第九十九話:トップランカー4名様:Ⅱ



第九十九話:トップランカー4名様:Ⅱ




 その男は、暗い地下の空間にいて、剣を片手にそれを見ていた。


「【書き込み】――『レッドサーベルと赤猫の群れなら、テスプレの1割は単騎で勝てるだろ。問題だったのは他のボスクラスとの連戦かな?』」


 口頭で喋り、【全力で今後を憂うスレ】への書き込みを行いながら、男は無造作に剣を振るい、目の前に迫るモンスターを地に叩き落す。そのまま足で踏みつけ、さっ、と剣で一撫で。


「【59への書き込み】――『〝従魔士テイマー〟っていうくらいだから、〝サモナー〟よりもモンスターに高圧的なアビリティだと思う。サモナーは対象のモンスターとの〝合意〟がなによりも大事だって話だし。無理やりでもいけるのかもな』」


 男の足に踏みつけられたまま首筋を切られたそれ――黒い兎が、鋭い牙が垣間見える口をだらりと開き、ぐったりと地に沈んだ。

 続けて飛びかかって来るまた別の黒兎の頭を、剣を持ったままの裏拳で叩き落し、同時にその小さな頭を砕く。


「【書き込み】――『しかもギルド申請しないとか、色々と異色だな』」


 暗い地下――未だ数名のプレイヤーしか存在を知らぬはずの竜脈で、おびただしい数の黒兎、『腐肉兎アドルフ』と戦う男――〝レベック〟は、掲示板を見て口頭で書き込みをするという作業のに、大量のアドルフと戦うという芸当をこなしていた。


「【69への書き込み】――『落ち着け。……〝ルー〟とか〝あんらく〟は? アイツらのが額も大きかったはずだけど』」


 左右から同時に飛びかかってくるアドルフを倒すために、右足を半歩前へ踏み出しながら手首のスナップだけで右のアドルフの首をね、牙を剥き、発達した後ろ足を向けて飛びかかって来る左のアドルフの脇腹に左の回し蹴りを叩きこむ。


 回し蹴りで前方から駆けてくる5頭目へと肉の砲弾を叩きこみながら、右のアドルフの首を刎ねた剣が、6頭目――真後ろから飛びかかろうとするアドルフの頭を叩き割る。

 そのまま剣先は閃き、その後ろに控えていた7、8、9頭目のアドルフの腹をまとめて掻っ捌いた。


「あんまり殺しちゃマズいかな……」


 そのころには肉の砲弾を乗り越え、5頭目が目の前に到着。爪をこちらに向けて飛びかかる前に、レベックの爪先がその顎を蹴り砕く。

 そろそろキツいから、ではなく、全滅させちゃまずいよな、とレベックはそう考えてこの場からの撤退を考え始めた。


 前からもたくさん。後ろからもたくさん迫るアドルフをちらりと見て、溜息を一つ。くすんだミディアムの金髪を揺らしながら、一時的に掲示板を閉じて革の鎧に包まれた全身を低くたわめ、レベックは竜脈の地面を鋭く蹴り上げる。


「【重力軽減:Ⅰ】」


 重力を操作し、垂直に壁を蹴り、アドルフの川を飛び越え、そしてまた地面に着地。滑らかなそれと共に足が動き、風のようにその場を走り去る。

 当然のようにアドルフも追ってくるが、レベックは圧倒的な速さでそれを置いていく。レベックは再び掲示板を開きながら、アドルフを置いて地下の道を走り続ける。




 何故、レベックが竜脈にいるのか。それは、数日前に街で見たものに原因があった。




 ときおり口頭で掲示板への書き込みをしながら。ここ数日、レベックはずっと竜の卵を探して竜脈を歩いている。理由は、この前見かけた竜の子供。


 始まりの街、エアリスで〝狛犬〟というプレイヤーが抱えていた子竜があまりにも可愛かったから、レベックはこうして竜の卵が見つかるという竜脈に、正規サービス一日目のログイン直後から入り浸っている。


「なかなか難しい……うーん、彼女はどうやって竜の卵を手に入れたのか」


 1つは砂竜ニブルヘイムから、とわかっているが、もう1つは出所をはっきりとはしてくれなかった。けれど、NPCや情報屋に総当たりしてみたところ、竜の卵は竜脈にあると言われたのだ。


 情報屋の話じゃ、通路にころん、と落ちているということだが、ここまでずっと歩いてきたが、卵なんてちらりとも見かけなかった。

 竜の卵どころか、卵らしきものひとつ見つからない。それでも何かしら見つかるまで諦める気の無いレベックは、攻略組が地上で大遠征を行う中、ずっと穴籠りを続けていた。


 背中にはすでに切り伏せたモンスターが持てる分だけ山になっていて、これのせいでレベックは片手が使えず、ずっと片腕で戦闘を続けていた。

 けれど、レベックの技量ならばそれも問題ない。何の危うげもなく、次々と現れるモンスターを撃破しながら、レベックは卵を探して竜脈を進み続ける。


 背中に背負う獲物からは血が滴り、茶色い革の鎧にいくつもの血のすじをえがいていく。足元にも一歩歩くたびにそこからぽたり、と血が滴り、それが黒い兎を次々と呼び寄せているということにレベックは気が付かない。


 横目に眺める掲示板には新しいニュースが次々と舞い込んで来る。それこそ、レベックがずっと地下に潜り、地上の様子を直に見なくても、手に取るように外の事件が理解出来るほどに。


「……〝狛犬〟と世界警察ヴァルカンが?」


 音声で書き込みを続けながら、レベックは眉をひそめる。走り続けながら並行して『DDD支部局』を開き、その映像をじっと見つめながらも、血を振り撒きながらレベックは走り続ける。


「【93に書き込み】――『嫌な予感しかしないけど、どぞ』」


 〝ブランカ〟の推測は聞くまでもなく、世界警察ヴァルカンの目論見は砂竜ニブルヘイムの【従属テイム】だろう。けれど、レベックにはそれによって彼等が何を狙うのか、何の根拠があってそれを推し進めるのかはわからない。


「〝ブランカ〟と〝轟き〟はわかるかもな……」


 レベックはいつも、陰謀を暴くよりも、くじくほうが好きだった。いや、好きだったというより、いつも成り行きでレベックがそれを挫くことが多いから、好きになったほうが効率が良かった。それだけだ。


 レベックとしては、本当はほのぼのと生きていきたいと願っている。現実でも、ゲームの中でも。持っている能力が高いせいでやれることが多いレベックにとって、助けられるなら助けようかな、と思って生きている限り厄介事からは逃れられない。


「【97に書き込み】――『おめでとう。君は世界警察ヴァルカンの陰謀に気づいた』」


 おめでとう。ああ、なんて皮肉な言葉だろうか。陰謀に気が付くことは、首を突っ込むことと同義のレベックは迷う。


「【書き込み】――『――俺ら、後で消されるんじゃね?』」


 深入りすると危険だよ、と。レベックは身の保身を図るふりをして、スレ全体に注意を促す。必要ないかもしれないし、気が付かない人もいるだろうが、ちゃんと気が付く人もいる。

 あまり被害が増えてほしくは無いレベックは、走り続けながらも小さな配慮を忘れない。


 突然、掲示板を見ていた青緑の瞳が前を向いた。前方から迫る鼠の群れ――『吸血鼠ラグ・ラット』の足音を感知し、レベックの右腕が振り上げられる。


「――【衝撃波】」


 たった一言のスキル。それと共に剣を振り下ろすだけで、剣に渦巻く風の刃が小さな竜巻となって前方を広範囲に薙ぎ払う。

 悲鳴と共に舞い上がる小さな身体の群れ。鼠シャワーの中を突っ切り、レベックが再び掲示板に目を向ければ、意外な人物の動き。


「え? 【書き込み】――『〝ノア〟さん? え、あ、そっか。〝エリンギ〟マジでボコりに行ったんなら、さっきPK撲滅部隊の〝ロメオ〟に潰されたんだから、『アダマス』の死に戻り場所は――』」


 彗星湖! と元気のよい合いの手に目を細めながら、レベックは難しい顔で黙り込む。


 あの首領ドンが動いた。ならば、自分が動く必要はないか、と頷きつつ、勝算はあるのか? と遠まわしに聞こうとするブランカを補佐するために、自然にレベックの唇が動く。


「【書き込み】――『ブランカ失礼びっくりまーく』」


 棒読みも棒読みのセリフだが、掲示板に表示される文字はもっと違う印象になるだろう。しかし、その後に続くノアさんの書き込みに、レベックは今度こそ悲鳴に近い声を上げる。


「【ひゃっ、113に書き込み】――『スレ主なのに何かいないと思ったらホントにボコりに行ってたんだ!? もうこのスレで荒らしできない!!』」


 これはレベックの本音だ。今度からかってみよう、とか思っていた気持ちが、音を立ててしぼんでいく。まさか本当に宣言通り、抹殺しに行くとは――。


「しかも……宣言から実行が早すぎるだろ」


 ちゃんと『吸血鼠ラグ・ラット』が1匹も追って来ていないかを確認し、レベックは祭り状態のスレを煽る言葉もちゃんと入れる。盛り上げは大事だ。皆で楽しむ時の鉄則。


「【書き込み】――『おい誰か! 撮影班動け! なんかこの状況すごいぞ!』」


 まあ、言われずとも根性の据わった撮影班は動くだろうし、すでにとぶさがやっているが、色々な角度から撮影することで面白くなることもあるだろう。

 賑やかしを担当しつつ、掲示板からちょっとだけ目を離し、走り続けるレベックは唐突に開けた場所に足を踏みいれ、ようやくその足を止めた。


「また魔素溜まりか――ん?」


 魔素溜まり特有の、妙に開けた巨大な空洞部。幾度目かのそこに辿り着き、レベックは溜息を吐いた。そして、真っ直ぐに顔を上げたその先。台座のようなものの中心に光りながら浮かぶ、真っ黒だけれどキラキラと妖しく光る拳大のキューブを発見して、青緑の瞳が半眼になった。


「……」


 無言のままゆっくりと近付き、近くで眺めてみても先程手にしたものとどうみても同じように見えるそれは、レベックの推測が正しければ、まだ誰の手垢もついていない特殊武器or特殊防具の卵だ。


 そう、卵。ある意味では卵なのだが、レベックの探しているものは……。


「……コレじゃないんだよなぁ」


 これで、都合3つめの特殊装備の卵を目の前に、贅沢な悩みにレベックが唸る。腕を組み、どうしようかな、と普通なら迷う余地のない宝を目の前に、彼はうとましそうにそれを見る。


「コレじゃないんだけど、なんでコレしか出ないんだろう……」


 市場での取引価格がうなぎ上りのそれをコレ呼ばわりし、現実逃避に掲示板に目を向けて、レベックは思わず息を止めた。


「嘘だろ――博樹ひろきにこんな派手に喧嘩売る奴いるの?」


 博樹、と現実リアルの名前を呟いてレベックが驚愕に目を見開く。あの面倒くさい男を、これだけ派手に突っつく奴がいるなんて、とぽかんと口を開け、思わず癖で書き込みをする。


「【書き込み】――『――これ、やばくね』」


 今の呟きは、レベックの真意だ。これは、多分ヤバい。何がヤバいって、博樹が帰って来た時の、浅宜あさぎ――〝どどんが〟へのお仕置きがヤバいだろう。


 あの底知れない笑顔で、ぐちぐちぐちぐち、役立たずっぷりをあげつらわれたらきっと浅宜は泣くだろう。「じゃあこんな魑魅魍魎ちみもうりょうだらけのところに俺だけを置いていくなよぉぉ!」と泣き崩れる浅宜の姿まで想像できた。レベックもちょっと泣けた。


 その後も次々と暴露ばくろしちゃいけないようなことまでべらべらと明かしていく旧友を止めようと、レベックは焦りながら書き込みをする。


「【か、書き込み】!――『嫌あああ! 〝どどんが〟もう黙って! もう俺らを巻き込まないで!』」


 俺らを巻き込まないで、とは言ったが、真意はそこじゃない。『黙れ』と、遠まわしに警告するレベックに、浅宜も友からの警告を読み取ったらしい。途端に黙るが、その分後の事・・・に思考が回ったようだ。


 無い頭でもわかる事の重大さに、フベに殺される! と喚き出す旧友に痛むこめかみを押さえつつ、レベックは遠くから友を支援するべく、監視しているであろう攻略組や世界警察ヴァルカンに気取られないように誘導のための言葉を紡ぐ。


「【書き込み】――『よし、〝どどんが〟。いいか? 冷静になったら――仮代表任されてたんなら、部下がいるだろ? 連絡してみろ……いちおう』」


 たしか、もしものために配置したと博樹フベ本人が言っていた、部下の〝ヴォルフ〟さんはちゃんと頭の回る人だったはずだと思いだしながらそううながせば、何やら涙を誘う言葉を次々と吐き出す友から、連絡してくる! というレスをいただいた。


「【書き込み】――『……勘違い』…………【全返信】! ――『希望くらいくれたっていいのに!』」


 まだ夢かもしれないし、とか言い出した友の安寧あんねいへの願いを口にするが、音速で他のランカー達に否定される。彼等も魔王の恐ろしさを知る者達だ、こういうことに関しては非常に冷たい。


 少しして、友からの絶望のお知らせ。レベックは思わず顔を覆い、また書き込む。もはや、レベックにとってスレへの書き込みは癖に近くなっていた。


「【書き込み】――『……しかも、〝フベ〟のかたりまでやったぞ』」


 魔王を騙り、寄付宣言までして見せた彼等にあっぱれ、脱帽だとレベックは呻く。どうするんだろうこれ、と思いながらもつらつらと掲示板で何故魔王の排除が今なのか、を〝スズメバチ〟相手に他のランカーと一緒になってこんこんと説明し、年齢の話に逸らそうとして怒られた。


 その後も不毛なやり取りを続けるが、ブランカからの動けよ、という無言の圧力と、レベックが本来持っている正義感。レベック本人が偽善の虫と称するそれが疼いてしまい、彼は泣く泣く覚悟を決めて呟いた。


「あー、【書き込み】――『……俺は今回の流れ、気に入らない。〝どどんが〟も〝狛犬〟も支援する。まずは〝狛犬〟のほうだ。近くにいて、手伝う奴は?』」


 もうこうなったら自棄ヤケだ。偽善者上等、と顔を片手で覆いながら、レベックは手伝いを募集する。

 せっついたブランカは当然だとしても、意外なことに〝木馬〟も動いた。どちらかといえば厄介事に絡まない人物の名前に驚きながら、レベックは動く。


 数段しかない階段を上り、台座の上へ。輝く黒いキューブへと手を伸ばしながら、彼は真剣な顔で〝作戦〟を言い渡す。


「【書き込み】――『じゃ、みんなを信じる。現地集合、タイミングも自由、ただし――勝つぞ。期待してる』」


 言いながら、レベックの五指がキューブを掴む。それは輝き、変形し、レベックの魂に触れてその形を今この場で決定・・する。

 1度目は腰に下がるつるぎになった。2度目は初期装備の麻の服が革鎧付きの高級服になった。さて、3度目のそれは――、


「……これは恥ずかしい」


 しかし、ファンタジーとしてはアリだ。苦笑しながらそれを装備し、響く新アビリティ習得アナウンス。大して驚きもせず、レベックはぐるりと肩を回してから身構える。


「よしっ、このまま地下から行こう――【地図マップ表示】――、【目標捕捉ホーミング:〝狛犬〟】――、【助走レディ】――、【蛮勇ばんゆう】――、【身体強化:Ⅲ】――」


 7つ、いや今まさに8つになった所持アビリティによる様々なスキルを使いこなし、レベックは現場に赴かんと深く息を吸う。


 現実でも、仮想世界でも。挫いた側に怪物と呼ばれ、助けた側に勇者と呼ばれる男は、



「――〝悪を殺せ〟」



 自身に言い含めるように、祖父の教えを低く呟く。




「――〝お前と、お前の友の前に立ちはだかる者が悪だ〟」




 初めて剣を握って立った、あの幼き日と同じように。彼は静かに目を閉じる。



「――……悪を殺せ」



 そうして開いた青緑のひとみに、もう迷いは無かった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る