第九十八話:トップランカー4名様:Ⅰ



第九十八話:トップランカー4名様:Ⅰ




 青く光る電子の板を指先でスクロールしながら、黒い巻髪の男が短い息をついた。男の名前は〝ノア〟。自身の管理する掲示板、【全力で今後を憂うスレ(テストプレイヤー前提)】のスレ主であり、同時にそのばんでの首領ドンでもある。


 『よく読んで頭使え』と注意書きにも書いたとおり、ノアは非常に自身の庭を荒らされることを嫌がる。秩序を持って、暗黙でもなんでもないルールを守らせ、冷静に楽しい語らいを望んでいる。


 だから、今ここにノアがいることは、不思議でもなんでも無いことだった。


「ま、マジで来るなんて……」


「――言ったはずだ。ルールを守らないやつは抹殺すると」


 首洗って待ってろ、とも言ったと言い添えれば、ノアの足下で〈瀕死〉状態で呻く男、〝エリンギ〟がぞっとした顔でノアを見上げる。


 整った美貌の男の表情には笑みの欠片も無く、そこに冗談とかの軽いものが入る余地がないことを、今更ながらにエリンギは思い知る。


 悪質なPKギルド。『アダマス』として名を馳せるエリンギにとって、それは本日2度目の後悔だった。


 1度目はあの派手好きの伊達男、〝ロメオ〟にギルドごといいようにしてやられ、そして2度目はただの憂さ晴らしだったはずの悪質な書き込みのせいで、こうしてまた地に伏せっている。


 どうして俺ばっかりが、と思うと同時に、何故に適当に選んだスレがよりにもよってこんな奴の庭なんだ、と後悔しつつ、エリンギは急な浮遊感に気がついた。


 気がつけば、エリンギの襟首を掴み、ノアがずるずると引きずって歩いているではないか。それも、街の外・・・に向かって。

 嫌な予感にひくり、と口元がひきつった。ゆっくりとしか喋れないもどかしさを感じつつ、エリンギは必死になって声を上げる。


「ノ、ノアさん! さっき言ってたのは冗談で、その――指名手配申請とかはする気は無いですから!」


 まあ、嘘だけどな、とエリンギは内心で舌を出しながら嘘をつく。


 さきほど現れたノアに向かって、今の俺はPKプレイヤー 一覧から除外されているから、俺を殺したらアンタは指名手配犯だ! はーっはっはー、と高笑いを上げた奴の言葉とは思えない手のひらの返しかた。


 正直、エリンギはこの時点でノアという男を舐めていた。


 しょせんは、顔が良くて荒っぽいだけの男。自身の忠告を無視し、あっさり指名手配申請に必要なスクリーンショットを撮らせるような間抜けだと。

 確かにその美貌には、美少女大好き男のエリンギでも目を見張るものがあったが、いやいや男は顔じゃない。大事なのは脳みそだ。


「ホントに、すいませんでした! もう二度とあんなことしませんし、見逃してくれれば指名手配もしません!」


 このまま捨て置いてもらえれば、近くに潜んでいても、ノアを怖がって近寄ってこれないだけの仲間が、教会までひきずっていって蘇生してくれる。


 そんな打算まみれの言葉に、しかしノアは無言のまま返事を返さない。むしろ、その整ったかんばせをエリンギに向けることすらせず、無言のままずるずると長い足に引きずられ、エリンギは街から引きずり出されていく。


「え、ちょっ、ねえノアさん!」


 聞いてます!? と叫ぼうとした喉から声が出ず、エリンギは目を白黒させて止まった息を不思議に思う。

 見れば、自分の喉にはノアの長い足が乗っていて、それでもエリンギは不思議そうに表情を強ばらせた。ぎりぎりと踏みしめられているせいで、息が出来ないのだと気がついたのは、そのすぐ後のこと。


「がふっ」


 〈瀕死〉状態なのだから、これ以上何をされることもないはずなのに、エリンギは恐怖に動けないまま目を見開く。

 おそるおそる見上げた先には、ノアの長い睫にけぶる、透き通るような青い瞳。濃い青のそれが氷のような冷たさを放ち、彼は言った。



「――〝re gryiel言は寝 dru mel言え〟」



 フルマニエル公国の一部でだけ使われる、古フルマ語。エリンギには言語の特定も、理解もできないそれを聞かせられながら、その身体は宙に投げられる。


 その下には晩秋に冷え込む湖、彗星湖すいせいこがあり、遅れてエリンギにもノアの意図がわかる。

 〈瀕死〉状態のプレイヤーにトドメをさす方法は、地形ダメージか野生モンスターの攻撃。


 そう、その地形ダメージの中には、当然、〈溺死〉も入っているわけで――。



 怖々とエリンギとノアの様子を見守っていた『アダマス』の面々は見た。



 苦悶の表情でもがこうとするエリンギの姿と、それを涼しい顔で見送るノア。


 そして、湖に沈んでいくエリンギの身体の後ろに、ずらりと並ぶのこぎりのような牙とエラを持つ灰色狼を見つけ、「エリンギが、エリンギがまた新しい死に方を!」とか、「アイツ呪われてるんだよ!」とか、「エリンギが『陸鮫りくざめ』に食われたぁぁ!」とかの悲鳴を上げながら、全力ダッシュで撤退していく。


 一瞬だけ湖面に血霧が浮かび、瞬きの間にそれは光の集合体となって沈んでいく。地中の道、魂を乗せて運ぶ竜脈の中へ。


 ノアはそれを見送ってから、再び自身の庭を荒らす者がいないか、巡回に入る。そしてノアは……俗称、首領ドンは、それを見つけた。


「ニブルヘイム……。――の友とか言ってた……」


 ニブルヘイムを友と呼ぶ存在の名を小さく口にして、ノアは唇に手をやって考える。若さと美貌を兼ね備えたその憂い顔は、すぐさま周りにいたカメラマン達の餌食となったが、ノアはその程度のおふざけにまでは目くじらを立てない男だった。


 そうして少しだけ悩んだ後。ノアは小さく指を動かして、自分のスレに書き込んだ。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 103:【name:〝ノア〟】

 読んだ。把握した。〝エリンギ〟はボコった



 助太刀してくる


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「エリンギはボコった。指名手配もかかる。世界警察ヴァルカンも追ってくる。ニブルヘイムは――の友達だし……」


 それに、何がとは言えないけれど



「――気にくわない」



 ノアはそう呟いて、次の瞬間には駆けだしていた。



















































「やーん、このモンスター可愛いー」


 長くて、白くて、ふわふわの猫っ毛を揺らしながら。これまた白を基調としたふわふわのタオル地パーカーと、太ももをがっつり見せるミニの青ジーンズというよそおいに身を包み、彼女――〝ブランカ〟はだらしのない格好で掲示板を覗いて遊んでいた。


 場所は、彗星湖近くの小さな町の統括ギルド。天然のセーフティーエリアなんて、中心地にしか存在せず、統括ギルドでさえエリア外という小規模な町。

 そこの統括ギルドの隅っこ。小さな木のテーブルに顎を乗せ、ブランカは小一時間はそうして暇を潰していた。


 現実リアルでも掲示板巡りが趣味の彼女は、やはりVR内での掲示板巡りも大好きだったからだ。

 それに、今日は正規サービス一日目。人が一気に増え、新たなギルドや団体が乱立し、世界が変わる最初の日。


 掲示板でうだうだしているだけでも、色々な情報が集まる貴重な時間。ブランカは色々な掲示板を同時並行で開きながら、手元のメモに様々なことを書き付けていく。


 どこで何が見つかったとか、どんなモンスターがでたとか、ギルドがいくつ出来たとか。


 そういう作業をするのに、正直、統括ギルドはぴったりの場所だった。わからないことや、未確定のものは統括ギルドに問い合わせ、確認すれば大抵の嘘と本当がわかる。


 それにつけくわえ、ブランカの高い分析能力と、掲示板の見すぎ&まとめ過ぎでゲットしたアビリティ、〝分析官リサーチャー〟のスキルを組み合わせれば、もはやブランカにとって掲示板は第二の狩り場だった。


 当然、こんな有用なアビリティの習得条件をブランカは明かさない。取れそうな人は、きっと条件を知らなくても取れるようなアビリティだし、ブランカにも一部の習得条件は秘匿されていて、断言は出来ないようになっている。


「ふんふんふーん」


 ブランカは様々な掲示板を見る。大きな所から、小規模なところまで。そうしてどんな情報も漏れなくまとめ、そうして小さなまとめスレを作る。書く内容は、必ずしも有用なものではない。


 自分が、これは面白そうと思ったことだけだ。誰もが知っているような。誰もが知りたがっているようなことは、別の人が書いてくれる。たとえば、ちょっと間抜けなのと不幸体質がたまに傷だけど、『アダマス』のエリンギとか。


 これが意外と人気があり、特にランカー達。テストプレイヤーの中でも、ゲーム廃人といえるような層からの一定の支持を受けている。

 ブランカはまた小さな記事を一つ作り、それから自分のに戻る。


 古巣。そう、ブランカが唯一書き込み、会話を楽しみ、長時間入り浸るスレッドに。


「【全力で今後を憂うスレ】!」


 キーワードに反応し、自動でその画面が眼前に提供される。続きからをタップし、先ほど読んだところから続きを眺める。


 無意味で悪質な連続書き込みを続けるエリンギが、ついに首領ドンをキレさせたらしい。〝首を洗って待ってろ〟とのお言葉の後、ぱったりとノアの書き込みが途絶えたのを見て、ブランカは相変わらず行動が早いなー、と長い髪を弄りながら思う。


「んん? ――ああ、〝従魔士テイマー〟か」


 【全力で今後を憂うスレ】の流れは早い。続いて新情報、と書き込まれる話に、ブランカは愉快そうに赤い瞳を細める。


 新アビリティは数多く。それこそ一時間毎にざこざこと新しい〝見習い付きアビリティ〟が見つかっていたが、に見習い無しのアビリティが見つかったのは初めてだ。


 少し前に立った新しい掲示板――【世界警察ヴァルカン:ユウリノ】の中で公表された情報が、わずかに遅れてここまで届いたらしい。


「〝金獅子〟、〝名も無きギルド〟、〝従魔士テイマー〟、〝デラッジ〟、〝ダッカス街道〟、〝世界警察ヴァルカン:ユウリノ〟、〝死体の山〟」


 どれも、先程ブランカが〝分析官リサーチャー〟のスキルでをした情報達ばかりだ。


 掲示板の住民達の反応は三者三様。その中でも、やはり大物だとか、ランカーとか言われるような見慣れた名前の人達は、的確な推測を呟いてくれる。


(〝レベック〟の言う通り支配的なアビリティだとすれば、ますますモンスターとの関係悪化ね)


 やりづらくなるなー、と簡単な感想を抱きながらブランカの赤い瞳は静かに文字を追っていく。それと同時に、同じく統括ギルドに備えられたテーブルに座る、見知ったプレイヤー達にも視線を向けた。


 ブランカの視線の先には、攻略組最王手のギルド『金獅子』の中間管理職、〝アリオール〟と、暗殺屋の異名を持つ〝ブルータス〟と呼ばれる男が座っている。


 アリオールの方は姿ごと知られているが、ブルータスという男は名前は一人歩きしているものの、そのゆえか顔は知られていなかった。けれど、何故ブランカが視線の先の男をブルータスだといえるのかといえば、



「――【分析リサーチ】、――【分析リサーチ】、――【分析リサーチ】」



 じっと〝ブルータス〟を見つめ、ブランカはそれを繰り返す。小さく唇を動かし、【隠蔽ハイドラ】の効果でその呟きを無音にしながら、ブランカは繰り返す。


 熱い視線を受け、茶色の髪に灰色の目の男――ブルータスが振り返る。ブランカの赤い瞳がじっとこちらを見ているのに気が付き、いぶかしげに、怪しむように細められる目に、ブランカは怯まない。


 VRゲームの中には、こうして気が付かない内に情報を掠められているということが間々ままある。しかし、そういった能力にはこういった、『対象を直視しなければならない』という制約も多い。


 そう広く顔を知られては困るブルータスは当然、そういった『身バレ』を一番に気にする。だからこそ自分をじっと見つめてくるブランカを警戒したが、ブルータスはすぐにその灰の瞳を呆れに変えた。


 ブランカのウインク。それ1つで、ブルータスはブランカを自分に色目を使う、所謂いわゆる『出会い厨』であると判断した。いや、正しく言うならば、その結論を導いたのはウインク1つではない。


 ふわふわのパーカーの袖を伸ばし、萌え袖と呼ばれるものを作り、あざとい女子が可愛い子ぶる時の仕草をまじえ、ブランカは口元をごく自然に隠してみせる。


 真っ白でふわふわのタオル地パーカーも。長くて艶やかな生足を見せる青いミニのデニムも。腰まで届く白い猫っ毛の髪も、地雷臭のする赤い瞳も、男に媚びるような仕草も、視線の動きも。


 その全てが、相手を油断させて情報を得るために、計算されつくした〝仮の姿〟だった。



 ――人は意外と騙される。



 第一印象を操作することで、人が人をどんなふうに見るか。それを知り尽くしたブランカは、こういった〝騙し〟において天才的な効果を引き出す。


 今日も男に色目をつかう馬鹿な女のふりをして、相手の内臓情報を喰らい尽す。気が付いた頃には中身はボロボロ。取り返しのつかない状態になって初めて被害に気が付くさま揶揄やゆし、一部の人間は外見すらもはっきりとはさせない彼女をこう呼んだ。




 ――〝ジュール・ブランカ白アリのブランカ




「――【分析リサーチ】」


 彼女の目には、人とは違う世界が映る。


 スキルの効果によって、視界の右側には相手の名前が。続けてどんどんしていくことで、ブランカの得る情報は右肩上がりに増えていく。


 名前も、所属ギルドも、アビリティも、スキルも、ステータスだって。


分析リサーチ】というスキルは、術者に技術と能力さえあれば、どんな情報だってその手にもたらす。


(この状態だと、名前とアビリティまでか……)


 この距離と、時間で判明するのは、その2つだけ。けれど、ブランカにはそれで充分。機会があれば情報を引き出すだけ。今はまだ、これだけでも充分に事足りる。

 ブルータスがふい、とそっぽを向いたのを良いことに、ブランカは心底残念そうな顔で視線を掲示板に戻す。――名残惜しそうにチラチラと視線を向けるのを忘れずに。


(さて……)


 掲示板に目を戻せば、そこは新たな事件で沸いていた。竜爪草原で『世界警察ヴァルカン:ユウリノ』と〝狛犬〟の衝突。

 事情を知りながらも指名手配犯を悪と断ずる、強談ごうだんにも似た世界警察ヴァルカンの決断に、何人かの住民が非難の声を上げ、何人かの〝入り浸り〟が確認に動く。


 〝入り浸り〟の1人。〝轟き〟にほぼ名指して指名され、筆頭テストプレイヤー解析班としてブランカの指先が踊るように動いた。勿論、外からはバレないように、スキルでうっとりとメモ書きを見つめる自分の姿を指定してから、本腰を入れてスレの流れに集中する。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 78:【name:〝ブランカ〟】

 場所判明! エアリスからじゃ無理。モンスターの足で1時間って場所。本当に草原のど真ん中にいる


 一番最寄りの教会はエアリスの古地図だと巨大湖、彗星湖沿いにある街で、5時間前に『金獅子』のマッピング部隊が到着したところ! その街からモンスターの足で7分!



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 きっかり15秒。〝轟き〟に宣言した通り、ブランカは結果を出す。最寄りの町はここだ。つまりは彗星湖からかっきり7分の場所で、彼等の事件は起こっている。


 その間にも、スレは加速し続けている。いやある意味では、減速しているのかもしれない。面倒な組織に目をつけられる可能性を考えて、物見遊山で書き込んでいたテストプレイヤー達が一斉に指を止めたから。


 ただ遊んでいるように見えるこのスレへの書き込みも、ある程度の覚悟が裏側にある。『世界警察ヴァルカン:ユウリノ』に目をつけられる覚悟。攻略組最王手ギルド『金獅子』に目をつけられる覚悟。


 それに気が付かない阿呆か、気にしない豪胆な者か、分かっていても黙っていられない者だけが、この掲示板への書き込みを続けている。


 見慣れた名前だけが踊るようになった掲示板を見下ろし、ブランカは状況を把握していく。誰よりも早く全体像を掴もうと、スキルと能力をフル回転させていく。


(狙いはなんだろう? 『世界警察ヴァルカン:ユウリノ』は何のために?)


「――そもそも、割に合わないはず」


 ほんの数分前には馬鹿っぽそうに瞬かせていた大きな赤い瞳を冷静な色に染め上げ、ブランカはスキルが解けない程度に小さく呟く。


 そうだ。割に合わない。野生モンスターを敵に回し、そして今、ログノート大陸の覇者である竜までをも敵に回そうとしている。このままいけば、そのうちエアリスのNPCまでをも敵に回すだろう。


 状況に流されるまま利益を求め、肥大化した馬鹿な組織なのだろうか? 力を手に入れ、それに舞い上がった神話のベルッダのように?


(いや……あれは、そんな馬鹿なじゃなかった)


 『世界警察ヴァルカン:ユウリノ』のトップ。〝ルーク〟という男を、ブランカは直接見たことがある。

 痩身そうしんの初老の男。大きめのローブに隠れ背ばかりがひょろひょろ高く見えるが、ブランカの目にはその下の鍛え上げられた分厚い筋肉が見えていた。


 それだけではない。その少し皺の刻まれた目には鋭い光が宿り、思わず身震いしてしまいそうな覇気があった。そんな、凡庸さとはかけはなれた男が、そんな馬鹿な決断を下すとは思えない。


 こういう時、ブランカは単純に考えることにしている。一見、割に合わない、馬鹿が決断を下したように見える状況。しかし、それを決断したと思われる者達は、どう考えても馬鹿ではない。


 つまり、馬鹿が出したみたいな結論でも、結論を出した者が馬鹿じゃないなら、それには何かしらの意味があるのだ。


(割に合わない以上の見返り? いやそもそも、狛犬をわざわざ潰すほど価値がある?)


 指名手配プレイヤー〝狛犬〟は、確かに潰す価値はある。『世界警察ヴァルカン:ユウリノ』の容赦の無さと徹底ぶりを示すには、十分だろう。けれどそれは、この危うい状況で竜をも敵に回すほどじゃない。


 掲示板の情報を拾い、時に情報提供に協力しながら、ブランカは考え続ける。集中して考えていたせいで見落とした『DDD支部局』のリンクを舌打ち気味に貼り付けながら、その生放送を見ながらまた考える。


 映像を見る限り、襲撃者は5名。内、状況と使用スキルの様子を見るに、〝従魔士テイマー〟が4名とみたブランカは、そこで初めてその可能性に気が付いた。


(ニブルヘイムの【従属テイム】を狙っている?)


 釈然しゃくぜんとはしないが、その可能性を掲示板に書き込んだ。反響はすぐにあり、皆もそう思うとは言うが、ブランカは納得がいかない。


 やはり、それだけの〝結果〟くらいじゃ、わりに合わない。それにそもそも、どうやってあの砂竜ニブルヘイムを従わせようというのだろうか。あの様子では無事に【従属テイム】できても、気の抜けない爆弾を抱えるようなものだ。


 子竜の首には枷、ニブルヘイムは怒り狂い、何より狛犬も怒って――


「あれぇ、喜んでる? この子」


 ああ、なるほどかとブランカが小さく息を吐いた瞬間、掲示板に我が目を疑う書き込みが投下される。


「――ふぁっ!?」


 何がどうしたのか知らないが、厄介事大嫌いの首領ドンが動いたのだ。助太刀してくる、と簡潔な言葉が投下され、一気に住民が驚きの声を上げる。

 一体何があった、と思わず書き込みを速め、遠まわしにノアさんに勝算は? と聞けば、俺を誰だと思ってる、的なレスがつく。


(リアルチート乙……)


 しかもさらりと、噂ばかりで本当なのかもわからなかった、〝才能持ち〟だと自称する首領ドン。本当かどうかはスキルを使わなくても、ブランカにはわかりきったことだった。


 色々とやらかす人で有名なノアさんとの面識は無いが、掲示板の反応や、噂だけ聞いていれば人となりが雑にでもわかるほど、はっきりした人間。それがノアさんだった。


 そして決断も早ければ行動も無駄に素早い。エリンギへの制裁もそうだが、あっという間に自身の掲示板を放置し、現場に走っているらしいノアさんに色々な意味でゾッとしつつ、ブランカがそろそろ休憩しようかなと思った瞬間だった。


「……笑えない話になってきた」


 ランカー達でさえ知りたくなかったと呻く、〝どどんが〟の告白がスレを揺るがした。


 ――本日最大の爆弾が落ちた。


 知ってしまった事実を消してしまおうと無駄な足掻きをしようとする〝轟き〟にトドメをさしながら、ブランカはその流れに困惑を示す。


 魔王フベを敵に回した。


 それがどれだけ面倒なことかを、身をもって知るブランカには、ますます『世界警察ヴァルカン:ユウリノ』の動きが読めなくなった。


 魔王を、野生モンスターを、更にこの大陸では神にも等しい扱いを受ける竜を敵に回し――それで得られるものよりも不利益の方が……。


(不利益?)


 そもそも、ここでいう不利益とはなんだろう。ブランカはそこに引っかかりを覚えた。不利益――この流れでの一番の不利益とは、野生モンスターの反乱だ。


 攻略のために、マッピングのために、どんどんセーフティーエリアの少ない場所へと向かわなければならない攻略組にとって、安全を確保できない場所で野生モンスターに大挙して襲われる。これが一番の不利益だ。


 ではもし、その不利益が無ければ?


 何らかの理由で、野生モンスターが大挙できない理由があれば、これは多少危なっかしくても竜を戦力にくわえ、行軍に邪魔なモンスター達を一掃し、巨大PKギルドに成長するであろう魔王フベの芽を摘み、莫大な利益だけをもたらすことにならないか?


「ッ――! 名簿は――!」


 小さく、しかし焦りを持って。ブランカは纏めておいたそれを引っ張り出す。


 テストプレイヤー、一覧。


 その名簿は、初期の攻略組が作成した、テストプレイヤーの名簿リスト。そのリストを指先で辿りながら、ブランカはひたすらに同じ言葉を繰り返す。


「【分析リサーチ】――【分析リサーチ】――」


 【分析リサーチ】。それだけをひたすらに続け、ブランカはそれを見つけた。




「あった――プレイヤー名〝セリア〟――〝従竜士ドラグ・テイマー〟!」




 従竜。それは、


「神を従えることと同じ――」


 この大陸では、そんな言葉が通るのだ。


 竜が白と宣言すれば、黒も白くなる。どんなことわりも曲がるだろう。


 この大陸のNPCは、モンスターは、竜のやることにだけは口を出せない。竜が協力しているのなら、モンスターもそれをとするしかない。黙って泣き寝入りするしかなくなる。それならこんな無茶なことをしても、最後に全てがひっくり返る。


 だとすれば、彼等に協力している竜は十中八九――。


「……反逆の可能性がない、味方の竜がいるんだ」


 その可能性に気が付くまで。いや、そのに辿り着くまで、ブランカは今回のことに首を突っ込む気は無かった。


 勝算は五分五分だと思っていたから。新参の〝お仲間〟を助けてあげる気はなかった。勝てるか勝てないか程度の状況なら、自力で勝てなければ意味が無いから。けれど、これでは話が違う。


(……負けが見えてる)


 いるはずの竜は未だ姿を現さない。怒り狂い、判断力の鈍ったニブルヘイムは、果たして同種の不意打ちに五体満足で済むだろうか?

 飛行手段がなく――いや、仮にそれを見つけたとしても。未だアビリティ名に〝見習い〟がつく狛犬にどれだけ戦闘センスがあったとしても、勝てる見込みはあるだろうか?


 この時期のランカーなら、見習い無しアビリティを2つか3つ持っていてもおかしくない。現に、どのゲームでもトップランカー中のトップランカーとして有名な〝セリア〟は、どうみても上級アビリティと思われるものを手にしている。


「――」


 ブランカは、再び掲示板に向かう。


 持てる情報は違うだろうが、きっと何かしらの方法で状況を知るだろう〝お仲間〟に、ブランカは端的に問うた。


 で、どっちにつくの? と。


 ちょっとした嘘も混ぜ込みながら、ブランカは〝お仲間〟に揺さぶりをかける。


 人を誘導する術、それを知り尽くしたブランカにとっても、掲示板の彼等に〝ある一言〟を言わせるのは難しい。しかしブランカは、それを狙って掲示板にひたすら文字を打つ。


 そして、ブランカのそれは成功した。


 誰の言うことも聞かず、頑固で、融通の利かない、〝お仲間〟達が動き出す時の常套句。


〝気に食わない〟


 どんな理由も、理屈も台無しにする言葉を言わせることに、ブランカは成功した。


 ランカーがそう呟いたら、もう後は放置するだけで事は済む。マトモな理由では頑なに動かないくせに、気に食わない。ただそれだけで、彼等はどんな危険もリスクも冒すのだから。


(〝レベック〟と〝木馬〟が動いた。後は……)


 一仕事終えたブランカは、掲示板を開いたまま隠蔽スキルを解除する。指定し、張り付けた〝姿〟ではなく、ブランカ本人の動きでわざとらしくメニューを動かしているような動作。


 掲示板には、ブルータスとアリオールの茶番。けれど彼等に動きは無く、それが〝影武者〟によるパフォーマンスだということは明らかだった。


 ブランカは突然、フレンドと音声でやり取りしているていを装い、わざと大きな声で餌をぶん投げた。空気の読めない馬鹿な『出会い厨』は、今、野次馬根性を発揮して、話題の事件を見に行きたい――そういう設定。


「え~、嘘、来ないのぉ? やだぁ、せっかく砂竜を見に行こうと思ったのに! え? 怖い?」


 そして、釣り糸を垂らして待つ。


「大丈夫だからスクリーンショット撮りに行こうよ、ねぇ! 私、隠蔽スキル持ってるから気が付かれずに近くまで行けるから、だぁいじょうぶ!」


 隠蔽スキルは持っている。勿論、気が付かれずに近くまでいけるだろう。そしてそれは、きっとブルータスが欲しているスキルだ。

 勿論、暗殺者系統のアビリティだろうから、【隠密】は持っているだろう。


 けれど、【隠密】は走ったり、モンスターに乗ると解除される使いどころの難しいスキルだ。本当に必要なのは、走っても何をしても簡単にはバレない、隠蔽系のスキル。


 恐らく、未だブランカか高レベルNPCだけが手にしているであろうアビリティ、〝隠遁士ハイドラ〟が有する特殊スキルは、ブルータスにとって喉から手が出るほど欲しいスキルのはずだ。


「え、1人で!? やだやだやだ! ひな、むー君ぐらいのイケメンと一緒じゃなきゃやだよぉ!」


「――ねぇ」


「だいじょぶだから来てって……ふえ?」


「君、本当に隠蔽スキル持ってるの? なら、俺が一緒に行ってあげるよ」


 猫撫で声でそう言うブルータスは、椅子に座るブランカのすぐそばで、膝に手をついて目線を合わせながらそう言った。


「ほんとですか!」(――うぉっしゃ、〝ジョーカー〟かかったぁ!)


 心の声とは真逆の、甘ったるい声がブランカの喉から滑り出る。このくらいは楽勝、と。ブランカはその大きな赤い瞳をうるませ、無駄な回数の瞬きを意識して挟みながら両手を組み合わせるという、今時子供だってやらない仕草をする。


「……本当なら、ね?」


 目が笑っていない笑みを浮かべながら、暗にやってみせろと言うブルータスに、しかしブランカは演技の隅々まで手を抜かない。これは引っかけ問題だ。よく考えてみてほしい。もし本当にこんな底抜けの馬鹿が存在したならば、今の言葉の意味を理解できるわけがない。


「本当ですよ! わぁ、嬉しい! じゃあ行きましょう!」


「あー、いやいや。ほら、本当ならここでやってみせてほしいんだよ」


 わかる? と。勢いよく立ち上がったブランカに向かって、幼女にするように言い含めるブルータス。そこでようやく、ブランカはそれに素直に頷いた。


「わかりました! 見ててくださいねー、【隠世ハイド】!」


 スペルを唱えた瞬間、きっちりブランカの姿がブルータスの前から消えた。そして、自分の身体に後ろから抱き付く柔らかな感触に気が付いて、頬を引きつらせてブルータスが降参の声を上げた。


「……わかった。これなら死に戻りの心配もないし、一緒に行ってあげるよ」


「えへへー、見えないでしょー? うりうりうりー」


 ついでにセクハラという名の情報搾取を行いながら、ブランカはふざける馬鹿のふりをしてブルータスの装備とステータスと持ちスキルを確認する。男相手にやる時も、女相手にやる時も、豊満な胸を〝ちゃんとわかるように〟押し付けるのがポイントだ。


 性別がどちらでも大抵の人間は動揺して意識が逸れるし、好きでも嫌いでも、関心が無い場合以外なら、どちらでも気を引くことの出来る良い手段。無駄に強く押し付けても感触が伝わならないから、それはNG。


「ッ――ほら、急がないと終わっちゃうかもしれない。ね?」


「はっ! そうですね、じゃあ行きましょう! 【解除】!」


 取るもんは全部取ったが、演じる時は最後まで。今度は姿を見せつけたまま、腕に胸を押し付けながらブルータスを引っ張って跳ねるように歩き出す。

 呆れた目でこちらを見るアリオールも、気が付いている様子は無かった。それも当然、とブランカは内心で思う。


(だって、本職プロだもの――)


 ブランカは嬉しそうに笑いながら現場に向かう。馬鹿で、間抜けで、ちょっと顔が良いだけのお馬鹿ちゃん。でもそこが男の高いプライドを刺激し、安心させ、小馬鹿に出来る女を演じながら。


(――見えないところから不意打ちされちゃたまったもんじゃないもの)


 厄介な敵は、すぐに仕留められる位置に置いておくのが一番だと。


 〝ジュール・ブランカ白アリのブランカ〟は笑いながら、間抜けな獲物にキスをする。


 ブルータスの手の甲につけられた赤い赤い口紅の跡。それが月明かりに照らされて――、



「――もう最高ッ!」



 ぎらりと光った。



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