第百二十七話:沸点到達

 



「デバフスキルの動力は魔力か体力だ! そうじゃないなら連打は出来ない! カウンターに注意しながら枯渇こかつさせる方向で!」


「「了解!」」


 地を踏みしめ、風のように樹海を走り抜けながら弥生ちゃんと月影さんに向かってそう叫ぶ。ついでに周りのモンスター達に声をかけることも忘れない。


「一応、避難はしておいてね! もしかしたらかもしれないから!」


  先程ああは言ったものの、最終的に手詰まりになれば〝燃やす〟ことも視野には入れる。だから避難だけはしておけ、という自分の声に、弥生ちゃんは苦笑いで。モンスター達は半分悲鳴のような声を上げながら避難のために走りだしていく。


 鳥達も金切り声を上げながら一斉に飛び立ち、避難をうながしたのは自分だが、何だかすごく複雑な気持ちになった。もしかしなくとも、そんなにも本当にやるかもしれない、などと思われているのだろうか。


「……まあいいか」


 微妙な気持ちになりながらも顔を前に戻せば、フローレンスは未だ動かない。枝に座り込んだまま、自分達の到着を待ち受けている。もはや逃げ切ることは叶わないと見て取ったか、何か策でも用意したのか――。


「……接近のタイミングをずらす! 先発いくから対処は任せた! 最終作戦はA-Ωオメガ! 設置場所ポイントは変わらず!」


「はいはい了解! 魔石で援護するわ!」


 相手の手の内が分からず罠の可能性を考える時は、リスクを分散する目的で襲撃のタイミングをずらす必要がある。これも、多人数戦闘だからこそ出来ることだ。


 1人が罠にかかっても、それが致命傷でなければ仲間がカバーしてくれる。特に、美獣フローレンスは闇属性のデバフ特化。


 接近しなければ発動できないスキルが多いものの、その効果の強さは折り紙付きだ。


「自分と月影さんはともかく、弥生ちゃんは暫定【鈍足スロウ】がかかる可能性もある、後から来るときも十分注意して!」


 即死級とはよく言ったものだが、自分の適応称号は条件が厳しい分、効果も高めに設定されている。


 反面、弥生ちゃんのような適応称号は特定環境型と呼ばれ、必要条件はある意味では達成しやすい。

 最大の特徴は、発動さえしてしまえば効果が解除されることがほとんどない部分だろう。その分、効果も抑えめだが、扱いやすいスキルとなる。


 さきほどの【ダブルインパクト】がかわされた理由も、恐らくは適応称号スキルの出力不足だろう。痴情のもつれではないので、効果が半減しているのだ。


 つまり、自分には効果が無いものでも、弥生ちゃんには影響がある可能性もある。本来なら弥生ちゃんに先に接近してもらうところだが、自分は『レッド・デヴィル』を装備中。


 近付かずにサポートするために魔石を連打するには不向きな状態な上に、弥生ちゃんは投擲とうてきコントロールが素晴らしい。向き不向きの役割分担と割り切って、自分は速度を上げてフローレンスに接近していく。


 魔力は温存。発動寸前まで詠唱してキャンセルが入るとその分の魔力を無駄にするため、短縮詠唱の心づもりだけをしながら巨木を蹴る。


 目標までおよそ10メートル――、フローレンスの黄色い瞳がこちらをじっと見つめている。


 食べ物を咀嚼そしゃくするようにキツネのような口が動き、呪詛のような低く反響する声が自分を出迎え、最後の跳躍のために幹を蹴りつけようとした足がそのまま木肌に張り付いた――。


(【接着スナップ・ショット】――!)


 かつて〝みるあ〟によって、あんらくさんとルーさんが受けたスキル。自分も1度だけ受けたことがあるそのスキルは、簡単に言えば発動対象の足裏と、その接地面せっちめんを硬化させてくっつけてしまうスキルだ。


 がくん、と足裏がくっついたことで強制的に動きが止まる。強化された筋力で何とか垂直に立つものの、体勢も厳しければ状況も厳しい。


 あの時、あんらくさんは強化した筋力で無理矢理に硬化した地面を切り出して、その後は戦闘の為に靴を脱ぎ捨てていた。


 けれど、自分がいま装備しているのは赤竜トルニトロイの素材で出来たブーツ。――流石にちょっと勿体ない、と思う一瞬の間に、事件は起きた。


「あ、狛ちゃんヤバい! それはヤバいわ!」


「……え?」


 脱ぐべきか脱がざるべきか、一瞬そんな悩みを抱いた間に、美獣フローレンスが動いていた。


 こちらに向かってきてくれたなら、まだ詠唱しながら『レッド・デヴィル』を振るえたし、隙が出来た自分を援護するために弥生ちゃんが打ち出した【ボルテッド】の魔石もあった。


 しかし、美獣フローレンスは遥か上空で――すなわち、自分のすぐ近くで発動する【ボルテッド】など完全に無視し、地上へと走っていたのだ。


 予測出来なかった動きに対応しようと弥生ちゃんが速度を上げるが、フローレンスの方が一歩早い。巨大なキツネザルは地上で残った左腕を思い切り振り上げて、なんと自分が貼り付いてしまった巨木の根元を半分、勢いよく抉り取った。


 大木が根元を三角に抉られたらどうなるか。当然、その自重じじゅうに耐えられず、緩やかに倒れることに――、


「ちょっ――そうくるか!!」


 足の裏が固定されたまま足場が傾げば、まともにバランスをとることは困難だ。『レッド・デヴィル』で切り出そうにも、ふらつく手元で自分の足をざっくりやるのが怖くて躊躇している間に、メキバキバキ、とそれは倒れていく。


 最高に嫌な浮遊感。足全体の血の気が引き、奇妙な冷たさが背筋を走る。無意識に呼吸が止まり、足が固定されたまま高所から落下する、という状況に全身が生物本能的悲鳴を上げる。


 視界の端では銀色と黒の巨体が素早く動き、反撃しようとする弥生ちゃんに向かって咆哮。モーニングスターを振り上げる弥生ちゃんの腕が震え、自分は初めて、彼女が重さに耐えられずに武器を取り落す瞬間を目撃した。


 武器を失い、力の抜けた腕をだらりと垂らす弥生ちゃんの前に月影さんが滑り込み、そのまま踏み込んできたフローレンスの一撃を辛うじて防ぎ切る。


 フローレンスは冷静な動きで後ろに下がり、そしてチラリと地に落ち行くこちらを見て――、


『ミャアーァ』


 と、嘲笑うように一声鳴いた。
























第百二十七話:沸点到達――本気マジ入ります

























「……ここまでですかね」


 場所は再び統括ギルド。巨大な白銀の虎に腰かけ、チアノーゼがモニターに映る映像にそんな感想を呟いた。


 狛犬によって美獣フローレンスの右腕は切り飛ばされ、見事な連携で追い詰めたように見えたものの、その後の再接近で状況は一変。


 狛犬は【接着スナップ・ショット】によって足裏を張り付けられたまま倒れる巨木に巻き込まれ、弥生は【鈍足スロウ】の上位互換スキルである【停滞ドロウズ】によって、筋力と速度、瞬発力を大幅に制限されてしまった。


 月影がいるため、そう簡単に死に戻ることはなくとも、海以外での無理な発動ですでに限界に近いスタミナと、ボスモンスターによる渾身の【停滞ドロウズ】による影響は5分は続くだろう。


 狛犬に残された時間は8分ほど。作戦続行も不可能、パーティーとしてもほぼ瓦解している状況に、チアノーゼの臙脂えんじの瞳が冷たさを孕んで細められる。


 ――もう終わりだ。彼女は率直にそう思った。


 まあ、無駄に樹海に火をつけられることもなく、あの高い鼻っ柱が折られるのは良い気分だと鼻で笑い、チアノーゼは返事のないノアの表情を見てやろうと視線をやって――、


「……今の、青褪めるシーンですか?」


 何やら唇を引き結び、青褪めている美丈夫の顔を見ることになった。


「……いや、その。チアノーゼさん……5分で〝魔法使い〟と〝魔術師〟、水冷系モンスター使いを何人集められますか?」


「は?」


 唐突に、ノアは焦りを押し殺したような声色でそう切り出す。チアノーゼはいぶかし気に眉を潜め、ノアの態度が一変した理由を探るように彼を見た。


 チアノーゼから見るに、彼は狛犬が負けそうになったからといって、こんなに取り乱すような男には見えなかった。仲間を心配しない性質たちではないだろうが、それでもダメだったら仕方が無い、という、さっぱりとした気質だと思っていた。


 そんな男が、どうにも焦りを隠せない様子で再びチアノーゼに問いかける。



 ――5分で〝魔術師〟と〝魔法使い〟、それと水冷系モンスター使いは何人集まる? と。



「……は? いえ、そりゃあ呼びかければそれなりには集まりますが、何のために? 狛犬はモンスター達にダメと言われて、樹海は燃やさない、と決めたはずですよね?」


 だって私、見ていましたよ? とチアノーゼはノアに言う。周りで聞いていたギャラリーも何度も頷き、そうだそうだ、と声が上がった。


 しかし、ノアは更に血の気が引いた顔で何度か首を横に振る。違うんだ、いや、と幾度か繰り返しながら立ち上がり、すみません、話し合いは後日! と言い放って彼は統括ギルドから走って出て行った。


「……なんなんでしょう」


 白銀の虎に腰かけたまま、チアノーゼは不思議そうに首を傾げる。今更になって、ギルドメンバーが負けそうだからと取り乱すような肝の小さい男だったのだろうか?


 まあ、何にせよ、話し合いの相手がいなくなってしまったのだから、嫌々押し付けられた任務もお役御免だろうと、ぐぐっと伸びをした瞬間にそれは起こった。



 ――『【ガル・ブラスト】ォ!!』



 空気が震えたと錯覚するほどの大音声。モニターから響き渡ったその大声に、誰もがびくりと肩を震わせ、突然のそれに映像を注視して……、



「……火が」



 と、誰とはなしに呟いた。



 オーバー大樹海地帯に巨大な槍のように突き立つ炎の柱。それが画面をいっぱいに埋め尽くし、そして遅れてこんな声がモニターから響き渡る。



 ――『前言撤回、死にたくない奴は勝手に逃げろ! ふざけやがって――ぶちのめす! 〝太陽を焦がす我らが偉大な精霊王よ! 燃える原色たる我らが幻精霊よ! 雲を焦がすあかの星 竜さえ殺す灼熱の牙〟!』



 ざわり、とどよめきがわきおこる統括ギルドで、受付のお姉さんが「あらあら」と頬に手をやった。チアノーゼは眉間にしわを刻み込み、半開きの口でモニターを注視する。


 靴底とくっついていたはずの大木はすでに真っ黒な炭となり、ざらざらと風に吹き散らされて灰と共に狛犬を取り巻いていた。


 自身が巻き起こした炎に包まれ、炎原えんげんに立つ悪鬼のようなその姿。灰と炭が熱風で舞い踊り、その身は蔦が這っているかのように赤い紋様が浮き出ている。

 牙を剥きだす口は高速で動き、誰も聞いたことがない詠唱がその喉から躍り出ていた。


 どれだけ高温の炎でも、その赤い紋様がある間は肌を撫でるぬるい風にしかならないのだろう。悪鬼が炎に焼かれることはなく、その肌がわずかにでも焦げ付くことはない。



 ――『〝――……契約竜〈だいだい〉の名の下に〟!』



 まさに火の申し子は吼え猛る。腕には赤竜の炎の爪。炎旗えんき、はためく両の爪が打ち鳴らされ、それは高らかに〝力〟をうたう。




 ――『〝全 て を 燃 や せ〟!! ――【深紅の獣竜王ヴルガンダスト】ォ!!』




 直後、画面に映った光景を見て、チアノーゼは呆然とこう言った。



「……緊、急事態です。統括ギルド内のプレイヤーの方々の中で、〝魔法使い〟、〝魔術師〟、水冷系モンスター契約者がいらっしゃったら……」



 そこまで言って、チアノーゼはカッと目を見開いた。



「ッ、緊急事態です! 協力を求めます! 〝魔法使い〟、〝魔術師〟、水冷系モンスター契約者の方は私と共にオーバー大樹海地帯へ!!」




 水を出せる奴は全員集まれ!! と。




 ――〝光を称える街、エフラー〟の統括ギルドで、そんな悲鳴じみた絶叫が響き渡った。





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