第百四十六話:六色戦隊、精霊王ズ

 


第百四十六話:六色戦隊、精霊王ズ




 それは今にわかる――。そう言いながら、ニブルヘイムは突然身体を斜めにし、急降下を開始する。群がる精霊達は名残惜しそうに八の字に飛びながら、急激に下降するニブルヘイムから離れていった。


 目を閉じて、と囁くニブルヘイムの言う通りに目を閉じれば、視界が真っ暗なことでより強く急降下の加速を体感する。〝騎竜士メルトア〟のパッシブスキルの影響で風の感触こそ薄いものの、暗闇の中のジェットコースターのようだ。


『はい、もういいですよー』


 目を開ければ、眼下に広がるのは白い砂原と広大な海、そして大自然の中でひときわ目立つ巨大な石の壁。灰白色の塊がいくつも重ねられて作られた巨大な壁が、海に沿うようにして歪な半円状に広がっていた。


 上から見ると、それはまるで広大なプライベートビーチを囲う壁のようにも見える。何もない砂浜と、荒そうな砂で覆われた大地とを隔てる巨大な一枚壁。

 ログノート大陸の南部に比べれば木々は極端に少なくなり、見渡す限りぽつりぽつりと低木がある以外、一面が砂利と黒土で覆われている。


 ニブルヘイムは翼を傾け、緩やかに旋回しながらその壁へと近付いていく。近付けば近づくほど、その壁がどれだけ高く、どれだけ分厚いのかがよくわかった。


 高さはそれこそ30階建ての高層マンションほどもあり、その分厚さも同じほどある。ニブルヘイムは羽毛のようにふわりと壁の上に着陸し、注意して下りてくださいね、と言いながら右手と左手をそっと開く。


 雪花とモルガナ、ギリーとタマが両手の中から外に出て、出発地点からの光景の変わりように目を見開いた。地面の広さから、一見どこかの台地かと思うかもしれないが、少し視線を遠くにやればその違和感に気が付くだろう。此処が、どれだけ地上から高みにあるかを。


「うわ……此処がログノート大陸最北端?」


 らしいね、と雪花の疑問に頷けば、ニブルヘイムが雪花にもわかるように、人間の言葉で話し出す。


『ここは〝迷宮都市、アルバレー〟。その外壁の上です。ここから一歩でも内側に踏み込めば、次の公式イベントのアナウンスが流れるでしょう』


 オーバー大樹海地帯の美獣、フローレンス討伐後。最初のプレイヤーが此処に到着した瞬間から、本当の意味での公式イベントが始まります。――そう言いながらニブルヘイムは翼を畳み、どうしますか? と自分達に問うてくる。


『踏み込みますか? それとも、このままこそこそと竜脈に潜り込みますか?』


 嫌味な言い方に雪花も自分も顔をしかめ、雪花とギリーは諦めたように、モルガナは実に面倒そうに目を閉じた。彼等の予想通り、自分は真っ直ぐにニブルヘイムを見つめ返して宣言する。


「踏み込む。攻略組に歯ぎしりさせてやるんだ」


「ボス……これ以上恨み買ってどうすんの?」


「何を今更。此処まで来たら変わらないよ。よし、雪花も乗れ。下まで降りるぞ」


「第一、これ今日どこで寝るんだか……」


 一面、海と砂浜と岩しかないんだけど、と雪花がぼやく通り、周囲にはどこにも都市らしきものは存在しない。ましてや、迷宮らしきものも。


 ニブルヘイムはこの壁を迷宮都市の外壁だと言ったが、壁が守るべきものは上から見てもどこにも見つけられなかった。第一、この壁はどこにも出入り口が無い。


 自分達はニブルヘイムがいるからいいが、飛行手段を持たないプレイヤー達はこの壁を越えるのにも苦労することだろう。それか、トルニトロイにまとめて運ばせたりするのだろうか。


『しっかり掴まっててくださいねー』


 自分が座る鞍の後ろ、雪花が鞍の金具の部分をがっちり掴んだのを身体を揺すって確認し、ギリー達を再び手の中に放り込んでからニブルヘイムは翼を広げて走り始める。


 そういえば、デフレ君もそうだったが、ある程度巨体になると助走無しでは飛び立てないのだろうか? 


 ふと浮かんだ疑問は、しかし、ニブルヘイムが外壁から飛び立った瞬間に、今やVRでも現実でも聞き慣れてしまった声を聞いて霧散する。



【いっ――ぇあー! やります、いきます! ようやっとの本番です! えー、これはプレイヤーへの緊急連絡です!】――【これは全プレイヤーに向けての連絡でーす!】



「――ルーシィ!?」



 驚きの声を上げる自分をよそに、ニブルヘイムが滑らかなグライダーのように滑空を開始。外壁の内側を螺旋状に掠めながら、金色の竜は愉快そうに吼え、地上に向かって下りていく。



【条件達成により、ただいまより第一回公式イベント】――【メインイベントの開催を宣言いたします!】


【メインイベント開催場所は、ログノート大陸最北端!】――【〝迷宮都市、アルバレー〟!】



 ルーシィが叫ぶと同時に、眼下からはガッコン、という何かが外れる音。背後にいる雪花が、ボス、あれ! と、指さす方向を見れば、そこにはいつの間に現れたのか、巨大な穴が6つ。


 自分がまるでプライベートビーチのようだと評した砂浜に、それは等間隔で開いていた。夜の暗闇の中で目を凝らせば、その穴が地中へ続く大階段であることが見えてくる。


 ニブルヘイムが飛び込めそうなほど巨大なそれの奥。自分は無数のきらめきを見た気がして思わず右手で目をこすり、それから慌てて手綱を掴みなおした。


「ニブルヘイム、何か来るぞ!」


『はいはい、了解。旋回しますよー』


 警告の声に、ニブルヘイムは何もかも分かっているというように急旋回。次の瞬間、先程まで自分達がいた空間を切り裂くように、大階段の奥から何かが高速で飛び出した。


 赤い輝き、子犬のような短い手足。ずんぐりむっくりの身体に、赤黒い炎で出来た2対の山羊角。子供の玩具のような炎の竜――炎獄系の精霊王は、自分を見て驚愕に目を丸くする。


『砂竜、ニブルヘイム。お前、その背に――』


『黙って――。口にしないで、役割を果たすべきですよ』


 ホバリングしながらのニブルヘイムの囁きに、炎の精霊王はすぐに黙った。一瞬だけ困惑したように自分を見てから、彼は真っ直ぐに上空へと向かって飛んでいく。

 ぽかん、と口を開けてそれを見送る自分と雪花に、ニブルヘイムはいたって平静な声でこう言った。


『狛犬も、静かに。今、壁の上を運営のカメラが映しているはずですから、大きな声を出さないように』


「わ……わかった」


 けど、と続けようとしたものの、今度は目の前に水の塊で出来た狼のようなものが一瞬で現れて思わず息をのむ。


 全身流水、薄青く光る身体には、所々に赤い小さな花を咲かせた新緑の蔦が絡んでいた。瞳はより際立つ深い青。ビロードのように波打つ水の毛皮を揺らしながら、水狼はぐぐっと鼻先をこちらに寄せてくる。


「なん……ッ」


 狼は自分を見て首を傾げ、次に雪花を見て腕を伸ばす。緩慢な動作だが、それゆえに雪花は反応できなかったようだ。水の狼は腕を伸ばし、雪花の鼻先に水で出来た前足を突き付けた。


『今日、会えてよかった。片手を出して、受け取るといい。――君の望みを叶えるためには、力が必要なのだから』


 感情の見えない青の瞳が雪花を見下ろし、雪花は突然の出来事に思わず、といった様子で片手を出した。

 サファイアのように青く輝く宝石が雪花の手のひらに落とされて、水の狼は『それを君に』とだけ言い、炎の精霊王と同じように壁の上へ向かって駆けていく。


「今のは……ニブルヘイム、まさか水の精霊王か?」


『そうですよ……雪花君の知り合いですか? 彼、結構な不思議野郎だって有名なんですけど、いつも何考えてるかわからないそうで……』


「いやいやいや! ロボットの知り合いなんていないから!」


 学習性AIの精霊説。真っ向から否定派の雪花は首を横にぶんぶん振りながらそう言うが、水の精霊王は雪花のことを知っているような口ぶりだった。雪花の望み、それが何かは知らないし、詮索する気も無いが、うちの傭兵もただの暇人ではないらしい。


 口調だけは軽くして誤魔化しているが、水の精霊王を追う雪花の目は今までに見たことが無いくらいに鋭く、刺々しくなっている。

 薄橙の奥に燃えるのは、冷たさと虚しさを孕んだ特大の負の感情。見覚えのある瞳の色に、自分はお節介だとわかっていても、思わず口を出してしまっていた。


「雪花……それ大切にしまっておきなよ?」


「……はいよ」


 ボスの命令なら従いますよ、と言い、雪花は貰ったそれをポーチに仕舞い込む。そうしてから、ホバリングを続けるニブルヘイムの背の上で、雪花と2人、この流れならば……と、顔を見合わせ、どちらからともなくこう言った。


「……まさか全部の穴の奥に精霊王待機、とかないよね?」


「いやいや、まさかぁ……」


 ハハハハ、と乾いた笑いを漏らしながらも、雪花と自分は勢いよく背後にある他の穴を振り返る。同時に視線を向けた先では、まさかのまさかで、薄い緑に色付く風が、馬の形をして空を走っていくところだった。


 その少し先では熊のように見える鋼の塊が内側から壁を駆け上がっていて、重そうなそれが壁に爪を突き立てる度、嫌な音を立てながら壁の一部が剥がれ落ちていく。


 更にそこから嫌な音を聞きつけて視線を反転、後ろを向けば遠くで巨大な金色の蝶が舞っている。時折、紫電を放ちながら蝶はゆったりと上を目指し、その横では蛇の形に凝り固まった影がするすると空中を泳いでいた。


 彼等は皆、一様に壁の上に到着すると厳かにそこにし、胸を張って外を見下ろし――それから6体全員が何か言いたげに、一斉にこちらを振り返った。


「何だよ、一番乗りに何か言いたげだなお前等! 文句があるなら一定人数が集まったら、とか制限つけとけ!」


「ボス、落ち着いてー。声、映像に入っちゃうからー……」


『雪花君の言う通りですよー……ああ、もう遅いかもしれませんね……』


 誰もいねぇじゃん、とか。これじゃ盛り上がらないじゃん、みたいな目で見てくる精霊王共に怒声を張り上げれば、もうすでにニブルヘイムも雪花も諦めているらしい。


 やる気のない声で諫められるが、いやだって、盛り上がりとかシチュエーションとか気にするなら、こういう場合も想定するべきだろう!


【あ、あー、人が少ないというか何というか……ま、まあ仕方ありません! 映像でイベント開始をお楽しみください!】――【それでは! これより第一回公式イベント『勇者の置き土産』のメインイベントの説明を行わせていただきます!】


 困惑気味のルーシィの声が耳に痛い。ごめんよ、ルーシィ。ごめんよ、相棒。ああ、ルーシィが司会をやると知っていたなら、もっと盛り上がるように大勢連れてくることも――。


「……今から精霊王ズ相手にドンパチやったら盛り上がるかな?」


「絶対止めて! お願いだからこれ以上目立たないで!」


『次! 次に頑張れば良いじゃないですか! 画面の向こうでそれやっても微妙だと私は思いますよ!?』


「そうかなぁ……ああ、ごめんよ、ルーシィ」


 何かルーシィのために出来ることがあれば、と言う自分に向かって、雪花とニブルヘイムは全力否定の構え。同じように首を横に振る彼等はまるで、出来の悪い玩具のようだ。


【えー、まずこのイベントでの目的は、精霊王達を倒して鍵をゲットだ―って感じです!】


 そんな風に、ごめんよぉ、と泣き言を言っていても、ルーシィの司会は続いていく。

 解説大好きなくせに所々で説明を端折る癖は健在らしく、ルーシィの超要約に自分も雪花も首を傾げる。すると裏方で何か言われたのか、ルーシィが焦りを滲ませた声で情報を補足し始めた。


【え、えーと! 皆さんの中では、街の人達から聞いた人もいるかもしれませんが、このログノート大陸! 実は選定の日以降、勇者がはった結界によって、完全に外界から隔絶されているのです!】


「……わー、知らなかったなー」


「棒読みだよ、ボス」


 応援はしているが、ルーシィはいつも本番に超弱い。練習では完璧なのに、本番で斬新なアドリブを入れて大コケする――それが自分の相棒、ルーシィだと説明すれば、雪花は気の毒そうな、吹き出しそうな微妙な表情で黙りこんだ。


【それで、えーと! 海のど真ん中に浮かぶ大陸であるログノート大陸を、ぐるりと取り囲む透明な壁が――】


【カッート! プレイヤーの皆様方、申し訳ございません。ここからは司会を変更、わたくしulkdorウルクドア〟が解説いたします】――【残念ながらプレイヤーの皆さんの根性が足りず、知らない方がほとんどかもしれませんが、そうです、要するに壁があるのです】


 ルーシィの拙い解説をぶった切り、ついに我慢できなくなったらしい〝ulkdorウルクドア〟が司会をジャック。ルーシィの泣き言が遠く聞こえるが、ウルクドアは完全無視の姿勢で、がんがん解説を続けていく。


【言っておきますが壁は竜脈にもあります。なので、この大陸から出たけりゃ、このイベントをクリアして壁を取っ払えという話です】――【壁を取り払うには、〝迷宮都市、アルバレー〟に6つある要石かなめいしを破壊すればよろしい】


「おい、一気に雑になったぞ! 確かにルーシィもアレだったけど、こいつ盛り上げる気ゼロだ!」


「わかりやすいけど、味がないよねー。メルトアちゃんに任せりゃ良かったのに」


 あの子、ノリノリだしエロい声が良い感じだし、と言う雪花は地味にメルトアを気に入っているらしい。この男、声だけでもいいのか、と思わず無言で見下ろせば、そういう意味じゃないから! と喚き出す。


【あー、あと壁の上の彼等はこの〝迷宮都市、アルバレー〟に設置された、要石の番人です】――【右から炎の精霊王……あー、まあ見たまんまの系統の精霊王ズですから、頑張って倒すなり出し抜くなりしてください】


「……運営、何かあったのかな?」


「……あったっぽいねー」


【ちょっと流石に雑すぎますよ! あー、あー、えっと、それでは、プレイヤーの皆さん頑張ってください!】――【ではこれより、第一回公式イベント――『勇者の置き土産』、メインイベントの開催です!】


 ぐだぐだなままアナウンスは終わり、壁の上の精霊王ズはぼんやりとした様子で皆、空を見ていた。黄昏ているのか、脱力しているのかはわからないが、彼らの様子から見るに、本当はもっと盛大なアナウンスを予定していたのかもしれない。


 一体、運営本部に何があったというのだろうか? どう考えても、監督役不在のままでアナウンスしたとしか思えない酷い出来だった。


「何かぐだぐだだったね、ボス……職員が誰もいないとか?」


「まさか……いや、まさかぁ……」


 そんなまさか、とは思う。思うが、そんなこともあるのだろうか? 最近、非常識なことが多過ぎてちょっと常識とか普通がわからなくなってきているせいか、自信がない。


『……さて、では地上におりますよー』


 イベントアナウンス中だからと気を使ってホバリングしてくれていたニブルヘイムだが、あんまりな終わり方に彼も脱力しているようだ。げんなりとした様子で地面に近付き、ふわりと舞い降りた。


 手の中からギリーとモルガナ、その背にしがみつくタマを解放し、雪花もひょいと身軽に地におりる。自分も最後に橙を抱えてニブルヘイムの鞍から飛びおりた。


 重過ぎて持っていられない橙を地面に下ろし、上を見れば各自めいめい精霊王ズは光の渦となって消えて行く。唯一、炎の精霊王だけが残ったが、壁の上から下りてくる気配はない。

 彼はただじっと自分を見ていたが、目が合って数秒で他の精霊王と同じように消えていった。何か言いたげだったが、言ってこないことは知らない振りをするのが一番である。


「さて……要するに、精霊王6体を全部倒さないと他大陸に逃亡も出来ない、と?」


『そうなりますね』


 言ってみれば、自分は袋の鼠となったのだ。このまま此処に居る限り、自分は竜脈か、迷宮の中に逃げ込むしかない。復讐と八つ当たりに燃える攻略組が索敵スキル全開で探せば、いつかは確実に見つかってしまうのだ。


「どうする、ボス?」


 傭兵キャラとして、自分の無謀は諫めても冒険の方針には口を出さない雪花は静かに自分に聞いてくる。

 億単位の賞金首である以上、優先的に狙われることは間違いない。〝分析官リサーチャー〟持ちも増えて来た上に、大型ギルドが索敵部隊を抱えていないはずもない。


「……払うか、3億」


 パッチ697で賞金首システムは大幅な変更を受けた。それは、賞金首に金を払わせるようになっただけではなく、にも変更があったのだ。


 元の倍率はおよそ100倍。かかっている懸賞金の100倍を払えば罪が帳消しになるとされていたが、今回のシステム変更に伴い、流石にあんまり毟り過ぎるとPKプレイヤーが減り、PKプレイヤーが減り過ぎるとそれはそれで面白くないよね、という結論に至ったらしい。


 結局、現在の倍率は現賞金額の3倍。効率厨はそんな3倍も無駄に払うなら狩られた方がマシ、という人もいるが、ゲームに意地とプライドを持ちこむたぐいの人間は、敵に金出すくらいなら3倍払った方がマシだと言い切っている。


 勿論、自分もその類の人間だ。敵に金を払うなんて死んでも嫌だ。絶ッ対に嫌だ――が、問題はそれだけの金額をどうやって捻出するか。


「ボスと俺の預金は合わせて5千万くらいはあるよ」


「うん……うん? 雪花の金は雪花のだから、出さなくていいよ」


 元々、自分がやらかした結果だし、と言えば、雪花はいいのいいの、と軽く流す。どうせボスが破産すれば俺への給料も危うくなるんだから、と雪花は言い、でも残りはどうやって出す? と首を傾げた。


「残りは……そうだなぁ。デラッジが回収してくれたっていう戦利品を売り払って、それがどれだけになるかで変わるかな」


「ああ……あの虎の胴体か……」


「そうそう。〝白虎〟さん、あの虎との契約を切ってから自分を追わせたらしいから、あれだけPK扱いじゃないんだよね。野生モンスターとの野試合扱いらしいよ」


 名のあるボスモンスターの首なし胴体が、現在の市場でどれぐらいの値がつくか。それによって支払いが楽になるかどうかが変わってくる。

 ギルドに問い合わせた際には底値で1000万はすると言われたので期待しているのだが、問題は大金をぽんと払える団体は限られているというところか。


「後はトルニトロイの残りの素材を全部売っていくらになるかだな。後、売れるものは……魔石を売っても結局数万だし……」


 頭の中の電卓を叩くが、今すぐに用意できるのはどんなに頑張っても1億が限界だった。問題は残りの2億。


 現在の相場で竜を丸々1頭売ると1億くらいになることは確認済みだが、フィールドで出会った女の子と安価で交換したり、お世話になった薬屋のおっちゃんにプレゼントしたりして、案外手元には残っていないのだ。


 しばらくは看板メニューを竜肉ステーキにして稼ぐと言っていたアンナさんが肉の部分をかなりの高額で買い取ってはくれたのだが、その分は別の買い物で丸っと使ってしまったし……。


「――そうだよ。大枚はたいて買った品物はどこだ、ニブルヘイム」


『方針が決まったら渡しますよ。今渡したら、明日には討伐されて奪われて泣きをみますよ』


「……雪花、知恵貸して! ちょっと手詰まりな気がする!」


「俺はボスのそういう素直なところ大好き。はいはい、じゃ、ちょっと考えてみるから待ってね」


 気分は親に玩具をお預けされた子供である。目の前にずっと欲しかったものがあるのに、宿題が終わったらね、と言われた気分だ。しかもその宿題は無駄に分厚く、終わる気がしないというオプション付き。


 3億も用意出来ないし、今からボスモンスター狩りで稼ぐにもその間に絶対に捕まる――でも捕まるのは嫌だ。だって奴らすごい殺気立ってるし。


 あんぐらではそういったヤバい拷問や性的な問題は起こせないようになっているものの、まず間違いなくリンチにされることは請け合いだ。勿論、全力で抗うつもりではあるが、適応称号スキルは一対多の戦いには役立たず……あれ?


「……そういえばサブスキル手に入ったんだっけ」


 銀鱗刀雷丸との戦闘中に解放された適応称号のサブスキルのことを思い出し、そういえば、とメニューを開く。

あの時の自分は効果を確認する前にNEWの点滅がウザいと思い、表示を消してしまっていたのだ。


 そのまますっかり忘れていたそれを確認するべく、急いでメニュー画面から保有スキル一覧へ。もはや藁にも縋る思いだ。雪花は雪花で、何やら確認するからといって自分のメニュー画面を開いていた。


 最近はすっかり雪花にも懐いたギリーが興味深そうにのぞき込んでいるのを微笑ましく思いながら、そんな場合じゃなかったと慌てて視線を画面に滑らせて、自分は思わず首を傾げることとなった。


 そこに書かれていた名前、それは――、



「――【ルビルス】?」



 実にシンプルで、聞き覚えのないの呼び名だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る