第百二十二話:樹海侵攻作戦開始



第百二十二話:樹海侵攻作戦開始




 スキル一覧を眺め終わり、目を閉じてから自分は深呼吸をする。


 手の甲と指先、踵、くるぶしの部分からゆらゆらと揺れる炎が、細くなった月がわずかに照らす世界に光を放つ。


【カラム・ガラム】――火の馬の意の通り、自分の四肢は今や赤い炎が小さな旗のように揺れている。赤竜装備のブーツでなければ、靴が燃えてしまう問題スキルだが、自分にとっては問題無い。


 『レッド・デヴィル』を両手に握りしめ、自分はゆっくりと目を開けたり閉じたりを繰り返している。これを装備する時が――此処を動く時。


 場所はオーバー大樹海地帯のすぐ目の前。今も偵察と調査を繰り返す攻略組が侵攻するポイントを一時的に譲り受け、自分と弥生ちゃん、月影さんはただじっと作戦開始の時間を待っていた。


 最短距離の侵攻経路を今夜一晩だけ貸し出してくれるように交渉してくれた『ランナーズハイ』のメンバーは、その対価を支払うために不在。


ギリーと子竜達も今回の作戦には連れてこなかった。子竜達は遊んで待ってる! という感じだったが、ギリーが参加できないことを酷く残念そうに嘆いていたのが心残りだ。彼には別の機会で共に戦う約束をし、今は自分達だけが此処に居る。


 いや、もしかしたら作戦開始時間をメッセージで受け取ったとぶささんが、ブランカさんの協力の下、撮影の準備をしているかもしれないが、今はその姿も見えなかった。


「通常詠唱、短縮詠唱共に漏れ無し……」


 全ての詠唱は考えるまでもなく暗記してある。短縮詠唱も頭にちゃんと入っている。自分の身動みじろぎと共に、肩に装備してある大振りなナイフの鞘が揺れる。


 腰には獣爪武器ドラベル使用中に魔石を使えるように改造した、ゴーレム製のポーチ。角ばったそれにはボタンが付いていて、それを押すだけで中に入っている魔石が一つ飛び出す仕組みになっている。


 魔石――魔術を込めた晶石は、2週間前ならばクズ石に【ファイア】などを込めたものをジャラジャラと持ち歩いていたものだが、あれから〝細工師〟のアビリティレベルを上げた雪花の功績で、もう少しマシな……つまりは、デフレ君が商品として取り扱っていた氷の魔石のようなものを、実用可能なレベルで持ち歩けるようになっていた。


 込められているのは〝見習い魔術師〟から〝魔術師〟へと直結派生を果たした自分が扱える魔術スキルの中でも、最高威力の4つの古代元素スキルだ。


「装備に問題無し、作戦開始時刻まで約10分……」


 じっと待つ。魔力が回復するのをじっと待つ。


 先に唱え終わっているスキルの使用魔力が全て回復するのを、自分はじっと待っていた。


 【ファイア】から【フレイム】、【ブラスト】と派生し、そこから得た【ガル・ブラスト】は、〝見習い魔術師〟の特化分化スキルでもあり、〝魔術師〟の四大元素初期スキルでもある。


 〝魔術師〟における火属性は【ガル・ブラスト】から、威力よりも範囲重視の【フレアストーム】へと直結派生し、それの熟練度50%で移動補助系魔術スキル、【カラム・ガラム】が分化派生として習得できる。


 今回の作戦では、【カラム・ガラム】と同じく風の移動補助系スキルである【トラスト】を重ねがけし、出来うる限り筋力、速度、瞬発力を底上げして挑むことになっている。


 これらのスキルは俗名で〝準パッシブスキル〟と言われていて、もちろん魔術なので詠唱は必須なのだが、これらのスキルは詠唱中に放出された魔力を、詠唱完了と共に効果を示す。


 火属性の場合はゆったりとした動作以外のあらゆる動作全てに対し。風属性の場合は、踏み切りと同時にその強さに応じた担保魔力を使用する。


 主に木馬先生が風属性――【トラスト】による移動を好んでいて、修行中はこのスキルを使った競争をよくやっていた。


 竜爪岩を蹴りつけ、最小限の着地と踏み切りで草原を走る。それが今回、樹海の木々が足場になる。問題としては足場があり過ぎるため、見極めが甘いと無駄な消費が多くなるということか。


「狛ちゃん、ちょっといい? 魔石、ケチらなくていいのよね?」


「――もちろん。ガンガン使って」


 少しずつ戦闘イメージに没頭し始める自分に、遠慮がちに声をかけてくる弥生ちゃんに短く返す。閉じていた目を片方だけ開き、多めに欲しい物はある? と再度聞く。使用感は試したので使い方は問題無いはずだが、使いやすい属性は相性があるだろう。


「ううん、大丈夫。最初の通りでいいわ」


「大丈夫だとは思うけど、一定の衝撃で即時発動するからね。扱いには気を付けて」


 魔石は、着弾と同時にその場で魔法陣をえがき始める魔弾と違い、ある程度の品質になると、かかる衝撃の強さによって発動までの時間が変わるという、慣れない内は扱いにくいアイテムだ。


慣れてくると攻撃対象との距離を目算し、どの程度の強さで魔石を弾けば効率的かがわかってくるが、慣れない内は不発だったり、発動までの時間が遅すぎて簡単にかわせてしまう。


 試しで使用した際には問題ないようだったが、いざ戦闘となるといつもより力が入るのが人間だ。

実際に、自分も実戦で自爆したことがあるので、しつこいかもしれないが何度目かの注意を促した。


「わかった――あー、緊張してきたわ。ごめんね話しかけて、それじゃあ、作戦通りに」


「大丈夫だよ。うん、作戦通りに」


 そう言い交わし、弥生ちゃんは離れていく。その動きを目で追えば、視界の端で月影さんは魔石を持って、それをじっと見つめていた。

彼に渡したものはデフレ君から購入した【白煙スモーク】の魔石だが、白く煙るその結晶を、彼はじっと真剣な眼差しで見つめている。


 ボス戦の前に何か思うことでもあるのだろう、そう思って目をそらした。再び目を閉じ、装備の位置や状況ごとの魔石使用のタイミングをイメージする。


 触れるだけで全てを切り裂く武器を扱いながら、どのように補助アイテムを使いこなすか。今、身に纏っているのは、それだけを突き詰めて考えられた装備達だ。


 コンセプトは、掴まない、突っ込まない、触らない。


(赤竜装備一式が揃えば、また話も変わるけど……)


 無いものねだりをしても仕方が無い。今は、今あるだけの装備で挑むしかない。持ち出すアイテムは4種の古代魔術の魔石に、『レッド・デヴィル』、大型ナイフに赤竜のブーツ。


 基本の装備は、最近ゲーム内でぽつりぽつりと手紙――何故かメッセージではなく、彼女のテイムモンスターが運んでくるリアル手紙である――をやり取りするようになったリリアンから、〝超重い、可愛くない〟と評された黒い7分丈のズボン。


 そこに伸縮性――つまり動きやすさだけを追求した半袖の黒いシャツ。気温的にも体感的にもかなり寒いのに、何故どちらも7分丈やら半袖なのかは、揺らめく炎が説明してくれるだろう。要するに、燃えてしまうのだ。


 赤いブーツと武器を除き、全体的に軍人っぽいと言われた服装だったが、個人的には気に入っている。スタイル的な意味ではなく、動きやすさ的な意味で。


「ふー……よし」


 恐らくは、現時点で最高品質の一角に数えられるだろう装備を一部にまとい、自分はひたすら時を待つ。すでに【トラスト】と【カラム・ガラム】はとっくのとうに唱え終わり、此処に立ち尽くして魔力の回復を待っておよそ30分。


 使用した魔力が完全回復するタイミングが、作戦開始の瞬間だ。激しく動かなければ発動したことにならないという特性を利用し、場所と相手によっては魔力の節約をすることが出来るのが、この2種の魔術の利点だろう。


 この利点を最大限に利用するために選ばれたのが、オーバー大樹海地帯の西寄りのこの場所。緩い三日月形に広がる樹海の中で、最も中心部までの距離が短いこの地点。


「狛ちゃん、どう?」


「この速度なら、予定時刻に回復完了。最短ルートで、無駄なく、速やかに行こう」


「よし、じゃあ先に出るわね――〝月下、私は悪魔になる 私の名前は〟――【緑の目の怪物リヴァイアサン】」


 反響する厳かな声と共に、淡い黄緑きみどりの瞳は輝く新緑となる。太陽は地平線に沈み、紫の空にまだ白い月が浮かぶ世界で、彼女の瞳はまさしく悪魔のように底光りした。


 彼女の細腕は見た目にらない力で月影さんを引っ掴み、そのまま地面を抉りながら跳躍し、野生の羚羊カモシカのように樹海へと飛び込んだ。


 自分の耳は彼女が木々を蹴る音を捉え、じっとそれを聞き逃がさないように集中する。


「魔力回復率97……」


 ゆっくりと。手に持っていた『レッド・デヴィル』を装着する。〝爪〟に触れないようにまずは右腕を押し込めば、指先を覚えのある感触が包む。


「……98」


 あの日、巨大な首に突き込んだ腕。その右手が感じた血肉の感触。力強く張りのある筋肉の感触の再現は、錯覚でも何でもない。

 武器屋のお姉さんがそれを提案した時、一瞬嫌な顔をしてしまったのも仕方が無いだろう。


「……99」


 けれど、この武器を最大限に扱うためには、それは必要な事だった。


「100――」


 両手を包む竜の筋肉。トルニトロイのそれは、篭手こての内側で腐ることなく、血を通わせる瞬間を待っている。


 指先が溶けるような奇妙な感覚と共に、皮膚が同化し、神経が延長される。血が勢いよく巡り、アドルフのナイフが一瞬、透き通ったようにさえ見えた。


 指先と手の甲から湧き出す炎が瞬く間に赤竜の鱗に馴染み、再び炎をたなびかせる。それは赤竜の血肉と鱗で力を増幅されたように一瞬だけ高く燃え上がり、火の粉を月影げつえいに散りばめた。


『レッド・デヴィル』は特殊武器でも覚醒武器でもないけれど、これだけは普通の武器とは違うだろう。



 自身の腕と、手と指先と、完全に同化したそれを握って、開く。眼前に広がる樹海を見据え――、



「――いざ、勝負」



 そして自分は、地を蹴った。






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