第十七話・半:3馬鹿ワンコ
第十七話・半:3馬鹿ワンコ
――彼らは暗い夜道を走っている。
さわさわと枝葉を揺らす風に乗って、血と煙の臭いが辺りに立ち込めている。突発的に起こった戦闘により、野生のモンスター達は大慌てで逃げ惑い、森は端から瞬く間に焦土と化していく。
そんな戦いの空気が色濃く渦巻く森を抜け、夜の冷たい草原を走っていく影がある。大きな布で覆われた荷車を引いて走るその影は全部で3つ。
『リーダー大丈夫かー?』
『大丈夫だろ、ご主人様もいるしー』
『ご主人、大丈夫かなぁ?』
暗闇でその金色の瞳を輝かせつつ、荷車を自分達のねぐらに運んでいる最中の犬系モンスター。現実世界でいえばリカオンに酷似した、しかしそれよりも派手な彩色のドルーウである。
『フィニちゃん、戦ってんのー?』
『ルーがいるんだからそうだろー?』
『ご主人、大丈夫かなぁ……』
えっちらおっちら、揺れに揺れる荷車を引きながら、主人によって3馬鹿と一括りにされている3匹が夜の草原を駆けていく。
ねぐらはそう遠くはなく、しかし街から近くもない。モンスターの足ならそう苦ではないが、人間達が歩くには多少の困難が伴うだろう道のりだ。
辺りはすでに真っ暗で、しかし月が出ている今日は随分と明るい方だった。小走りに荷車を引きつつ無駄話で騒ぐ3匹を追い越して、吹き上がる炎から逃げる鳥達が頭上を飛び去っていく。
『ご主人様の火だ! すげぇ!』
『流石ウチのマスター! 森を焼き払うとか立派な〝あくやく〟だな!』
『ご主人、大丈夫かなぁ……』
きゃいきゃいと騒ぎながら、リーダーであるギリーやサブリーダーであるアレンが見たら、特大の雷が落ちそうなほどに荷車を揺らしながら走る3匹。
揺れ過ぎた荷車からぽろりとアイテムが1つ落ち、ひたすら主人の心配をしていたドルーウが慌ててそれをキャッチする。
『ご主人のためにも、ちゃんと運ぶの!』
『えー、うるさいなチビはー』
『わーかってるけどさぁー』
キャッチしたアイテムを荷車に戻し、チビと呼ばれたドルーウはうるさいと言われたことなど気にも留めずに、再び主人の現状に思いを馳せる。
リーダーとサブリーダーがいるのだから、そんなに心配しなくとも大丈夫なのはわかっているが、それでも心配なものは心配なのである。
『うー、心配じゃないの?』
『リーダーいるしー』
『チビって心配性だなぁ』
みんなで一緒にいる時は3匹でぎゃいぎゃい騒げるものの、チビと呼ばれた一際身体の小さなドルーウは離れている時にまで騒げるほど能天気ではない。
耳と尾をしゅんと垂らし、寂しそうによたよたと走るも、他2匹は楽天的で普段とあまり変わらないテンションではしゃいでいる。
『ご主人スタミナないしー……大丈夫かなぁ』
『リーダーが乗せるから大丈夫だって!』
『気にすんな、な? 大丈夫だって』
あまりにも落ち込む小さいのに、1匹は能天気に、もう1匹は流石に鼻面を寄せて慰める。3馬鹿と一括りにされていても、細かな性格はそれぞれに存在し、中々に個性的な関係が出来上がっているわけである。
『あ、着いた』
『着いた着いたー!』
『……褒めてもらえるかな』
自分達の務めをやっと果たし、嬉しそうな声を上げて3匹はまた騒ぐ。吠え声に驚いて草むらから飛び出したただの鼠を目にとめて、能天気に騒いでいたドルーウがそのスピードを生かして捕まえる。
『ごっはーん!』
『あっ、ずりぃ!』
『荷物ちゃんと奥まで運ぶのー!』
抵抗する間もなく呑み込まれた鼠の断末魔が草原に響き、もう1匹が地団駄を踏む中、しっかり仕事をするのだと小さいのが声を張り上げる。
しぶしぶ荷車を引きなおす2匹を誘導し、ねぐらである洞窟の奥へと荷車を安置する。
そうしてようやく安心した小さいののお腹も鳴り、交代で狩りに出て腹を満たす。小さな鼠には高性能AIすら入っておらず、体力と呼べるような体力もない。さほど苦労することなく胃袋を満たした3匹が、大人しく洞窟の入り口に座り、主人を待つ。
『来ないなー』
『まだ火が見えるから終わってないなー』
『大丈夫かな、ご主人……』
不安そうに煙を上げる森を見る小さいのを気遣って、2匹が大丈夫だと断言する。リーダーとサブリーダーの強さは伊達ではないのだ。自分達はそれほどでもないが、しかしドルーウという種族は、そう弱い種族でもない。
いくら縄張り争いに負けたからといって、その強さが大きく劣っていた訳ではない。だから大丈夫だと言う2匹に、小さいのはしゅんと項垂れる。
『……』
2匹はそれから、黙り込んでしまった小さいのを励ますのにかなりの時間を要したものの、その落ち込みぶりは新たな仲間の登場でほんの少し和らいだ。
音もなく飛ぶ濃い灰色の影。梟と鷹をかけ合わせたような身体を楽々と風に乗せる、夜闇に生きる夜型のトラッド種だ。
風に乗り、翼を広げ、音もなく洞窟の入口に生える小さな木の枝にとまるフィニーは、しかしその無音の飛行とは正反対に、甲高く声を上げる。
『ばっちり、ちりちりー。完璧、素敵、大丈夫!』
『ご主人は!? 怪我してない?』
『狛ちゃん? してない、だいじょぶ。おけー!』
『フィニちゃん、あんらくのうつってる』
『うるっさいの犬っころ! アタシがいいなら全部いいの!』
『フィニちゃん偉そー』
不満げに偉そうだ、偉そう過ぎると鼻を鳴らす1匹に、フィニーは意味を持たない甲高い声でぴゅーい、と鳴く。
威嚇の意味が込められた声に、すごすごと尾を丸めて寝そべる1匹を慰めて、もう1匹が寄り添うように横に座る。威嚇の声と共に真ん丸に羽根を膨らませたフィニーを見上げつつ、小さいのもその団子に加わり丸くなる。
季節は初秋。肌寒い風が草原を抜け、寒さにやられぬようドルーウ達は丸くなって暖を取る。
いつの間にかフィニーまでもがそこに加わり、派手な斑の団子の上に灰色の塊がぽんと乗っかる。
『ご主人、大丈夫かなぁ……』
『だいじょぶだろ、たぶん……ふぁーあ、ねみぃ』
『そうそう、平気ー』
そのまま続くうつらうつらとした微睡みは、大好きな主人とリーダー達がやって来るまで、しばし静かに続いたのだった。
小さいのが待ちわびたご主人の到着の、ほんの少し前の出来事である。
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