第十六話:社会的不始末



第十六話:社会的不始末




「……やりましたね」


「……やったね」


「……やったな」


『ぅやぁりすぎでぇす!!』


「「「……」」」


 ごめんなさい。心中で呟く言葉は同じだろう自分達は、力無く項垂れて引き起こした惨事から目をらす。

 辺り一面、見事に焦土と化している。炭化して地面に転がる無数の枝葉、消火活動をしたものの未だちろちろと燃えるこずえ


敵ごと木を薙ぎ倒したあんらくさんの大暴れの残骸に、止めをさしたのはルーさんの最後のスキルだ。見事な共同作業。自分が燃やして、あんらくさんが薙ぎ倒し、倒れた木はルーさんによって木端微塵。すなわち――。


「いちめんの焦土」


「センスあるじゃねぇか、狛。その通りだな、この風景」


「あんらく君、やめなさい。仕方なかったんだよこれは……うん」


『仕方なくありませんよ! どんだけ森を破壊したと思ってるんですか! これじゃ統括ギルドで賞金首認定されちゃいますよ!?』


「賞金首!?」


 初耳だ、賞金首などというシステムがあるなんて。意外な言葉に慌てて顔を上げてみれば、戦闘の間中ずっと隠れていたルーシィが怒った顔で腕を伸ばし――いつものポーズ。


『賞金首とは――統括ギルドに明確な証拠。写真等を持ち込まれ、その悪行を認定された。すなわち公式に賞金を懸けられたプレイヤーのことです。主にあからさまなPKや、大規模過ぎる自然破壊、行商人を襲った者、村や街を襲った者などですが、全ては運営の判断で決まるので、思いがけない理由で賞金首認定されることがたまにあります』


 全て証拠等を持参した訴えがない限り認定されませんが、今回はバッチリ恨みを買っているので、ここぞとばかりに訴えてくるかもしれませんとルーシィは締めくくる。


 他にも、自警団等がプレイヤーにより設置されれば、そちらでも賞金首となり、額はどんどん膨らむのだとか。

 運営側が面白そうだからと思った場合にも認定されるらしく、嬉しくない二つ名がつくことも多いらしい。


『外部の者を入れない時はそういう理由が多かったですね』


「なんて運営だよ。面白いなそれ、良いじゃねぇかそれ」


 とんでもない運営の方針にあんらくさんは嬉しそうだが、自分とルーさんは喜べない。ルーさんは唐突にはっとした顔をして、途端に顔を青褪めさせる。


「……まさか僕も」


『ルーさん結構な人数やりましたよね』


「PKK……」


『被害届が出ていない状態では彼等はただのプレイヤーです。そうでしょう? 実際に犯罪を犯していても、公にならなければそれは社会上の罪にはなりえません』


「ご、もっとも……ああどうして先に被害届を出さなかった――じゃない!」


 被害届を出さなきゃPKKがPKになるなんてゲーム聞いたことがない、とルーさんが叫ぶが、ルーシィは意に介さない。


『表面上第三者から見るとPKですね。ただの。賞金首確定でしょう』


「……」


「……賞金首」


 一面の焦土とPKKで賞金首、と反芻はんすうしながらルーさんと一緒に項垂れる。暴れに暴れて一人だけすっきりした風のあんらくさんだけが、胸を張って自慢げに笑いながら『血錆のグラディウス』を鞘に収める。もう一本のグラディウスは、エルミナの攻撃を弾いたままどこかにいってしまったらしい。申し訳ない。


 それにしたって問題は違う。賞金首、まさかとは思うが、こうまざまざと自分達が起こした惨劇を見るとそう言わざるを得ないような。

 いたたまれなさに眉をひそめれば、メニュー画面にちかちかと何かが光っていて、ニコさんからのメッセージが来ていることに気が付いた。


「ニコさんからです――『掲示板を要チェック』」


「……え゛?」


「掲示板ってどこから見るんだ?」


 首を捻るあんらくさんに、ルーさんが〝見習い記者〟のスキルに、メニュー画面に共通情報交換板を作るスキルがあり、全プレイヤーに向けて自由に種類別に作れるのだと説明する。


 メニュー画面をスクロールすれば、ルーさんの言う通り、一番上に【情報掲示板:プレイヤー情報編】というものがあり、それをタップすれば、目の前にニコさんが展開してみせたような青い電子板が表示される。







【情報掲示板:プレイヤー情報編】(ご自由にお書きください)



:誰か〝(^_^)ニコニコ〟の顛末知ってる奴いる?


:〝(^_^)〟がPKされてるとこ無視した奴等なら知ってる。晒す?


:極悪非道スレで晒しとけよ。流石に目の前で女見捨てんのはまずいだろ


:大の大人が集まって何やってんだろうな。だが敵に回すには数が多い


:へたれめ


:じゃあお前行けよ。30人以上いるんだぜ?


:え、ガチで30人固まってんの?


:何それ怖い


:30人以上が集団PK……トラウマじゃね?


:俺ならログアウトして帰って来ない


:俺でもログアウトして布団にこもる


:目の前でPKされている女。しかしPKPは30人以上。お前等ならどうする?


:ごめん無理


:立ち向かえたら勇者だ


:つーか立ち向かえても勝てねぇよ


:勝てなきゃただのかっこわるい男


:勇者は? いないの? VRだぜここ


:いないだろ。助けたくても物理的に無理だから断ったグループが大半だろ


:〝白虎〟さん知ってんの?これ


:知らない。あの人掲示板見てないと思う


:誰か教えにいけよ。教えたら見るから


:助けに行きそうだよな、親身になって


:意外と弱肉強食とかいいそう。違う所でつっかかりそうなイメージ


:あってる


:間違いじゃない


:多分そう


:お前等……ところでさっきから6番の先の森でどっかんどっかん何やってんの?


:ていうかもう、ここプレイヤー情報スレじゃないよね


:いいから知ってる奴はよ


:勇者だ


:は?


:おい説明しろ誰か


:偽情報だったら吊るす


:勇者がPKP相手に大立ち回りしてる。今空からウチのマルちゃんに見てもらってる


:ウチのマルちゃんそれ大丈夫なのかよ。ここからでも火柱みえるぜ?


:マルちゃん。可愛いな


:詳細は


:〝ルー〟と〝あんらく〟と、攻略会議で演説うったサポート妖精連れてる子


:ああ、ほっぺの傷の男?


:あれ女の子だろ。サポート妖精女じゃん


:あ、そっか。で? その3人が勇者?


:マジで? 相手〝エルミナ〟だろ? 〝みるあ〟とか特に情報出てないじゃん


:攻略組にも被害受けた奴いたよな


:アイテムごっそり持ってかれてな


:今度は勇者がアイテムごっそり持っていくのか


:誰か野次馬行けよ


:行け、巻き込まれて死に戻り希望


:願望が歪んでる。あ、死に戻りした〝エルミナ〟が全速力で走ってるの見たけど、まさか一回やられた後?


:援軍キタコレ


:なんて嫌な援軍。と言いつつ必死な〝エルミナ〟たん晒し


:スクリーンショットの完成度がぱねぇ


:たん言うなきもい。でもこれ本気で走ってるじゃん


:6番の外側の森でドンパチしてるの?


:〝ルー〟なら女に頼みこまれたら逃げなさそう


:言えてる


:泣きながら立ち向かいそう


:意外と〝(^_^)〟と取引してたりして


:取引?


:性交渉可能じゃん? あんぐらって


:下世話


:でも何このわくわく感


:どきどきする


:離婚してるんだっけ?


:お前等匿名だと本当にそんな話好きだよな


:そういうお前は?


:すごく気になります


:そうだろそうだろ


:まあそれは後でR25スレで話そうぜ。でだ、〝あんらく〟ってこんな勝ち目ない話に乗るか?


:アイツは戦闘狂だから行くだろ


:勝ち目あるって踏んだんだろ。すげぇ、どんどん倒してる


:そろそろ最初の死に戻りがしょんぼりしながら出てくるの希望


:じゃあ希望にそって。……俺達のアイテムが消えた


:本当に来たよ


:身から出た錆。どうみても調子に乗りすぎ


:八つ当たりなのはわかってるけど〝ルー〟と〝あんらく〟と〝狛〟とかいう奴等を統括ギルドに賞金首で登録した


:おいおい、それ不味くね? 一応俺前等がPKじゃん。つーか〝エルミナ〟さんやりすぎ


:でもあれは凄かった。野次馬しに行ったけど後悔した。誰か魔術師の火属性スキル2つ目出たのいる?


:え、何それ初耳。魔術系スキルってどういう熟練度の上がり方するのかわかってないじゃん。そんな効率の良い上げ方できんの?


:攻略組でも最大で今88%だぜ? 確か風属性だったけど


:【フレイム】って火属性魔術に痛い目見た。怖いあれ


:初出だな。スキル情報スレに上げとくわ。後で詳細くれ


:……ていうかスルーしたけど賞金首って何よ。まさかVRの中でまでしがらみに囚われんの?


:でも楽しそうでいいよな。みんなもPKPの必要性わかってんだろ? ゲームに悪役は必須だろ


:PKPさんこんちわー


:統括ギルド近い奴ちょっと聞いてこいよ


:証拠と一緒に申請すれば受理されるって言われた。ので、〝(^_^)〟のPKされた写真提出したら見事PKプレイヤー共が登録された


:偉い


:よくやった


:でも順番の関係上勇者達の功績は消えない


:功績って言わないだろ。乙


:問題児じゃん。どれも


:問題児3人組?


:〝ルー〟さん木の棒で戦ってんだけど……え? 縛りプレイ?


:詳しく


:詳しく


:木の棒が燦然さんぜんと輝いてる


:ま・さ・か・の・木の棒!


:攻撃力皆無じゃんあれ


:てことは全部急所? うわぁ……勝てる気がしねぇ


:エロの為に頑張る〝ルー〟とか笑える


:言えてる。すげぇ楽しい。拡散しようぜ


:よし――このままR25スレに大移動だー!


:みんな実は〝ルー〟さん好きだろ


:R25スレって名前シュールだよね。R18じゃダメなの? それ



「えー……『お前馬鹿、R25だからこそ濃厚なエロスが――』」


「やめよう狛ちゃん音読は! 音読は止めて!」


 ついつい音読してしまった一連の掲示板の書き込みを、最初は呆然としながら聞いていたルーさんがはっとした顔で止めにかかる。

 肩を震わせて笑うあんらくさんがぽん、とルーさんの肩を叩き、よお人気者と言って更に笑った。


「大人気ですね、ルーさん」


「馬鹿にされてるんだよ。奴等はね、僕をやり玉にあげて楽しんでるんだよ」


「でもR25スレって意味あるんですかね? R18とあんまり変わらないような」


「聞いてないね? 狛ちゃん」


 濃厚なエロスっていったい何だろうと少しだけ興味を抱きつつ、掲示板とメニュー画面を消して肩をすくめる。


 こうなってしまったら仕方がない。正式に賞金首になってしまったようだし、もうそういうプレイスタイルでも良いかもしれない。ゲームだし、悪役も楽しそうだと半ば微妙に自分を納得させて頷くも、ルーさんは納得しきれないらしい。


「……賞金首を狩る側になったことはあっても、狩られる側とか初めてだよ」


「よぉ、犯罪者。ほらな、言った通りになったろ?」


「今ここで決闘するかい、あんらく君。僕、今すごく虫の居所が悪いんだけど」


「おお、やるか?」


「仲間割れはダメですよ。とりあえず帰りましょう」


 いくつかスキルのことで気になることもあるし、と言えば、確かにとルーさんがそっと頷く。


「プレイヤーごとに属性の適正みたいなものが存在するのかな。確かに狛ちゃんは火属性の上がり方が特に良かったし」


「でもそれ他のプレイヤーも一通り試してみたんじゃないんですか?」


「うーん、もしかしたら……」


 消費魔力を最大にした状態じゃなきゃ、大した違いが見て取れないのかもしれないとルーさんが推測する。

 魔術師の初期スキルは火、水、風、地の4つ。そのスキルは全て魔力消費量が1~10と自由に選択することが出来る。ルーさんが言うには、この消費魔力を最大の10。つまりいつも常に全力投球でなければ、わかりやすい熟練度の変動はないのではないかという。


「もしくは、比べるとか考えもせずにその属性しか使わないとか。狛ちゃんの今の状況がそれだから、そうかもしれない」


 一辺倒に同じ属性を使えば使うほど熟練度の上昇率が上がるというのなら、万遍なく試しているうちは結果は出ないだろうという。


 なるほどと頷きつつ、怪我をしているギリーとあんらくさんの歩調に合わせて〝始まりの街、エアリス〟に向けて歩を進める。

 とりあえず一面の焦土からは目を逸らし、あんらくさんの望んだ堂々とした凱旋がいせんである。


『言わんこっちゃない……賞金首は大変なんですよー?』


「はいはい。後でまとめて聞くから」


『むー……〝始まりの街、エアリス〟に着いた後にまでサポート妖精がついてるのは、ルーシィの優しさなんですよー。心配してるんですよ、相棒のことー』


「戦闘中は煙のように消えるのに?」


『それは別問題です。現にルーさん達のサポート妖精は会議が終わった後に解散してるじゃないですか』


「そういえば見てないね。ありがとルーシィ」


「よかったねー、狛ちゃん」


 そんなにお礼を言われたら照れちゃいます、と言いつつ胸を張るルーシィに励まされつつ、見た目的にはボロボロの状態で6番の門をくぐる。

 門の先では野次馬が群れていたのか、恐々とこちらを見るもあんらくさんが睨むとこそこそと建物の影に引っ込んでいく。


「……みんな意外と暇なんですね」


「こういうのはイベントだと思ってるんだよ。楽しみたい気持ちはわかるけどさぁ……楽しまれる立場は微妙だねぇ」


 ごもっとも、と思いつつも5番通りへの道を進み、アンナさんのお店が見えてきた頃、野次馬の中から声をかけてくる男が現れて、あんらくさんが機嫌悪そうに睨みつける。


「……あんだよ。〝フベ〟」


「お見舞い品にポーションはいかがかな?」


 真っ黒い液体が入った小瓶を揺らし、フベと呼ばれた男がにこりと笑う。ウルフカットの白い髪を揺らしつつ、銀色の目が優しそうに光る男があんらくさんにその小瓶を押しつけた。


「今は忙しそうだから、後で伺います。ルーさん、狛さん。ではまた後で」


 礼儀正しく一礼し、野次馬がざわざわと騒ぐ中、7番通りの方面に向かって歩いて行く男を見送って、ルーさんが疲れたように吐息を吐く。


「……ゲームとして悪役を楽しんでる人の筆頭だよ、あれが」


「フベさん、ですか。丁寧ですね」


「そう。良い人だよ、悪役趣味の人だけど」


「……色んな人がいるんですね」


「そう。現実でもVRでも、色んな人がいるんだよ」


 本当に様々な生き方をしている人がいて、ひきこもりにとってはめまぐるしい体験ばかりだ。


「じゃあ、帰ろうか。ここだし」


「ただいま、って言ってみましょう」


「おかえりなさい。って言ってくれるんじゃないかな、多分」


 木製の取っ手に手をかけて、少し開けば良い匂いが迎えてくれる。

 フベさんの押し付けたポーションをじろじろと見ているあんらくさんに声をかけ、ようやく本拠地へと凱旋を果たすべく扉を開く。


「ただいま帰りました!」


 と声をかけ、満面の笑みを浮かべれば。


「「おかえりなさい」」


 と声がする。


「……あ」


 ただいまと、扉を開けて。おかえりなさい、と言ってもらえることが。


どんなに嬉しかったかを、きっと語り尽くせはしないだろう。


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