第百四十九話:もこもこ、絶体絶命

 


第百四十九話:もこもこ、絶体絶命




 ――ここで重要なお知らせがある。今までずっと黙っていたが、実はスキルなんてものは【あんぐら】には存在しなかったのだ。



 そんなナレーションが心に浮かんだ自分の目の前。そこには非常に簡素で、非常に見やすいステータス画面が浮かんでいた。


 簡素で見やすい、とは当社比というやつで、〝狛犬〟のアカウントではアビリティ一覧、スキル一覧、適応称号などがぎっしりと並んでいたからそう見えるということはわかっている。


 けれども、そこにあるのはもはやステータスと呼ぶのもはばかられるような代物だ。アビリティ――種族レベルは1。スキル0。HP10、MPが15。筋力、瞬発力、速度は全て1。幸運は5。


 自分がログインしたての時のステータスと比べても、辛うじてHPとMPが高いだけで、その他はほとんどゴミと化していた。幸運とか正直あんまり意味ないし。


 他にも、モンスターはアビリティを習得できないせいか、アビリティ特典というものが存在しない。代わりに種族特典というものがあるようだが、それの効果が発揮されるのは成獣のみで、子犬には関係ない。


 それにたとえ成長しても、モンスターはプレイヤーほど多彩な攻撃手段は持ちえない。何故ならモンスターにはアビリティが無い。いや、モンスターにとっては、自らの種族こそが唯一無二のアビリティなのだ。


 そんな彼らが強くなるためにはどうするか。ひたすらステータスを上げ、アビリティレベルを上げ、スキルを増やし、戦闘技術を磨く。――けれど、それらの手段は、結局種族ごとに頭打ちになるのである。


 今はレベルの差と初の学習性AI入りモンスターというアドバンテージで圧倒されている人間達は、いつか【あんぐら】式の戦闘を覚え、レベルを上げ、アビリティを増やし、適応称号を手に大自然につるぎを突き立てる。


 そしてそのいつかはすでに起きてしまった出来事だ。対学習性AIの戦闘を覚え、攻略部隊は一部の大自然を喰い尽した。今は辛うじて王者が守るフィールドも、もうすでに綻びができ始めている。


 ランカーと呼ばれるプレイヤー達は、強い。


 出発前にデラッジから聞いた話では、自分達のフローレンス討伐の最中、〝白虎〟は自身が持つ特殊武器〝細剣クルードニア〟で、ついに『人喰いガルバン』の喉を貫いた。


 彼女は冷徹にして、獅子のように豪胆だ。彼女は何らかのスキルの効果で動けないガルバンの目の前で、プレイヤー達の強さを見せつけるように残っていた水蝋牛達を半分以上狩りだした。


 彼女は動けないまま目を見開くガルバンの前で、彼の庭を荒らし尽し、そうして最後にこう言ったという。


「――モンスターの時代は終わったのよ」


 彼女は『人喰いガルバン』にそう言い渡し、そして最後にその心臓を貫いた。ガルバンは死に、白虎率いる『金獅子』の部隊は大手を振って水蝋牛とガルバンの死体を持ち帰った。


 謳害が来なければ、彼等は水蝋牛どころか、希望沼地のモンスター全てが絶滅するまで狩りつくしただろう、というのがデラッジの見解だ。


 ボスのいなくなったフィールドで、逃げ惑うモンスター達を集団で狩りだす作業を止めたのは、回り回って自分だったらしい。まあその分、オーバー大樹海地帯に棲んでいたモンスター達からは、絶対責任取れよお前、と脅されているのだが。


 そんな風に、自分達がフローレンス討伐に出向いている間に起こっていた事件だったが、何だかんだで事態を収束させたのは、『人喰いガルバン』だった。


 名前持ちのボスモンスターは、どのタイミングで死に戻っても、すぐさま任意で死に戻ることが出来ると言われている。死に戻りを引き延ばすこともできるが、それは最長で日付が変わるまで。


 けれど、討伐されたその日だけは、彼等は戦闘行動に制限がかかる。それは、彼等を討伐しようとするプレイヤーにもかかり、実質、野生のボスモンスターは1日に1回しか狩ることが出来ない仕様になっているそうだ。


 大抵のボスモンスターは、戻れども戦えないもどかしさに。自身の縄張りを守る権利さえもない悔しさに、すぐには戻って来ないという。


 でも、ガルバンは戻って来た。彼はすぐさま死に戻り、謳害に怯える生き残ったモンスター達を沼地の中の安全な場所に誘導し、王者としての務めを果たした。


 沼の中に潜むことで謳害からは逃げ切ったとは聞いたが、その後の状況は不明。デラッジもその後は知らない、と言った。


 ああ、こうやってモンスターそのものになってみると、モンスター達の気持ちがよくわかる。奪われ、倒される側の気持ちが。


 種族とは、アビリティでもあるが、同時に限界が決められた器なのだ。どれだけ努力しようとも、器そのものを大きくしなければ結局は弱いまま。


 産まれたてでスキルも使え、莫大なHPとMP、鍛える前から素晴らしい筋力と瞬発力、速度やらを保証されている竜種という存在が、いかにチート的な……いわゆる、モンスターに置ける〝王族〟という扱いなのかもよくわかった。


 だからこそ、特に弱いモンスターが集まっているという〝始まりの街、エアリス〟周辺ではプレイヤーとの契約ラッシュが起きたのだ。彼らの器は決まっている。これ以上強くなれない、という所まで行ってしまえば、進化しない限りそれ以上の発展は無い。


 だからこそ、プレイヤーとの契約によって自身を変えようとした。


 より良い種族へ変わるために。他のモンスターが絶対に手に入れられない、モンスター専用の装備品を纏うために。



 そして何より――、



「……あっふ」

(……モンスター生活つらすぎる)



 ――プレイヤーによる庇護を得て、絶対安全なセーフティーエリアの中に入るために。



 長い長い現実逃避の末に、自分は小声で毒づきながら空を見る。人間から見ればカラス程度、子犬から見ると巨大な怪物に匹敵する猛禽類が、先程まで地面に突っ伏していた獲物を探して輪を描いて飛んでいた。


 迷宮ダンジョンへの入り口である大階段の隅に身を隠しながら、自分は寒さだけではない震えと共に小さな肉球で乾き始めている鼻を覆う。


 空を飛ぶ鳥達は次第に増え始めている。何故なら、彼等は知ってしまったからだ。この無力な獲物が、何度でも此処に現れるということを。


「きゅ……きゃふぅ」

(どうする……どうしよう)


 今からおよそ1、2分前のこと。自分はあの後、悲鳴と共に助けを求めたのは間違いだったことを思い知った。周りにはモンスター1匹いないと思っていたが、あの声が呼び寄せてしまったのだ。


 弱く、無力な小さな子犬の叫び声。それに反応したのは親切なプレイヤーではなく、自分より小さな存在は肉だと思っている高性能AI入りの鳥達だった。


 最初は、まず鳥に襲われたのだということがわからなかった。メニュー画面に向かって

 怒りの声を上げていたら、突然後頭部に衝撃が走り、そして無機質なアナウンスと共に死に戻った。


 まさに一瞬。荒れ果てた濃い黄色のシャルトンを見た、と思った瞬間に再び腹の下には塩っぽい湿った砂があった。


 襲撃者は、呆然としている自分の目の前に堂々と現れた。最初は白くてデカい塊だと思い、次にそれが翼を広げて鳥だと気が付いた。そして、真っ白なくちばしに散った真っ赤な色を見て真実を察した。


 ――こいつに食われた!


 硬直する身体では動けずにいたが、目の前の鳥はしきりに首を傾げて自分を見ていた。


 確かに後ろから後頭部をくちばしで一突きしたのに、食べられたのは一口で、死体は溶けるように消えて行く。


 なのに、どうして同じ生き物が息をして此処にいるのだろう? と。


 視界の端で溶けていく自分だったものと、目の前で首を傾げる白い鳥を交互に見つめながら、自分が震える後ろ足で空しく砂を掻いた瞬間。


 白い鳥は目にもとまらぬ速さで自分の頭を突っついた。恐らくは、速度や瞬発力の差がありすぎるとそうなるのだろう。

 けれど、なけなしの幸運が働いたのか、そのくちばしは自分の頭蓋を貫く前に、自分の小さな巻き角に直撃した。


 衝撃に吹っ飛ばされる小さな身体。ごっそりと減るHP。危険を知らせるアラートが鳴り、自分の喉は無意識に悲鳴を上げる。


 白い鳥の方も、予想外の衝撃にたたらを踏んでいた。けれど自分はそれよりも、ひっくり返った視界に映る白い点に、更に悲鳴を上げかけた。


 真っ暗な夜空に浮かぶ、ぼやけた黄色い塊。その周囲を動く白い点は、まさしく目の前の鳥の群れに他ならない。恐る恐る視線を動かせば、自分を突ついた白い鳥はこちらを無機質な目で見つめていた。


 見つめている、こちらを。まるで、いや、まさしく――肉を見るような目で。


「ゥ――ゥウウ゛!」


 瞬間、後ろ足に力を込めて、自分は無意識に砂浜の砂を鳥の顔面に向けて蹴り上げた。仰向けになったままだったが必死の抵抗は功を奏し、鳥は急な砂かけ攻撃に飛び立った。


 その隙をついて大急ぎで適当な迷宮ダンジョンの入り口に駆け込み、いっそ迷宮の中で学習性AI入りのモンスターと相対した方が保護してもらえる確率が上がると判断。


 迷宮に潜ろうとよたよたと階段を下りていき、壁に阻まれて自分は呆然とした。それは、まごうことなきセーフティーエリアの壁。野生のモンスターの前に立ちはだかる、システムによる絶対の壁である。


「きゅ……」

(そうか此処は〝迷宮都市、アルバレー〟……)


 そう、此処はただの迷宮ダンジョンではなく、都市なのだ。人工的な分厚い壁に覆われた、人間のための街。壁の中にモンスターがいないのは当然で、迷宮からモンスターが出てこないのも当然だったのだ。


 何故なら、迷宮ダンジョンと外の世界は、セーフティーエリアという絶対の壁で分かたれているのだから。この壁を越えたら、セーフティーエリアの存在しない空間にモンスターがいるのだろう。


 けれど途中の道には、壁がある。同様の理由で、外にいる野生のモンスターは、此処に来る必要が無いのだ。獲物もいない。あるのは海と砂ばかり。迷宮から上がって来る野生のモンスターも存在しない。


 そこで、自分はその場で息を殺してうずくまった。どうか気づかれませんように、と祈りながら、階段の途中から空を見る。


 人間の時には欠片も感じなかった恐怖を抱え、自分は絶体絶命の窮地に陥っていた。




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