第百三十話:その獣は魂に座している

 


第百三十話:その獣は魂にしている




 胸の内で吼えるもの。


 よくわからない場所で、けれど自身の内側のどこかで目覚めたもの。


 微睡まどろんでいた小さな獣はゆっくりとその目を開き、【死】の喜びを知った自分に同調するように喝采を上げる。


 それの名前を、自分は知らない。


 それが理由を、自分は知らない。


 けれど、殺されたはずのそれは息を吹き返した。自分の中で目を覚ました。


 これだけはわかる。一度目覚めたものは眠らない。それが道理というものだ。


 知ってしまったら後戻りは出来ない。知る前と知った後では、何もかもが違う。


 自分が両性だと知った時のように。これもまた、後戻りの出来ない道の1つ。


 ……その獣が自分に促すものが、自分の両極端さを助長している。


 いや、違う。その声は、自分の本質を浮き彫りにしているのだ。


 本質……そう、本質だ。産まれた時から持っているもの。


 自分が、正当に持たされたもの。


 たとえそれが、――の果てに持たされたものだとしても。



「なんなんだよ――! こいつなんなんだ!?」



 結果に罪など無い。結果は結果だ。罪だと言うのなら、そう言った者を否定しよう。



「隊長! 誘導されています! いくら飛ばしても煙が――」


「煙の中で2名が死に戻り!」


「足が凍って――! 誰かたす……ああああ!」



 爪を振るい、死を刻み込む。たとえ仮想世界の中といえども、これは1種の死であり、1種の生の謳歌だ。



「焦るな! 敵の目的は我らの混乱だ! 10分だ! 10分持ちこたえれば――」



 そして、今この時に限ってなら、どちらが死でどちらが生かは決まっている。



 蒸気と白煙の渦から飛び出して、隊長であるロメオに肉薄する自分は笑みと共に彼に問う。



「10分経てば――なんだって?」


「この……〝――――〟!!」



 歯を食いしばり、隊列をめちゃくちゃにされた男が何かを叫ぶ。聞いておいて悪いのだが、自分はその声を聞き取れなかった。いや、聞く気が無かったのかもしれない。



 死にゆく者の声など、何の意味も無いのだから。



 爪を振るい、何か柔らかいものを裂く。誰かの絶叫が聞こえるが、頭を潰されて瓦解する手足の言うことなどに興味はない。


 裏拳の要領で魔石を叩き飛ばし、絶妙なタイミングでそれが起爆するのを追って足を動かす。力任せに何かを引き裂き、それを繰り返していくだけの簡単で楽しい作業。



 ああ、これは良い。この作業は――酷く



「……はは」



 次々に壊す対象は湧いて出る。11を過ぎて、新たに挑んで来る者達。彼等は戦闘の余波で荒れる大地に立つ自分に武器を向けたくせに、自分が振り返った途端に動きを止めてしまった。


「……はははッ」


 睫毛で抑えきれなかった返り血が目に入りそうになり、自分は手の甲でそれを拭いながら彼等に向かって笑いかける。歓迎の意を込めて、両腕を広げてあげた。


 なのに、彼等は向かってこない。ウェルカム! そういうつもりのジェスチャーなのに、何故か彼等は引きつった表情で何かを言っている。


 当然、自分は首を傾げるわけだ。その手に持っている武器は飾りか? でもパーティー用には見えないな。


 結局、少しだけ待ってあげたけど動かないから、自分から向かっていってあげた。そしたら何人かは向かって来たけれど、何人かは逃げてしまった。


 せっかくの獲物なのにもったいないから追いかけて仕留めたが、逃げる相手を捕まえるのも悪くなかった。恐怖の叫びが、無様に走る姿が面白い。



「ふふ……くっくっくっ……」



 楽しくて肩を震わせてしゃっくりのように笑っていたら、可愛い可愛い子竜達と、ゴーレムからとれた純晶石をありったけ持ってギリーがやって来ていた。残念なことに、タマは見つからなかったらしい。


 何か言いたくとも、喋れないかのように目を見開いて息を詰まらせるギリーだったが、額にキスを落とし、よくできましたと褒めてあげれば嬉しそうに尾は振られた。


 純晶石を噛み砕き、ついておいで、と彼等に言う。まだまだ獲物はいるはずだ。回復アイテムもたっぷりあるから、子竜達には籠の中で大人しくしているんだよ、と言い含める。


 彼等は良い子だ。何度も頷いて、大人しくしてくれている。ギリーも黙ってついてくる。ギリーの毛皮が、所々赤くて綺麗だった。いつの間に毛色が変わったのだろう?


 そんなことを考えながら獲物を探して歩いていれば、白い一角獣が現れた。モルガナだ。彼は螺旋の角を振りたてて、厳かな声で言う。


『鎮まれ――狛犬よ。もう十分であろう。約束はどうした? 街に帰るという約束は?』


 約束を守るのは当然だ。彼は何を言っているのだろう。最後に街に帰るのは当たり前だ。けれど、別に寄り道したって弥生ちゃんも月影さんも怒りはしない。


 自分はちゃんと忘れずに拾ったフローレンスの首を振りたてながらモルガナにそう説明するが、彼は道を塞いだまま動かない。



「どいて」



 だから自分は、初めは笑顔でそう言った。



『……ならぬ。我と共に街に帰るのだ』



「どいて」



 自分は、二度目も微笑みと共に言った。



『――……ならぬ』



 だけどそれでも退かないから、仕方なく地を蹴った。



「――どけ」



 そう言いながら、モルガナを退かす。塞ぐものがなくなった道を進み、また獲物を探した。遠くから、見覚えのある男を乗せた銀色の巨大な虎が走ってきているのを見つけて、自分は喜びの声と共にギリーに言う。獲物が来た! と。でも不思議だ。ギリーはすっかり喋らなくなってしまっていた。


「ギリー?」


『ッ、ああ。あれは、名のあるモンスターだ。見たことがある……黄野擦こうのず震源域の『猫又 銀鱗刀雷丸ぎんりんとうらいまる』だ。しかも、レベックが背に……主、あれに挑むのか……?』


 心配そうにギリーが言い、自分はそれに首を傾げる。


「〝挑む〟? やだなぁ、ギリー。狩りをするのに、獲物に挑むとか言わないでしょ?」


 まったくもう、と肩で押せば、ギリーはしばらく沈黙した後に、耳を伏せたまま頷いた。すまない……ッ、と震える声でしょぼくれるのがかわいそうになり、自分はすぐにギリーのことを慰める。


「ああ、心配してくれたんだよね、ありがとう。そうだね、確かに適応称号スキルは使う必要があるかも……うん、あれはある意味挑むスキルだから、ギリーが正解だよ」


 あれに挑んでくるね――そう言って、手が使えないからギリーの額にキスを落とす。ちょっとだけ待っててね、と言って、自分は詠唱しながら走って来る獲物に歩いて近付いていく。


「〝くれない〟!」


 声は弾む。


「〝くれないこそは血錆の赤 この爪に刻む赤の色〟!」


 歌うように。


「〝自分こそが炎なれば この身を焼くものはこの世に無く〟!」


 笑うように。


「〝9つの魂戴く獣王よ 神の称号の下に申し上げる〟!」


 親しい客人を迎えるように両腕を広げ、


「〝絶対の勝利を約束しよう 敵の首を差し出そう〟!」


 その歩みはまっすぐに。


「〝9つの色を掲げる獣王よ 邪悪な猫よ〟!」


 その宣言は高らかに。



「〝我が手に勝利を〟!!」



 そして、歩みは疾走になり、



「〝吼えろ〟――【首狩り狂犬トールダム】!!」




 スキルの叫びと共に、どこかで獣が喝采の声を上げた。









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