第二十二話:初めてのポーション?作り
第二十二話:初めてのポーション?作り
ずるずる、ずりずり。そんな一昔前の恐怖映画の効果音のような音をたてつつ、リクが
尻尾を振って楽しそうに歩くのは良いのだが、夜の暗闇と相まってどうも三流ホラーのような怖さを醸し出しているのは気のせいじゃないかもしれない。
色々あったが流れていない涙も止まり、のど元過ぎればなんとやら。うっはうはだぜ! とか思いながら戦利品をじゃりじゃりしつつ、帰路を急いだ自分は喜び勇んで扉を開く。
「ただいま帰りましたー!」
「ああ狛ちゃん、おかえ……怖いよそれ!」
リクとトトが
「あー……もしかして、あの通り魔?」
「いぇーす! ざっくざくです!」
どうやら契約モンスターを狙った街中の連続通り魔は、随分とその狩ったモンスターの素材で稼いでいたらしく、多分狩りの前に統括ギルドのロッカーに預けられるだけ預けているはずだから、それでもまだこれだけ携帯しているということは――余程の儲けだったに違いない。
そう、正に白金貨と金貨がざっくざく。モンスターの素材も手に入り、PKとは確かにハイリスク、ハイリターンであると理解した自分はすでに内心では犯罪者路線まっしぐらだ。
「返り討ち専門のPKプレイヤー目指します!」
「ちょっと待って。ちょっと目を離しただけで一体何があったのかな」
「戦闘はアウトドアの次に好きです」
「あんらく君! 狛ちゃんに君の悪い部分が遺伝しちゃったじゃないか!」
「んだとジジイ!? テメェだって戦闘狂のくせしてよォ!」
「君のスタイルに似てきてるじゃないか!」
「あ、今回の戦法はルーさんを見習いました。カウンタースタイルで、先手を打ってきた1人は倒せたんです!」
「……」
「……」
ほれみろ、みたいな目でルーさんを見るあんらくさんが勝ち誇ったように鼻を鳴らし、ルーさんがショックを受けたような顔でいじいじとアレンを構い出す。
やめれ、と歯を剥くアレンに構わず、ぎゅうぎゅうとアレンを抱き締めたルーさんががじがじと齧られつつも、とりあえず無事で良かったと疲れたような笑顔を見せる。
「風呂場からリクまで飛び出したのにはびっくりしたよ。ギリーがついてるから大丈夫だとは思ってたけど」
「あ、ごめんなさい。汚しました?」
「大丈夫。薬買ってきたなら、洗うといい」
気にしなくても良いというアンナさんにお礼を言い、とりあえず5匹とも店の中には入れずにルーさん達に手伝ってもらって準備をする。
店先のレンガの上にシートを広げ、平たいザルとドルーウ5頭、あとタライ。
「えーっと、狛ちゃん? ザルとシートは用意したけど、どうするの?」
大きな平たいザルを抱えたルーさんが首を傾げ、シートの端に座るあんらくさんが欠伸を噛み殺す。
薬屋のおっちゃんを泣き落として貰い受けた鋏をしょっきん、と打ち鳴らし、フベさんに馬鹿筆頭のリクをシートの上に固定してもらう。
「無論――刈ります」
『ギュッ!?』
刈る、との一声に、妙な声でリクが悲鳴を上げる。ノミ、ダニ駆除はまず毛刈りから。毛が長いと薬剤が届かずに、余計にノミの温床になるのだから止むを得まい。
「ははは、毛刈りですかぁ。刈った毛は紡いで防具に使えるかもしれませんね」
「集めます。ルーさんは毛を洗って薬剤を振りかける係です」
「あ、僕も手伝うのは確定なんだ……あれ? 薬剤って高いって聞いたけど、そんなに買えたの?」
「通り魔のお金で買いました」
「……」
「順調に
愉快、とのお言葉をあんらくさんに貰い受け、麻袋の中に詰まった薬剤をルーさんに手渡した。
通り魔を倒して戦利品を拾った後、薬屋に戻ってツケの分をきちんと支払い、ついでに刈った毛についているであろうノミを駆除する薬も購入したのだ。
利子の分の植物はまた今度持って来ると約束し、ついでにちょっとしたノミ予防の薬のレシピを教えてもらった。
「すごいねそれ、NPCから薬のレシピを教えてもらった例はまだないよ?」
「本当に簡単なレシピ1つですけど、ないんですか」
どれだけ金を積んでも首を縦には振ってくれなくて、というルーさんに対し、フベさんがにこりと笑いながら小刻みに震えるリクを撫でる。
「信頼関係に基づくんだと思います。NPC相手にツケ払いなんて聞いた事ありませんし。そこら辺は僕等も他のMMORPGに慣れきっちゃっているせいで、NPCと値段交渉なんてしませんからね」
「もっと機械的なものだからね……なるほど、異世界として考えてみれば順当な手段だ。恐らく本当はツケから始まる必要はないんだろうけど、人となりにも左右されるのかな」
ツケが可能となれば踏み倒すプレイヤーも出てくるだろうしとルーさんが唸れば、フベさんが僕はその手段は愚か過ぎると思いますと返す。
「ここが異世界とするのならば、〝NPC薬品協会〟というネットワークを通じて、その悪行が広まらない可能性自体がゼロに近いと思いますよ。他の店でも後ろ指指されるようになれば、偽のレシピを掴まされる可能性すらあります」
「それは怖いね」
確かに、認識の変化が重要かもしれないと言うルーさんは退屈そうにザルを揺すり、あんらくさんがしっかりとリクの腰を押さえながら欠伸をする。眠そうにしているあんらくさんだが、その手はがっしりとリクを押さえ、震えるリクを面白そうに眺めている。
「おいリクよぉ、仕方ねぇだろ」
『だってぇぇ』
「大丈夫だよ、リク。丸坊主にはしないから。上手く短毛種ぐらいには切ってみたいと思うから」
「希望系かよ」
『うぅぅうー……』
諦め悪く唸るリクを宥めつつ、しょきしょきと毛を刈っていく。黒と白と橙の斑は刈ってしまえば斑ではなく、意外と長さがあることがわかる。
順調に全身に鋏を入れ、思ったよりも綺麗に短く刈れたと満足して次を呼ぶ。リクはひゅんひゅん言っていたものの、丸刈りにならずに安堵しているようだった。
「……狛ちゃん。これ、持ってるのが嫌になるくらいに何かがうぞうぞ動いてるんだけど」
「気のせいです。幻覚です。5匹分刈り上げてから薬剤に浸けますから」
「ノミじゃねぇかオイ、跳ねてんぞ!?」
「ルーさん、あんらく君、僕にこれ以上近付かないで下さいね」
「なんか痒くなってきた! 見てるだけで痒くなってきた!」
なんかすごく痒い気がする、と悲鳴を上げるルーさんは綺麗にスルーし、次々と慣れに任せて刈り上げる。うぞうぞと目に見えるほどのノミがいたのはリクだけで、しかし他の子の毛にもそれなりに害虫はいた。男3人は騒いでいるが、まあ仕方がない。
アンナさんのお店にノミ、ダニ、寄生虫は持ち込めないので、しっかりとここで殲滅しなければいけないのだ。
あ、なんか自分も痒くなってきた。
「ノミ・ダニ滅殺! 死ね害虫!」
『……すまない、主』
テンションを無理に上げながらそう言えば、ギリーがしゅんと耳を伏せる。まあまあ、気にするなと言いつつも、汲んできてもらった井戸水をはった大きなタライに薬剤をぶちまける。
少し冷たいがまあ仕方がない。この後お風呂に入るのだから、ここでしっかり落とすのが得策だろう。複雑な匂いのする害虫駆除の薬を溶かしたタライの中に、容赦なくリクを突っ込む。
臭いがぁぁと悲鳴を上げるのを無視し、容赦なく手で地肌に薬剤を塗り込めていく。
一応、おっちゃん曰く、動物ならともかくモンスターなら問題ない程度の薬しか入っていないそうだから、害になるなどの問題はない。
「駆除!」
後は予防だ。レシピをもらったのだからしっかりと作って予防しようと誓うものの、薬剤によってボロボロと落ちていくダニにはちょっとだけ悲鳴をあげた。
ますます容赦なく薬をすり込んで、ようやく5匹全部が終わる頃には、ルーさんも刈った毛の洗浄が終わったよと声をかけてくる。
「よし、このままお風呂」
『ご主人と!?』
「ううん。ルーさんと」
『……』
途端にテンションがだだ下がりするチビを慰め、お願いしますと声をかける。
「はいはい。僕もなんか痒い気がするし、纏めて全部一気に入るよー」
「じゃあその間に片付けとかしておきます」
「はいはいはい。ちょっ……暴れないで!」
『やだー! ご主人と入るー! やだー!』
そのまま店に入り部屋の奥の扉を開き、びちびちと活きの良い魚のように暴れるチビを抱えたままルーさんが風呂場へ直行。ものすごく海老反っていたが、大丈夫なんだろうか。
あんらくさんとフベさんもルーさんが出たら入ってもらい、みんなの身の回りから完全に害虫を撲滅する。
最後に薬剤に浸けた毛を処理し、だいぶ時間をかけてとりあえずの厄介事が片付いた。
風呂上りでうだうだとテーブルに座る男3人と自分達に、アンナさんが湯気の立つ皿をすっと差し出す。
「お疲れ様」
「……おぉー」
労いの言葉をかけつつアンナさんが出してくれたのは、穴の開いた丸いドーナツ。
油で揚げたお菓子らしく、とても芳ばしい匂いがする。遠慮なくかぶりつき、そのサクフワ食感に蕩けそうになる。
不思議な幸福感に包まれて、なんだかほんわりとしてしまう。
「おいしい……!」
「それは良かった」
噂のドーナツに夢中になりつつ、満面の笑みでおかわりを要求すれば揚げたてを渡してくれる。ドーナツも美味いと、しっかりと記憶しておかわりもあっという間に食べ尽くした。
無表情なアンナさんだが、誰かが料理を笑顔で食べている時はアンナさんも笑顔になる。みんなも美味しいと口々にアンナさんを褒め、夜食とも呼べるような呼べないような時間のおやつタイムは呆気なく終了し、そしてようやくここがゲームの中であることを思い出す。
「……さて、害虫駆除もとりあえず終わりましたし」
そう。ノミ、ダニ駆除は完璧だ。予防薬もちゃんとつけたし、当面の間は問題ない。そして何のために自分はこんな大変な思いをして、ギリー達を洗ったのか。
それはつまり、
「ポーション作りです!」
全てはポーション作りのための環境作りに他ならない。ようやく、ようやく願っていたアウトドアその1、野外での民間薬調合という物凄く楽しそうなことが許されるのだ。
ゲームだから実際に死ぬ問題もなし、迷惑も多少はかけるかもしれないが、現実の比ではない。
正しく言えば野外ではないが、野外で採取したものを調合するのだから変わりはないと断言したい。
「本当にそういう系好きだよね、狛ちゃん」
「はい! ……あれ? ニコさんはどこに?」
「統括ギルドに色々聞いてくるって言って、さっき出かけた」
いつの間にか姿が見えなくなっていたニコさんの行方を聞けば、あっさりとアンナさんが答えてくれる。
何やら色々と情報が膨大すぎる、楽しすぎると言いながら、メモを片手にスキップしながら行ってしまったらしい。
フベさんが借りた「膨大なるポーション研究:その1」は置いてあるので、とりあえずはアンナさんを除くこの4人でポーション作りを開始することにした。
「えーっとですね。まずは煎じるところから始めてみよう、って感じですね」
「煎じる?」
「……リアル薬作りかよ」
ぼやくあんらくさんをどついて黙らせつつ、フベさんが本を見ながらテーブルに薬の材料となるものを並べていく。
「今、手元にあって使えそうなのは『ライン草』、『アミラ茸』、『ドクダミ』、『トリカブト』、『トラッド種の羽根』と『ドルーウの毛』も使えるみたいですね。後は……」
「待て待て待て。動物まで薬に使うのかよ」
「何言ってるのあんらく君。これはリアルでもよくあることだよ?」
きょとりと首を傾げたフベさんは、絶句するあんらくさんをからかうように次々とテーブルに得体の知れない物を並べていく。
名前も知らないモンスターの毛、鳥と思しき乾燥した足、よくわからない鉱石に何かの卵、紅い花に――。
「ッ――――ぅぉぁぅあうあうあう!」
「フベ君それしまって! すぐしまって!」
「え、何でですか? れっきとした薬の材料ですよ?」
「いいからしまえつってんだよ!」
真っ先に悲鳴を上げた自分は自分で、硬直したまま近くにいたチビを引き寄せてぎゅうぎゅうと抱き締めるも、ぶわりと立った鳥肌は戻らない。
『ちっさーい』
「小さくない! あんなの持ってきたら絶交するからねチビ!」
『あい。持ってこない』
「仕方ないですねぇ……」
と、残念そうに眉を下げながら自分のリュックに仕舞いこむフベさんの手元でうごうごと蠢く悪夢。ガラス瓶に入っていたことが唯一の救いなのか、それとも中身が丸見えの時点でもうダメなのか。
チビを必死に抱き寄せたまま、言いたくないが言わせてもらう。
「む、む、ムカデじゃないですか!」
それも特大の大ムカデ。
想像してみてほしい。透き通るような真っ黄色の足、百もかくやというほどにうごうごと動くそれに、黒光りする甲殻にきらりと光る紅い斑点。
全体的に赤っぽい雰囲気を纏いつつ、その大顎がしゃきんしゃきんと噛み鳴らされているという更なる悪夢に、うっかりその裏側を見てしまったという嫌悪感。
しかもでかい。どれくらいかっていうと普通のムカデくらいじゃ自分はあんな悲鳴を上げたりしないってくらい酷い。
「フベ君、フベ君……? どうしてムカデがウチのフィニーよりも大きいのかな?」
「どんなムカデですか! しかも瓶にみっちり詰まっててトラウマですよ!」
「これで1.2メートルくらいですかね。最大で5メートル程にもなるらしいですよ? エアリスからちょっと離れた小砂漠地帯……あ、ギリー君達なら知ってますかね。さっき小さいとか言ってましたし」
『『砂漠アカムカデ』というそのままの名前の種だ。瓶に詰まっているぶんには安全だろうが、砂漠ムカデ科は――』
「砂漠ムカデ科は……?」
ひょっこりと顔を出して説明をしてくれたギリーが不自然に言葉を切り、少し黙ってからぼそりと言う。
『――大小関わらず、跳ぶ』
顔を狙って、跳ぶ。とのお言葉に、気が遠くなりそうになりながら何とか泡を吹かずに持ちこたえる。
跳ぶ、跳ぶと言ったか。しかも顔面に? この巨大ムカデが?
「顔面に!?」
「しかも砂漠ムカデ科ってことは、色々種類があるってこと!?」
「そうですね。いやぁ、リアルでいいですね。楽しそうです」
注目するべきは長さではない。その横幅にも大いに問題がある。とにかくでかい。重量感たっぷりにでかいのだ。
こんなものが顔面を狙って宙を舞い、襲い来るというのだからたまらない。信じられない思いでフベさんのリュックの中に消えたムカデを見る。
「……薬になるんですか?」
「おや、気になります?」
「狛ちゃん、ダメだよ。いくらアウトドア好きでも流石にそこまでする必要は無いからね!?」
「リアルでもムカデは切り傷や火傷に効くと言われているんですよ。一応」
「砂漠アカムカデが有毒じゃない確証がどこにもないよ? ね?」
「そこはそれ、失敗は成功の母です」
大丈夫ですよ。死にはしませんから、多分と繰り返すフベさんに、ルーさんがじりじりと後ずさる。
だがしかし真のアウトドア好きならどうするべきなのか。答えははっきりと出ているのだ。
「……どうやって使うんですか?」
「リアルだと植物油に浸けるんですよ。溶けたものを塗って使うらしいですね」
「へー……」
「ただ、この世界においては他にも利用法があるとかで。砂漠ムカデ科についての記述には、潰したりとかの提案がありますね」
毒か薬かはわかりませんけど、と言うフベさんにふんふんと頷きつつ、でもとりあえずムカデは油に浸けてみることにした。話を聞けばこの大きさのムカデはEランクのモンスターらしく、セーフティーエリア内に持ち込むのに色々と手間がかかったらしい。
「2匹いますから、もう1匹は潰して煮てみましょうか」
「潰してくれるんですか? フベさん」
「勿論。言いだしっぺですからやりますよ」
「じゃあやりましょう!」
「狛ちゃんやるの!?」
「俺はパスだ。ニコニコの方見てくる」
悲鳴を上げるルーさんに任せたと言いながら、あんらくさんが目にもとまらぬ速さで店を出て行く。
アンナさんは薬作りには寛容らしく、店先でやるぶんには別に構わないと言ってくれたので、早速道具を用意して店先に小さな実験場を作り上げた。
「シートよし! 鍋よし! かまどよし! 材料よし!」
いきます! と腕まくりをして声を上げれば、ルーさんが力無くおーと言って腕を上げる。
「そうですねぇ。皆目見当がつかないんで、とりあえず砂漠アカムカデとライン草を一緒に煮てみましょうか」
「フベ君。それ絶対に毒だよ。毒だって絶対」
「ムカデを潰している間に狛さんはライン草を潰してみてください」
「はい!」
「一番やる気だね狛ちゃん!?」
毒物だよそれ、誰が飲むんだよと騒いでいるのを無視し、手伝ってくれと言えば諦めたように項垂れ、すり鉢を持ってきてくれる優しいルーさんが大好きだ。
ルーさんが持っているすり鉢に、ライン草をとりあえず大小30枚ほど。帰りにちまちまと採取していたものがあるので、意外と植物類の在庫には余裕がある。
ライン草は見た目的にはただの雑草と変わらない。よくある先のとがった葉っぱに、真ん中に黒い線が入っているからライン草というのだとか。
「これを、棒で潰して……」
やばい。やばい楽しい。楽しいったら楽しい。
ざらざらとした溝が掘りこまれたすり鉢の側面に棒で押し付け、ごりごりと潰していけばライン草が潰れていき、青臭い匂いが立ち上る。
ぐりぐりと草を潰しているだけなのに溢れ出す高揚感。楽しくて仕方がないという感覚を大事にしつつ、しっかりと葉を潰せば思うよりもしっかりと水分が滲み出てくる。
「意外と水が出るんだね……黒いけど」
「黒いですね。でもライン草自体は1枚で体力1回復する草なんでしょう?」
「あ、それ修整されたよ。今はそれなりの量を生食すると1回復するらしいね」
「ゴミですね、効果が」
「生で使わせる気ないんだろうね」
などと他愛ない会話をしつつ、とりあえずは潰し終えたライン草の汁だけを使おうという話になり、薄い布で濾過しながら小瓶に移す。
しっかりと絞れば濃い黒色のライン草の汁が完成。ムカデの一部を潰し終えたというフベさんの指示に従い、とりあえず実験で煮てみようと簡易かまどにランプの火を移す。
簡易かまどはイメージ的には昔ネットで見たキャンドルに似ているが、芯が1つではなく円形にいくつもある。
蝋が燃え尽きるまではしっかりと熱を発する優れもので、簡単な料理くらいなら出来るほどの火力があった。
蝋が入った石の入れ物の上に専用の鍋を置けるしっかりとした土台があり、そこに鍋を乗せて火にかける。
「先に入れて良いんですか?」
「どうぞどうぞ」
ライン草の汁を小さな片手鍋に入れ、ちょっとかき混ぜてからフベさんが潰した砂漠アカムカデを入れてみる。
フベさんが丁寧なのか、しっかりと潰されたムカデに原型は無く、妙に滑らかに潰されていて元が何だったのかは分からなくなっていた。
ねっとりとした感触の潰しムカデとライン草の汁をよく混ぜる。滑らかに混ぜ込めば瞬く間に変色し、濃い藍色のような色になってしまった。
「……藍色?」
「とりあえず、まだ異臭はありませんね」
「毒にしか見えないんだけどこれ。矢につけたりするのこれ」
無臭のそれをかき混ぜながら火を入れて、ふつふつ、ドロドロと液体が温まりだす。ちなみにかき回している棒は石の棒で、これは薬屋で普通に売っていた調剤用の棒らしい。
とりあえず一度沸騰させて、冷ましてから誰かに飲ませて効果を確認してみようというフベさんの言う通り、沸騰させるためにじっと待っていた時だった。
――シュウ、と。そんな音がしたのは一瞬で、あ、と思った瞬間には鍋の底が無くなっていた。
「――あれ?」
「あー……ダメでしたか」
「ダメでしたかじゃないよ、狛ちゃん離れて! 離れて!」
文字通り、無くなっていた――鍋の底が。
ルーさんに引っ張られて離れてみて、ようやく鍋の底がただ消えたのではなく、融けて消えたのだと理解する。
一瞬の出来事だった。あ、もうすぐ沸騰するなと思った瞬間に鍋の底が融けたのだ。
「……ルーさん、鍋が融けた!」
「そうだよ、離れて! 危ないから多分!」
「セーフティーエリア内って毒薬ダメージあるんですかね?」
毒薬っていうより、溶解液みたいですけどというフベさんが、失敗ですねと軽く纏める。ライン草が悪かったというよりも、どう見てもムカデが原因ではあるが、途中までは順調にいっていたのだから
「途中まで順調だったのに……」
「……毒薬作りは順調だったね。確かに」
疲れ切った声で言うルーさんに追い打ちをかけるように、再び綺麗な砂漠アカムカデのペーストがルーさんの前に差し出される。
「……なに、これ」
「実験です。砂漠アカムカデは温度によって酸性になるのか、それともライン草と反応した結果なのかを調べないといけないじゃないですか」
「そういえばそうですね!」
「狛ちゃん僕もう嫌なんだけど!?」
かなり嫌になってきたというルーさんに、フベさんがにっこりと笑って新しい片手鍋とムカデペーストを押しつける。
「お願いします、ルーさん。ほら、狛さんも期待一杯の目で見てますよ?」
「……う゛っ」
じっと期待の眼差しでルーさんを見つめてみる。確かにフベさんの言う通り、ライン草と混ぜたことに原因があるのか、それともムカデ自体が悪いのかがわからなければ今後の研究に必要な情報が集まらない。
なるほどRPGにおけるポーションとは試行錯誤の上での技術の結晶なのだと思いながら、じっとルーさんに目で訴える。
「やりましょう! ポーション研究!」
「やりましょうよルーさん!」
半分洗脳しているような感じでフベさんと一緒にルーさんに詰め寄れば、ルーさんは観念したように両手を上げて、参ったと嘆くように呟いた。
「――よし、ここまできたら最後までやろうか!」
「「いぇー!」」
元気よく3人で拳を突き上げ、再びテンション高く片手鍋でムカデペーストを火にかける。今度はしっかりと目を離さないように、出来るだけ温度も計りながら、しっかりとかき混ぜつつ行ったものの見事に鍋の底は融けた。
「融けました!」
「よし次です!」
「フベ君、潰して!」
いいや、まだまだと再チャレンジ。今度は混ぜすぎたのがいけないのではないかと、かき混ぜずにペーストを火にかける。
「ああっ、また融けた!」
「何がいけなかったんだ……っ」
「はっ、今度はアミラ茸入れてみましょう!」
「それだぁ!」
「猛毒を持って毒を制す! よしアミラ茸刻んできますね――!」
「テンション上がってきたぁー!」
テンションの上がり過ぎで、一周回っておかしくなっていたのは言うまでもないだろう。そしてその試行錯誤という名の無茶な実験は、自分を心配したあんらくさんがニコさんを連れて帰って来るまで延々と続いたのだった。
真夜中の1時ジャスト。真っ暗な中での非常に楽しいひと時だった。
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