第十五話:問題児3人組、大暴れ



第十五話:問題児3人組、大暴れ




「あんらく君ッ!」


 夜の広場に何とも気持ちのいい怒声が響く。


 月明かりを反射して、ごろごろと転がるアイテムが山のようにあった。どうやらアイテムの管理は、みるあが行っていたらしく、彼女に止めを刺した瞬間にアイテムがぶわり、だ。


  恐らく〝見習い魔道士〟のスキルにアイテムボックスみたいな不思議空間があるのではないかとルーさんは言っていたが、それにしたって溜め込み過ぎだ。


 アイテムを地道に拾いつつ、そっとあんらくさんとルーさんの会話に耳を傾ける。ズレているとは言ったものの、あの凶行に恐るべき迫力と魅力があったのは間違いない。


「わかってるのかな、あんらく君」


「あー……んだよ。わぁってるよ」


「やりすぎ! あそこで止まるべきだったでしょう」


「……でもよぉ、あれくらいやらねぇと。人間ってつけあがるぜ?」


「そりゃそうだけど。何も君がやる必要は無かったでしょう。折角PKKギルド名乗ってる僕がいるんだから、年長者の顔を立てなさい全く」


 わざわざ君が泥被る必要は無かったんだから、とルーさんが締めくくり、あんらくさんはぎゅうっと顔をしかめてそっぽを向く。


「……変なとこ大人ぶりやがって。どうせテメェも俺等と行動するうちにPKギルドに間違えられんだ」


「ちょっと嫌なフラグ立てるの止めてくれる!?」


『素直じゃないですねー? あんらくさーん』


「るせぇぞルーシィ! 食うぞ!」


『虚勢だけなのが見え見えですから、怖くないです』


「ルーシィほら、あんまりからかわないで」


 VRの中でも恥ずかしいと顔が赤くなるらしい。若干顔を赤くしたあんらくさんが更に眉をしかめ、ルーさんはやれやれと肩をすくめる。


 からかうルーシィを捕まえてアレンに投げれば、速攻でいい玩具にされていた。悲鳴が聞こえるがまあ良いだろう。戦闘の間中、自分はニコさんを慰めてますとか言って逃げた罰だ。


「まだあるんですか。余程溜め込んでたんですね」


「だな。奴等は雑魚から大量に巻き上げっから」


 あんらくさんと一緒に、ギリーに手伝ってもらいながらも、ひたすらにアイテムを拾っては積んで拾っては積んで。大きな荷台にアイテムを乗せまくり、最後の1個を放り投げたルーさんは、そのまま大きな布を被せてアイテムを覆う。


「よし、急ごう」


「雑魚が湧いたら掃除だぜ、狛」


「頑張ります」


 見事ユアを含む小悪党討伐が成功したは良いものの、後処理に目下追われているのである。倒してやったー、めでたしめでたしならどれだけいいか。


 そう、ここは【Under Ground Online】。何もかもがリアルなゲーム。


 エルミナが仲間の助けを待たず、速攻で死に戻りを選んだのには訳がある。それはつまり自分の仲間が負けることを前提に、真っ先に死に戻りして援軍を連れて戻ってこようとしているのだ。


「何もかもがリアル過ぎて、参っちゃうよ」


「どのくらいで来ますかね」


 そして援軍はきっと爆速でくるだろう。なにせ仇討あだうちではなく自分達のアイテムの危機だ。無一文になってしまうプレイヤーもいるだろうから、その必死さたるや侮れない。


 しかもこちらの戦力は微妙な感じ。人数で押し負けるのがわかっているから、分断作業にあれだけ気を使ったのだ。ここでアイテムを回収されてしまっては苦労が全て水の泡である。


 だからこそ自分達はこのアイテムを急いで隠し、速攻で〝エアリス〟まで戻らなくてはならないのだ。


「にしてもあんらくさん、よく歯で止めるとか出来ますね」


「ああ゛?」


 がろがろと足場の悪い森の中、荷車を引くルーさんを嘲笑うあんらくさんと並んで歩きながら聞いてみれば、あんらくさんは簡単な事だと言ってみせる。


「ユアがちまちま削ってくれたからな。特殊スキルが発動したんでいけると踏んだ」


「そこでいけるって思うこと自体凄いんですけど」


「狛もいつか出来るようにならぁ。人生経験だ、これも。リアルだろうがバーチャルだろうが関係ねぇ。経験がテメェを叱咤する。諦めんな、負けんな、ってな」


 やるかやられるかなら、やれ。とあんらくさんは言う。覚悟を決めて、退けねぇと思ったら出来ない事なんて何もないと。


「負けることを享受すんな。搾取されることにこうべを垂れるな。踏み躙られることに諦めんな。蔑まれた奴を見捨てんな。見捨てたらお前も阿呆と一緒だ」


「だから――」


 助けたんですか、とかすれた声で問う。


 あんらくさんに、ニコさんとアンナさんを助ける気はなかったはずだ。でも最初はあからさまに拒否していたあんらくさんが、しかし最後には絶対に退かないと覚悟を決めた。

 その変化は何なのか。その変化の理由は。引けなくなった理由は一体何なのか。


「……狛よぉ。お前、泣いてる奴がいたら、どうする」


「え?」


「目の前で泣いて、打ちひしがれてる奴がいたらどうする。そいつには慰めも意味なんてなくて、ただ悪い状況だけがそいつを追いこんでる」


 目の前で大事な物が砂に変わったみてぇな顔をして、泣いてる奴をお前はどうする?


 あんらくさんの顔が見えない。少し先を歩きながら、振り返らずにあんらくさんが問いを投げかける。答えを持たないまま黙りこめば、俺はどうにも出来なかったとあんらくさんがぽそりと言う。


「……そいつの状況だけが悪かった。誰が悪い? 誰も悪くねぇ。いて言うならどいつも悪い。現実もVRも、物事は全部単純じゃない。悪い奴1人倒したらそれでオシマイなんて、都合の良すぎる良い話だ」


「……」


「そいつの何が悪いわけでもなかった。ただ状況だけが悪かった。泣いてるアイツに俺は何も出来なかったのに、奴は言うに事欠いて俺に救われたんだと抜かしやがった」


 ただ傍にいるだけで、救われる人もいるのだと知った。


 あんらくさんの横顔は、遠い知り合いを懐かしむようだった。傍にいるだけで救われるなんて、どんだけファンタジーな話だと皮肉るのに、その口元は優しかった。


 目の前で泣いている人がいて、そしてその人の傍にただいてあげるということが、果たして自分に出来るだろうか。


「力があるなら、使え。力がなくても、搾り出せ。出来ないんじゃない、やれ。立ち向かえなきゃ生きている意味がねぇ」


「それは……」


 それは、誰にでも出来る事じゃない。


 誰もがそんな生き方を出来るわけじゃない。大体の人が問題を先送りにし、そして苦しい日々を見ないふりして、どう生き抜くかに悩んでいる。


 黙って話を聞いていたルーさんが、それは難しい話だから、少し考えるだけで良いんだよと言ってくれる。しかし本当にそれでいいのだろうか。小さな疑問の種を植え付けて、その言葉は深く自分の心に根をはった。


「あんらく君は元気だねぇ」


 と言うルーさんをあんらくさんが鼻で笑い、またぎゃあぎゃあと揉めている。あんらくさんもルーさんも、表面から見ただけでは何もその人の本質など知らないのだと知った。

 自分はまだ2人のことを何も知らない。表面を撫でただけじゃ、その人の心には触れられない。


「頑張ろう……」


 そう呟くだけでも進歩だとあんらくさんが笑い、ルーさんも笑う。家の中にひきこもり、誰とも関わらない自分には何もかも全てが新鮮で、発見が尽きない新しい世界。


 ――そんな世界に亀裂を生むように、遠くから響く遠吠えにギリーとアレンが一息に毛を逆立てる。


『主、来た! まだ分かれていないが囲い込む気だ!』


「ルーさん! あんらくさん!」


「予定通り散開! 狛ちゃん、先頭にぶち込んで!」


 ルーさんが引いている荷車は実は囮だ。本当の荷車は3馬鹿が引っ張っていて、もう1つの根城に運んでくれている。

 自分達の目的はPKされる前にセーフティーエリアに滑り込む事。しかしまあ例外もある。


 そう、〝始まりの街、エアリス〟に到着する前に、もし援軍が来てしまったらの場合。


「〝火の精霊に似る 線を繋ぎ点火する【ファイア】〟! ……【隠密】!」


 荒れ狂う炎。生き物のように夜空へと伸び上がる炎の塊に、先陣切って木々の間を抜けてきたPKプレイヤー達の悲鳴が響く。


 威力はなくともその威圧感だけは本物で、夜を焦がし暗い森を一息に光の元に引きずり出す。分厚い炎の壁に紛れ、即座に【隠密】スキルを発動。ルーさんが親指を立て、しっかり効果が表れていることを互いに確認する。


 一発ド派手な魔術をぶっ放して敵の目を引いているその間に、死に戻り覚悟で片っ端から仕留めていく。そんな強引な作戦を決めたのはあんらくさんだ。


 彼は絶対的な勝ちを望んだ。今後の憂いなんてないように、完膚なきまでにどっちが上だか証明し、そして堂々と凱旋がいせんすると言って聞かなかった。


 ルーさんも初めは渋っていたが、最終的にいつ闇討ちにあうかわからないのなら、出来るだけ相手の戦意は削いでおく方がいいと判断したらしい。どっちにしろ恨みはたっぷりと買っているのだから、今後穏やかに遊べると思わない方がいいということだ。


「力だ、力! VRの利点は明確な力を持てることだ!」


 捻り潰す! と雄叫びを上げながら、巨大な火柱を突っ切って現れた男を瞬殺する。動かなくなった自身の身体を理解できないまま転がる男を蹴りつけて、次の獲物に向かってあんらくさんが走っていく。


 あんらくさんの体力はすでに10しか残っていない。特殊武器のスキル【バーサーカー】は発動したまま、筋力も3倍になったまま、夜なのに昼のように明るく染まる木々を蹴って、後続のプレイヤー達を瞬きの間にほふっていく。


「乱戦なら勝ち目があらぁ! 行くぞ狛! ジジイ!」


「ルーだって言ってるでしょ! あんらく君!」


 魔法系以外のプレイヤーはあんらくさんが、魔法系のプレイヤーはルーさんと自分が仕留めていく。乱戦に持ち込めば勝機はあるという2人の言う通り、ろくに連携も出来上がっていないまま戦線を崩されたPKプレイヤー達が悲鳴や怒号と共に次々と消えていく。


 魔法系アビリティのプレイヤーが片手を突き出し、詠唱を始めるのを聞き取ってこちらも合わせて詠唱を開始する。


 こちらの意図に気付き即座に下がって詠唱を始めたのは間違いじゃない。そう【隠密】で姿が見えなくなっている自分と、フィニーと共に木々が燃える煙に紛れて空を舞うルーさんがいなければ、だ。


「〝水の精霊に似る 線を繋ぎ流れと為す【ウォーター】〟!」


「〝火の精霊に似る 線を繋ぎ点火する【ファイア】〟!」


 木々に燃え移り辺りを煌々こうこうと照らし続ける火を消そうと、魔術師が巨大な水塊を作り出す。しかし追って自分が唱えた火の魔術が、巨大な水塊を呑み込んでさらに木々を燃え上がらせる。おそらくは〝暗殺者〟系統のアビリティを持つプレイヤーのためだろうが、暗闇から襲われる愚は犯せない。


 巨大な水の塊を蒸発させた炎が火の粉を振り撒きながら蒸気を吐き出し、一瞬で森が霧に埋め尽くされるのを利用して再び【隠密】をかけ直す。


「【隠密】!」


『ばっちりだ主! 魔術師は仕留めた! 他もルーが倒している!』


 魔術師を仕留め、走ってくるギリーに跨り一息に霧を抜ける。隣を追走するアレンが急に歯を剥き出し、背中の毛をぶわりと逆立て、木々を蹴り付けあらぬ方向へと跳びかかる。


「なっ……うわああ!」


 悲鳴と共にアレンが襲い掛かった空間に揺らぎと血の赤。必死に腕を振りまくる男を意に介さず、アレンの牙がその喉を容赦なく掻っ切った。木の上で身を潜めていた男がアレンと共に転がり落ち、同時に真っ白な影が横合いからアレンに跳びかかる。


『主、援護を!』


「【遠吠え】!」


 ギリーの声とアレンの危機に【隠密】がとけるのも構わず【遠吠え】のスキルを発動。


「――【オォオオオォオオ!!】」


 途端にシステムに従い、闇と白と赤の斑に染まる森の中に不気味な絶叫が響き渡る。白い影がスキルの効果範囲内にいたことで空中でびしりと硬直。白い猫系モンスターであることを認識しつつも、硬直の一瞬を見逃さずにひるがえったアレンの牙が容赦なくその胴体に襲い掛かる。


「契約モンスターかっ……アレン! 大丈夫!?」


『大丈夫だ! 次行くぞご主人!』


「危ない場面は【遠吠え】で止める! タイミング合わせて仕留めるよ!」


 幾度かの戦闘を経て、自分も状況についていけるようになっていた。人間は慣れる生き物だと再確認しながらも己を鼓舞し、ギリーに乗って戦場を駆ける。


「【隠密】!」


 【隠密】のスキルの熟練度もどんどん上がっていくことを意識しつつ、霧が晴れつつある森を敵を探して駆け抜ける。木々に燃え移った炎は枝葉を燃やして煙を上げ、野生のモンスター達が慌てて逃げていく。


 唐突に悲鳴――アレンが悲鳴を上げたのを理解して振り返れば、銀髪が閃きギリーもまた悲鳴を上げて飛び退る。


「ギリー、アレン!」


 思わず上げた声に【隠密】が解け、数十分前にルーさんがくだした銀髪――エルミナがダガーを自分に向けて振りかぶる。


 足を引きずるアレンが怒りをあらわに大口を開けた瞬間に、横合いから飛来した銀色がエルミナの振りかぶったダガーを弾き、アレンの【遠吠え】が容赦なくエルミナの動きを止めにかかる。


「――――【オォオオオォオオ!!】」


 一瞬の硬直。しかし、やはりたかが一瞬の効果でしかない。硬直解除の後、即座にスティレットを手にしたエルミナが動けない自分に向かってそれを向け、あわや喉に突き刺さる寸前に再び鈍色がそれを弾く。


 弾かれた勢いのままエルミナが大きく後退し、追撃をかわして不愉快そうな顔で自身の邪魔をした原因を睨む。


「あんらくさんっ……!」


「狛よぉ、コイツぁ相性が悪ぃな。仕方ねぇ」


 自分の前に堂々と仁王立ちし、『血錆のグラディウス』を引っ提げたあんらくさんが唸り声と共に笑声しょうせいを上げる。


「エルミナ――覚悟は出来たかよ、クソ野郎」


「それはこっちの台詞セリフだ馬鹿野郎」


 互いの得物を持ち上げて、斑に光る夜の森で2匹の獣が相対する。決闘でも始めるような文言に、互いの口角が吊り上った。


「「死ね」」


 同時に響く声の余韻すら待たず、不愉快な音を立てて金属が噛み合い、悲鳴を上げる。残像が見えるほどの剣撃を互いに紙一重で捌いていき、エルミナが気圧されまいと獅子吼ししくを上げて挑んでくる。


「【刺突ピック】ッ!」


 おそらくスキルであろう、気合の入った一突きがあんらくさんの胸を狙い、勝利を確信したエルミナが会心の笑みを浮かべる中――あんらくさんはその笑みを消していた。


「その程度だから――――雑魚だって呼ばれんだよォ!!」


 正面からの真っ向勝負。スキルの効果で突っ込んでくるスティレットを、『血錆のグラディウス』で横に払い、受け流し、らした軌道に乗ってあんらくさんが更に一歩を踏み込んだ。


 スティレットを弾きながら鋭く斜めに振られた『血錆のグラディウス』を、勢いのまま手首を返し逆手に持ち替え、あんらくさんがスキルを叫ぶと共にその刀身が赤く輝く。


「【餓狼がろう】!」


 血が滴っているような赤を纏い、『血錆のグラディウス』が深々とエルミナの身体に突き立つ。鼻面に皺を寄せ、最後まで憎々しげにあんらくさんを睨むエルミナを鼻で笑い、無造作に蹴りつけて剣を抜く。


「お前は負けた。俺が勝った。だから答えは――俺が上だ!」


 簡潔に、胸を張ってそう断言し、あんらくさんは自身の強さを誇って牙を剥く。即座に死に戻りで消えていくエルミナを見もせずに、あんらくさんはこちらに向き直り無造作に何かを投げてきた。


「血止めの軟膏みたいなもんだ。切り傷は固定ダメージがある。塗ればダメージだけは防げる」


「あ、ありがとうございますっ」


 見れば確かにユアのつけた切り傷にあんらくさんが自分で塗り付けていた軟膏だった。慌ててびっこを引くアレンとギリーの傷に塗る。さいわい浅く切られただけのようで、大したダメージではないという。


『まだまだいる、行こう主』


「大丈夫?」


 問題ないとギリーとアレンが頷いて、見張りをしていてくれたあんらくさんも同時に頷く。


 魔法系のアビリティ持ちが消火活動に励んでいるのか、森は再び夜の闇に埋もれつつある。闇夜は危険だ。死に戻りをしたみるあが来ている頃だ。彼女がどこから仕掛けて来るかわからないのは危険にすぎる。


 あんらくさんが『血錆のグラディウス』を構え直し、同じ結論に至ったのか眉間に皺を寄せて駆けだそうとした瞬間に、その足が動かずに目を見開く。


「……きやがった」


「こっちも……」


 自分の足までも動かせず、ギリー達も動けないようだ。この目の前に広がる闇の中に潜んでいるであろう、みるあがほくそ笑んでいるビジョンが簡単に浮かび、急激に苛立ちが募っていく。


 アレンとギリーが傷つけられたせいなのか、自分の中にこんなに苛烈な感情があったことに驚きつつも、即座にギリーに指示を飛ばす。


(ギリー! 吠えてフィニーとルーさん呼んで!)


『承知した――!』


 常よりも甲高い叫び声。助けを求む声が夜空に吸い込まれるように消えていく中、わきあがる怒りと共に汚れた衣服を払い、動かない足で地面に踏ん張り肩をいからせる。


 気がつけばNEWの文字が点滅していて、【ファイア】の熟練度が100に達し、新たな火属性魔術を取得していたことを知る。

 消費MPは10~30。目一杯そそぎ込んでやろうと思いながら詠唱文を表示する。


「――最初の役割分担だ。任せたぜぇ、狛」


 あんらくさんが自然体で『血錆のグラディウス』をぶら下げて立ち、言外にルーさんと自分を信じていると言いながら目を閉じる。

 期待と信頼に応えるべく、仕掛けてくる前にこちらから打って出る。


「――炙り出すッ…………〝あけの色 精霊の色 火の精霊と見紛う色〟!」


 突如始まった耳慣れない詠唱に慌てたのか、未だ喰うが到着していないのか。


「【拘束バインド】!」


「【フルスイング】! ……やっちまえ、狛!」


 どこからかみるあの声が響き、後ろ手に手首が固定される。しかしすぐさまあんらくさんの強力ごうりきが自身の枷を砕き、スキルの効果で勢いを増した刃が自分の枷をも叩き割る。あんらくさんの声に鼓舞され、詠唱の速度が加速していく。


「〝猛火の線を繋ぎ巡らせ 力を得て炎上せよ〟!」


 戒めから逃れた腕を真っ直ぐに伸ばし、森の木々の隙間を縫って放射状に魔力を広げていく。どこにいようとも炙り出す――決意と共に自分とあんらくさんを中心として巨大な魔法陣が円形に広がり、スペルの予感にゆらゆらと震え発光する。


「【フレイム】!!」


 轟音。


 地鳴りのような轟音が鳴り響き、地面から噴き出すかのように魔法陣から深紅の炎が吹き上がる。木々を朱一色に染め上げて、その梢を燃え上がらせながら夜空まで焦がさんと黒の紗幕に火の粉が荒れ狂う。


「ひゅう――いいんじゃねぇの?」


「逃げた! もう一発行きます!」


 隠れる場所などないくらいに、この森を更地にしてくれる。


 危ない思考に引きずられ、再びの詠唱を開始する。更に大きく、更に深く、更に強く!


「――――〝朱の色 精霊の色 火の精霊と見紛う色 猛火の線を繋ぎ巡らせ 力を得て炎上せよ〟! 【フレイム】!!」


 息を潜めてみるあが走り去る音を捉えた耳に従い、彼女の逃げ道を塞ぐべく再び炎の壁を出現させる。他のプレイヤー達まで炙り出せたようで、ばたばたと走る集団のその先に、再びの猛火が吼え猛る。


 目の前に出現した巨大な炎に、たたらを踏んで身を翻したその先は――。


「ルーさん!」


「――タイミングばっちりだよ!」


 羽ばたきの音を立てない梟のように、滑空するフィニーに掴まれたルーさんが、落下と共に狙いを定め、身をひるがえした直後で即座に動けないみるあを強襲する。


 その一瞬で勝敗は決まり、死に戻りするみるあの影から不意をついてこちらに踏み込んでくる影を、楔から逃れたあんらくさんの牙――『血錆のグラディウス』が真正面から迎え撃つ。


「信じてたぜテメェ等! 【バーサーカー】ァァア!!」


 再びの特殊スキル、【バーサーカー】が発動し、あんらくさんの身体が加速のエフェクトに光り、飛び込んでくる喰うの刃と交差する。

 圧倒的な速度で敵をほふり、即座に身を引いたあんらくさんの残像を、喰うの刃が掠めるもダメージには至るはずもない。


「お前も見事に――俺の下だぁあ!」


 死に戻りの光を浴びて勝者の雄叫びを上げながら、高笑いと共に勢いがついたあんらくさんが混乱して逃げ惑う敵の群れに突っ込んでいく。


 地面に着地したルーさんがあんらくさんの死角をカバーして、互いに弱点を補いながら次々と敵を地に沈めていく。その間にも自分は詠唱を続け、再び炎を顕現させるべく準備を整える。


「動きが鈍いぜジジイ! もっとしゃきしゃき動きやがれ!」


「君ねぇ、自分が速度系のバフ受けてるの忘れてないかな!? こっちは素でやってるんだ、よっ!」


 掛け声と共に綺麗なフォームで振り上げられた木の棒が光り輝き、その青い輝きと共にルーさんの動きが制止する。


「コイツらで最後だっ。残り6人一気に仕留める! あんらく君!」


「俺を牽制に使うなんざ超贅沢な使い道だぁ! 狛!」


「【フレイム】! ……ギリー! アレン!」


 あんらくさんの指示と共に、完璧なタイミングでルーさんとPKプレイヤー達の間に三度目の炎が吹き上がる。スペルを合図に魔法陣から伸び上がる猛火が肌を焼き、熱波に目を細めながらも、あんらくさんが炎の壁を抜けてくるプレイヤー達の攻撃を捌き切る。


「よし行け、狛!」


「一斉に、【遠吠え】!」



ォオ――――オォオオオォオオオゥ!!



 炎が吹き荒れ、消え去ったその直後。


 三重の【遠吠え】の効果に、PKプレイヤー6名の動きが完全に静止する。ニヤリと悪い笑みを浮かべたルーさんが、振り上げた木の棒をぴくりと揺らし、スペルを唱えてその効果を顕現させる。


「【衝撃波バースト】!」


 その宣言と共に振り下された剣――何の変哲も無い木の棒は、その見た目にそぐわない威力をもって見事に敵を殲滅した。



 ――まさかまさかの、木の棒の時代。到来の先駆けである。







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