第百七十五話:くろくも、参戦する
第百七十五話:くろくも、参戦する
報復とは――それすなわち、仕返しであり、腹いせである。
ここで言う報復とは、叩きかかってきた相手だけならいざ知らず、もはや相手と規模を選ばない天災めいた打撃を人の手によって成さんとする決意を表す。
つまり――この度、めでたく
『金獅子』の〝白虎〟及びに、『
あと、その他大勢の関係者並びにそれら大型団体に所属しているだけの、全ての罪無きプレイヤー達を対象とした大規模な報復作戦――それが今、まさに目の前で話し合われているというわけだ。
「だからさー、俺としては金額分の働きはしたいわけ。でもさ、あんまりやりすぎるとアレじゃん? こう……作戦後の懸賞打ち消し対策金が足りなくなるんじゃね? って話なわけよ」
作戦会議の手始めに、薄紫の短髪をくしゃくしゃとかき回しながらそう唸るのは、ブラウニーさんだ。
先ほど雪花が自分に説明した、今回の報復作戦に参加する者にかかる懸賞金は、どれだけの額であろうとフベさんが全責任を持って統括ギルドに3倍額を支払い、その罪を帳消しにする――というぶっ飛んだ話についての言及である。
ブラウニーさんの懸念は、その懸賞打ち消し対策金の予算だ。当然のことながら、いくら略奪行為をしようとも被害額が懸賞金額を上回ることは絶対にない。
その上、懸賞金の打ち消しにはきっちり3倍の額を支払う必要があり、当然、対策金は途方もない額になる。
自分を作戦に含めるつもりでいる時点で、たった1人雇うだけで必要な対策金は最低でも3億。人員も金も根こそぎ奪われ、再起を誓う男がぽんと出せるような金額ではない。
しかし、その疑問に対して、大型
彼は林檎の青い皮をナイフで綺麗に薄く剥ぎ、適当に八つ割に。それぞれ、ルドルフさんを起点に時計回りに、アオ、tora、ブラウニーさん、麦さん、雪花と、フラフムさん――そしてその膝にかかる炬燵布団の上に陣取る自分の順に、ひょいひょいと分けた林檎の切れを放っていく。
雪花だけは自分の分として二切れ受け取り、麦さんがおもむろに取り出したおろし金で小さな皿にすり林檎を作っている。
実に歯痒いことだが、今やまともに林檎も噛み砕けない顎である自分は、しばらく【あんぐら】では離乳食だ。
「ああ、それは大丈夫だよ。何せ今回ばかりはスポンサーがいるからね。出資額は僕も確認させてもらったけど、すごいもんだよ。いや、倉庫一杯の白金貨とか視覚の暴力だよねぇ……」
碧の瞳を半眼にし、林檎を噛み砕きながら遠い目でルドルフさんがぼやく。倉庫一杯の白金貨……本当ならばそりゃ全員分、3倍支払ってもおつりがくるかもしれないが……。
「なふ……」
(【あんぐら】でそれだけ稼ぐって正気の沙汰じゃないんですけど……)
非合法に非合法を重ねたって、プレイヤーがまともに稼いでその額に到達するはずもない。それは実際に、弁償だのなんだので金策に奔走したことのある自分が、一番よくわかっている。
金とアイテムを溜め込んだPKプレイヤーを潰しても、攻略組の資材を強奪しようとも、1プレイヤーの稼ぎなどせいぜい1億。
ましてや、フベさんの手元に残っている手札は、噂のどどんがさん、自分とは卵仲間のヴォルフさん、あんらくさん――くらいのものとくれば、それぞれが相当の手練れだとしても4億程度。
しかし、今や誰もが公然と知るように、フベさんとあんらくさんは、リアルの用事でログインしていない時期があった。それを含めれば、倉庫いっぱいの白金貨など、何をどうしても普通の手段では集まらない。
というか、それ以前にその量の貨幣が流通しているかがまず怪しい。此処、【Under Ground Online】の設定において、テストプレイ開始時点で、今や人の営みが存在するのは〝始まりの街、エアリス〟のみであった、とされている以上。
大量のプレイヤーの流入、並びにそれら人員を大量動員したことによる大規模なモンスター狩りによって、サービス開始後の数日間のみ統括ギルドから吐き出される貨幣が劇的に増えたと言っても、それらは全て攻略組と呼ばれる巨獣の腹の中にある。
攻略組は大規模だ。大規模すぎて、しばしば、その全ての消費活動が内々に回る傾向が強い。
つまりは、攻略組は自力でモンスターを狩り、その素材を一部は外貨獲得のために統括ギルドオークションにて売り払うも、ほとんどが骨の一片から皮の一切れまで、攻略組に所属する生産プレイヤー達に下げ渡される。
そうして作られた装備やアイテムは外に出回る暇もなく内々で消費され、その武器、防具、アイテムを使用して狩られたモンスターの素材は同じように攻略組の生産プレイヤーが手にするのだ。
細かいことを言えば他にももっと色々と仕組みがあるらしいが、重要なのは枝葉ではなく根幹だ。
此処でいう根幹とは、つまり、攻略組というのはすでに、〝始まりの街、エアリス〟から動こうとしないNPC群と対を為す、一つの小さな国――小国として成り立ち始めている、という部分である。
恐るべきは、正規サービス開始と共に、抜け目なく循環システムを組んだ〝白虎〟や〝チアノーゼ〟達だ。彼女達はさながら、攻略組という国家の統治者である。
攻略組に所属するプレイヤー達は、ある意味では衣食住完備な上、基本給与をそれら生活保障によって代替するとしている。
住み込みで食事も出す代わりに、給料は出さない、という社員寮めいたシステムに聞こえるが、実際はもっと国家的だ。
モンスターやPKプレイヤーと戦う時は徴兵もするし、普段は土地を貸してやるから、そこを耕して自分たちの食料を自給せよ。
道も整えてやるし、ログアウトしている時の安全も保障してやる。代わりにある程度の規律を守り、これを破った者は追放、もしくは処罰する――というのが、攻略組と呼ばれる団体の基本である。
そして、それほどまでに国家に似ている中、今は他に国も無し――とくれば、その金銭もさほど多くは外に出ない。
ましてや、謳害のせいで甚大な被害を受けて、キャンプ地の復興に血道を上げている今。無所属のプレイヤー達からある程度の素材を買い取ったとしても、フベさんの懐が潤うわけでもない。
ゲーム内とはいえ、【あんぐら】のシステムでは貨幣はモンスターを倒して
それこそ、パッチ697においてシステムが修正されるまでは、PKとPKKの癒着による賞金詐欺が唯一、運営から――すなわち、ゲーム外からゲーム内へと新通貨を持ってくる手段だったようだが、それも今は不可能。
と、なればだ。必然的に、それだけの金を集める手段は限られている。
自分が考えるに、この【あんぐら】において、現時点でそれだけの金銭をこの短期間のうちに集めるには、夢みたいな話を含めて手段は3つ。
1つは、まことしやかに――というか、わりと大っぴらにNPCが囁いている、勇者エアリスの埋蔵金。過去に流通した貨幣なら運営が現在の貨幣に両替してくれるらしく、推定金額はしめて100兆はくだらない……と、されている。
ゲーム内なので、もしかしたらどこかにあるのかもしれないが、一番現実味の無い話だ。
というか、100兆分の白金貨となると物量的に倉庫一杯どころの話ではないので、そこまで金があるわけではないのだろう……と考えると、このパターンは無い。
2つめは、統括ギルドオークションで稼いだ説。
雪花が言っていたように、今回のイベントクリアに必須の要石や、特殊武器、防具の〝卵〟、竜種の卵など、何を差し置いても攻略組が欲しがるアイテム――というのは存在する。
実際、2日ほど前にいくつか竜種の卵と特殊武器、防具の〝卵〟がギルドオークションにて出品され、『金獅子』の〝白虎〟さんが大枚叩いて買い取ったと聞く。
……が、あの統括ギルドオークション。出品者と購入者の名前が統括ギルドにて公表されるというデメリットが存在する。
雪花が自分に、要石を3億でギルドオークションにぶち込むのだけはダメだ――と言った本当の理由は、倫理でも道徳でも面倒だからでもなく、単に自分がこれ以上の恨みを買っては、今後、まともにゲームをすることが難しくなるからだ。
つまり、フベさんの再興や、テストプレイヤー達の台頭を警戒する攻略組が、出品者の素性を調査しないまま購入するわけもなく……これもまた、倉庫一杯の白金貨を稼ぐ手段としては弱い。
では、可能性が低すぎる2つを除き、3つ目の大本命。
〝始まりの街、エアリス〟にてNPC達が回している貨幣からでもなく、埋蔵金という棚ぼたの貨幣でもなく、統括ギルドオークションという手段で攻略組から引き出した貨幣でもない――第三勢力が抱える貨幣からなら、今の状況的には可能性はある。
この世界における、第三の勢力。
NPC、プレイヤーと並び、劣化はあれども死して蘇る権利を与えられる者達――すなわち、攻略組に多大なる恨みを持つモンスター達が抱える、流通していない死滅貨幣だ。
情報の出どころは、モンスターの身の上で商売に精を出す、商い鳥。ディル・フリック・レイスターこと、デフレ君との他愛ない世間話から。
モンスター達は時に、フィールドで死んだNPCやプレイヤーの所持品を、コレクション目的で巣に持って帰り、時に必要ならば、溜め込んだそれを交渉の元手にし、話の通じるNPCやプレイヤーを相手に、クエストめいた頼み事をすることがあると。
そのコレクションの大元は選定の日以前からのNPCや、プレイヤーの所持品であるとすれば。当然、相当な量の貨幣を溜め込んでいるモンスターもいるという。
恐らくはここら辺からの出資だろう。依頼内容としては、攻略組による蹂躙を防ぎたいから、奴らに打撃を入れろ。金は出してやる、といった感じだろうか。
スポンサーと言うからにはそれなりの、それこそ名前のあるモンスターが出資元だろうが、攻略組の手垢が付いていない土地で、彼らの進撃を防ぎたい名前持ちモンスターとなると……。
(海、くらいかなぁ……)
それしかないよなぁ、と思いながら。差し出されたすり林檎を口に入れる。甘みは少ないが、瑞々しい。
で、だ。それらの情報をふまえて、自分がこの作戦会議を抜けるなら今しか無いわけなのだが、さてどうするか。悩みどころだ。
フベさんのことだから今、自分にかかっている1億の懸賞金も含めて帳消しにしてくれるのだろう。
リスクなしのPK活動密着取材となれば、
フベさんも報復が目的ならば、大々的に公式動画で放送することを望むだろう。というか、そのために自分にも声がかかったような気がする。
しばらくは自分もモンスター状態のまま、安全なねぐらを確保しなければならないし、何よりサービス開始前にも後にも無いほどの、ど派手な大戦争になるだろうことを思えば――。
「あっふ、なっふー!」
(参加しないわけには、いかないなぁ!)
「はい――くろくも、参加決定しました。ということで、本題入りまーす」
「やっぱり」
「だよね」
「絶対やると思ってた」
めいめいに好き勝手に言いながら頷いて、自分の参加表明に場の雰囲気が少しだけ変調する。
それでは、と麦さんが言い、視線をルドルフさんへ。そのまま視線を受けたルドルフさんが続きを引き取り、では、改めまして――と、立ち上がり、少年らしい細い指が振られ、緩やかに場を取り仕切る。
「――この場にいる皆様方。いかなる大罪をも恐れぬお歴々とお見受けします。ですが不肖、このルドルフが銀目の魔王に成り代わり、この場限りではありますが音頭を取らせていただきます」
ここから先は、他言無用――。
ルドルフさんは一つ深々と礼をして、厳かな声でそう言った。
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