第二十四話:ポーション研究、第2歩

 


第二十四話:ポーション研究、第2歩




 ぱらぱらと「ポーションレシピ:素人編」を捲りながら、自分は今、どれだけポーションというものが凄いものかということを身に染みて学んでいた。


 とにかく量が膨大であり、薬の組み合わせだけでもう考えるのも嫌になるくらいの種類があり、効果も様々。確立されていない調合法は星の数ほど。


 素人が適当にやっても効果があらわれないはずであると納得した後、しかしきちんと薬の材料が持っている効果を理解すれば、未知のポーションを作り出すことも不可能ではないようだ。


 とにもかくにも、とりあえず素人は煮るのも潰すのも諦めて、大人しく煎じとけと本にはでかでかと書いてあるので、大人しく従うことにした。


「えー、煎じるとは――水で煮て、成分を染み出させること……です!」


「……そんな部分から始めなきゃいけないくらいポーション作成の難易度が高いゲームなんて、あんまりお目にかからないけど」


 げんなりとした顔で準備をしながらそう言うルーさんに、「膨大なるポーション研究:その1」を開いたままのフベさんがちっちっち、と人差し指を細かく揺らす。


「甘いですよ。この世界におけるポーションとは、おそらく真に差し迫った時に使う特別な薬なんです。その代りに、メンテナンス的に体力を補助するためのポーションが発達しているみたいですね」


「例えばなんですか?」


「例えば――――切り傷や火傷の固定ダメージを軽減、もしくはダメージ自体を防ぐ軟膏系のポーション。直接的に体力の回復はしないものの、自然回復を助け早期の体力の回復を促す、丸薬や液体系のポーションなどですね」


「はあ……直接、体力を回復する薬っていうのは貴重なんですね」


「この世界が異世界であるという立場をとっているという部分も多分に関わっているみたいですね。恐らくリスク回避です。書籍を読み込む限り、『ポーション』は直接的に体力を回復する効果を持つ分、中毒や副作用等のリスクが高い。それに対し、ポーションは体力回復等の補助の効果を持ち、そう強い効き目があるわけではないものの、副作用のリスクが極端に低い」


「……ああ、なるほど」


 異世界として捉えるならば、この環境下で人々はリスクを回避する方向に進むだろう。無理をしてまでモンスターと争わなきゃいけないような環境ではないようだし、より身近でリスクの低い薬が選ばれるのは当然の流れである。


 そのため、ここ〝始まりの街、エアリス〟におけるポーションの消費量はかなり少なく、『ポーション』は街の公務員であるNPCが〝外〟に出る際に持ち出す程度。


「だからレシピが秘伝みたいな感じなんですね」


「そうなるね。まったく……あ、あんらく君。それ使えそう?」


「これで良いんじゃね? 煎じるって茶と一緒だろ?」


「濾すための布と、煮るための鍋があれば十分ですよ」


 あんらくさんがごそごそと戦利品の袋を漁り、使えそうなものを引っ張り出す。長らく放置していた戦利品の数々も、ニコさん達が分類してくれたおかげですっきりと用途別に纏められ、今ではご自由にお使いくださいとでもいうように袋ごとに何が入っているかが書いてある状況だった。


 あんらくさんが漁っているのは備品の袋。中から中くらいの鍋を引っ張り出し、無造作に投げてルーさんに怒られている。


「あんらく君、物を投げない!」


「うるせぇジジイ!」


 喧嘩するほど仲が良いというし、2人も仲が良いのだろうと飛び交う怒号を流しながら煎じるべき材料を探して袋を漁る。

 素材系の袋に腕を突っ込み、役に立ちそうなものを探るものの、本当に色々なものがあって区別がつかない。


「……アミラ茸とか煮てみません?」


「お前が飲むなら良いぜ、フベ」


「同感だよ。自己責任って言葉知ってるかい? フベ君」


 毒系素材袋を覗き込んでいたフベさんの意見はあっという間に却下され、再び3人で武力行使こみの喧嘩が勃発。


 もう放っておくのが当たり前となっている光景から視線をずらせば、アンナさんが食料系の袋に手を突っ込み熱心に選り分けているのを、笑いながら見ているニコさんが掲示板の作成にいそしんでいる。


 実は誰もポーション研究やる気がないだろうという感じで自由だが、そんな空気も嫌いではない。


「フベさん、借りまーす」


 殴り、殴られを繰り返している3人を尻目に「膨大なるポーション研究:その1」を拝借し、「ポーションレシピ:素人編」と共に開いたままテーブルに置く。


 今度は煎じるだけなので、アンナさんの許可も得て室内での実験だ。簡易かまどに火をつけて、戦利品の中に混じっていた小さな銀色の鍋を火にかける。


 井戸水を汲み上げているという構造の蛇口を捻り、澄みきった水を確保。人数分をそろそろと鍋に注ぎ、試してみようと握りしめていたライン草を適当な量そっと入れる。


「えーっと……〝素人は、何も考えずにとりあえず煮るべし〟……〝変に潰したりするから妙な不純物が混じって、えたいの知れない液体となる〟」


 ほほう、なるほど。それは確かに的を射ている。素人はとかく〝それっぽい〟作業が大好きで、薬作りといったらもう乳鉢と乳棒で色々と潰して煮てみたくなるのが素人――というか自分だからだ。

 現に混ぜたり潰したり煮たりといった作業は楽しくて仕方がない。成功するかは置いといて、だ。


「ふむふむ……そうして軽く沸騰したら火を止めて……蓋をして余熱で蒸らす。ほう……」


 薬を煎じる時に余熱で蒸らす、という発想はあるようでない。お茶を淹れる時には蒸らすのは当然だろうが、一度薬という名がつけば思わず煮てみたくなるのが自分である。そう、何度も言うが雑草を煮ているだけで楽しめる自信があるほど、自分はこういう作業が大好きだ。


「ライン草の場合、しばらく蒸らし……半透明の黒色になればほぼ成功である。効果はライン草の量と質によるが、簡単な回復促進ポーションが出来上がる」


 本当にお手軽なポーションだ。まだまだこの段階では『ポーション』ではなく、具体的な効果は微々たるものらしい。気休め程度に体力の自然回復速度が上がる、といった効果しかないようだ。擦り傷を即座に直す程度にしか効果がないとか。


「……ふむ。多分成功だよな、これ」


 これは後でみんなにお茶として出してみて、味の反応をみてみよう。効果は確認するまでもないほど微々たるものだし、問題はライン草の基本の味だ。


 潰して煮れば、当然煎じたものより味が濃いに違いない。この段階ですでに飲めないほどツラいのならば、後々は味についても考えざるを得ないだろう。


 薄い布で濾してピッチャーのようなものに入れ、完成品として脇にどかす。次のステップへと進むべくページをめくり、次は軟膏を作ってみようという文字を見つけて何かが滾る。


「軟膏……!」


 あんらくさんが所持していた、血止めや火傷治しの効果がある軟膏のようだ。

 他にも凍傷を緩和する軟膏や、傷の治りを良くする軟膏などがあるようで、これを自分で作ってみようというのはとても楽しそうなアウトドアだ。正確にはアウトドアではないが、もう全部ひっくるめてそう呼ぼう。


「あんらくさん、フベさん、ルーさん!」


「……何だよ?」


「……何か見つけた? 狛ちゃん」


「おや、よさげなポーションですね。次は何を作るんですか?」


 死屍累々。そんな言葉がふと浮かぶような光景である。

 軟膏を作るべく喧嘩をしていた3人を振り返れば、あんらくさんとルーさんはぐったりと床に倒れ伏し、フベさんだけが涼しげに紅茶など飲んでいる。


「軟膏です」


「軟膏……ってあれか、俺が店で買ったあれか?」


「白金貨3枚でちょっとしか買えないあれか……『ポーション』が簡単に手に入らない今、重要なのは固定ダメージを消して、自然回復を促す薬……ってとこかな」


「そうですねぇ、素人用のこんなに簡単な『ポーション』レシピでさえ、見たこともない材料でいっぱいです。おそらく、〝始まりの街、エアリス〟周辺に存在する草花ではないでしょうね」


 いつのまにか「ポーションレシピ:素人編」を眺めていたフベさんがそう言いながら紅茶を啜る。確かに材料にあげられているのは『ステルス・スパイダー』だの、『落心草らくしんそう』だの、姿形さえ思い浮かばないものばかりだ。


 運営の本気度からいって、どう控えめに考えてもこの巨大セーフティーエリアからかなり離れた場所でしか採取できないであろうことが簡単に予測される。

 つまり、その材料を手に入れるまでの間。プレイヤー達は『ポーション』の使用が制限されているのと同じことなのだ。


 しかし戦闘によって負ったダメージを回復するのに、何も無いというわけでもない。おそらく、軟膏や丸薬による補助ポーションを使えという事なのだろう。材料もそこらで簡単に毟ってこれるライン草や、トラッド種の羽根などの、比較的近場で手に入る材料ばかりが揃っている。


「と、いうことは。軟膏とかは結構重要な立ち位置のポーションということになりますね」


「切り傷には固定ダメージがあるからね。血液が大量に零れればそれだけ魔力も減るし、体力も減る」


「へー……」


 【Under Ground Online】には切り傷に対して固定ダメージがあるのだそうだ。傷口が僅かにでも修復され血が止まるまでは、一定のダメージが存在する。

 固定ダメージだろうと言われているが、あんらくさん曰く固定ではなく、本当に血が零れた分だけダメージとして扱われるのだとか。


「血を作ってんのも〝濃い魔力〟――体力だってことなんだろ。芸が細けぇこったな」


「血を止めた上で、修復までの時間を短縮するポーションがメインに使われることになるんですかね。すごく『ポーション』まで遠いですね」


「そうなるだろうね。しかも市販品は高いから……自分で作れるならそれに越したことはないだろう」


 で、材料は? と言われ、まじまじと「ポーションレシピ:素人編」を端から辿る。軟膏の作り方……あった。


「えー……『植物油』、『蜜蝋』、『ライン草の根』、『フクラ茸』の4つですね」


「植物油は市販品で手に入りますが……蜜蝋は売ってませんでしたね。ライン草の根もそうですし、フクラ茸も「膨大なるポーション研究:その1」には載っていますが、売ってはいません」


 問題はその3つですねと纏めるフベさんに、黙って話を聞いていたニコさんが蜜蝋の精製の仕方はリアルと同じなら知っていると手をあげる。


「ひっひっ……蜜蝋は主に蜂の巣から作ります。かなりの量の巣を煮ても、意外と量が取れないのが蜜蝋です」


「……〝エアリス〟の北地区には養蜂場があると聞きました。おそらく、街の薬屋は養蜂家と契約関係にあるのかもしれませんね。安全に、しかし少量しか蜜蝋が手に入らないからこその、あの値段ですかね」


「それじゃあ攻略に使う分だけ確保するのは無理でしょうね」


「そうですねぇ……でも〝外〟に取りに行くのは案外無謀かもしれませんね」


 疑問符。養蜂家がいるのならば、野生の蜂くらいいるだろうにと考えて首を傾げれば、フベさんがにっこり笑って持っていた本の背表紙をなぞる。


「この世界における野生の蜂が、現実の蜂より危険ではない自信がありますか?」


『ない』


 全員一致の即答だった。


 野生の蜂と養蜂家が飼っている蜂が、必ずしもイコールではないとすれば最悪だ。おそらくモンスターとして存在するだろうから、それこそムカデよりも恐怖だ。


『蜂ですかぁ……この近くで野生の蜂っていうと、『平原震え白蜂しらばち』とかですかね。平原震え蜂科は怖いんですよ。流石にヒントをあげすぎちゃうと楽しみが減ると思うんで教えませんけど、ここらで一番数が多いのは平原震え蜂科の中でも、白蜂ですね』


「……久しぶりルーシィ。でもその説明だとどう好意的に聞いても、まだまだ蜂の種類はいっぱいあるように聞こえるんだけど」


『リアルの生物に対して似たようなモンスターが1種類ずつって萎えません?』


「……まあ、そう……かな?」


「狛ちゃん。これ普通じゃないから。そう簡単に納得しないように」


 違うからね。普通はキラービーとかそんな感じの名前がついて、しかも限定的な場所にしか出現しないからね、というルーさんの目は濁っているようにも見える。


「普通のRPGは大自然よろしく平原を蜂が徘徊してたりしないから。そんな生命の営み描かれないから。……しかも科とか何!? 砂漠ムカデ科の時はスルーしたけど、分類がそこまで細かいなんてRPG捨ててるでしょ!」


「まあまあ。それだけ本物めいたものが作りたかったんでしょう。楽しいからいいじゃありませんか。第一僕等だって、普通のRPGは飽き始めていたでしょう?」


「そりゃ……そうだけど」


『とりあえず蜜蝋とライン草の根っこと、フクラ茸を採取する必要があるんですよねー?』


 ふらふらと自由に行動しまくっている相棒のサポート妖精は、空中でくるりと回ってくすくすと笑う。ヒントを教えてくれるだけでもありがたいので、未だに頼りになる相棒だ。


『ライン草の根っこはですね、ある程度の大きさのライン草じゃなければマトモに使えるほど採れませんよ? フクラ茸は自力で探してくださいね。ちなみになんと! 大きいライン草は成人男性の背丈を超えるんです!』


「それはまた斬新な……」


 さすがに困ったように眉を下げるフベさんに、ニコさんが難しい顔で「あなたの知らない草花:その1」を差し出して、そこに載せられたライン草の写真と特徴を読んでみんながみんな黙り込む。


「……最大で3メートルって、どんな草だよオイ」


「ライン草って序盤のかませ的な植物だと思ってたよ……」


 力なくそう言うあんらくさんに、ルーさんも同意して疲れたように肩を落とす。これだけ巨大なら見つけること自体は難しくないだろうが、こんな身の丈を超すライン草が生えているという場所に一体どんなモンスターがいるのかを考えると憂鬱になる。


「フクラ茸は真ん丸に膨らんだキノコですね。最小で5ミリ、最大で1メートルにも及ぶキノコです。毒性もありますね。止血作用と同時に錯乱物質が含まれているようですねぇ。別名:幻覚キノコ。ひっひっひっ……麻薬みたいですねぇ」


 ニコさんが図鑑を捲りながら必要な材料を確認し、みんなにそのページを開いて見せる。

 開かれたページに貼られた写真には、薄黄色い地色に、薄いオレンジで波のような模様が入った真ん丸なキノコが写る。


 本当に丸々していて、マッシュルームよりも丸いかもしれない。コロコロとした外見は可愛くもあるが、同時に書かれた別名が表す意味が残念すぎる。


「と、いうことはだ。俺等は『平原震え白蜂の巣』に、でっかい『ライン草の根』、『フクラ茸』っつーキノコの、3種類集めりゃ良いんだな?」


「いぇあー。で、どこからいきますか!?」


「……狛ちゃん、楽しそうだねぇ」


 ポーションを作るためだけに、原材料集めから始めるなんて素敵すぎる。素敵すぎるではないかと主張すれば、みんなから沈黙をもらい受けた。

 少し引っ掛かりを覚えたものの、フベさんが笑いながらじゃあ行きましょうか本を閉じる。


「ライン草の根は乾燥させる必要があるようですから、一番最初に取りに行きましょう」


「おうよ。じゃあ場所を言え」


「何言ってるのあんらく君。図鑑に書いてある生息地の特徴を捉えて探すんだよ」


「……フベ、テメェついに目が見えなくなったか。よく見ろコラ! 生息域:全域とか書かれてるだろうがよ!」


 これでどうやって特徴を捉えて探すんだよ、というあんらくさんの意見は最もである。というか全域に生えているとは、恐るべしライン草。


「他にもあるでしょう。草食動物、及び草食モンスターが少ない地域ほどよく伸びると」


「……」


「……」


 その言葉に、みんなして青い顔で黙りこむ。それは、つまり……そう。ライン草を食べる草食モンスター達が少なければ、食べられる分よりも育つ方が早いのだから、当然ライン草もすくすくと伸びるだろう。

 しかし、逆に考えてみればだ。それはつまり、肉食モンスター達がはびこる危険地帯とも言い替えられる。


「……運営の悪意が透けて見えるね」


「根っこですから、大きい分引き抜くのも大変でしょうし……」


「絶対にうようよいるだろ。死ぬほどいるだろ」


「諦めて行ってくるしかないでしょうねぇ。確かに【Under Ground Online】のモンスター達の強さは異常ですが、そう簡単に倒せても飽きてしまうんですし、良いんじゃないですかぁ?」


 ゲーム歴としてはベテランじゃないですかぁ、と言うニコさんに、みんなが溜息を飲み込んで目を閉じる。

 当面の目的はポーション作りのための、命懸けの材料調達。難易度は高めのように感じるが、面白いは素晴らしいということで、みんなも覚悟を決めて目を開ける。


「蜂蜜欲しいから……私も行く」


 厨房にいたはずのアンナさんが不意に輪に入ってきて、自分も行くと主張する。

 ニコさんも実力不足ながら生の情報のためにお供しますと宣言し、何となく集まって行動していただけの6人が、協力して頑張ろうという流れに乗っかった。

 パーティーを組み、互いに簡単な戦術を打ち合わせ、後は現地で臨機応変にということで動き出す。


「では――――ポーション研究、第2歩目! 今度こそしっかりと材料調達です!」


『おー!』


 拳を突き上げた6人で、軟膏作りのための波乱万丈な材料調達、開始である。



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