第百八話:天は彼に他の何をも与えなかった

 





 月も星も隠し通す黒雲こくうんに覆われた闇の中。そこに突如〝召喚〟された漆黒の竜は雄叫びこそ上げないものの、強い威圧感を備えて世界警察ヴァルカンの空中部隊を牽制していた。


 黒飼竜ネロと名乗った竜の尾の一振りだけで、モンスター達は悲鳴を上げて距離を取る。


 どう見ても、ニブルヘイムやトルニトロイへの反応と異なる様子のテイムモンスター達に、その主人達は困惑しながらも服従スキルを使ってその隙間を抜けようとするが、簡単には叶わない。


 まるで見えない壁があるかのように、横をすり抜けようとしたモンスターは、空中で何かにぶつかり、ふらふらしながら飛び上がるということを繰り返している。


 その割には目立った墜落者がいないのは、ネロ自身に攻撃的な様子が見られないからだろう。邪魔はするが、積極的に攻撃する素振りも見せない竜の周りで、テイマー達はうろうろするばかりだった。


 更にその上空では、今回のメインイベント。狛犬を伴う砂竜ニブルヘイムと、赤竜トルニトロイの一騎打ち。金と赤の竜が、誰もが見とれるような壮絶な闘いを繰り広げていた。


 しかし、威勢よく始まったぶつかり合いはあっという間にトルニトロイのペースに呑まれ、狛犬が自身の役割に集中し、指示がほとんどなくなったことで精彩を欠き始めていた。


 やはり、ニブルヘイム単体では掠り傷をつけることさえ難しいようで、今もまた、突進してくるトルニトロイを投げ飛ばし、距離を取ることだけに必死になっている様子だった。


「あちゃあ、かなり腰が引けてるわね」


「同感だ。まずいな……格段に動きが悪くなっている」


 心配そうな声の出所は、3頭もの竜が飛び交う空ではなく、地平線が続く竜爪草原。地上にいる者達は空を見上げ、その様子を率直に評してみせる。


 ニブルヘイムとトルニトロイは、先程からずっと互いに掴みかかっては鱗を散らし合っている。


 トルニトロイの爪を巨大な胸鎧メール・メイルで押さえながら、ニブルヘイムは赤の竜の翼を掴んで投げ飛ばそうとするが、トルニトロイは強引にそれを押し切り、鎧に牙を突き立て、背に跨がる狛犬をかばうニブルヘイムの肩の鱗を散らしていく。


 そうして金の鱗が雪に混じり、はらはらと落ちてくる様子こそ美しいが、トルニトロイには未だ掠り傷1つ付いていなかった。与えたダメージは最初に顎をぶち抜いた分と、舌にひょうを浴びせかけた分のみ。


 そのどちらもがタイミングも、立案も狛犬が行い、息を合わせて行った攻撃だ。それが、狛犬が自身のやることに集中し始めた途端に、ニブルヘイムは迷子の子供のような顔でトルニトロイと相対していた。


 地上からそれを見上げる女と男――ネブラを預かるブランカと、黒飼竜ネロを召喚した張本人、ノアとが同じ不安を口にするが、狛犬はそれに気が付いていない様子だった。


「トルニトロイを倒すこと、じゃなくて。条件がねぇ」


「プレイヤー自身が首を取らなきゃ死ぬ、というのがネックだろうな。そこに気を取られているから、道筋が限られているんだろう」


 狛犬は達成条件に目が眩み、ニブルヘイムと一緒に倒す、という考えが薄れてしまったのだろう、と二人は見ていたが、事はそれだけではなかった。


 元々が主役ソロ気質で、組んでいる相手が各上か、よほどはまり役でもない限り、自分主体でとどめをさそうとする、とにかく前に出たい性格も大きく災いしているのだ。


 狛犬は、根本的な所で〝一緒に戦う〟ということの意味がわかっていない。唯一、弥生と組んでいた時こそ、彼女の巧みな誘導で多少は出来ていたものの、雪花と戦う時は全く協力というものが出来ていない。


 だから陸鰐相手に勝手に突っ込んでいき、勝手に相討ちになるということが出来たのだ。あの時すでに、雪花という仲間がいたにも関わらず、だ。


 そんな中で、お前が止めを差さなきゃだめだよ、と言われ。ニブルヘイムはトルニトロイと戦うための〝乗り物〟になりやすいこの状況では、ある意味で、【適応称号クエスト】が裏目に出ているのだ。


「これが終わったらコーチしてあげようかしら。地力はあるだけに勿体ないわ」


「ふむ……確かに、育てたら伸びそうだな。もう少ししたら大型イベントも来るだろうし」


「ランカースレ同盟とかって短期ギルド作っても面白いかもしれないわね!」


 美女と美男の組み合わせは絵になるほか、彼らはその思いつきに満足げな表情で笑い合う。

 が、その満足げな彼らのすぐ横で、画面にはちらちらとしか映されない野郎2人の頑張りがあることを、忘れてはいけないだろう。



「【ボルテッド】! ああもう、レベックはどこにいるんだ!?」


「【フル・ラドーナ】! あれ、とぶささんとデフレ君いない!?」



 雷撃系魔術と水冷系魔術、ついでに風雲系魔術。


 魔術は魔法よりも規模が大きく、大規模スキルやら、広範囲スキルなどと言われる中でも、特に〝多数〟相手に効果が高いとされる系統の魔術スキルが唱えられ、それは草原に小さな雷と洪水を巻き起こす。


 ブランカ達に飛びかかろうとしていた数十匹の赤猫は鉄砲水に押し流され、飛び跳ねてそれを交わす角兎は雷の魔術に角を砕かれ、吹き飛ばされた。


 速度の数値が高いゆえに先陣を切らされたモンスター達に致命傷を与えないように退しりぞけながら、野郎2人はマトモに文句も言う暇もなく、必死になって詠唱を続けている。


 さきほどからずっと、前に出てこない〝従魔士テイマー〟達に歯噛みしながら、彼ら――木馬と雪花は、ひたすらテイムモンスターに致命傷を与えないように防衛戦を続けていた。


 だが、彼らの必死な姿はたまに画面に映るばかり。メインは上空の竜と竜のぶつかりあい。サブに黒飼竜ネロと〝従魔士テイマー〟達の闘い、それを映しながら画面の端にブランカとノア、という、なんとも悲しい配役ながら、彼らは必死になってモンスター達を押しとどめていた。


 もちろん、木馬が本気になれば、モンスター達をまとめて切り刻むことはできるだろう。けれど、木馬はそれを嫌がったし、雪花もその希望に目立った反対はしなかった。


 だからこそ苦戦しているというのは何とも皮肉なものだったが、制限をつけるということはそういうことだ。雪花は軽く縛りプレイと言い切ったが、生放送前の視聴者達は、そんな地味な攻防戦には辛口の評価を下す。


 それゆえに画面からは排除されかかっている地上の防衛戦には参加せず、後ろで呑気に立つ非戦闘員のブランカは、上空から視線を戻し、野次を飛ばして彼等を叱咤激励する。


「朶さん達はあたしのグリフォンウィンカーと一緒に別の用事。ほら頑張って、スレでレベックに文句言っとくから!」


「【ダム・ウィンド】! ブランカ、隠蔽スキルでどうにか時間稼ぎ出来ないの!?」


「ごめん無理! 隠蔽系スキルは全部、今のパッチで修正入っちゃって!」


 悪用しすぎたせいかも! と返事をするブランカに、何とも言えない顔をする木馬。その横では強風の魔術に続いて、雪花が再び威力控えめの水の魔術を放つ。草原に小さな津波。攻撃力を抑えられているゆえに押し流すだけのそれが、迫るモンスター達を押しやっていく。


「【フル・ラドーナ】! ノアさんだったよな、アンタも何も出来ないのかよ!?」


「――〝呪術師〟には幻覚系スキルがあるが、今の召喚で魔力がからっぽになった。それに、準備時間不足だ」


 だからスキルは使えないとのたまうノアに、雪花が苛々しながら詠唱を繰り返す。ある意味でお荷物な2人を抱えながら、木馬と雪花の詠唱は途切れることなく続いていく。


 ノアは身体能力的には申し分ないようで、防衛戦からもれたモンスターを投げ飛ばしたりして個別に対処しているが、それだって長く続くものでもない。


「木馬、殺したくないのはわかるが、埒が明かないぞ!」


 また1匹、ブランカに迫る角兎の角を掴み、柔らかく投げ飛ばしながらノアが木馬の背中に声をかける。その声に木馬の視線は一瞬だけ背後へと流れ、背中に庇う存在を映しだした。


 親に再会し、嬉しそうな声を上げる2匹の子犬。小さなそれを尾で囲み、不安そうに防衛戦を見つめる陸鮫りくざめと木馬の視線がかち合い、彼はすぐに決断する。


「【ボルテッド】! 付き合うと言ったなら最後まで付き合ってほしい! 雪花君、あと2分頑張ろう、ブランカはレベックに連絡、2分で来いって、ノアさん、失敗したら後は任せます!」


「【書き込み】――『レベック早く来い! 近くにいるんでしょ、何しても良いから2分で来て!』」


「【フル・ラドーナ】!」


「わかった、任せろ」


 返事もほどほどに、それぞれがやるべきことを成し遂げるために動き出す。自分のわがままに付き合ってくれることに感謝しながら、木馬は一歩下がったところで独特の構えで両手を胸の位置に固定する。



 そのまま、深い呼吸を1つ。そうすれば、周りの音は途端に薄れ、集中のための土台が出来上がっていく。



「――〝精霊よ〟」



 2分後までに、レベックが来てくれると信じて、木馬は再び詠唱を開始した。










































「しまった……」


 ブランカも木馬もノアも現場に到着し、華々しい登場を終え、現場にほとんどの役者がそろった頃。竜脈の十字路のど真ん中で立ち尽くし、レベックは冷や汗が浮かびそうな心境で、生放送を映すウインドウを眺めていた。


 何故、助太刀に行こうと皆を誘ったレベックその人が、こんなところで足踏みしているのか。それには、聞くも涙、語るも涙の理由がある。


 右に行っても、左に行っても、後ろに行っても、前に行っても、正しい道には辿り着けないからだ。レベックには大きな誤算があった。彼等が争う辺りには、そもそも地下に竜脈が存在しない可能性があるということを、すっかり失念していたのだ。


 地下から行って敵に不意打ちをしたいレベックは、さっきから身体強化のスキルを目一杯に使って地下通路を走っていた。

 他3名の中でも、最も肉体的に、プレイヤースキル的に優れていることを当たり前に思っているレベックは、自分が1番乗りで現場に辿り着けるものだと信じていた。


 なのに、現実はどうだろうか。1番乗りはなんと一番の非戦闘員である〝ブランカ〟であり、自分ではない。どころか、これ以上うだうだしていたら、木馬やノアさんが全部片付けてしまうであろう状況になりつつある。


 なんだかモンスター達を殺したくなくて手間取っているようだが、気にしなくなれば殲滅はあっという間だろう。


 そうなれば、自分の出番はどこに残っているのだろうか。そうなったら、木馬に倒せないプレイヤーなどいるだろうか? いや、いなさそうだ、そうなると活躍の場面は残っていないかもしれな――。


「え――いや! そんな空しい終わり方は嫌だ!」


 言い出しっぺなのに! 言い出しっぺの法則が効かないなんて! と間違った知識を元に喚きながら、混乱を極めたレベックはつい、いつものくせで掲示板に頼った。


 ちょうど、ブランカから「後2分で来なきゃしめる」、みたいなコメントがあったことも、レベックの焦りを加速させた原因だろう。


 掲示板に答えを頼ること。敵にも味方にも、それが幸運だったのか、不運だったのかはわからない。けれど、彼はそこで疑問を投げ、そこで答えを得てしまった。


「【か、か、書き込み】! 『――ヘルプ! すぐ近くにいるのに現場までの道が無い! お前らならどーする!?』」


 後に、この一連の騒動に基づく掲示板の流れを面白おかしくまとめ上げた、まとめスレのエリンギはこう言った。



 この『お前らならどーする?』という発言は、間違ってもでだけはしてはいけなかったし、スレ民達も、レベックに対してだけは、軽々しくあんなことを言うべきではなかったと。






 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 562:【name:〝アオ〟】

 見渡す限りの草原が現場なのに、むしろどこにいるんだお前は


 けどまあ、「無いなら作るしかないな」(グルー風に)




 563:【name:〝ブランカ〟】

 いいからすぐに来いって言ってるでしょ!




 564:【name:〝フルー〟】

 草原で道が無い(困惑)


 そうだな、「無いなら切り開くしかないわよ!」 (ジェニファー風)




 565:【name:〝ルドルフ〟】

 草原で道が無いとか(失笑) ちょっと勇者ロール狙い過ぎじゃね? それか【適応称号】狙い?


 はいはい、お前なら出来る! 道無き道を行くんだ! とか言えばいいわけね




 566:【name:〝tora〟】

【適応称号】も解禁されたし、状況がどはまりして勇者ロール張り切りたいのはわかるけど、ちょっとねぇ……


 ふざけてる場合じゃないんじゃないの?




 567:【name:〝麦〟】

 これから称号狙いでこういう奴増えるんだろうなー


 どうせ勇者ロールするなら、こう、剣でズパッと道を切り開いてみろよ


 出来るならの話だけどwww




 568:【name:〝レベック〟】

 なるほど! 剣でな、わかった



 ――やってみる




 569:【name:〝ブラウニー〟】

 ……いや、待てよ? 草原で道が無いって、おい、お前まさか




 570:【name:〝轟き〟】

 待てレベック! どこから行くつもりだ!? 




 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「――なるほど」



 レベックは――陰謀をあばくよりも、くじくほうが好きだった。



 いや、真実を言ってしまえば、いつも陰謀を暴くほど頭が良くなかったのだ。どちらかといえば、単純馬鹿の部類に近いだろう。


 けれどレベックは、馬鹿が出した結論を実行、実現させることが出来るほどの力を持っていた。だから今まで生きてきて、レベックが困ったことはあまりない。


 レベックは強い。現実リアルで竜さえほふれるほどに。天は、怪物を狩る彼を愛した。怪物を狩るのに必要な力は全部与えるほどの溺愛ぶりだ。けれど天は――、




「――無いなら、作ればよかったんだ。【地図マップ表示】――【位置把握:彷徨さまよい人】……あ、ちょうどいいや。時間は後……40秒くらいか。じゃあ、ノアさんと木馬のこっち側に……」




 天は、彼に二物にぶつを与えなかった。




 その手に握った剣を振り上げ、レベックは目を閉じる。今まさに木馬とノアに迫るプレイヤー達の位置を、映像と〝地図士〟のスキルで把握し、そのど真ん中で剣を振り抜くべく。



 彼はそれを振り上げた姿勢で、彫像のように動きを止めた。



 そう、彼は二物を持たない身の上である。頭の出来は悪いほうだし、短絡的で、物事を深く考えない。顔だってそこまで良いわけではないし、実は鼻の頭には小さなそばかすだってある。気も使えないし、空気も読めない。人望があるわけでもない。



「――【勇者エアリスよ】」



 けれどそれら全てを差し置いても尚、




「【人の身で申し上げる】」




 彼には誰もが持ちえないがあった。




「【私は天を裂き、地を割るつるぎを持っている】」




 竜脈を彷徨さまよう魂から、溢れんばかりの魔力がレベックの振り上げた剣に集っていく。ここは地下墓地。魂の通り道。彼等は勇者にやられた成れの果て。


 恨みつらみも手伝って、わざわざこの場所で勇者の名に呼びかける不届き者に、関心という名の膨大な魔力が集中していく。



「【私は――あなたの辿った道を歩む】」



 青緑の瞳は開かれて、




「【勇者見習いリトル・ラヴグリット:一の太刀たち】――【天地てんちり】」




 瞬間。天も地も裂き、竜爪草原は斜めにズレて――






 ――世界を一瞬、真っ二つにしてみせた。




























第百八話:天は彼に他の何をも与えなかった










































 それは、誰もが忘れられない一撃となった。




 生放送を見ていたプレイヤー達は、口々に「何が起きたか理解できなかった」と証言した。




 ある人は、突然、地面から何かが吹き上がったと。



 ある人は、空が真っ二つになったかと思ったと。



 またある人は――、




 ――突然、竜爪草原に、峡谷きょうこくが出来たと。




 瞑目したまま詠唱を途切れさせない豪胆な木馬と、驚きに思わず硬直している雪花。


 雪花と同じく、突如割れた地面を凝視し、ぽかんと口を開けてそれを見ている世界警察ヴァルカンの〝従魔士テイマー〟部隊。



 ――その間には、先程までは無かったはずの、深い谷が出来上がっていた。



 およそ、地下10メートル。いや、場所によってはそれよりももっと深いそれ。幅はおおよそ3メートルはあるだろうか。見渡す限りの草原に、向こうの端が目視できないほどの裂け目が生まれ、地上でぶつかろうとしていた者達は全員がその足を止めていた。


「何が……」


 モンスターをけしかけるのも忘れ、少しの間、誰もが息を呑んでそれに見入っていた。けれど、その沈黙を破り、一人の男が声を上げる。


「ッ、とにかく、モンスターを渡らせろ! 詠唱を止めさせるんだ!」


 ずっと誰も一言も喋らなかった世界警察ヴァルカンの一人が片手に契約石を握りしめ、薄青の宝石のようなそれを掲げて命令スキルを発動しようとした。彼は裂け目に最も近い位置にいてその距離がよくわかったし、彼の従えるモンスターなら越えられると思ったからだ。


 この場で最も危険なのは木馬だと判断していた彼は、その止まらない詠唱を止めるべく、テイムモンスターにその裂け目を越えさせようとした。

 彼の操る馬に似たモンスターならば、この程度の裂け目は容易に超えられただろう。けれど、それはならなかった。


「ほら跳べッ――【服従せ……よ、え?」


 スキルは途切れ、男の吐息と共にその胸が朱に染まった。痛みをオフにしているせいで、違和感しか感じなかった男は、不思議そうに自身の胸を見下ろした。


 深い裂け目から突如飛来し、薄い胸板に突き刺さる鋼の板。貫通するそれは正確に心臓を捉え、同時に手に握りしめていた契約石をも貫いていた。男の周囲にいたプレイヤー達は、更なる驚きに目を見開く。


「なん――うそ」


 剣に貫かれた契約石が割れ砕け、仰向けに倒れていく男に向けて、テイムモンスターによる反逆の蹄が振り上げられる。石が砕ける反動で鋼が抜け、血を吹き出す場所に追撃のそれが振り下ろされる。怒りの鉄槌は男を容易に死に誘い、その肉体を光の形に霧散させた。


 すぐに誰もが、その剣を寄越した存在を探して裂け目に視線を走らせた。【従属テイム】スキルから解放され、自由の身となったその馬も、静かに視線を下に向ける。


 それは、地下からやって来た。軽い足取りで壁を蹴り、軽業師のように裂け目を上って来る。その姿を知る者は呻き、知らない者は困惑した。


 その男は少しだけ煤けた金の髪を揺らしながら、ようやく現場に降り立った。下から投げた自分の剣を拾い上げ、男は数十人にも及ぶ〝従魔士テイマー〟部隊に拾ったそれを突き付け、興奮に上気したまま、名乗る。



「〝純剣士〟派生アビリティ――〝勇者見習いリトル・ラヴグリット〟の――ああ、此処ではそう、新しい名前なんだよ。レベックっていうんだ」



 彼の顔を知る者は呻き、なんでこいつがいるんだ、という呟きがどこからともなく聞こえてくる。何故、と問う視線の多さに、見当違いもはなはだしい彼は、名前を変えてみたんだ、と照れ臭そうに指先で頬をかいた。



「俺、剣しか取り柄ないけど――剣だけでも出来ることって、色々あるし」



 にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべて、彼は自分の前に立ちはだかる人間の数を数えていく。一つ、二つ、と児戯のようにたどたどしい数え方がなおさら〝従魔士テイマー〟達を身構えさせ、危機感を煽らせた。


「【服従せよ】! やれ!」


「――五十六」


 すぐさま彼等の指示を受け、走り寄るモンスター達を見えないかのように振る舞いながら、レベックは構えた剣をわずかに引いた。



「【蛮勇ばんゆう】」



 今、最後の重ねがけできるスキルを口にして、蛮勇・・の名の通り、是非ぜひ理非りひもなくレベックは己が掲げる〝悪〟を討つ。


 瞬く間に最前列の人間が三人犠牲になった。胴体を分かつために横薙ぎにされた剣はひるがえり、声も無く光の塊になって散っていくのに目を奪われた隣人の首をねた。


 数匹のモンスターが自由になれば、彼等も混乱を加速させるのに一役買った。反逆の爪と牙が彼等の支配の根源である結晶を打ち砕き、レベックの蹂躙は加速していく。


 子供がアリの群れを踏み潰していくように、呆気なく、至極簡単に、次々と〝従魔士テイマー〟達は死に戻っていく。


 掌底は内臓を潰し、小さな蹴りが大腿骨だいたいこつを滑らかに粉砕する。剣の柄が肋を砕き、鋼が真正面から心臓を貫いた。振るわれる爪先が敵の関節を強打し、鞭のようにしなる腕がいとも容易く首をねじり折った。


 悲鳴が響く間さえなく、圧倒的な差でレベックは敵を倒していく。それは、ステータスの差であり、実戦経験の差であり。躊躇ちゅうちょの無さも関わってくる。


 一度、目の前に立ち塞がった者は彼にとって等しく〝悪〟であり、正しさは考慮される余地もない。それがどんなに危うい考えか、彼は半世紀も前から理解出来ないまま大人になった。


 しかし今は、全てがVR――仮想世界の中。異常性は許容され、誰もそれに気が付くことはない。彼は勇者として、弱者を守る者だと思われ続けてきた。そして、仮初のそれは今もまだ続いている。


 心臓を貫いた剣が死に戻りの光に紛れて振りかぶられ、また一人を同じ末路へと誘導する。あれだけたくさんいた敵はあっという間に消えていき、後には自由を手にしたモンスター達が残る。


 モンスター達は喜びの声を上げながら、仮初の主人に反旗を翻していく。最後の〝従魔士テイマー〟があっけなくレベックに倒されて、その枷が外れた彼等は、一斉に勝鬨かちどきの声を上げた。


 あんまりにも簡単な終わり方に目を丸くする雪花達を振り返り、遅れて来た言い出しっぺはただ無邪気な笑みを浮かべ、



「遅れてごめん。でも、やっぱみんな、俺がいなきゃダメみたいだな――!」



 などとのたまって、直後、全員からどつかれたのは言うまでも無かった。













―――――――――――――――――――――

後書き



ちょっとした小ネタと捕捉――リアルにて放送され、一世を風靡したファンタジーアニメ『3人の勇者』の中で、敵に囲まれながらの有名な台詞「すぐ近くなのに道が無い。さて、お前等ならどうする?」と発言したのが、タイトル通り3人のうちの一人、〝レベック〟という名前の勇者。


スレでレベックが勇者ロールと呼ばれているのは、それが原因。残り二人の名前は〝ジェニファー〟と〝グルー〟なので、スレ民は思い切りネタレスだと思ってネタレスで返したという裏話を、ここで語っておきます。


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