第百二十話:作戦会議

 


第百二十話:作戦会議




「えー、それでは。まずは、大まかにいくつか作戦を決めようと思う。ブランカさん、何か良い案思いつきました?」


 一時的な協力者として、新たにメンバーに加わった弥生やよいちゃんと月影つきかげさんと共に拠点に戻った自分達は、大きなテーブルを囲むように席に着き、作戦会議を始めていた。


 メンバーは、弥生ちゃんと月影さん、自分とブランカさん。その他のメンバーは、今回の作戦が上手くいかなかった時のために、嫌々ながら攻略組が主催する合同攻略作戦会議の方に出向いている。


 あちらはあちらで、『ランナーズハイ』と同じ結論に達したようだ。全適応称号持ちに呼びかけ、『美獣フローレンス』の討伐協力を求めている。


 『ランナーズハイ』も無名ではないが、こういった際の呼びかけでは知名度と実績で彼等に劣る。何せ、向こうには超大型ギルド『金獅子きんじし』のカリスマリーダーである、〝白虎びゃっこ〟さんがいる上にとにかく有名な大所帯だ。


 そもそも、ギルド構成員として保有する適応称号持ちの人数が違うし、その総数の多さから作戦の立て方も変わってくる。彼等はまるで軍隊のように隊列を組み、即席の上下関係を決め、非常に統率の取れた戦い方をするらしい。


 求められるのは、前に出たがるじゃじゃ馬ではなく、従順な兵士だ。……絶対にこの面子でしとめたい。自分は恐らく、彼等と上手く連携できる自信がないから。よし、頑張ろう。

 気合いを入れ直して現実に向き直り、自分は問いを投げたブランカさんに視線を移す。


 これも経験だと、師匠に議長と今回の作戦のリーダーを任された自分に問われ、ブランカさんが片目をつむりながら公開設定にした掲示板をスクロールしていく。


 平行して展開されている青い半透明のそれがめまぐるしく動き、ブランカさんの赤い瞳が細められる。


「――問題は、本当にこの条件で見えるようになるのかなのよ。試してみたいのはやまやまだけど、それをやればフローレンスに手の内を晒す羽目になるのよね……」


 迷うブランカさんの言う通り、問題は目が見えるか、見えないかだ。


 今回、『ランナーズハイ』の名前で掲示板に呼びかけた際に、自分達はある条件を提示し、それをクリアしている者にだけ呼びかけた。


 条件、すなわち――適応称号スキル発動時に、片目だけでも虹彩の色が変化する者。


 条件に合致する適応称号保持者の中で、呼びかけに応えてくれたのが弥生ちゃんと月影さんだ。


 弥生ちゃんはスキル名通りに、黄緑きみどりの瞳が深緑に。月影さんは元からうっすらと青い瞳が更に深まり、藍色に近いものになるという。どちらも身体に紋様もんようが浮き出ることはなく、目の色だけ変わるのだそうだ。


 かくいう自分は、全身に赤い紋様が浮かび上がり、それに伴い黒い虹彩が片方だけ深紅に変わる。


 ブランカさんはこの現象には意味があるとして情報を収集、考察スレにも手伝ってもらった他、統括ギルドからヒントももらい、その原理に一応の仮説を立てた。


 ブランカさん他、検証部隊の結論は、アバターの肉体には、3つの神経回路があるというものだった。


 1つは、魔力を運ぶもの。2つ目は、筋肉を動かすためのエネルギーと信号を運ぶもの。3つ目は、心肺や視覚・聴覚などの感覚器官の情報を魂に伝達するためのもの。


 それぞれ、プレイヤー達に〈魔力神経〉、〈力の魔力神経〉、〈機能の魔力神経〉と名付けられた3つのそれは、今まで検証掲示板で多くの検証厨を悩ませていたいくつかの疑問を解消した。


 魔封じの枷の原理。〝魔道士〟が扱う、バフやデバフの仕組み。特殊武器スキルの使用過多による、死に戻りをしても改善されない肉体の不調の原因。そして、


「一部の適応称号スキルに見られる、身体に浮かぶ紋様と虹彩の変化の原理……ですよね」


「そう。これは恐らく、肥大化した3つの魔力神経が、皮膚を透かして見えるようになったものだと結論づけたわ」


 神経と名付けられたが、厳密にはくだ、もしくは回路と言い換えられる3つの魔力神経。


 そこに流れる魔力の量が多ければ多いほど、流れの勢いが強ければ強いほど、それは皮膚すら透かしてそれぞれの〝色〟を示す。


 まだまだ検証できるほど数が集まっていないが、腕にだけ紋様が浮かぶ者、足だけに紋様が浮かぶ者など、それらの情報を統合すると、その紋様が浮かぶ部分だけが特に強く筋力、速度が強化されていたり、魔力の放出速度が速かったり、といった実験結果が出ている。


 つまり色が変わるのは、その部分により多く、より強く魔力が流れている証明になるとブランカさんと検証部隊は考えた。


 闇属性によるデバフの原理も、闇属性の〝停滞〟と〝衰退〟という性質が、それら3つの魔力神経の流れを停滞させたり、衰退させたりして、動きを鈍らせたりしているのだと考えられた。


 それならば、停滞させようとする力と、強めようとする力が拮抗、もしくは上回ることが出来れば、デバフの効果を打ち消すことが出来るのではないか?


「それが、今回の検証の結果に見えた希望ね。デバフスキルをバフスキルで打ち消すのではなく、スキルそのものの原理を理解し、応用して対抗する方法よ」


 ブランカさんがそう締めくくり、ちょっと確認したいことがあるから統括ギルドに行って来るわ、と席を立つ。自分はそれに頷いて、一枚の紙切れをテーブルに滑らせた。残る2人の注目を受けるそれを指さして、作戦のための情報共有を進めていく。


「これは、オーバー大樹海地帯の地図。現在、わかっている部分だけだけど、これを元にして場所の確認と作戦を練る」


「了解」


 誰とも無く、そう呟く。それぞれ肯定の意を示したのを確認し、自分はまず初めに、ともう1枚白紙の紙を取り出した。


「最初に、弥生ちゃんと月影さんのアビリティ、特典一覧、スキル、得意分野を自己申告してほしい。秘匿ひとくしたいアビリティはそれでもいいし、スキル内容もざっくりとわかればいいから。でもとりあえず、自己紹介もかねて自分から言うね」


 ポケットからペンを取り出し、さらさらと自分が持っているアビリティを書き付けながら、同時に口頭でも説明していく。


「適応称号スキルはみんなご存じ、《死の国の神――首狩り狂犬トールダム》。これは最初は炎の精霊王だったんだけど、今は獣王が担当してる。アビリティは全部で8つ。派生した見習いは省いて――〝魔術師〟、〝地図士〟、〝騎獣士〟、〝騎竜士メルトア〟、〝召喚士フールナー〟と、〝見習い銃士〟」


 続けて、めぼしいアビリティ特典を書き付けていく。


 〈魔力15%上昇〉と、〈手、腕、足限定筋力強化:level5〉、〈視力+1〉、〈魔術威力上昇:level1〉、〈魔力放出器官拡大:level2〉、〈詠唱時障壁発生:level1〉。


「他にもあるけど、どれも竜かモンスター騎乗時限定特典だから省く。主なスキルは〝魔術師〟の四大元素の第二派生、第二分化派生まで。古代元素はまだ初期スキルのみ」


 火、水、風、地の四大元素。炎、氷、鋼、雷の古代元素の魔術スキルの一覧を書き添えて、最後にこうしめくくる。


「得意分野は、魔術を絡めた近接戦闘。相手の体内で魔術を発動させて、一撃死を狙う戦法が多い。銃はまだ練習中で、作戦によっては使う武器も変えるし、スタイルも色々と変えられる」


 それでは、弥生ちゃん達の番だと目配せすれば、弥生ちゃんは私からいくわ、と言って差し出した紙とペンを手に取った。


「私の適応称号は《悪魔――緑の目の怪物リヴァイアサン》。効果は、『速度、瞬発力、筋力強化。心肺機能強化。categoryハンマーによる攻撃威力を強化』。他にもちょっとあるけど、それは秘密。とりあえず、速く、強くなる、の認識で合ってるわ。担当は風の精霊王」


 あ、そういえば【首狩り狂犬トールダム】の具体的な効果とデメリット言うの忘れた、と言い出す間もなく、弥生ちゃんは立て続けに喋り続けた。


 デメリットは、『痴情のもつれが原因の戦闘以外では効果が半減する』こと、『太陽が見える間は発動できない』こと、『海以外ではスタミナの減りが早いこと』の3つ、だと言う弥生ちゃんは、続けてアビリティ一覧を猛烈な勢いで書き出した。


 誰にもデメリットの内容に突っ込ませる隙を与えずに、弥生ちゃんは眼光鋭く自分と月影さんを睥睨へいげいしながら手と口を動かし続ける。野次なんて飛ばした奴はぶっとばす、という目だ。


 だけどわかってはいるのだが、突っ込みたい。やばい、色々と物申したい。


 痴情のもつれじゃなきゃ効果が半減――いや、だからこそ〝緑の目の怪物嫉妬は緑の目をしている〟という慣用句の名前が与えられたのだろうが……。


「メインアビリティは〝打擲ちょうちゃくマイスター〟――これは、〝見習いハンマー使い〟から〝ハンマー使い〟を経由した〈直結ちょっけつ派生〉アビリティ。他は〝地図士〟、〝打舞士ちょうまいし〟」


 名前からしてアレな感じのアビリティの名前が、ぽんぽん弥生ちゃんの口から飛び出す。


 続けて説明されたアビリティ特典は、清々しいほど筋力強化とスタミナ強化、武器の体感重量軽減など、重たい鈍器による物理攻撃を補助するためのものばかりだった。


 スキルも全て威力増加のものが多い。非常にわかりやすいです。


「武器からしてそうだけど、近接戦闘専門。遠距離攻撃は持ち合わせて無いわ。得意分野は連打、もしくは頭上からの一撃。今回は樹海がフィールドだから、足場も多いしけっこう上手く動けると思う」


 そうしめくくり、はい次、と弥生ちゃんが追撃を避けて月影さんにバトンを渡す。月影さんは苦笑しながら紙とペンを受け取り、穏やかな声で自身の適応称号の説明から始めていく。


「僕のは《幻獣――銀角の保護ロメ者》。効果は『セーフティーエリア限定再現と、ダメージカット機能付きの大盾の顕現けんげん』。どう指定して発動するかにもよるけど、根っこの効果はそれだよ。担当は鋼の精霊王だった」


 デメリットはかなり多めだが、それ故に、弥生ちゃんと同じく発動と解除に命がけの制約が無いにも関わらず、効果が強力なようだ。


 具体的なルールは、『相手に〝攻撃〟した瞬間に盾が砕ける』、『雨、雪が降っている、もしくは水の中では発動できない』、『自分よりも総体積が小さい相手には発動できない』、『最初に指定した発動対象以外には、ダメージカット機能は働かない』、『冬の間は発動できない』、『蛇系などの足無しモンスター相手では発動できない』、『発動中に腹具合が0になると発動解除となる』の計7つ。


 多過ぎる気もするが、月影さん曰く、基本的に適応称号はバランスを取るために、効果が強力であればあるほど、達成出来なければ即死の制約となり、そうではない場合は、厳しい制約を大量に課すことが多いらしい。


 反面、弥生ちゃんのような適度な制約の適応称号は、使い勝手が良い分、効果は抑えめであるとか。


「この……最後の、腹具合って」


 紙に書き出されたそれを指さし、自分は思わず首をひねった。腹具合とは、空腹値のことだろう。確かに、この数値が0になると魔力の回復が止まったり、色々と不具合が出るが、この大盾は実は魔力で動いていたりするのだろうか? いや、それだと無理があるか。


「ああ、これは僕の腹具合じゃなくて、の腹具合なんだ」


「え?」


「しかも、生肉しか食べない」


「――え゛?」


 月影さん曰く、盾には口があり、そこには牙があり、戦闘中に肉を放り込むとむしゃむしゃと咀嚼そしゃくするのだという。


 なので、月影さんは盾を使う予定がある時には、専用の氷結リュックを背負い、その中にめいっぱいの生肉を詰めていくのだという。ただし蛇肉はNG。


「……うわぁ」


「……少しは気にしてるから、そんな引いた目で見ないでよ!」


 僕だって好きで準備するわけじゃないんだから! と、月影さんは叫んだ。まあ確かに、制約の関係で、リアルタイムで現地調達とかが出来ない以上、長期戦を覚悟するなら持って行かざるをえないだろうが……。


「……アビリティは、〝剣士〟、〝双剣士〟、〝剣舞士〟がメイン、というかそれ以外は〝地図士〟くらいしか持ってない」


 じゃっかんねた口調で月影さんが言う。続けて紙にアビリティ特典を書き出して、すぐにスキルの説明をしてくれた。


 スタミナ上昇、筋力上昇の他、双剣を扱うための腕限定の筋力強化。握力強化に、重力軽減などの特典が並び、剣士特有の万能感のあるスキル一覧が続く。


「得意というか、防衛しか出来ない、が正しいかな。守るのは得意なんだけど、攻撃しようとするとリズムが崩れて返り討ちにあうことがほとんどで……」


 防戦ならば、あの『人喰いガルバン』と何時間も戦い続けることさえ出来る月影さんは、申し訳なさそうに自分と弥生ちゃんを見る。


 適応称号の制約もあるし、今回、ダメージを与える、という部分では期待しないでくれ、という彼に、自分と弥生ちゃんは目を見合わせた。


「まあ、アタッカー2人にディフェンス1人で、バランスは良いんじゃないかな?」


「そうね。別に、ダメージソースには困らないでしょう。狛ちゃん特攻型だし」


 3つの適応称号の中では、狛ちゃんの適応称号が最も攻撃的で威力の高いスキルだと思う、と言う弥生ちゃんに、自分はハッとして忘れていた説明を付け加えた。


「あ、ごめん。自分のデメリット言ってなかったね」


 デメリットは、『制限時間内に発動対象の首を取らねば即死する』、と『強敵で無ければ発動しない』の2つだと説明すれば、2人は感心した様子で目を丸くする。


「へぇー、その条件なら随分と強化率高いわね。具体的にどのくらい上がるの?」


「えーとね、まだ一度しか発動してないから、何割上がるとかは確定じゃないけど、お試しの時はこれくらい上がった」


 ぱっと、その時のスクリーンショットを公開設定で表示すれば、弥生ちゃんと月影さんは、口を揃えてこう言った。


「「たっか!!」」


 確かに、筋力と魔力の上がりようは凄まじいが、でも瞬発力と速度は下がるんだよと言っても、2人はそれでも十分だろう、と言い募る。


 まあ数値の高い低いはともかく、首を取る取らないは置いておくとしても、獣王が定めた制限時間内でしか活動できないと言う自分に、彼等はそれならこれは短期決戦だな、と頷いた。


「私は一番攻撃力の高いモーニングスターでいくわ。小細工抜きで殴りまくるのが一番ダメージ効率がいいから」


「僕は長剣2つを持って行くけど、これはハプニングで盾が使えなくなった時用で。基本は適応称号スキルで2人のサポートをするよ。攻撃は任せるから、範囲攻撃とかが来そうだったらすぐに下がって、僕が前に出るから」


 弥生ちゃんがそう宣言し、続けて月影さんも、自身の役割をはっきりさせる。


「自分は……」


 自分は少しだけ悩んでから、未だに竜脈の中以外では使うどころか、取り出しもしていない武器を、足下に置いていたリュックの中から引っ張り出した。


 恐らく、掲示板の人達も知らないだろう、それが入った箱をテーブルに置き、ぱちり、と留め金を弾いて蓋を開ける。

 竜脈での修行に伴い、狩りに狩ったアドルフの爪と、赤竜トルニトロイの革で作られたそれが、きらりとランプの光を反射する。


「狛ちゃん……何これ?」


「まだ余所よそでは秘密だよ? これはね――」



 声をひそめて、自分は彼等に秘密を教えてあげたのだった。





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