第二十五話:初めての武器
第二十五話:初めての武器
「ライン草はこの世界においてほぼ全域に生息する植物である。小さなものは食材として扱われ、薬の原材料としても利用される。最大で3メートルにも達し、大規模な茂みを形成することもある。根は軟膏の材料として重宝されるが、人工栽培においては少量しか確保できない。モンスター達の格好の隠れ場となりやすいため、ライン草が群生する地域での活動には十分な注意が必要である、と」
「……それ読んでて楽しい? 狛ちゃん」
「再確認的な感じですね。どんな武器が適しているかなーって」
「そうだねぇ、とりあえず見てみようか」
「はーい」
「あなたの知らない草花:その1」に書かれた内容は以上の通り。
結局材料調達という大目標は決まったものの。それらの情報を踏まえたうえで、モンスター達が
どうせ軟膏は今後も継続的に作ることになるのだから、そりゃあ一度に採取できるだけ採ったほうがいいということで。準備も特に念入りにしようと、今はそれぞれの武器の調整や新調のために武器屋に来ている。
真夜中でもやっている、商魂逞しい武器屋の中。棚に並ぶ金属の凶器達を見上げて思わず尻込む。
あんらくさんが使う剣闘士の武器、グラディウス。暗殺者系アビリティに適したダガーやスティレット。他にも名前も知らない武器がずらりと並び、まさに壮観の一言だ。
「武器とか……やっぱり持った方が良いんでしょうかね」
「あー……そうだな。短剣くらいは持った方が良いんじゃねぇか?」
底光りするグラディウスを手に取り、具合を確かめていたあんらくさんが適当に棚に並べられた短剣を手に取って、これなんか良いんじゃねぇかと渡してくれる。
「うわ……重い」
持ってみた感想はまず真っ先に重い、だった。ずっしりとした金属の重みが手の中にあり、これを人に向けるにはかなりの覚悟を要するだろう。
よくこんな怖い武器を使ってあんな風に人と戦えますねと言えば、ルーさんが苦笑しながら持っていた長剣の柄を撫でる。
「これはね、もう慣れだよ狛ちゃん。良いことだとは思わないけれど、ゲームだからね。現実で事件を起こさないように、警察への市町村番号の登録が義務化されていることからもわかるだろうけど。一応、どこの運営も気を使いつつ遠慮はないね」
「慣れ……ですか。まあ、ファンタジーゲームの宿命ですかね」
「だからこそ年齢制限があるわけだから。無分別な人はアカウントを消されたりもするしね」
「そうですか……」
アカウントの消去というのは運営からのトドメなんだそうで、どのゲームで問題を起こしたとしても、一度問題を起こせば余程の理由がない限り他のゲームでもアカウントが作れなくなってしまうそうだ。
ゲーム好きには身を切られるような罰となるらしく、みんなが比較的まともにルールを守っている理由にもなっているのだとか。
「短剣……アウトドア的にはナイフみたいなものは持っていたいですね。後は……銃とか弓とか好きなんですけど」
「遠距離系の武器が好み? すみません、銃とか弓ってあるんですか?」
こいつ等は冷やかしではなくちゃんと買いそうな客だとみていたのか、にこにこ顔で待ち構えていたNPCのお姉さんがそれを聞いて目を輝かせる。
「銃も弓もありますよ。クロスボウ――日本ではボウガンと呼ぶ武器ですね。そんなものも勿論あります。銃でしたら拳銃は比較的安い部類ですよ。ウチは粗悪品を扱わないんで、最低でも白金貨2枚、最高でも5枚くらいのものを扱っています。ただし――」
「ただし?」
「どの武器でもそうですが、包丁や一定の大きさを超えないナイフなどの例外を除き、全ての武器にはそれを扱うための資格――“アビリティ”が必須です。資格は無くとも「使用」は可能ですが、資格が無ければ武器に適応した【特殊スキル】が使用できませんし、銃などの特殊な武器はまともに扱う事すら難しくなります」
「……えっと?」
お姉さんがいうには、つまり武器を「使用」、「売買」する分には資格や才能は必要ないが、その武器の持ち味を真に生かしたいのならばアビリティの取得は必須であり、知識無き者にスキルは扱えず、武器の力も半減する破目になってしまうのだとか。
「お客様がお持ちの特殊武器にはそういう表記があると思います。武器自体が持つ固有スキルであっても、持ち主が扱うべきアビリティをもっていなければスキルの使用は制限されます。装備は出来ますけどね」
あんらくさんが持つ『血錆のグラディウス』には確かに“剣闘士”のみ装備可能と書いてあったが、あれは正しい意味では装備は可能だがスキルが使用できる状態にはならない、という意味らしい。紛らわしいと思いながらルーさんを見上げれば、スキルが使用可能な武器以外を買う余裕がなかったから知らなかったシステムだと言う。
「なるほどねぇ。確かに、剣士系のアビリティが持つ特殊スキルには、そのスキルを発動できる武器の制限みたいなものが記載されているんだよ。だからこそ他の武器は買わなかったし、買う余裕も序盤ではないからね」
武器は一様にそれなりの値段がするらしく、そうそう他の武器をお試しで買えるほどの余裕はないという。他にどんな場所でお金が必要になるかわからないし、武器が壊れたら買い替えなければならないからだ。
武器にもしっかりと耐久度があるらしく、負荷を与えすぎれば折れるし、砕ける。錆びる材料で出来ていればしっかり錆びる。腐るという概念すらも存在するらしく、普通のゲームとしてのシステムではないらしい。
「ちなみにどんなアビリティが必要なんですか?」
「銃でしたら“見習い銃士”のアビリティが必要となります。ここでいう銃士とは単に銃使いという意味です」
「“見習い銃士”は初期アビリティではありませんねぇ。ひっひっひっ、取得条件は何なんでしょう?」
ナイフ類を見ていたニコさんが聞けば、お姉さんはにっこりと笑って手を合わせる。
「銃を購入してくださった上で情報料をお支払い下さった方にのみ、特別にお教えしております!」
「……」
「……」
汚い。流石この世界の店員、金に汚い。
みんなで黙り込むものの、負けじとニコさんが情報を引き出すべく話しかける。
「ひっひっ……ちなみに情報料は?」
「お客様方は見込みがありそうですので、白金貨5枚ほどで。アビリティの取得条件についての情報はゲーム開始直後である今、かなりの高値がついております。相場は白金貨20枚ほどとなりますね」
ぼったくるところではもっと毟りますというお姉さんに嘘はないらしい。相場の値段を聞いたニコさんが眉をしかめて、確かにもっと高値がついてますと呟いたということはそういう事だ。
「情報料はわかった。他には……ここでもリアル追及しているのかな。仕組みとか構造は?」
「そうですねぇ、“見習い銃士”のアビリティによってスキルの適用が認められる銃となりますと、拳銃のみですが、一口に拳銃といっても様々なものがあります。ここは気に入った見た目から入るか、それとも仕組みを理解したうえでお選びになるかによって説明できるものが違います」
ずらりと並ぶ拳銃を見せられて、どうしますか? と問われるも銃の構造などまるで知らない。とりあえず簡単に説明できるか? と聞けば、では本当に簡単に、とお姉さんがショーケースの中から1つの銃を取り出した。
「そうですね。構造は説明いたしますが、とりあえずは形から。お客様、契約モンスターはいらっしゃいますか?」
「え? あ、ああ。ドルーウと契約してるけど……」
「では、愛着がわきやすいようにこちらの銃は如何でしょう。『三十六式オートマチック:デザートウルフ』でございます」
1度取り出した銃をしまい、また違う銃を手に取って見せてくれる。ドルーウの別名は砂漠狼、そこからとられた名前だろうが、見た目も確かにドルーウをイメージしているようだった。
前にネットで見たような回転弾倉……と言っただろうか。こう、くるくると回る部分は存在せず、滑らかな見た目がとても格好いいと思う。撃つ時に握る部分がギリー達と同じ色で、白と黒と橙の斑となっている。
「まず、拳銃とは片手で取り扱うことができる小型の銃の総称です。ハンドガンとも言いますね。基本的に片手で撃てないものは拳銃とは言いません」
「ほう……格好いいですね、それ。すごく格好いいですね」
「ええ、おすすめ品です。次に拳銃の種類についてですが、そうですね……お客様は初心者ですので、あまり複雑に種類を並べてもわからないでしょうから。今回は2つの種類について簡単に説明いたします」
「はい、お願いします」
フベさん達も意外に興味津々で、お姉さんの手元を見ながらわらわらと集まってくる。みんなの動きが落ち着いたのを見てとってから、お姉さんが解説と共にもう1つ拳銃を取り出して並べてみせる。
「まず、拳銃には2つの系統が存在します。自動式拳銃と呼ばれるオートマチックピストル。回転式拳銃と呼ばれるリボルバーの2つです。更にその中に、撃つための準備動作としてシングルアクションとダブルアクションというものが存在します」
オートマチックピストルは先程の『デザートウルフ』。もう1つのリボルバーというものはお姉さんが新たに取り出した銃の方らしい。
並べられた2つを見比べれば、明らかに違うものだと納得できる。まず形からして違うのだ。オートマチックは全体的な凹凸が少なく、スマートな印象。
リボルバーは銃の持ち手の部分と筒の部分がくびれているような形で、更に先程思い出した通りの――回転式弾倉というらしい――ものがついている。
「形が違いますからはっきりと判別はつくと思いますが、これらは形だけではなく扱い方や利点、悪い点がそれぞれ違います。実際に大まかに違う部分はまず装填数の違いですね。リボルバーはこの回る部分……わかりますか? このレンコンのような部分にあらかじめ弾薬を入れ、そして撃鉄起こすことで銃弾を発射することが可能になります。実演した方がわかりやすいと思うので、見ていてください」
レンコンのように5個の穴が開いた部分は押し出すことで横にぱっかりと出てくるらしく、見本としてお姉さんが慣れた手つきで弾薬を込めて再び戻す。
そして次に銃を持った時にちょうど親指がかかる部分にある突起――撃鉄、もしくはハンマーというらしい――を下向きのレバーのように下ろし、これで引き金を引けば銃弾を発射することが出来るという。
「リボルバーの中でも、これはシングルアクションと呼ばれるものとなります。リボルバー自体の仕組みは単純で、要するにバネの力です。撃鉄を起こすことで回転式弾倉が回転し、弾薬が定位置に装填されます。この状態をコッキングといいます」
レンコン状の部分が確かに撃鉄と共に回転し、弾薬を込めた部分で静止する。
「このような仕組みのため、リボルバーの場合は一度に連続で発射することができるのは穴の数だけ。今回は5発までです。弾込めをするにはもう一度、回転式弾倉を引き出して装填――弾込めのことです――をしなければなりません」
そう言いながらお姉さんは窓を開け、見ていてくださいと言いながらリボルバーを構えて引き金を引く。上空に向けられた銃から、乾いた銃声が夜の街に響き渡る。
引き金を引くことで撃鉄が落ち、弾薬の火薬が発火し銃弾が発射されるらしい。銃の弾というものは長細い筒の部分を含めて弾なのだと思っていたが、筒の部分は火薬が詰まっている薬莢というらしく、実際に発射されるのは先端の部分だけなのだという。
「次弾を撃つためには、再び撃鉄を起こし、引き金を引く。これがシングルアクションのリボルバーの扱い方となります。ダブルアクションの場合は引き金を引くだけでシングルアクションの一連の動きを自動で行い、撃鉄に触れる必要なく、1度深く引き金を引くだけで銃弾が発射されます」
全弾全て撃ち終われば回転式弾倉をずらし、内部に残った薬莢を取り出して再び弾を込めるという。少しだけ面倒な手順を踏むらしい。
聞いたぶんには、リボルバーの発射準備は意外と単純だ。
回転式弾倉に弾薬を込め、戻し、撃鉄を起こして引き金を引き、弾丸を発射する。そして再び撃鉄を起こし、引き金を引く。これを穴に込めた弾薬の分だけ繰り返す。この手順を踏むリボルバーはシングルアクションリボルバー。
回転式弾倉に弾薬を込め、戻し、引き金を引くだけで自動で撃鉄が動き弾丸を発射する。これも穴に込めた弾薬の分だけ繰り返せる。この手順を踏むリボルバーは、ダブルアクションリボルバー。ということになる。
「リボルバーについて大まかに、簡単に説明するとそんな感じです。いいですか?」
「ばっちりです。で、そっちは?」
「こちらは先程も言いましたが、自動式拳銃。オートマチックと呼ばれる種類の拳銃です。こちらは銃弾を発射する反動で、薬莢排出と次弾装填までを自動で行うものとなります」
「リボルバーではそのまま撃ち尽くした後に排出するのに、自動で薬莢を排出するのはどうして?」
「順を追ってご説明します。まずオートマチックはリボルバーとは根本的に、その構造がまるで違います。リボルバーの場合は構造は単純ですが、それに比べればこちらは若干複雑です。まず、弾薬の装填方法から違います」
『デザートウルフ』を手に取ったお姉さんが、よく見ていてくださいと言いながらポケットから何かを取り出し、みんなによく見えるように照明の下に持ってくる。
見れば何だろう。細長い金属の、四角い筒のようなものであり、そこに弾薬が沢山入っている。ちょうど弾薬の大きさにぴったりの横幅で、下から横向きに綺麗に詰められたそれをお姉さんはマガジンと呼んだ。
「これがオートマチックにおいてのマガジン――弾倉です。文字通りこの入れ物に弾薬を詰め、これをカートリッジのように銃に差し込み、弾薬を装填する準備をします」
『デザートウルフ』の持ち手――グリップというとか――の底の部分に穴があり、そこにかしょんとそれをはめ込んで見せてくれる。
「今回は詳しい説明を省きますが、オートマチックには様々な発射動作の種類があります。今回のおすすめ品はシングルアクションです」
「ほう……」
また何か色々とあるらしい。面倒だと思う自分もいるが、しかし説明を聞きながらわくわくしている自分がいるのも本当だ。
ここまで細かな分類まで揃えているなんて、なんて素敵な運営だろうと思うのは自分だけなのだろうか。やはりこういう細かな部分まで新しい発見があるというのは新鮮だし、飽きがこないような仕組みになっているのだろうか。そもそも飽きる前にやりこみ要素が多すぎるが。
心の中でひっそりと、もうこれは銃を使ってみるしかないと決意しつつ、お姉さんの説明を真剣に聞くべくその手元に意識を集中する。
「まずは初弾です。初弾に限っては、どんな発射動作だろうと必ずこのスライド――この部分です――を文字通りスライドさせ、初弾を装填し、ついでに自動で撃鉄も起こします」
実演しながらの説明はやはりわかりやすく、お姉さんは滑らかな手つきでグリップを握ったまま、片手で撃鉄の方へと何かを引く動作をする。
説明の通りに銃の上の部分がスライドし、それによって自動で撃鉄も起きるらしい。スライドによってズレたために銃身が僅かに剥き出しになり、少し斜めになっている。
そのままスライドして引いた部分から手を離せば、これもバネなのだろうか、勝手にスライドは戻り再び銃身が綺麗に隠れ、これで弾が装填された状態になっているという。
「おー……」
「このスライドの動作だけで撃鉄は起きますし、弾薬も装填されます。このまま引き金を引けば弾丸が発射され、発砲と同時に装填、撃鉄を起こすという流れが自動で行われます。ただし、この銃には暴発防止の安全装置があります。グリップの後ろ……この部分ですが、しっかりと正しく銃を握らなければ発射できないようになっています」
お姉さんは説明をしながら外に向けて撃ってみせ、発砲と共にその衝撃でスライドが動き、薬莢がすごい速度で回転しながら排出される。
このまま再び引き金を引くだけで連射が可能らしく、それがオートマチック(自動式)と呼ばれる所以だとか。
安全装置は2つあり、グリップをしっかりと握らないと発射できない仕組みが1つ。撃鉄の下の、銃の左側にある三角形の部分にある安全装置がもう1つだ。
「この三角形の部分をサム・セイフティと呼びます。このセイフティはスライドを引き、撃鉄が起きた状態でしかかけられません。初弾を装填するためにスライドを引き、撃鉄が起きたのを確認した後にこのサム・セイフティを親指で押し上げて、装填したままの臨戦態勢の銃の暴発を防ぐことができます」
「ほう……うわ、格好良いな。綺麗だし」
「如何ですか? ちなみに『三十六式オートマチック:デザートウルフ』は、ただいま在庫が1つしかございません。こちらの見本は非売品ですので、本当に後1つですね」
「買いますそれ」
「毎度ありがとうございます!」
……残り1つと言われまんまと即答してしまったが、はっきり言おう。格好よさに惚れました。
名前にも見た目にも、ギリー達と合わせられるという部分も良い。ごちゃごちゃした仕組みも大好きだし、何よりもリアルなところがとにかく嬉しい。
現実では不自由が多い分、VRの中で現実的なことが出来るのは本当に楽しいものだ。しかも格好いいし実際に撃てる。なんかロマンを感じるとか思いながら、じっと自分のものになる――予定の銃を見つめる。
「一応、簡単に比較しますと装填数とその速度の違い。説明した通り扱い方の違い。他にもリボルバーには弾詰まりがありませんが、オートマチックには稀ではありますが弾詰まりの可能性があります。装填数と装填速度は格段にオートマチックの方が優れていますが、リボルバーには戦闘態勢時における安全性の高い携行が可能という利点があります」
「……後で調べて覚えます!」
絶対に買う。しっかり覚えてアビリティも取得すると息巻けば、ニコさんが笑いながら時間は十分あるから良いだろうと言う。
「それに戦力強化としては必要でしょう。武器が決まって良かったですねぇ」
「はい! ニコさんも何か買わないんですか?」
「考え中です。皆さんも説明は聞き終わったんですから、自分の分を決めましょうねぇ。ひっひっひっ」
含み笑いをしながらみんなを促すニコさんに、ぎらりと光る包丁を持ったアンナさんが黙って頷く。
あんらくさんは既に決まっていたようで、ルーさんとフベさんは未だに決まっていなかったらしい。一緒になって興味深そうに解説を聞いていたが、慌ててめいめいに自分の武器を探しにかかる。
「えー、では『三十六式オートマチック:デザートウルフ』のお値段は……白金貨3枚のところを、おまけして白金貨2枚となります。弾薬はまた別ですが、現在の相場だとこの銃に使う弾は1発で銀貨1枚と銅貨3枚ぐらいですかね」
「ふむ……」
銃本体はおまけでも2万フィート、弾薬は1発130フィートか。
ちょっと高いなと思いつつ、威力が伴えば値段も上がるのだろうと諦めて財布を探る。
「じゃあ、弾薬はとりあえずよくわからないんで300発前後で。後はアビリティの入手方法についての情報もお願いします……ちなみに綺麗なお姉さん、ちょっと安くなりませんか?」
「……むむむぅ、そうですねぇ。お客様、一括払いで?」
「勿論」
「そうですか……ふぅむ。では実際に銃も購入いただきましたし、情報料を白金貨2枚にまけましょう。合計で白金貨8枚の8万フィートで」
「……7万」
「7万7千」
「……7万5千でお願いします」
「…………良いでしょう。オマケもつけておきますね」
稚拙な値切り交渉はお姉さんの好意でぎりぎり勝利。銃本体よりも高い弾薬に不安を覚えつつ、アビリティ取得の為の情報も買ってほくほくである。
高い買い物ではあったが散財は意外と楽しいものだ。ゲームだからという部分もあるが、お金を使うのは嫌いではない。実際かなり好きな方だ。
満足感と共に顔を上げれば、お姉さんが棚の奥を探り何やら小さな冊子を取り出した。
「アビリティ取得の為の情報ですが、こちらです」
「……はい?」
お姉さんにぽんと渡されたのは小さなそれ。タイトルは「あなたの知らない魅惑の銃:素人編」。
猛烈に嫌な予感に襲われつつ顔を上げれば、にっこりとお姉さんが微笑んだ。
「この本を読み、きちんと理解できているかを統括ギルドにて試験します。その試験に受かれば、あなたも晴れて“見習い銃士”です!」
「…………」
お姉さんの楽しそうな声だけが、真夜中の武器屋に虚しく響く。
何、何……? このゲームはどれだけ書籍が好きなんだ? と頭の中で疑問を繰り返しつつ、じっと表紙を見つめてみる。
クリーム色の地色に灰色の紋章のようなものが刻まれている。おそらくシルエットからいって、リボルバーとオートマチックピストルが交差した図。無駄に格好いいのがまた腹が立つ。
「……全部、覚えるんですか?」
「いいえ。試験ですから、要点だけを抑えれば簡単です」
「そうかな……本当にそうなのかな」
本当にそうなのだろうかと悩みつつ、とりあえず購入はしようとお金を払う。嬉しそうに受け取ったお姉さんが確認し、確かに受け取りましたと頷いてから、奥から金属の箱を持ってくる。
滑らかな銀の箱。凹凸どころか模様も傷もないその箱が開かれて、中から自分のものとなる銃があらわれる。
黒くしっかりとした銃身に、ギリー達と同色の斑のグリップ。艶のある漆黒がきらりと光り、どうしようすごく格好いい。
「『三十六式オートマチック:デザートウルフ』でございます。45口径、銃身長は108ミリ。装弾数は7発。作動方式はシングルアクション、ティルトバレル式ショートリコイル。全長218ミリ。重量1340グラム。使用弾薬は.45AWPです。ご確認ください」
「えっと、その前に……よんごうおーとまちっくうるふぴすとる? って?」
「Automatic Wolf Pistol――――オートマチック・ウルフ・ピストル。弾薬の種類のようなものですね。ウルフの名を冠する45口径の銃はほとんどがこの弾薬を使用しています」
「あ、そういう読み方するんですか。読めませんでした」
説明書に書かれたその文字をまじまじと見つつ、ああ意外と重いんだなぁと違うことを考える。何だか弾薬の名前まで格好よくて良い感じだと思いながら、そっと箱ごと受け取ってその重さにじんと痺れた。
「うわぁ……なんかすごい」
「気に入られたようでなによりです。お客様のアビリティ取得、心より願っております」
「ありがとうございます。頑張ってみます」
「あ、狛ちゃんそれにしたの? こっちも大体決まったから、とりあえず一度帰ろうね」
「はい。ルーさん何買ったんですか?」
「一応、普通の剣を1つ」
なんてことない剣だけど、木の棒は折れる危険もあるから一応というルーさんに、新品のグラディウスを腰に差しているあんらくさん。フベさんはにまにまと小さなナイフを手にしている。ニコさんも何か買ったようで、アンナさんは迷わず包丁を買ったらしい。包丁も一応武器の分類に入るらしく、スキル等も存在しないわけではないらしい。
「このまま一度戻るけど、ログアウトまでまだ微妙にあるからね。ライン草を採りに行くのは明日の2回目のログインの時に行く予定だから、それまでは自由時間になるよ」
その間にアビリティを取れるといいねと言うルーさん。頑張りますと返事をしてからお姉さんにお礼を言って、暗い街中を武器屋を後にわいわいと歩き出す。勿論しっかりと弾薬が詰まった重たい袋は貰ったし、おまけも中に入っているらしい。
あまりの重さに持ちあがらず、あんらくさんに持ってもらいながらも、ゆっくりと6人でアンナさんのお店に戻る。
ライン草の採取に外に出るのは2度目のログイン。つまり、現実時間で明日の15時からという事になる。テストプレイの期間は正確には決まっておらず、現実時間で最長で3ヶ月程度までに抑えたいというのが運営からのお達しだ。
テストプレイヤーはそれまでの間、毎日15時にログインすることが義務付けられていて、その制限の厳しさによって多くの人が応募の段階ではねられたとか。まあ確かにその条件をクリアするには色々と問題があると思う。社会人なら。
ログアウトの予定時刻まではまだ微妙に時間がある。それまでにアビリティ――“見習い銃士”の取得を目指し、頑張ろうと決意を固めた。
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