第十八話:花言葉:厭世家



第十八話:花言葉:厭世家





 暗い草原をギリーに乗って走る中、お腹を空かせてはいないだろうか、ちゃんと水分とか取っているんだろうか、アイテムぶちまけて困ってはいないだろうかと色々な心配をしたものの、実際に急いで迎えに行ってみれば――。


『ごっしゅじーん!』


 ――熱烈なお出迎えが待っていた。


「大丈夫だった? お腹すいてない? アイテム落とさなかった?」


『大丈夫だった!』


『ご飯食べた!』


『一個落としたけどボク拾った! さみしかった!』


「そっかそっか、寂しかったか。アンナさん一緒に来て良いって言ってたから一緒に帰ろうね、ただしお風呂」


『風呂!?』


『ご主人様と!?』


『はいる!』


『……主、外に置いておいてもいいのだぞ?』


「ギリー、流石に可哀想でしょ。ほら、一番小さい子なんてさっきからくっついて離れないし」


『心配したのぉぉ……』


「はいはい、よしよし」


 絶対にうるさくなる。置いて帰ろうとギリーは言うが、一番身体の小さい子は自分にひっつき、寂しかった、心配した、寂しかったを延々と繰り返す。


 流石にこんな状態で放っておくほど鬼ではないし、どうやらドルーウとは本来ならもっと大規模な、それこそ十数頭の群れで行動するモンスターらしく、現状の5という数字ではどうも寂しくて仲間というものに飢えているらしい。


 連れて帰るからと断言すれば、ギリーも不承不承頷いて3馬鹿が歓喜の声を上げる。後で名前も考えてあげないといけないし、ちょうど良いから薬草を運ぶ手伝いもしてもらうことにする。


『ピューイィィ!』


 不意に響いた甲高い鳴き声に顔を上げれば、頭上を音もなく旋回しているフィニーがいて、ルーさんを探しているのだと思い至る。

 慌てて手を振って向こうから走ってきていると伝えれば、そのまま無音で滑空していく灰色の塊。セーフティーエリア外では契約しているモンスター以外の声は聞こえないから、少しだけ不便だ。


「あんらくさん、とルーさんは……まだだな」


 ギリーが全速力で走って来てしまったから、だいぶ置いてきてしまっているようだ。耳を澄ませば走る音が聞こえるので、じきに到着するだろう。

 散々放っておいたツケのようにまとわりついてくる毛玉をいなしつつ、ぱんぱんと手を叩き3馬鹿を整列させる。


「はい整列!」


 頭にハテナマークを浮かべ、なーに? といった風情で首を傾げる3馬鹿の目を順々に見つめ、ダメもとで質問を1つ。


「薬とかに使える草って、わかる?」


『草!?』


『毒草なら』


『……山の上の方とか、岩場にある花とかなら知ってる』


「……」


 予想外の答えに一瞬こちらの動きが止まってしまった。こうして一ヵ所に並べて同じ質問をしてみるとよくわかる。3馬鹿と括ってしまってはいるが、この子達は個性が強い。


 1匹ほど残念そうな子がいるが、毒草なら知っていると言った子は意外としっかりもののようで、小さい子は少し自信が足りていないらしい。

 まだまだ付き合いの浅い仲ではあるが、特徴が見分けられるようになっているのは朗報だ。


「そっか、山の上の方は今度案内してもらうとして、毒草? でもいいや、近くにある?」


『草! 草を探すのか!』


『ある。枝から、草、花。食べられないものとか、食べられるものもわかる』


「よし、ポーション研究第一歩だ!」


『だー!』


『黙れ』


『……はい』


 ちょっと馬鹿な子がギリーに一喝され、しょんぼりと項垂れる。やはりリーダーありきの集団のようで、アレンが厳しいギリーのクッション役になっているようだ。


 ギリーは頭が良く、自分に厳しいストイックな部分が多々あるが、アレンはあれでかなり奔放なほうだ。自身が思った通りに動くアレンと、色々と厳しいギリーの組み合わせは群れを纏める上ではちょうどいいバランスを保っているのだろう。


 怒られてしまった子を慰めつつ、しっかり者の子に案内を頼めば、遅れてフィニーの鳴き声と、ルーさんの泣き言が聞こえてくる。


「はっ、はっ……! ちょっと、ギリー早すぎるよ!」


「……体力がだいぶ上がったぜぇ、多分スタミナもな」


 疲れたどころの話ではないと、その疲労感を語るルーさんとあんらくさんにギリーがつんとそっぽを向く。出発して少しした辺りでからかわれた内容をまだ怒っているらしく、冷たい態度を取られたルーさんが苦笑しながら謝っている。


「やー……疲れた。あ、アイテム大丈夫だった?」


 僕としてはちょっとくらいぶちまけちゃったとか聞いても驚かないよ、と言うルーさんに、荷物はしっかり運んだみたいですよと告げる。自慢げに胸を張る小さいのの頭を撫でながら、ポーション研究第一歩への材料探しを2人に伝える。


「ポーションですよ! 薬作りです! 草です! 花です! 根っこです!」


「うん、何となくわかってきた。狛ちゃんアウトドア大好きだね?」


「憧れですっ!」


 憧れなんです、と繰り返せば、大丈夫だからわかったからとルーさんにいなされる。それでも溜息の後に、それじゃあポーション研究しようじゃないかと言ってくれるルーさんはやっぱり優しい人だと思った。


 あんらくさんは攻略に必要だからと、特にポーション研究をすることに異論はないらしい。アイテム見張っててやるから作るならさっさと材料集めてこい、というその言葉に、しっかり者の1匹を見れば察し良く動いてくれる。


『こっちだ』


『くーさ! ぽーしょん! ごっしゅじんっ!』


『黙れ』


『……はーい』


「何だか、楽しそうな子がいるね?」


 会話の内容は理解できずとも、うぉんうぉんとリズム良く跳ねまわりながら吠える馬鹿な子と、ギリーの様子を見れば誰だってわかるだろう。

 小さい子は相変わらずぴったりと傍から離れないし、ギリーに叱られた子までくっついてくる。歩きにくい。


「個性があるんですよ、可愛いですね」


「よかったね。しかも博識な子もいるんだ?」


「毒草なら知ってるそうです」


「毒草!?」


 それでいいの狛ちゃん!? と叫ぶルーさんは無視して、わくわくしながら後を追いかける。レジャーだ。アウトドアだ。自分は何よりもこういう自給自足サバイバルみたいなことがしてみたかったんだ、と夢を存分に膨らませつつ、スキップしそうな勢いで着いていってみればすぐ近くに川があった。


「……川?」


『初秋だが、ここなら草が多い。もう少しすると枯れるから薬はもっと高騰する。たぶん』


「ルーさん。今は初秋で、もう少しすると薬草が枯れて、薬が今よりもっと高騰するらしいですよ」


「それ、どこの異世界の話?」


「残念ながらゲームの話です。今のうちに作っておいた方が身のためみたいですね」


 もうヤダこのゲーム、とうずくまりだしたルーさんを引っ張りつつ、毒草だか薬草だかわからない草が生えているという所まで連れていってもらう。川辺に咲いている小さな花で……何だろうか、独特な形だった。


 隣でさーっと青褪めるルーさんはさておいて、ごそごそとニコさんにもらったスコップで根っこごと掘り出せば、ルーさんが慌てて手袋をはめながら狛ちゃんそれ放しなさい! と声を上げる。


「……え?」


「いいから! すぐ手放しなさい!」


「はーい……」


 不承不承、楽しかったのにと文句を言いながらもそっと掘り出した花を置けば、ルーさんが慌てて自分の手を取り、何か汁とかついてない? と聞いてくる。


「大丈夫ですけど、どうしたんですか?」


「……ものすごーく立派な毒草だよ、これ」


「そうですか。そんなにすごいんですか」


「狛ちゃん、植物図鑑で見た事ない?」


 はて、こんな独特な形状の花は見たら忘れないと思うのだが、と首を傾げれば、ルーさんがほっとした顔で自分の手を放し、手袋をした手で花を袋に放り込む。

紫色の花はとても綺麗で、どこに危険があるのだろうか。


「運営も全く……狛ちゃん。これは、リアルでこそ触っちゃいけないよ?」


「はぁ」


「……トリカブトだよ。日本三大有毒植物の1つ。葉も、根も、蜜も、花粉も、全てが毒だ。リアルだったら本当に洒落にならないほど、とことん有毒な植物だよ」


「……え?」


 日本三大有毒植物、という耳慣れない言葉と共に、聞き捨てならない発言を耳にして硬直する。何故、ファンタジーな世界に現実に存在する毒草が生えているんだ?


 疑問符ばかりが浮かぶ自分に、ルーさんが青い顔でとりあえず帰ろうと提案する。とりあえずは手持ちの草で何とかすることにして、引き上げるために来た道を引き返す。


「沢筋に生えていて、秋に花が咲いてるって時点で嫌な感じはしたけど、まさか本当に本物だとは……」


「よくわかりますね、ルーさん」


「花が好きって、話したでしょ? 色々と植えてたから、花に関してなら知識がある」


 植え替えるにも手袋をした方がいい危険な植物だと言うルーさんの様子を見るに、本当にリアルでも危ない植物なのだろう。知らないって怖い、と痛感しながらギリーに乗ってあんらくさん達のところに戻る。


「おう、採れたかよ?」


「トリカブト採れました」


「……」


「帰るよ、あんらく君! フベ君連れてNPCの薬屋行って色々聞きに行くから!」


「……あいよ」


 トリカブトと聞いて心底嫌そうに顔をしかめたあんらくさんが、ルーさんの切羽詰まった様子に立ち上がる。面白くなってきたな、と棒読みで言うあんらくさんに、苛立ちを含めた乾いた声でルーさんが返す。ルーさんが怒るなんて珍しい、と言えるほど長く一緒にいるわけではないが、それでも珍しいと感じるほどに普段の温厚なルーさんとは態度が違う。


「面白いね、面白い。ああ、面白いよ。ふざけてるのかってくらいにね!」


「んな怒んなよ。狛が楽しそうなんだから良いじゃねぇか」


「……その点だけだよ、許容できる部分は」


「良い思い出ねぇんだよな、トリカブトは」


 良い思い出がある奴なんているか、と真っ当な返事を返すルーさんはすでに走り出していて、あんらくさんとギリーも緩やかに走り出す。

 どうやら2人共トリカブトに嫌な思い出しかないらしく、特にルーさんは自分が持ちたいと言った袋を絶対に渡してくれなかった。

 絶対に触らないように、と厳重注意まで受けてしまい、これでは今後見ているだけで怒られそうな感じである。


「ふざけやがって――ッ」


 ぼそりと低く唸る声が、あんらくさんのものではなく、ルーさんの声であったことに驚きながらも少し怖くなって自分も黙る。

 圧倒的に歳の離れた大人に怒られるのは後ろめたく、どこか気まずいものでもある。大人しくトリカブトには近寄らず、許可が無いうちは触らないようにしようと心に留める。


『主、掴まってくれ』


「うん、大丈夫」


 しっかりとギリーの背中にしがみつき、段々と上げられていく速度に合わせてバランスを取る。意外と難しい動作だが、慣れてしまえば無意識に出来てしまう。自転車に乗るのを覚えるようなものなのだろう。自転車乗ったことないけれど。


「……怒ってるね、ルーさん」


『何かあったのだろう』


「うん……」


 何があったのかは気になるが、それよりもそこまでルーさんを怒らせる内容を聞きたくないという気持ちもある。

 後を追って駆けてくる3馬鹿達を確認しつつも、来る時よりも明らかに不機嫌に、口数の少ないルーさんの後ろを追うギリーの背をそっと撫でる。

 だけどまぁ、1つ思うことは。


「……花は綺麗だったなぁ」



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