第九十六話: Look at me ! :Ⅱ
上を見上げた首を戻せば、鎧熊と彼女が消えた草原には、わずかな白煙だけが残っていた。
足下の草は一部が【ガル・ブラスト】によって焼け焦げていて、一歩踏み出す
警戒は解かずに辺りを見回し、少し離れたところでまだ戦闘を続けている雪花とギリーを確認。
雪花とモルガナは赤い髪の男と。ギリーは、巨大な灰色の狼と対峙している。ギリーよりも、二回り、いやもっと大きい。
赤い髪の男は、雪花とモルガナ相手に善戦している、というよりかは、全ての攻撃を綺麗にかわしながらもつかず離れず、あからさまな時間稼ぎをしているようだ。
反撃されて押し負ける可能性はなさそうなのを確認して、そこは放置。どうせ二人分の足はないし、地上は傭兵さんに頑張ってもらうとしよう。
問題はギリーの方だな、と視線を再び右に向ける。正直、分が悪そうだ。身体の大きさが違う、という問題もあるが、それ以上にギリーには橙というハンデがある。
子竜の入った右側の籠を庇いながら戦っているせいで、思うような動きが出来ていない。いやそれ以上に、単に橙の体重が重すぎるせいで、重心が偏っているという問題もある。
橙は籠の中で大人しくしているらしいが、それもギリーの指示あってこそだろう。ギリーの身に危険が及べば、即座に籠から飛び出して来るのは目に見えている。そうなった時、自分が見ていないところで橙まで連れさらわれては、たまったものじゃない。
唇を曲げながら上を見る。やはり目的はネブラの誘拐ではないようで、奴らは未だにここを離れない。ニブルへイムが散々追っかけ回しているが、小回りの利くワイバーン達の動きは非常によく統率がとれている。
ニブルへイムが白いワイバーン以外を一掃しようと口を開こうものなら、ネブラを連れた白いワイバーンが、必ずその射線を遮る。
そうなれば、ニブルヘイムも我が子可愛さに口を閉じるしかない。成竜が放つ大魔法を直撃させれば、ワイバーンもろともネブラも危ういからだ。
ネブラは自分の契約モンスターだから、死に戻りをしてもすぐに戻ってくる。それはニブルヘイムだって、理解している。
けれども、我が子を一度でも死なせたくないのが親心だ。その点に関しては同感なので、特に文句を言う気もない。
切符が到着するまではもう少しかかるようだし、さくっと狼も倒してからいきたいが、まさかこのモンスターもさっきの熊と同じ、ステータス低下の無いモンスターだろうか。
もしそうなら、こんな巨大な狼。勝てる気がしない。
けれど見ていれば、ギリーへの攻撃は随分と加減しているようだ。どころか、むしろ嫌々動いているような様子さえある。
ギリーにハンデがある上に、ギリーよりもずっと強そうに見えるのに、長々と戦闘が続いているのはそのせいのようだ。
鎧熊もやる気こそ無かったが、まだ主人に勝ちを添えようという気概くらいは感じられた。けれどこの狼からは、憎しみとか恨みとかのマイナスの感情がにじみ出ている。
「ねえ!」
試しに、声をかけながら再びホルスターから抜き出した『デザートウルフ(仮)』を向ければ、驚くべき素早さで跳びすさる。
やはり、動きを見る限り、鎧熊と同じ何か支配的なアビリティか道具で拘束されているモンスターのようだ。
すぐに銃口をおろした自分を警戒しながらも、ギリーが吠えると灰色狼はちらりと雪花と戦う男を見やり、その視線が自身に向いていないことを確認してから、ちらちらと自分に目配せをしながら更に男から離れるように動く。
「ははあ、なるほど」
自分もその提案に乗り、灰色狼に習って雪花達から距離をとりながら、足を動かす。ギリーもすぐにその意図に気がつき、狼と自分の間に陣取りながら同じように距離を取った。
男が雪花とモルガナをからかい倒すことに全力を傾けていて、全くこちらを注視していないのを確認。それからギリーに声をかければ、ギリーは息切れしながら真面目に報告をしてくれた。
『主! この『
「そうか、ギリーが言うならそうなんだろうな。で、そうすれば何してくれるって?」
『そうした上で上から女を落としてくれれば、噛み殺すし、今後も協力すると』
「乗った。成功したら合図に吠えろ」
こちらに向かって牙を剥きだし、ガチガチと噛み鳴らす灰色狼は相当に苛々しているらしい。時折上空を睨んでは唸り声を上げる狼は、自分の言葉に短く吠えて返事を返した。
怪しまれないうちに自分は2匹から離れ、【隠密】を発動して姿を隠す。どの作戦でいこうかを考えるが、そういえば、上空での作戦を考えていなかった。けれどその分、腕の見せ所だ。
切符を待ちながら夜空を眺め、ちまちまと攻撃されるニブルヘイムをちょっとざまぁ、と思いながら眺めていれば、柔らかな羽音が傍らに舞い降りた。それは、じぃっと上空を見つめてから、信じられない! といった顔で自分を見る。
――ディル・フリック・レイスター。
略してデフレ。ログノート大陸のNPC、モンスターの中に知らぬ者はいないほどの有名な
どうやらデフレ君は、【隠密】状態の自分を見破るスキルを持っているようだ。死体漁りに特化したスキルを持っているとは言っていたが、隠されたものを見つけるスキルも豊富ならしかった。
はてさて、ただの商売だと思って金づるの下に飛んできたのに、怪獣大戦争に巻き込まれようとしていると解れば、確かにそんな表情になるだろうか。
にしても器用な鳥だ。どんな仕草をすれば人間が感情を読みとってくれるかをよく理解しているようで、半開きになった
言葉にするなら、「聞いてないっスよ!?」という所だろうか。
こちらをガン見する
がくがく、と赤べこのように頭を縦にシェイクするデフレ君の額に自分の額をくっつけて大人しくさせてから、その背にいつのまにか括り付けられていた鞍を見る。
はて、この鞍は、もしかしてこの前デフレ君に頼まれて紹介した鞍職人に作ってもらったものなのだろうか。
見覚えのある職人の名前と、デフレ君を象徴する羽のマークの焼き印が
そういえば、前に他の〝もの凄い金づる〟を背中に乗せた時に、危うく空から落としかけて儲けが無くなるところだった、と話していたので、緊急時のために鞍まで作ったのだろうか、この商い鳥は。
もしそうなら、大した商売鳥根性だ。大成するよきっと、と
ご丁寧に用意されていた腰と足用のベルトをし、ナイフや愛銃の留め具にゆるみがないかを確認。ひょっとしたら隠密系のスキルをもっている? とデフレ君に聞けば、また誇らしげに胸を反らすペンギン――じゃなかった、
デフレ君が小さく鳴き、一瞬だけ外界からの情報――音や匂い、風の感触が鈍り、すぐに元の通りに戻る。
次の瞬間、巨大な翼が広げられ、その太い足は地面を抉りながら駆けだしていた。
羽ばたきながら助走をつけ、飛び上がろうとするデフレ君の背に乗り、手綱を握りしめて身体を伏せれば、まるで一体となったかのような感覚が襲い、頭にぴりっとした刺激が走る。
視界の端に、見慣れたNewの点滅文字。
驚きにちょっとだけ目を見開きながらそれを意識するだけで開けば、新しいアビリティを習得しましたの文字。
てっきり、新スキルか? と思っていた自分は、今度こそ驚きに目を見開く。その間にもデフレ君はふわりと空へと舞い上がり、風を切ってはるか上空で自分を無視してドンパチやっている、けしからん奴らの下へと羽ばたいていく。
この状況の中、詳しい確認は出来ないが自分はそのシークレットを開く。新しいアビリティ。それは、見習いのつかない、掲示板でも聞いたことも見たこともないアビリティだった。
アナウンスが、無機質な声でそれを告げる。
――新アビリティ:〝騎獣士〟を習得しました。
何で今だ、と思って開いた習得条件には、一部が隠されている条件もあったが、隠されずに表示されたものの1つは、積極的合意の上での騎乗を最低3種。2つ目は、合計騎乗時間が一定以上。
そのうち、騎乗は契約モンスターのみ、鞍無しでも騎乗として認める、とのことだった。なるほど。最初の頃の自分の怠惰っぷりも無駄ではなかったらしい。
思い返せば、ちょっと街を歩くにもギリーに。外に行くのも当然ギリーに乗って。遠出も勿論。散策もギリーで。急ぐときも、と始終ギリーに乗りっぱなしだった気がする。
そのおかげで出遅れた筋力値を鍛えるのに相当苦労したのだが。
アビリティと言うだけあって、いくつかの初期スキルが表示される。その中でも使えそうなものを見積もり、デフレ君が自分の指示を待って上空を大きく回り込む間に、めまぐるしく考える。
正直、得たばかりのスキルは効果が薄い。熟練度0%のアクティブスキルは、特に効果がまちまちで正直賭けに出ることは出来ない。
書いていなくても、魔力を消費するスキルもあったりするので、今は簡単に試してみようとはいかなかった。
けれど、やれることが増えた。それはつまり、戦い方も増えたということで――。
「――デフレ君。青いのに乗る女の右側をかすめられる?」
勿論、というようにデフレ君が空中で反転する。驚くことに、〝騎獣士〟のパッシブスキル、【獣身一体】の効果によって、反動がかなり少ないどころか、まるで一緒に羽ばたいているかのような感覚があった。
デフレ君もそれに気がついたようで、これでも遠慮がちに動かしていたらしい翼の動きを途端に加速させていく。
少し前だったら動くことさえ難しいだろうその速度でも、自分は難なく手綱から片手を放すことが出来る。
(これは使える)
良いアビリティを得た、と思いながらも表情を引き締める。表情を消し、雑念を払い、デフレ君の意識に合わせればその翼の動かしかたが伝わってくる。
右、左、ここから直線で上に向かい、ドンンパチやっているその更に上空から急降下で青いのの〝右側〟をかすめる。
一瞬、すれ違いざまに首をはねた方が早い、と思ったが、そういえば熊の時も主人が瀕死になってすぐに、死に戻りの光に包まれ始めた。
よくわからないが殺す前に、あのポーチの中にあるらしい何かを奪わなければいけない。そして、あの女を地上に叩き落とさなくては……。
「計画変更――デフレ君、女じゃなくて青いのの首を落とす。風の魔術を使うからタイミングを合わせて……詠唱が終わるタイミングで青いのの首にナイフの切っ先がはいるように」
ギリー曰く、ワルグム。それだけではどういった種族なのか解らないが、見た目からして鱗にはそれなりの強度があるように見えた。
アドルフの爪ならば大丈夫だろうと思うが、爪の長さはワイバーンの首を両断するには短い代物だ。
そういう時は、自分は風の魔術を補助に使う。かつて、あの太い砂竜モドキの首を半分ほど切断した時のように。
アドルフのナイフに魔力を通し、体内で魔術を発動させて肉を絶つ。骨までは断てないが、骨を真っ二つにするのは爪の役目だ。
ただし、風の魔術はリズムが肝心。ナイフが獲物の体内に潜り込んだその瞬間に、上手く発動させてやらなければ意味がない。
今回はもっと大変だ。敵は空中を動き回り、タイミングは計りがたい。しかも、自分は移動や角度をデフレ君に一任する身。
〝騎獣士〟のスキルがなければやろうとも思わなかっただろうが、思いついてしまったからにはやらずにはいられない性分が、その難易度の高い作戦にゴーサインを出した。
デフレ君は無言のまま、獲物の頭上を取るために上を目指している。デフレ君の隠密スキルを信じるならば、今、自分たちは誰にも見えていないはず。攻撃の瞬間には解けるかもしれないが、問題ない。
心臓が高鳴り、乾ききった唇に添えた指が歓喜と緊張に震えた。デフレ君の動きが止まるが、その理由は今の自分には手に取るようにわかる。
頭上を取った。後は、獲物を見据え、狩りをするだけ。
懲りないニブルヘイムが大きく口を開け、そこに白いワイバーンが躍り出ながら力強く羽ばたいている。
先に白い方を狙うことも考えたが、もし自分の知らない察知スキルを持っていて、咄嗟にネブラを盾にされたら今度こそ自分がニブルヘイムに食われる。
だからこそ、今は、
「――
そう、どのみち――全員潰すんだから。
腰からアドルフのナイフを抜き出し、詠唱を開始する。デフレ君の翼の動きに合わせてバランスをとりながら、引き金を引かれた弾丸が獲物を目指して急降下を開始する。
誰も気がつかない。白いワイバーンのせいで魔法を使えないニブルヘイムも。他の各色のワイバーンも。白いワイバーンに乗った男も、黒いのに乗った男も、そして――青いのに乗った女も。
「〝
自分の目はもはや女を女、としか認識していなかった。髪の色はどうかとか、服装はとか、そんな部分にはまったく目がいかなくて、ただその動きと腰の右に取り付けられたポーチだけを認識する。
女の腰と足は、男と同じように固定されている。つまり、青いのの首を落とし、そのまま地上に叩き落とせば、〝落ちる乗り物〟から容易に脱出することは出来ない。
にしても誰も気がつかない。まるで、取るに足らないもののように。大した脅威でもないように、捨て置かれている。
誰もまるで自分などいなかったかのように事を進めていて、それが非常に腹立たしい。不愉快極まりない状況だった。
デフレ君の翼が風を裂く。翼を半分だけ畳み、弾丸のように迫っていく身体。青いワイバーンの首が近づき、自分は右腕を振り上げながら、リズムの通りに唇を動かし続ける。
もう少し、あと少し、小さめの丸太ほどの首が迫り、振り上げた
「――〝繋がって 踊れ〟【ラファーガ】」
直後、青いワイバーンの鼻先で突風が吹き、誰もが突然のそれに振り向いた瞬間――
――その決して細くない首が、ずらり、と離れた。
第九十六話:
「……え?」
驚きよりも、困惑の声を上げた女の眼前で、青い『
物理法則は生きる者にも死する者にも例外なく。絶たれた首に繋がる頭が離れ、その身体は力を失い、嫌な浮遊感が女を襲った瞬間。何者かに腰のポーチを掴まれ、それは止まった。
空中にポーチのベルトだけで吊り下げられ、腰に走る痛みはあったが、女は仲間が助けてくれたのだとほっとして顔を上げたはずだった。
はずだったのに、
「これか。じゃあ、〝下で
その人物はにこりと微笑み、女のポーチから銀色の結晶を取り出したかと思えば、それを湾曲した爪のようなナイフで叩き割った。
そしてそのまま、アンタを待ってる奴がいる、と言って、見せつけるように女を掴んだその腕を伸ばし、放す。
「待っ――!?」
重力がその顎に女を捕らえ、加速しながら地上へと追いやっていく。空を駆けていた一瞬前までとは大きく違い、そこには絶望だけが待っている。
「そんな、今のは『陸鮫』の!」
今、壊された銀色の結晶は、女が『
〝
1つは、【
この方法だと、モンスターは自分の魂を主人に取り込まれているので、反撃するには自分の死を覚悟しなければならない。
代わりに、取り込んだ側も魂の容量を圧迫するため、取り込んでいる分だけの体力を失う。
当然、契約モンスターと違い、テイム・モンスターは主人の死と同時に野生のモンスターとして扱われる。
無為のまま数年を縛られることになるため、そうそう反撃してくるモンスターはいない。
2つ目は、奪った魂の半分を結晶化し、半端な契約モンスターの主人のように、結晶のまま身につける方法。
主人の体力は減らないし、モンスターのステータスも下がらない。主人が死んでも、奪った魂はモンスターに自動的に戻る。
そのかわり、反逆の可能性がいつまでもつきまとう。
運命共同体でもないならば、無理矢理自身を従えた人間を恨むテイム・モンスターは多い。そういう彼等は時折、戦闘中の隙をついて主人に刃向かい、反撃してくる可能性がある。
だからこそ女は、強すぎるせいで容量が足りず結晶化を選んだ『陸鮫』を、作戦に支障がないように地上に配した。
いくら『陸鮫』が反乱を起こしたくても、空にいる自分に牙が届くわけないと。なのに、なのに――
「嫌、ちょっと――!」
今、下からは歓喜の声が上がっている。女の墜落を喜び、この状況に浮かれ、そしてなにより――
「悪かったわよ、謝るから許して!!」
――解放の喜びに絶叫を上げる陸の鮫が、大口をあけて女を待ちかまえている。
仲間も、敵の雪花とかいう男も、地上にいる人間はぽかん、とした表情でそれを見送る。女が必死になって鞍から離れようと足掻く中、大口を開ける地上の鮫へと落ちていく光景を。
しかし、この場にいるモンスター達だけは、それが〝報い〟だと知っていた。
すでに騒ぎに集まっていた〝ジャーナリスト〟系のプレイヤー達により、この事は広く知れ渡るだろう。知らしめられるだろう。
野生に生きる、自然そのものと言われるモンスターを従え損なった人間が、どういう末路を辿るのか。
「嫌、イヤ――お願いっ! 許して――!」
バクリ、
と予想より小さな音がして、女が哀願と共に鮫に呑まれた。
首にかけられていたチェーンが砕かれ、リンゴを
瞬時に死に戻りの光に包まれるその女が、その牙の中で何を思ったかはわからない。
けれど、生まれて初めて人間を食し、飲み込み、その力を取り込んだ巨大な狼――『陸鮫』は、
『見てろよ〝彷徨い人〟! 全員喰い殺してやる! 森を焼いた
――我らを害した〝彷徨い人〟全員だ!!
怒り狂い、吠え猛り、人を食らって更に巨大化した銀色の狼の姿は、生放送として届けられる。
その宣言を聞き、ニブルヘイムが轟くような
それに呼応し、わき上がってくる数少ない生き残りのモンスター達の
世界を揺るがす怒りの声に。
遅まきながら、全プレイヤーは思い知ることになる。
自分達が、大自然の逆鱗に触れてしまったということを。
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