。知らない子ばかりで、誰もがお互い拒絶しあっているように見えて、みんなが敵に思えた。そして、私はそんなギスギスしたところに無理やり放り込まれた。そこから抜け出す勇気も行動力も私にはなかった。そんなことをしたら完全に変な人だし、後でもっと悪目立ちしちゃうと思った。いくらぴかぴかの一年生とはいえ、そのくらいは理解できた。
先生やお父さんお母さんたちが立ち上がって国歌を歌ったり、校長先生が長い時間お話している中で、逃げられず叫ぶこともできず、ずっと助けを求めるように会場内をキョロキョロと見回していた私。そんな中で、一度おばあちゃんと目が合ったの。おばあちゃんはそのときにっこりと私に笑いかけてくれた。でも、私がおびえた表情をしていることに気付いたのか、すぐにその笑顔は消えた。おばあちゃん、本当はもっと喜ぶべき場所なのに、こんな顔してごめんなさい、って謝りたくなった。でも、おばあちゃんが真顔に戻ったのは一瞬だけで、その後すぐに笑顔に戻ったの。「大丈夫。おばあちゃんがいるから心配しないで」って言ってくれたみたいだった。そのとき、私は少し緊張が解けて、楽になったわ。だって、今はおばあちゃんがいるから一人じゃない、ってわかったんだもの。
それでも、不安が残っていることには変わりなかった。
式が終わって、これから同じクラスになるみんなと同じ教室に集められて、教科書とかプリントを配られて、先生が私たちにいろいろお話をしてくれたけど、私はよく覚えていない。さっきまでいたところよりも狭くなったせいか、先生や他のみんなと距離が急に近くなったみたいで、息苦しかった。そして、ここで一旦和らいだ緊張がまたぶり返してしまったの。
「さあみなさん、明日から一緒にがんばりましょう!」
みたいに言って先生は締めたけど、また膨れ上がった不安の影響で私はもう馴染める気がしなかった。学校に通い始めたら、お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも、おばあちゃんも、誰もいない。心細くてたまらなかったわ。
帰り道はもちろん親やおばあちゃんと一緒だった。お父さんは「勉強頑張れよ」と、お母さんは「明日から朝寝坊しないようにね」と言って励ましてくれた。私の気持ちはそれどころじゃないのに。二人の期待の重みに耐えきれなくて押し潰れされそうだった。
そんな中で、おばあちゃんだけは様子が違った。おばあちゃんだけが心配そうに私を見ていたの。おばあちゃんは、私を見た後お父さんとお母さんに言ったわ。
「ちょっと、梨那と話したいことがあるからね。お二人で先に帰ってもらってもいいか?」
二人はそれにうなずいて先に帰っていったわ。そしてここから、おばあちゃんと二人きりになったの。
「どうした梨那? そんな浮かない顔をして」
やっぱりおばあちゃんは気付いていた。私の様子がおかしいことに。
「あのね、おばあちゃん、私、学校行くのが怖いの」
「あら、そりゃどうしてだい?」
「お友達ができるか心配なの……」
「あぁ、お友達かい。そりゃ心配さね。あんた、幼稚園のときもお友達少なかったしねえ」
「うん、だから、ひとりぼっちになるんじゃないかって」
私はここで先のことを想像して、泣いてしまったわ。嫌でも目から涙がぽろぽろあふれてくるの。
「あらあら……泣くほど不安なんだねえ。よしよし」
おばあちゃんはそう言って私をやさしく抱きしめてくれたわ。大丈夫、大丈夫、って私をなだめながら。
「でもねえ、梨那。そうやって不安に思ってるのは、あんただけじゃないのよ。みんな最初は不安さ。それだけは、わかっておきなさい」
おばあちゃんはまたやさしく私に諭した。
「でも、でも……」
私はまだ泣きじゃくっていた。それでも不安な気持ちは収まらなかったわ。
「仕方ない子だねえ……。これ、家帰ってから渡そうと思ってたんだけど」
と言って、おばあちゃんは懐から小さな紙袋を取り出した。
「ぐすん……なあに、これ」
私はその紙袋を受け取ってそう訊ねたわ。
「いいからあけてみなさい」
私はおばあちゃんの言う通り、その紙袋を開けたの。そしたら、その中には、桜の花がついたヘアピンが入っていた。そう、今私が持っているこのヘアピンよ。
「あんた、きっと一人になるのが怖いんだろう。だったらそれをあんたの髪に付けてごらん」
私は前髪にそのヘアピンを留めようとしたけど、留め方がよくわからなかったから結局おばあちゃんにやってもらったわ。
「これをここにこうやって……。ほうら、できた。あらぁ。お店で見つけて、あんたに似合うかもと思って買ってきたんだけど、やっぱりぴったりねえ。かわいいよ」
おばあちゃんは嬉しそうな声を出した。その声を聞いていると、私も自然に涙が止まっていたの。
「おばあちゃん、これをつけて、どうするの?」
私は泣き止んだ後のかすれた声で訊いたわ。
「その髪留めをおばあちゃんだと思ってつけておくれ。おばあちゃんは毎日学校についていくことはできないけどね、それなら毎日つけて学校にいけるわ。だからねえ、いつもあんたのそばにおばあちゃんがいるということよ。実際には遠く離れていても、一緒に見守ってあげるわ。梨那はもう不安に思うことはないの。安心して、学校に行ってらっしゃい」
「おばあちゃん……」
私は感極まってまた泣いてしまった。おばあちゃんに貰ったヘアピンがとても嬉しかった。それ以来このヘアピンを毎日欠かさず学校に付けて行ったわ。だから、このヘアピンはおばあちゃんなの。私の宝物なの。
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