第二十一話・半:運営会議




第二十一話・半:運営会議




 安い雑居ビルの古めかしい一室の中。


 広さだけはあるその空間に置かれた長テーブルを囲み、椅子に座る若い男女が3人。

 それぞれが首からネームプレートを下げつつも、あくまでもそれは形式だけであり、会議に出席している幹部は全て顔見知りの友人達ばかりである。


 特殊な環境下で共に青春時代を過ごした友人達を集め、突然にVRMMOなどという玩具を掲げたのは、

上座に座る黒髪の男だった。


 顔の脇だけ少し伸ばし、襟足は短く綺麗に整えられた黒髪を揺らしつつ、「運営死ね、は褒め言葉」とのタスキを身に着けるその男こそ、【Under Ground Online】における〝神〟、つまり最高責任者というわけである。

 司会役の眼鏡の男がホワイトボードを引っ張ってきて、それでは、と話し始める。


「【Under Ground Online】運営会議――会議っつーか、いやはい、会議を始めようと思います」


「はい質問」


「はい社長、どうぞ」


 社長と呼ばれた青年。二十代半ばのその男は、首から下げたネームプレートを弄りながら、にこりと笑って首を傾げる。


「許可取れた? じゅん君」


「いいえ、無理です」


 ばっさりと。ダメだったではなく、最初から無理であると言う男はくい、と眼鏡を押し上げる。准と呼ばれた男ははねた黒髪を撫でつけて、じっと責めるように社長を見る。


「社長。無理。ずうぇったい無理」


「もう身内だけしかいないんだから、社長とかいいから。とにかくダメなの? どうしても?」


陵真りょうま、そりゃ無茶だって言ってるじゃん」


 どうしてもダメなのかと食い下がる男に、じゅんはあっさりと首を横に振って答えを示す。陵真と呼ばれた若い見た目の最高責任者。


 しかし不死薬が出回る今、見た目で年齢は計れない。時の流れを感じさせる相応の知性をその瞳に宿しつつ、陵真はつまらなさそうに唇を尖らせる。


「手足の許可は取ったんだよね?」


「それだけでもかなり文句言われたわ」


「社長。ここは日本です。手足がふっ飛ぶ許可だけでも凄いことよ」


 人がどれだけ苦労したと思っているんだと言う准に対し、黒髪ストレートの女性が爪を磨きながら口添えをする。


あかね、でもまだまだ実装したいことは沢山あるんだよ?」


 ふーっと爪に息を吹きかけて、茜と呼ばれた女性が静かにすっと書類を差し出す。


「ノミ、ダニ、寄生虫、毒12種、実在植物、水流の再現、地層、海溝、魔術システム、膨大な書籍情報、エトセトラ」


「うんうん。いいねぇ」


「……もうすでにオープンテスト予定人数を含めれば、サーバーの機嫌はパンク寸前です。拡張ディスクを作成しているゆうの身にもなってみたらいいんじゃないですか?」


「そこは何とかしてくれると信じてるよ。せいれ――学習性AIも随時増やさないとね。その他のシステムの調整は?」


「勿論、滞りなく」


「で、どうして首が飛ばないの?」


「……」


「……」


 こいつはまたそこに話を戻すのかと。じっと2人から呆れたように見つめられ、陵真は不敵な笑みを浮かべてみせる。


「外国では飛ぶんだよ、首。ダメ?」


「外国ではな。ドグマ公国とかならいけるだろうけど……」


「日本は無理よ。アドソワールあたりでもダメね」


 議題の内容は首が飛ぶような攻撃で首が飛ぶのか飛ばないのか。今までもVRだけではなく、ホラーゲームやリアルアクションを題材に掲げたゲームでは何度も議論されていた内容である。


 そしてVRにおいてその倫理観はますます重視され、問題にされることがとても多い。陵真が主張しているのは首を飛ばそうというもので、他2名が主張する通りそれは日本では無理な話なのだ。


「手足吹っ飛ぶだけでも、許可取るのに大変な苦労があった」


「胴体も飛ばないんだから手足飛ぶくらい当たり前だよ。【あんぐら】のコンセプトは異世界へゴー! なんだよ?」


「テストプレイヤー達から早くも苦情が316件来てますよ」


「〝運営死ね〟は何件くらいあった?」


「親しみを込めて316件全部にあります」


「ならよろしい。幸先の良いスタートだ。流石はよりすぐりの人外たちだ」


 満足そうに笑みを浮かべる陵真に対し、准は呆れたように眉を下げる。運営死ねとのお言葉が書いてあったのは316件の苦情の内、全てである。


 どれも苦笑が透けて見えるような苦情ではあったものの、中には本気で憤っているものもあり、陵真は喜ぶものの他の者は喜べない。


「とにかく、首の件は諦めような?」


「はっはは、君を首にしちゃうぞ?」


 親指で自分の首を掻っ切る動作をしながら爽やかに笑い、誰が上手いこと言えと言ったよと准に容赦なくどつかれる。


「第一、俺はもっと銃とか手錠とかそっちのディティールに拘りたいんだよ」


「准の趣味はどうでもいいから、寄生虫は何種類許可してくれるの?」


「……むしろ、いなくても良い気がするんだけど」


 ファンタジーだよ? RPGでゲームなんだよ? とさとすように言われるも、陵真は断固として首を横には振りたがらない。


「異世界という設定を舐めてるんじゃないかな沢渡さわたり君。第一ね、このゲームはやり込み要素満載の大人向け異世界トリップ風VRMMORPGなんだよ? そりゃ世界は金で回っているし、ノミもいるしダニもいるし、寄生虫だって死ぬほどいる。植物も魚も動物も腐るほどいて、確かに学習性AIの、その先を見たいという理由はあるけれど、それだって世界が〝本物〟じゃなきゃ意味を持たない」


 この箱庭を作るのに、俺がどれだけ心血を注いでいるか知っているでしょうと陵真は言う。准がそっと目を伏せて、手にした書類をテーブルに置きながらゆっくりと陵真の向かいに腰掛ける。


「――道庭みちば老人との約束だから?」


 その一言に、陵真は口角を吊り上げる。にんまりと不敵な笑みを浮かべたまま、陵真は人差し指を立ててくるくると回してみせる。


「世界がそうあるからだよ。せい――学習性AIのその先を、確かに荷物として託されたのは俺達だ。でもね、努力するも、しないも、捨てるも、全ては俺の決断によって決まるのだから――


――そこに約束だから、などという他人行儀な理由は割りこめない。異世界だとうたうのならば、くあるべきだ。ゲームという部分を損なわない程度に、でも決して世界の網の目に手を抜いてはならないというものだろう」


「ま、そういう理念だから一緒にやってるんだけどさ」


 俺が提出した生産システムの部分は許可が下りるの? と聞く准に対し、陵真も負けじと自分の主張を押し通す。

 手に持つ分厚い本を開き、じっと期待を込めて准を見上げる。


「で、寄生虫は?」


「……せめて、せめてお前の好きなもの10種に絞ってくれないかな?」


「やだ。もっと欲しい」


「出るとこ出れば引っ込みます。それを通すなら陵真、貴方の大好きな植物類の種類を減らすわ」


「どうにかして茜ちゃん」


 頼むよ、本当にと言う陵真に笑い、茜が書類を容赦なくシュレッダーにかけていく。哀れむような目で書類を見送る陵真に、茜はまた違う書類を突きだした。


前埜まえの優太ゆうたが話を受けたことは問題ありませんが、本当に何も言わなくても?」


「道庭老人の夢の果てだよ。俺等が口を挟むのは無粋というものだろう」


 俺は彼の夢の果てを見せてもらった。そしてそれに感動して事業を起こした。ただそれだけだと陵真は言う。


「ですが、VRゲームです。ゲームだからと踏み躙られることが十分に予測できます。あの街の価値に気付いたプレイヤーが、見逃すわけありません」


「それもまた、ただの通過点に過ぎないと思う。前埜優太が何を選び、何を考え、どう生きるかによって、その十分に予測されているらしい未来はどうとでも変えられる。踏み躙られた時に彼が1人なのか、それとも助けてくれる誰かがいるのか」


「どうだかなぁ」


「ただ道庭老人が願った通り、最初の一歩は前埜優太ただ1人へのプレゼントだ。そこに変更はない。いいね?」


「そこは大丈夫。大丈夫だけど」


 本当に良いのかと聞きたそうな准に笑い、陵真がぱたぱたと手首を振る。


「世界は多様性の塊だ。桜の枝がどちらに傾くのかは、それこそあの世界の神であるこの俺にも決められない」


 ――――真っ向から人に踏み躙られた時、誰かに助けてもらえるかは、その人の生き方が決めるもんだと。


 陵真は静かにそう言って、一冊の本をぱたりと閉じた。


学習性AIかれらは世界の一部だ。そして」


 目の前に置かれた端末に触れ、〝神〟は続けてこう呟く。


「貴方方もまた世界の一部。心のままに生きてください」


 ――世界が静かに回りだした。誰かの願いを込めた世界が、静かに、確かに動き出した。〝神〟でさえも行き先を知らぬ、枝がどちらに傾くも良し。だが願いが届けばいいとは思う。


 在りし日の道庭老人が発した問いから始まったそれ。


 ――心とはなんだ? なにをもって心というのだ?


 その答えが眠るかもしれない世界が今、VRとして確立した。



「【Under Ground Online】。ようこそ皆様、異なる世界へ」


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