5:Under Ground(意訳――全ては地下から這い出してくる)

第百七話兼【Under Ground】意訳

 





 それは始まりが偶然だったから意味があった。



 綿密に練られた計画でも無く、あらかじめそう喋るように用意された台詞セリフを吐き出すだけの〝劇場〟でも無く、たまたま大規模な事件になっただけの出来事。



 生放送を視聴していた人達は、それを肌で感じ取っていた。生の声、生きた心、それぞれの人間が持つ信念と、学習性AIの〝生き物らしさ〟。


 一部始終を外部に流していたからこそ、それは爆発的効果を見せたといえるだろう。生放送を見ていた人達は大多数がその熱気にやられ、手に汗握る展開に見入り、そしてそこに華々しくぶち込まれた〝新システム〟追加と煽り文句に大いに盛り上がった。


 話題の検索キーワードはすぐに更新され、それは世界を駆け巡る。様々な人々の口の端に上り、それはVRの中の出来事が、〝仮想世界〟という幻ではなくなった瞬間をもたらした。


 元より不可能とされたVRゲームの生放送。時流の問題や、協定を管理する組織への申請、認可の問題、資金などの面で不可能と言われていたそれを、【Under Ground Online】は成し遂げ、そして今また、新たに不可能と言われていたシステムを導入して見せた。



 ――適応システム。



 それは、VRのみならず、高性能AIが普及し始めた頃から話題に上っていた、業界の夢。


 プレイヤーそれぞれの辿って来た道、冒険、想いなどを基に、ふさわしい場面で個別の称号やジョブを授けようというその案は――〝誰もが一人の主人公〟。この謳い文句を本当の意味で実現させる、MMOゲーム業界理想のシステムと言われていた。


 勿論、賛否両論はあった。いくらなんでも、一人一人の言動からチェックするなんて難しいし、MMORPGにおいて最も重視されるバランス、これを崩しかねないシステムを導入するなんて、ゲームそのものが崩壊してしまいかねないという意見もあった。


 それ以上に、固有のジョブ、クラン、職業、武器、アイテムなどは、何時の時代でも問題視された。手に入れた者はいいが、手に入れられなかった者はどうするのかと。


 けれど容認派は、それが人生だろう、と無情にも言ったそうだ。


 ゲームの中でくらい、平等に? 平等、平等言い過ぎて、その意味をはき違えていないかと。寝言は寝て言え。誰もが皆同じで、主人公になれるかと。



 そう、同じじゃつまらないし、人間、どこにいたって同じであることなんてあり得ない。



 けれど、それは決して努力の無い、行動の伴わない〝ユニーク〟を約束して良いものではない。


 行動して初めてそれはもたらされる。努力無しに得られるものなど何もない。幸運は、連続して続かないものだからだ。


 たった1度の幸運で手に入れたものは、たった1度の不運で消え失せる。その考えが形になったものが、近年のVRMMOにて散見される、〝ユニーク武器〟や〝ユニーク防具〟といったものだった。


 PK、もしくは決闘などのシステムにおいて、勝った者が負けた者から奪い取ることが出来るという前提があってはじめて、恐る恐る実装された当時のシステム。


 当然、最初こそ色々と言われたが、これで意外と上手くいったりするものもあったので、現在でもそのシステムを採用しているゲームはいくつか残っている。


 けれど、職業やジョブなどの、奪うことが難しいと考えられるものについては、実装されなかった。そもそも、個人ごとにどうやってユニーク職業を与えるのかが問題になったし、ランダムなどというものは全く努力とは無縁のシステムになってしまうから、初めから除外された。


 その行き止まりに新たに道を作る可能性を与えたのが、学習性AI。それぞれが思考し、記憶し、柔軟に物事を受け止める擬似感情を持った存在。


 しかし、やはりそれは難しいと言われ続けた。現在のVRMMOのサーバは主に〝パーフェクトサーバシステム〟と呼ばれるものを使用している運営がほとんどだが、そのサーバでは学習性AIの管理がしきれないとされていたからだ。


 学習性AIは、悪魔にも天使にもなる。感情があるゆえに、勝手な行動を規制するための網をしっかりと張らなければならない点から、学習性AIを多用するVRMMOというものは今まで世に出てこなかった。


 けれど、【Under Ground Online】はそれを可能にして見せた。


 〝エディカルサーバシステム〟などという、〝取り換え児〟の名を冠する新システムを使っております、などとうそぶいて、真っ当に国の認可まで取ってみせた。


 開発者も不明。その存在すら未知数。詳細は、一般には何もかもが不明。



 皮肉にも、キャッチコピーだけは大々的に公表された。




 ――〝世界に変革を。不可能を可能に〟




 取り換え児エディカル・モンスター達が奇跡を起こすように、不遜にも、これもまた奇跡を起こすサーバであると宣言したのだ。


 そして、今宵、奇跡は起こされた。



 適応称号システム。



 不可能とされた、〝ユニーク〟スキルを内包する【称号】とやらを、実際のゲームに実装したのだ。それは、〝現場も見ている側も一番盛り上がっている〟という意味では、ある意味で最高のタイミングで実装されたとも言えるし、ある意味では最悪のタイミングで実装されたとも言えた。




「――あー! あー! 聞こえません! 回線が不安定なようです! では〝笹原様〟!ピー音の後にメッセージをどうぞ! さようなら!!」


 ピー音の後にメッセージを、と言いながら、何をどうしたのかメッセージを残させる気など無い速さでその通話はぶち切られた。めきり、と通話終了ボタンが凹む音がして、旧式の端末は素早く壁に向かって投げつけられる。


 しかし、そこは素晴らしい耐久力を誇る日本製の端末。旧式とはいえ、折り紙付きの性能で、再び電波を受信し、着信音を鳴らし始める。

 可愛らしいピアノ演奏のはずのそれは、今やその端末の持ち主にとっては恐怖の足音でしかなかった。


「……あ、あの陵真りょうまさん? 出なくて良いんですか?」


「――睦月むづきさん、端末を貸してください」


 精神的疲労と、これからドグマ公国側と外交的一騎打ちを控え、きりきりと痛む胃に青褪めていた陵真だが、今やその表情を一変させていた。


 あえていうならば、吹っ切れた表情だろうか。良い意味で吹っ切れたのか、悪い意味で吹っ切れたのかは一先ず置いておくとして、少なくともこの状況に彼の心は一新された。


 やつれた顔で鳴り出した端末を開き、耳に当て、笹原の声を聞いて、用件を途中まで聞いて――からの、突然の奇行に走った陵真に、世界幻獣保護機構の職員であり、今回のグリフォンの件での立ち合い人である藤堂とうどう睦月むづきは、その変わりように目を見開く。


 ぽつりぽつりと会話を続け、その人柄も相まって陵真の懐柔に成功し、名前を呼び合うほどの即席の友人となった睦月が今まで会話をしていたはずの弱弱しい男は、そこにはすでにいなかった。


 ぶん投げた端末の再度の着信音を聞いた陵真――【Under Ground Online】の最高責任者は、つかつかとそれに歩み寄り、拾い上げた端末を――いわゆる、サバ折りという手法で破壊。


 流石にそれは壊れる……と沈黙する端末を投げ捨てて、一応の友人になったばかりの睦月に端末を貸せと要求する。


「え、え? あの、ドグマ公国の使者の方がもうじきお見えになるそうですけど」


「悪いけど、伝言を頼めますか?」


「え……まさかすっぽかすんですか!?」


「いえ、多分言えば――」



「ドグマ公国の使者の方を連れてきましたよ、社長さん。おや、睦月、また会いましたね」



 幻獣機構は相変わらずだ、と言いながら、堂々と渦中に踏み込む男。藤堂とうどう博樹ひろき――VR内では〝フベ〟と名乗る黒髪の男が重厚な扉を開いて登場する。睦月は咄嗟に手のひらを額に当て、何でいるの、と呟いた。


「祖父に向かってそんな酷い」


「おじいさまが来ると大体揉め事が大きく――」



「一昨日来やがれ!」



 睦月の感じた嫌な予感は見当違いの不安では無かった。フベの後ろから現れた褐色の肌の男――ドグマ公国の使者と思われる人物に、陵真は真っ向からそう言い捨てた。続けて、仁王立ちした彼は民族としての背丈の関係で相手を睨み上げながら言う。



「――黄金は一欠けらも渡さない。今すぐに帰れ。兄のことを公表するならするで目に物見せてやる!」



 男を睨み、そう言い切る陵真に、褐色の肌の男は藍色の瞳をガラ悪く細め、隣でにこにこと微笑むばかりの博樹を小突いた。



「……話が違うぞ? 奴隷野郎ベルジューラ


「エイブラハムさんこそ、社畜の分際で人のこと言うの止めてくださいよ。話が違う? 人間、色々と変わるものですよね。じゃ、仕方ない。交渉は決裂、戦争も辞さないということで――」


「――おじいさま!!」



「失礼。やることやるなら覚悟しろ、ということで――お二人とも、よろしいですね?」



 言い変えた所でその攻撃性は変わらないのだが、博樹はしれっとそう言って両手を打ち合わせる。陵真も頷き、エイブラハムと呼ばれた男も頷いた。



「すっきりした。クソババアに伝えとく」


「よろしくお願いします」



 陵真はきっちり頭を下げ、エイブラハムはうんうん、と頷きながら扉をくぐって廊下を去っていった。そのあんまりな話の流れにあんぐりと口を開けて固まる睦月に、彼の祖父は笑顔で振り向く。


「良かったですね――誰も死んでませんよ」


「いちいち立ち合いや交渉で死んでたら身が持ちません! おじいさまの常識で語られても困りますっ。第一、陵真さんも急にどうしたっていうんですか」



「反乱、いや、サプライズが――」



 反乱とサプライズでは意味がものすごく違う、と眉をひそめる睦月に、陵真はそれよりも! と図々しくもそれを急かす。


「端末を貸してください!」


「陵真さん、貴方意外と人の話聞きませんね?」


 友達から定期的にもうヤダとか言われるタイプでしょう、と睨む睦月に、陵真は自信満々にちょっとだけ胸を反らしながらも催促を止めない。貸してくださいと言いながらも、貸せ、と言わんばかりの態度に、ますます睦月の唇が曲がる。


「毎日コイツ本当に嫌、って言われるくらいには、友人仲は良いんです――ああそれよりも早く! 早く貸してください!」


「それ、毎日言われているなら、遠まわしに直すように言われているんですよ……はい、どうぞ。壊さないでくださいね」


「どうも!」


 大慌てで睦月の端末を受け取り、陵真はすぐにダイヤルをうつ。繋ぐ先は怒り狂う笹原でもなく、社長ご乱心のこの時に急な出来事に青褪める所員達でも無く――



「〝meltoaメルトア〟!」



 今回の勝手なシステム追加を断行した、学習性AI。精霊番号8番の〝meltoaメルトア〟へと繋げられた通話。

 その声を聞いて、驚きとやましさに悲鳴を上げる精霊に、陵真は叫ぶ。




『ぎゃん! ごめんなさい神様、今他の子達からも怒られ――』




「――よくやった!!」




『怒られ――おお?』


「問題が無いようにちゃんとチェックして、何かあったらすぐに知らせること! ゲーム内の掲示板の外部公開を認めるから、外部で見ている視聴者にうまく〝自分にもチャンスがある〟と思わせるんだ!」


『購入枠を勝手に増やしちゃったけど問題なし? え、褒められてる?』


「問題ない。ちょっとゲーム内の食糧事情がキツくなるかもしれないけど、特別に枠の追加を許可する。中で勝手にどうにかするだろう!」


「中で勝手にどうにかするだろうって……援助くらいしましょうよ」


 無責任極まりない最高責任者の発言に、横で聞き耳を立てていた博樹は途端に渋面を作ったが、陵真は構いもしない。

 彼の瞳は光を取り戻し、生気に満ちたその表情は輝いていた。



 彼は言う。彼自身が考え、掲げてみせたキャッチコピーを。




「さあ行け〝meltoaメルトア〟、世界に変革を!」




 彼は言う。



 世界を変えて見せろと。



「不可能を可能にするんだ!」



 そうして世界に革命を起こせと。



 彼は言う。



「そのために――この道を歩んできたのだから!」




 喜びによって絶望は去り、力に満ちた言葉が叫ばれた。〝meltoaメルトア〟の返事は聞くまでもなく、それは速やかに実行されることとなった。



 ――混乱ととばっちり、後ついでに陵真の代わりに現実に向かい合い、悲鳴を上げる所員達を置き去りにして。
















































ゆうさん! 琥珀さん笑ってるだけで埒明らちあきません!」


沢渡さわたり先輩! 〝meltoaメルトア〟が返事しません!」


「リーダーの端末通話中なんですけど!」


「また〝meltoaメルトア〟か! 監視役の〝rum-lルメーラ〟はどうした!?」


「ちょっ! 〝meltoaメルトア〟のアカウントがダミーにすり替えられてます!」


「まだあるだろうからダミー潰していけ! システム管理AIも呼び出せ!」


「勝手にアナウンスが――もう無理です! この流れに水差すとか!」


「主導権がどうして――サポート琥珀さんかよ! あの人ホントにロクなことしねーな!?」


「先輩方! 地震なんか起きてませんよ! 現実逃避してないで手伝ってください!」



 阿鼻叫喚。安い雑居ビルの一室のような部屋の中では書類が舞い、怒号が飛び交い、混乱と焦りに満ちていた。


 運営の幹部である沢渡と祐は部下の悲鳴に耳を塞ぎ、2人して机の下に隠れるという暴挙に走りながら、互いに目配せをしながらぼそりと言う。


「……どーするんや、これ」


「……タイミングは神がかってたから、リーダーは喜びそうだけど、これまさかリーダー捕まらなかったら笹原さん此処に乗り込んで来るんじゃない? そうしたらもう、AI管理法違反で締め上げられちゃうんだけど」


「ありうる……!」


 まさかの法律違反からのサービス停止。その可能性に思い至り、沢渡と祐が更に蒼白になっていく中、次々と問題は起こり、部下の悲鳴は絶えることがない。今もまた、机の下で体育座りをする沢渡を引きずり出しながら、部下の一人が真っ青になって報告を上げてくる。


「沢渡さん! 〝rum-lルメーラ〟が息してません!」


「は!?」


「なんか相当〝meltoaメルトア〟に苛められたみたいで、うわ言が『もう怖くてログインできない……』なんですけど! まともな返事がないんで詳細がわからず……!」


 どうしたら……! と声を上げる部下に、沢渡も思う。


「……俺が聞きたい!」


じゅん、落ち着いて。とりあえず、笹原避けの結界でも張ってて。あの人に此処に踏み込まれたら後で言い訳できない。これはもう、法律違反? え? 何の話ですかー? 全部僕ら運営が意図的にやったことで、学習性AIは皆良い子で勝手な振る舞いなんて何も無かったんですよー? で通すしかない」


「本職の魔術師相手に敵うわけないやろ! しかも笹原家ってソロモンの分家でバリバリのサラブレッド――!」


「あー、ごめんね? 僕、君と違って魔法論専攻だから。そういうのちょっとわかんないんだよね――。沢渡、君確か防御魔法学専攻だったよね? 死ぬ気でやれ」


「これだから机上の空論派は嫌いなんや! 理論ばっかで実態を見ないし!」


 悲鳴を上げる沢渡を無視し、魔法だのなんだの、空想上のものを言い出す上司についに過労かと部下たちが眉を潜めるが、形振り構っていられない沢渡は、大わらわの部屋の中心にダッシュ。


 部屋の中心に立った沢渡は一度だけの深呼吸。焦りと不安に跳ねる心臓を治め、その指が小さな石の破片を部屋に散らす。



「〝原色〟――【すい】」



 その声に応えるように浮かび上がる石の破片の数は8つ。沢渡の周囲を巡るように浮かぶそれを見て、何も知らない所員があんぐりと口を開ける。


「先輩、それ中二びょ――」


「黙って仕事! どうせ沢渡なんかじゃ長く持たないんだから早く体裁ていさいを整えて! どのくらいでいける!?」


「あ、はい! システム復旧急ぎます! 後……7分でカバー可能!」


「ちょいちょい! 人の悪口ばっかり言うとらんで……!」


 祐のあんまりな良いように、沢渡が文句を言おうと頭を上げた瞬間。それは訪れた。パキン、と軽い音を立てて、8つあった破片の1つが粉々になった。続けて2つめも瞬く間に砕け散り、沢渡が息を呑む。


「何やってるの沢渡! 7分持たせて! 仲良くブタ箱に入りたいわけ!?」


「嘘だろ――早すぎる。無理だ!」


 本気の焦りに似非の喋りが抜け落ちた沢渡が悲鳴を上げた。祐は無力さに唇を噛みながら端末を握りしめて呼び出しを続けるが、こんな大事な時に限って琥珀の息子であるれんは行方を眩ませている。


「こんな時に限って――!」


「祐、もう持たない!」


 次々と破片は砕け散り、今、7つめのそれが砕け散った。淡い光を放ち消えていくそれを目で追いながら、追い詰められた祐は叫ぶ。


「やむを得ない――〝システム強制終了シャットダウン〟準備!」


 シャットダウン。それはシステムを強制的に終了させ、後から色々な不都合をどうにかする付け焼刃の、本当の最終手段。追い詰められ、それのボタンを押せと叫ぶ祐の声と、8つめの破片の砕ける音の合間に、




「悪戯の責任くらいは取りますから、安心してください」




 聞く者全てがうっとりとしてしまいそうな声が落ちてくるのと、扉を蹴破って笹原が現れるのはほとんど同時だった。


「覚悟しろ、AI管理法第72条2項違反――現行犯で!」


 逮捕する、と言いかけた笹原の、憤怒に染まった表情が凍り付いた。所員の視線は、笹原と、笹原の視線の先を交互に行き来する。正直、所員達からすればどちらもロクデナシだが、時と場合によって敵と味方はころころ変わるものである。


 片や、グレーのスーツを纏い怒り心頭の笹原。片や、完璧な造形の彫刻が動いているかのような、美しいとしか言えないような比率で全てが構成された金髪の男。


 とび色の瞳を細め、〝完璧〟を体現する男――琥珀が一歩を踏み出した。それに呼応するように笹原も唇を噛みしめながら一歩を踏み出し、右腕を振り上げる。


「法律違反の逮捕だ! どけ樹木じゅもく!」


「その仇名あだな止めてくださいって言ってるじゃないですか! どいつもこいつも樹木、樹木、樹木って!」


 軽く上げられた右腕の先、完璧な造形の指がすり合わされ、高らかに指が鳴る。笹原が右腕を振り下ろすと同時に何かが軋み、見えないもの同士がぶつかる衝撃が所員達の顔を打った。


 その一瞬は混乱した様子だった所員達も、すぐに我に返って自分の仕事に向き直る。陵真と一緒にいる限り、この程度のことは今までも多少――いや、かなりあった。今更こんなことで取り乱していたら、仕事にならないと言わんばかりの様子で、風圧に飛ばされそうになる書類を片手や肘、顎で押さえながら、所員達はシステム復旧――というよりかは、〝AIが勝手に動いた〟痕跡を消す作業に没頭していく。


 そんな中で、幹部の2人は、またしても机の影で膝を抱え、耳を塞いで現実に蓋をしながら体育座りを決め込んでいた。


 時折、ちらりと机の影から人外同士の言い争い? を眺めながら、彼等は端末を立ち上げて『DDD支部局』を開く。チャンネルを決め、初のVR生放送! という派手な広告付きのそれをタップして、2人はほう、と息を吐く。



「現実もVRも……」


「意外と波乱万丈」



 祐と沢渡はその映像を見つめながら、陵真が望む世界を想像してみたが、どちらもちっともわからなかった。だからこそ、単純な疑問が沢渡の口からこぼれ落ちた。



「……アイツ、何がしたいんやろ」


「……世界を変える! とか言ってたから、大それたことじゃない?」


「マジかー……じゃあ問題。陵真が考えそうな大それたこととは」


「……世界平和」


「そこまでボケてないやろ……あー、学習性AIの現実化?」


「そんなのロボット犬とかで一部は可能になってる。別に大それたことじゃない」


「……今更ながら、本当の理由を知らずに協力してる俺等ってすごく優しくね? ……じゃあ、まさかあれ?」


「あれって?」


「卒業式で言ってた、あれ」


「……信じたくない。違うかもしれないから、希望をこめてせーので」



 仮想世界の中の人間も、それを外界で見つめる人間も、今はまだ誰もが知らない陵真の願い、陵真の求める世界の姿。それを想像し、候補を上げ、2人は遠い昔に彼の言っていた願いを思い出した。


 2人は、陵真があの時のことがショックで逃げ出したんだと思っていた。逃げた先が、VRMMO。そんな玩具だったと思っていたけれど、そうじゃないかもしれない可能性に思い至って、2人は沈痛な面持ちで顔を見合わせる。



 彼の願いが、あの時から、もうずっと変わっていないというのなら。



「「兄を生き返らせる――何としても」」



 その願いが変わっていないというのなら、



「……〝首狩り狂犬トールダム〟の予言、覚えてる?」


「……俺、神話とかからっきしやけど、陵真が何千回も聞かせてくれたから覚えてるで?」



 2人は画面を見つめながら、血の気の引いた顔でぼそぼそと言葉を交わす。



「もしもだよ。陵真がそれ・・の確率を上げようとするなら、どうするかな」


「……魔法学校でも作るんやない? 若き魔法使いとやらを増やすために」


「この魔法が認知されていない世界で、それを成し遂げるには?」


「今話題のVRを使って、その理論をゲームとして広めるとか? いやでもゲーム内はゲーム内だし……」



 蒼白な顔で、それでもぼそぼそと考えを繋げていく沢渡が、やっぱりそんなわけない、と言おうとして顔を上げて、祐の目を見て、黙り込んだ。


 祐の視線はずっと生放送に向けられていたが、彼が見つめているのは、もっと違うものだった。



「――じゅん。政府は、一体いつ、学習性AIの真実を公表するんだろうね」



「――――」



「そしてそれを公表したら、世界は――」






 どんな風に変わるのかな?






























第百七話:【Under Ground】意訳――『全ては地下から這い出してくる』









 そう。それは地下から這い出して、いつの日か世界を変えるだろう。






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